RISK-MANAGE

介護マニュアルの目的は「マニュアル介護」ではない


業務マニュアルを整備しているが、誰もその内容に関心がなく、遵守する意識がないというのは、リスクマネジメントの視点から見ると、最悪の状況。適切なマニュアルの整備、活用によって、サービスの質は格段に向上し、事故・トラブルは確実に減少する

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 026


介護、看護などの業務マニュアルを整備する事業者は増えてきました。
すべてのスタッフが、一定以上の質の高いサービスを提供し、事故やトラブルの予防、発生時の初期対応を迅速に行うためにも、業務マニュアルの整備は不可欠です。特養ホームだけでなく、大手の高齢者住宅事業者では、ほぼ整備されていると言っても良いでしょう。
しかし、その一方で、「実際に活用できているか?」「マニュアルに基づいて業務を行っているか?」と聞くと、苦笑いする管理者は少なくありません。
多くの高齢者住宅、介護保険施設等でマニュアルが活用されていない理由は、二つあります。

リスクマネジメントに有害な「あるだけマニュアル」

一つは作り方の問題です。
介護マニュアルが策定されていても、他施設から借りてきたようなマニュアルが多く、ひどいものはインターネットに上がっているものをそのまま丸写ししているようなものもあります。中には、中身の整合性が取れていないものや、現場の介護スタッフがその存在を知らないことさえあります。
指導監査などに備えて、「介護マニュアルを整備する」ということだけが、目的になっているのですが、リスクマネジメントの視点から見ると、このような「あるだけ業務マニュアル」は意味がないだけでなく、あきらかに有害です。

このような介護マニュアルには、実際にできないような立派なことがたくさん書いてあります。
例えば、歩行時の見守りの項目には、「隣に付き添って、ふらつきや転倒のリスクがないように歩行の安全に注意して見守ること」と書いてあります。ケアプランの中で、「歩行時、見守り」などと書いてあれば、その人がリビングやトイレに行くときは、そのマニュアルの通り、一人のスタッフが常時、付き添っていなければならないことになります。

しかし、そのような24時間365日の常時の見守り、付き添いは不可能ですし、裁判でもそのようなケアは求められていません。それでも、このようなマニュアル・ケアプランを作っているのは事業者ですから、歩行中に高齢者が転倒すれば、債務不履行となります。万一裁判になった時、定められた業務マニュアル通りにサービスが行われていないと事業者の過失が問われる決定的な証拠になります。

マニュアルは整備しているが、誰もその内容に関心がなく、遵守する意識がないというのは最悪の状況です。 転倒事故が発生すると、「24時間見守ることは不可能だ・・」という声を聞きますが、それをケアプランや介護マニュアルの中で規定、約束しているという矛盾にも気が付かないのです。

もう一つの課題は、マニュアルに対する現場の嫌悪感です。
介護サービス実務、介護手順のマニュアル化を進めようとしても、介護スタッフが積極的ではないという話をよく耳にします。「介護はマニュアル化できるものではない」という意見が一部のベテランの介護スタッフの間で根強くあるためです。介護保険まで多くの福祉施設で行われていた集団ケアへの反省から、個別ケアの推進が進められており、いわゆるマニュアル的な画一的な介護をしてはいけないという意見には、一理あります。
しかし、それは業務マニュアルの目的や役割が明確になっていないからです。

リスクマネジメントの推進に業務マニュアルの整備は不可欠

介助ミスが発生する原因は、「サービスの質のばらつき」です。
特養ホームや介護付有料老人ホームには、ベテランの介護福祉士から、無資格の新人スタッフまで、様々な技術・知識・経営の介護スタッフが働いています。
また「経験豊富だから良い」というものではありません。「これまではこの方法で問題がなかった」「これまでこのようにやってきた」ということが、優れた介助方法であるとは言えませんし、唯我独尊の我流の介護が、介護スタッフ間の輪を乱し、事故やトラブルの原因となることもあります。
そのばらつきを抑え、業務の基礎を整えるのが、「業務マニュアル」なのです。
安全介護マニュアルを例に、その目的と役割、作成のポイントを整理します。

① 介護マニュアルとケアプランは別のもの

マニュアルの目的は、「マニュアル介護」ではなく、リスクマネジメントにあります。
安全介護マニュアルの策定の目的は介護事故の発生予防ですし、初期対応マニュアルは、介護事故の拡大予防、トラブル予防です。これに対して、個別ニーズへのきめ細やかなケアのために策定するものがケアプランです。

例えば、要介護高齢者のベッドから車いすへの移乗介助。その介助方法はその対象者の身体機能(残存機能や麻痺の部位・程度など)によって変わってきますから、完全に全てをマニュアル化することはできません。ただ、「フットレストを上げる」「ブレーキをしっかり確認」「肘おきを外す」といった事故予防のためにできる、基礎的な手順は同じです。その上で、「体重が重い人なので、二人で介助する」「介護リフトを活用する」などのケアプランでの個別検討がでてくるのです。
入浴準備や後片付けといった事柄も、マニュアル化、手順化することによって、多くの不用意な介護事故を予防することができます。

② 必要なことだけを箇条書き

二つ目は、一目で理解できるマニユァルを整備するということです。
私たちの日常生活の周りにも、マニュアルと呼ばれるものはたくさんあります。その多くが細かい文字でびっしりと書いてあり、本当にこれを読む人がいるのかと思うようなものもあります。そのため、介護保険施設などに設置してある介護手順や初期対応などのマニュアルも、初めから読む気持ちすらしないような、文章で細かく書かれているものが大半です。こんなものを読み込んで、その通りに介護や対応をしなさいと言っても無理な話です。

マニュアルは、一目でわかるように、すべきこと、必要なことだけを箇条書きすれば良いのです。
マニュアルというよりも、チェックリストのようなものだと言った方が良いかもしれません。


これらマニュアルは、その現場(上記例の場合は脱衣室)に整備し、介助の現場で、いつでも確認することができるようにしておかなければなりません。マニユァルは、一目ですべきことが理解でき、かつ常に目に触れるところに置いておくと言うのが基本です。

③ チェック・見直しまで含めたシステム

もう一つは、マニュアルは一度作れば終わりというものではなく、常に見直しを前提として議論するということです。
例えば、上記の入浴介助のマニュアルは、特養ホームや介護付有料老人ホームでの一般浴、個別浴槽をイメージしたものですが、通所サービスのような形態の大浴槽では全く違うものになります。事業所の介護システムや建物設備などのハードによっても変わってきます。また、転倒事故だけでなく、「入浴後に皮膚病の塗り薬がある人の看護師への連絡方法」「脱衣時に見慣れない斑点や傷、打撲痕がある場合は看護師に連絡」といった看護や感染症予防に対する必要になるでしょう。

もう一つは、チェック体制です。マニュアルを整備しても、誰もチェックしなければ、守られなくなっていきます。ですから、管理者やサービス責任者などが定期的にチェックしたり、定期的なスタッフ教育を行って、啓蒙活動を行うと言うことも、合わせて定型化、マニュアル化しておくことも必要です。
それは、「マニュアルに縛られる」「忙しくてマニュアル通りにできない」というものではありません。効果がないのに時間や手間ばかりかかるようなマニュアルは、見直していけばよいのです。


以上、3つのポイントを挙げました。
このマニュアルは、介護看護サービスのみにかかるものでありません。
安全に介護するための手順、事故を起こさないための準備だけでなく、誤解のないための説明手順、事故の発生時にあわてず、被害拡大を防ぐための初期対応、事故発生時の連絡報告体制など、通常業務の中で不可欠な実務をまとめたものなのです。

「たくさんのマニュアルを作るのは大変だ」と思われるかもしれませんが、実際はそう難しいことではありません。入居相談、入居面談の時、何を説明しなければならないか、介護看護サービス提供中、また安否確認で訪問した時に急変や転倒を発見した時どうするか、「最低限、これだけは必要だ「これだけはやってほしい」ということを、書き出せばよいのです。
まずは、それぞれ5~10項目程度で、必要なことをイメージしてみましょう。
そこから、経験の中で気づいたことを、少しずつ足していけばよいのです。

マニュアルがないということは事業者として蓄積がないということです。
マニュアルを作るということは、ノウハウを貯めていく作業なのです。
これがないと、いつまでも事故・トラブル・クレームは減りませんし、中核となっている経験豊富なベテランが一人退職すれば、一気にサービスレベル、リスクマネジメントの対応力は低下します。
個人ではなく、組織・事業としてのリスクマネジメントには、マニュアル化が不可欠なのです。





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