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居室・食堂分離型建物で【3:1配置】は欠陥商品 (証明)


大手、中小を問わず低価格の介護付有料老人ホームは、「居室・食堂分離型」で、かつ「【3:1配置】の基準配置」のものが多い。しかし、業務シミュレーションを行うと、それは「介護できない介護付」であることが見えてくる。重度要介護高齢者が増加すると介護システムは崩壊する。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 049


ここまで、 ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない【証明】🔗  及び、 地域密着型特養ホームは【2:1配置】でも対応不可 🔗で、現在のユニット型特養ホームの建物設計で、介護看護スタッフの基準配置である【3:1配置】では、介護システムを構築できないこと、また、ユニット型特養ホームに必要な人員は基準の二倍 🔗 の中で、リスクマネジメントを基礎とした介護看護スタッフの安定的な労働環境を考えると、実際には60名のユニット型特養ホームは基準の2倍以上、29名以下の小規模の地域密着型特養ホームでは2.5倍以上の介護看護スタッフ配置が必要になると述べてきました。

これは特養ホームだけの話ではなく、介護付有料老人ホームでも同じです。
このような「10人1ユニット」の場合、平均要介護2程度でも、ほとんど配置数が変わらないことが分かっています。言い換えれば、特養ホームのような厳格な【10人1ユニット】【ユニットで食堂・浴室分離】というタイプの建物で、介護スタッフが安全に働くためには、たくさんの人員が必要になる、たくさんの人件費が必要となるということです。

これ以上に、介護が難しいのが、「居室・食堂分離型」のサ高住・有料老人ホームです。
現在の高齢者住宅を見ると、ほとんど(ほぼすべて)サ高住はこの分離型ですし、低価格の介護付有料老人ホームにも数多くみられます。また、その多くは【3:1配置】という指定基準に基づいた介護看護スタッフ配置です。60名の介護付有料老人ホームを例に、この居室・食堂分離型の業務シミュレーションを行います。


居室・食堂型 介護付有料老人ホーム 前提条件の整理

まず、居室・食堂分離型の介護付有料老人ホームの業務シミュレーションの前提条件を整理します。
図のように60人の入居者が2階~4階までの4つのフロアに分かれ、一階に食堂・浴室が設置されています。4台の車いすが昇降できる福祉タイプのエレベーターが一台設置されています。ユニットケアではないため、ユニット単位・フロア単位ではなく、介護スタッフ全員で60名の入居者の介護を行います。

同様に、入居者の要介護度を想定します。
特養ホームではありませんから、要介護3以上の重度要介護高齢者中心ではありません。ただ、これからの介護保険制度は重度化シフト(軽度者外し)が加速することは間違いありませんし、入居時は軽度要介護であっても、加齢によって重度要介護高齢者が増えていきます。そのため、要介護2、要介護3の高齢者を中心として設定し、平均要介護は3としています。車いす利用の高齢者は、要介護2の高齢者の半数が自走式車いす、要介護3以上の高齢者は全員、介助式車いすを利用すると想定します。
「重度専用フロア」を設定せず、平均的にフロアに分散させています。


次に介護看護スタッフ配置と勤務体制を設定します
介護付有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)の介護看護スタッフ配置の指定基準は、特養ホームと同じ【3:1配置】ですから、入居者60名に対して、常勤換算で20名です。この20名で日勤や夜勤など24時間365日の勤務体制を組むことになります。

介護スタッフの日中の介護システムは早出勤務(7時~16時)、日勤勤務(9時~18時)、遅出勤務(12時~21時)とし、夜勤は16時~翌朝の10時までの二勤務体制を採るものとします。看護師は、早出勤務(7時~16時)、遅出勤務(12時~21時)の二交代をとります。介護看護スタッフの年間勤務日数は250日と設定します。


居室・食堂分離型の介護システムの検討

これまでと同様に最低限必要となる看護師の数から設定していきます。
看護師は、朝食時の服薬管理から眠前の服薬管理までを行う必要があるため、早朝7時~21時まで、少なくとも一人の看護師が常駐するように配置します。一人で勤務することはできないため早出勤務(7時~16時)、遅出勤務(12時~21時)の二交代とします。

表のように、一日2名の勤務ですから、一年間に必要な看護スタッフの延べ人数は2名×365日=730日分です。一人当たりの勤務日数は250日ですから、常勤換算では2.9人の看護師が必要です。

次に夜勤スタッフの設定です。
29名以下であれば1名、60名の入所者であれば、配置基準上は2名でも可能です。
基本的には、ほとんどの入居者は眠っている時間ですが、排泄介助やコール対応、定期巡回、翌日の準備の他、急変や事故への初期対応なども行いますので、入居者の数に関わらず基本的に2名以上、また、少なくとも「要介護20名に対して1名以上」は必要です。

これに加えて、もう一つ重要なことは、居室フロアに一人以上の介護スタッフを配置するのが基本だということです。 認知症高齢者や転倒時など、常にスタッフコールを押せるというわけではありません。同一フロアに介護スタッフがいると、大きな音がしたり、入居者が大きな声を出したり、また認知症の高齢者が起きだしてくるとすぐに気が付きますが、別フロアにいると、これらの異変に気が付かないため、発見が遅れ事故やトラブルの拡大につながります。

これは介護動線、介護のしやすさにも関わってきます。排泄介助といっても、居室内への移動、ポータブルトイレへの移動による自立排泄という高齢者も多いため、一人当たり10分~15分程度はかかります。その中で他の入居者からのコールが鳴ると、急いでその部屋に向かう必要があります。フロアをまたいで介護することになると、階段をつかって、何度もフロアを往復する必要があるため、その時間も労力も大きなものとなります。

夜勤帯は日勤帯と比べると介護スタッフが少なくなりますから、トラブルの発生時やコール対応一つでも、介護のスタッフにかかる身体的・精神的負担は重くなります。リスマネジメントだけでなく、介護のしやすさ、介護負荷の観点からも、一つのフロアに一人の夜勤スタッフの確保は、高齢者住宅の介護システム構築の絶対条件だといって良いでしょう。そう考えると、この4つのフロアに入居者が分かれている建物タイプだと、基準の2人ではなく、4人が必要だということになります。

そうなると、夜勤帯に必要な介護スタッフ数は常勤換算で11.7名 (4人×2日×365日÷250日)となるため、日勤帯に配置できる介護スタッフ数は常勤換算で5.4人(20人−2.9人−11.7人)となり、これを実労働日数である250日で割り返すと、実際に日勤帯で働く介護スタッフ配置は3.7人となってしまいます。これを四捨五入して4人と見積もっても、早出勤務2名、遅出勤務2名だけですから、この人数では食事介助や入浴介助も全くできないということになります。

ただ、実際にはこの60人の分離タイプの介護付有料老人ホームのほとんどは、4人の夜勤体制は取っていません。それだけ夜勤スタッフに負担がかかっているということです。
ただ、【3:1配置】では、実質的に4人夜勤はできませんので、夜勤スタッフに無理をさせて、3人で夜勤を行うということを想定して、業務シミュレーションを続けます。それが次の計算です。

四捨五入をしても、日勤帯に配置できる介護スタッフ数は6名でしかありません。早出勤務2名、日勤勤務2名、遅出勤務2名ということになります。これを時間毎に、介護スタッフの数を示したものが、下の図です。

夜勤スタッフは3人ですから、4つのフロアに分かれている60名の要介護高齢者を3人で起床させ、排泄介助、着替え、洗顔洗面、整容などの起床介助を行わなければなりません。7時に2人の早出勤務の介護スタッフがやってきますが、朝食は8時~8時半ですから、それまでに起床介助を完了し、すべての入居者を、エレベーターを使って食堂まで降ろさなければなりません。それを行うためには、入居者を遅くとも毎朝4時前には起こし始め、少しずつ食堂に降ろしておかなければ間に合わないということになります。
365日、毎朝4時前に起こされるというのは、通常の生活リズムだとは言えないでしょう。入居者にとっても、介護スタッフにとっても過酷な生活環境、労働環境だということがわかります。

入浴介助は更に困難です。
述べてきたように、要介護高齢者の入浴は、ヒートショックによる心筋梗塞や脳出血など急変する可能性が高いこと、また床がぬれているため転倒・転落、更には溺水・熱傷などの事故リスクが高いために、マンツーマン介助が必要です。実際に、たくさんの死亡事故が発生しており、入浴中の事故で入居者が死亡した場合、損害賠償の民事責任だけでなく、介護スタッフ個人に業務上過失致死など刑事責任が問われることになります。

60人の要介護高齢者を週2回入浴させるには、月曜から日曜まで毎日入浴日にするとしても、一日あたり17人~18人の入浴が必要となります。 入浴介助の時間は、午前の9時半~11時半、午後の13時半~16時半ですから、午前中に7~8人、午後に10人程度の入浴介助を行うためには、少なくとも3人~4人の介護スタッフを専任で張り付ける必要がありますが、その時間帯の勤務者は、休憩時間を除くと、実質的に午前中は1人、午後でも1人~3人程度でしかありません。
この時点で、介護システムとして根本的に破綻しているということがわかるでしょう。絶対的に不可能なのです。

しかし、現状を見ると、大手、中小を問わず素人事業者が作った低価格の介護付有料老人ホームは、この「居室・食堂分離型」で、かつ「【3:1配置】の基準配置」のものがとても多いのです。それは、食堂や浴室を一階に集中させ縦に長い建物を作った方が、取得する土地が狭くて済み、またたくさんの居室が確保できること、そして、低価格化を実現するためには、何よりも人件費を抑える必要があるため、基準配置にしてしまうからです。

ただそれは、間違いなく「介護できない介護付き」であり、入居者に過酷な生活、介護スタッフに過重労働を強いる欠陥商品なのです。
このような低価格モデルの介護付有料老人ホームは、今後、重度要介護高齢者が増えてくると、事故やトラブルが激増し、かつ介護スタッフは過重労働で離職率が増加し、間違いなく経営できなくなります。



高齢者住宅 「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)

   ⇒ 要介護高齢者住宅 業務シミュレーションのポイント
   ⇒ ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない (証明)
   ⇒ 小規模の地域密着型は【2:1配置】でも対応不可 (証明)  
   ⇒ ユニット型特養ホームに必要な人員は基準の二倍以上 (証明)
   ⇒ 居室・食堂分離型の建物で【3:1配置】は欠陥商品 (証明) 
   ⇒ 居室・食堂分離型建物では介護システム構築が困難 (証明)
   ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~制度基準とは何か~
   ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~建物と介護~

高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション

   ⇒ 大半の高齢者住宅は事業計画の段階で失敗している 
   ⇒ 「一体的検討」と「事業性検討」中心の事業計画へ
   ⇒ 事業シミュレーションの「種類」と「目的」を理解する  
   ⇒ 業務シミュレーションの目的は「強い商品性の探求」
   ⇒ 業務シミュレーションの条件 ① ~対象者の整理~
   ⇒ 業務シミュレーションの条件 ② ~サービス・業務~
   ⇒ 高齢者住宅のトイレ ~トイレ設計×排泄介助 考~
   ⇒ 高齢者住宅の食堂 ~食堂設計 × 食事介助 考~
   ⇒ 高齢者住宅の浴室 ~浴室設計 × 入浴介助 考~



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