金持ち優先の社会福祉施設、セーフティネットという前代未聞のユニット型特養ホームを作り続けた厚労省。しかし、最大の問題は、制度矛盾ではなく、あまりにも非効率な建物設備と介護システム。将来的に制度矛盾が解消されても、人くい虫、金食い虫の負の遺産は残る。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 010
最近、厚生労働省は、これまでの「高齢者施設」や「高齢者住宅」ではなく、「高齢者の住まい」という言葉を使っています。有料老人ホームやサ高住、また特別養護老人ホーム、グループホームなど個別の整備計画ではなく、「地域包括ケアシステム推進のために、それぞれの地域事情に合わせて、必要な高齢者の住まいの種類を考えて整備してください」という論調です。
しかし、高齢者の住まいとして、もうこれ以上、絶対に増やしてはいけないものがあります。
それが、「ユニット型特養ホーム」です。
あまりにも惨い ユニット型特養ホームの制度矛盾
介護保険制度がスタートする数年前、平成10年ごろまでに建築された特養ホームは、4人部屋が中心でした。いまでも古い施設の中には、6人部屋、8人部屋というところも残っています。
これらを「従来型」と呼びます。開設された時代によっても違いますが、その建築費総額の約3/4が、補助金として支出されていたため、月額利用料は、居住費(家賃相当)や食費、介護保険の一割負担を含め0万円~9万円程度と低額に抑えられています。
介護保険制度の発足と前後して、「特養ホームは長期入所が一般化しており、高齢者の住まいとして相応しい居住環境を整備すべきだ」という意見が高まり、10名程度のユニットに分けられた全室個室の特養ホームが推進されることになりました。従来型に対して「ユニット型」と呼ばれています。
それに合わせて、在宅で生活する高齢者との公平性の観点から、特養ホームに対する建設補助金の金額も総額の1/3~1/4程度にまで減額され、入居者に負担してもらう居住費も従来型と比較すると高額になっています。 このユニット型個室の月額利用料は、現在、6万円~13万円(基準額)です。
厚労省の資料によると、平成28年10月現在、特養ホームの施設数は9645施設、その内、ユニット型個室の占める割合は40%に上っています。
どちらも、そのサービス内容と比較すると、非常に低価格に押さえられています。
いまでも、「高額な有料老人ホームではなく、低価格の特養ホームを」という声は大きいのですが、問題はそう簡単ではありません。
一つは逼迫する社会保障財政です。
ユニット型特養ホームの隣に、まったく同じ建物設備・サービスの介護付有料老人ホームを整備すると、その利用料は30万円~35万円になります。特養ホームが安いのは、介護付有料老人ホームで生活する要介護高齢者と比較すると、年間一人あたり180万円もの社会保障費が投入されているからです。
現在、特養ホームの対象は要介護3以上の重度要介護高齢者に限定されていますが、それでも待機者は30万人をこえています。更に、今後、自宅で生活できない重度要介護高齢者、認知症高齢者は激増しますから、50万人、70万人、100万人と一気に増えていきます。
その需要の増加に対応するには、現在の二倍の特養ホームを整備しなければなりませんが、財政的にそのようなことができはずがありません。
もう一つは、低所得者対策の不備です。
特別養護老人ホームは福祉施設ですから、低所得者には減額措置がありますが、これは全く機能していません。そのため、莫大な社会保障費を投入した老人福祉施設でありながら、富裕層は入居しやすく、貧困の高齢者は極端に入りにくいという致命的な欠陥を抱えています。現在の制度のもとで、ユニット型個室の特養ホームを増やしても、社会保障の増大につながるだけで、無届施設を頼らざるを得ないような、低所得、低資産の高齢者は入所できないのです。そのため、「特養ホームが足りない」「いまだ待機者は30万人」と言われる一方で、一部地域では待機者ゼロ、入所者不足という状況になっているです。
更に、老人福祉増進のための公益法人として開設されたはずの社会福祉法人の一部は、補助金や非課税などの優遇施策を背景に、高い利益を上げており、その福祉利権を行政の天下りや地方議員が喰い物にするという構図が出来上がっています。
中には、居住費の基準額が1970円(一日当たりの家賃相当)に対して、4000円~6000円というところもあり、月額費用が20万円をこえる高級特養ホームもあります。
社会的弱者を後回しにして、お金持ち優先の福祉施設を作っている国など日本くらいのものです。
これが、日本の老人福祉・介護保険政策の実体です。
最大の問題は理想が故にあまりにも非効率な介護システム
もちろん、これらの制度矛盾は、解消されていくことになるでしょう。
現在の特養ホームの役割は、実質的に「要福祉」というよりも、「重度要介護高齢者の住まい」であり、「介護付有料老人ホーム」と役割はほとんど変わりません。そのため、現在、ユニット型個室特養ホームの基準額となる月額費用は13万円程度ですが、将来的には引き上げられ、現在の二倍程度にはなるでしょうし、低所得者にも入所できるように減額制度も現在の4段階から、10~20段階に細かく設定されるでしょう。
介護保険財政、社会保障財政はますます厳しくなっていきますから、支払える人には支払ってもらう、低所得・低資産の高齢者も特養ホームに入りやすくするというのは当然の流れです。
しかし、このユニット型特養ホームの課題は、制度上の矛盾だけではありません。
ユニット型特養ホームの場合、建物設置基準の中で、1つのユニットが10名以内、それぞれのユニット内に食堂や浴室が設置されていることが定められています。これをユニットケアと言い、小さな単位で介護スタッフも限定することによって、個々の要介護状態、個別ニーズにきめ細かく対応できるように考え出された介護システムです。
最大の問題は、このユニット型特養ホームのシステムは、要介護高齢者の住まいとして理想的であるが故に、あまりにも非効率で、その運営に人やお金がかかりすぎるということです。
この特養ホームの基準配置は、【3:1配置】ですから、入所者が60名であれば、介護看護スタッフ配置は20名ということになります。しかし、厚労省が介護給付費分科会に提出した資料によると、ユニット型個室特養ホームのスタッフ配置は、平均で「1.6:1配置」となっています。これは60名の定員に対して、実際は基準の二倍に近い、38人のスタッフが働いているということです。
それだけの人材を投入しないと、ユニット型特養ホームは機能しないのです。
そのため、高い介護報酬が必要になり、かつ働く介護スタッフの給与は上がらないのです。
これは、特養ホームの制度の課題だけでなく、地域の課題でもあります。
これからは「地域包括ケア」と言われるように、それぞれの地域で、ますます厳しくなる財源、人材を使って、公平・公正で、効率的・効果的な「ケアシステム」を構築していかなければなりません。しかし、「特養ホームが足りない」と盲目的にユニット型特養ホーム作り続けると、そこだけに莫大な費用や人材が吸い取られてしまうのです。
つまり、特養ホームは、「施設だからダメ」「整備にお金がかかるからダメ」ではなく、「高齢者の住まいとしてあまりに不公平、非効率で、運営にお金も人もかかりすぎるからダメ」なのです。述べたように現行制度の矛盾、無駄は惨いものですが、その制度矛盾が解消されても、お金がかかりすぎる現在の建物設備・介護システムは、潰すことはできず、負の遺産として残るのです。
それは、何十年もの間、地域包括ケアシステムの足を引っ張り続けるのです。
問題はすでに顕在化しています。
「高額だからユニット型特養ホームに入れない」という高齢者は多く、一部地域ではユニット型特養ホームは定員割れをしています。
また、待機者が多くても、介護スタッフを集められないため、この数年の新規開設者の中には、全体の半分のユニットしか開けられないところもでています。当然、それでは大赤字になります。また一つのユニット、フロアをオープンするには一気に10人程度のスタッフを確保しなければなりませんから、将来的にオープンできる可能性もかなり低くなります。この数年で、福祉医療事業団への返済が滞る社会福祉法人は激増しており、特養ホームの倒産は、現実のものとなりつつあります。
特養ホームの崩壊は、民間の高齢者住宅の倒産と違い、地域のセーフティネット、老人福祉の崩壊です。
政治的ポピュリズムと補助金バブルで、このような制度をつくってきた政治家、厚労省、自治体の責任は決して軽くはありません。
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