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「制度の混乱」と「素人事業者」によって生み出された不良債権


軽度のときは高齢者住宅、重度になれば特養ホームは「絵に描いた餅」。現在運営中の大半の高齢者住宅は「介護が重度になれば対応不可」となり事故、トラブル、介護スタッフの離職が激増する。制度矛盾と素人事業者によってつくられた高齢者住宅は、超高齢社会に影を落とす巨大な不良債権。

【連 載】 超高齢社会に、なぜ高齢者住宅の倒産が増えるのか 019 (全 29回)


高齢者住宅の倒産件数の増加が、マスコミでも伝えられるようになってきました。
今後、有料老人ホーム、サ高住を問わず今後、多くの高齢者住宅が経営に行き詰まり、大倒産時代を迎えます。この10年の間に、事業継続が困難になる高齢者住宅数は、少なくとも全体の半数、最悪の場合、8割に上る可能性もあると考えています。行き場のない、自宅にも戻ることのできない高齢者・要介護高齢者が激増し、大きな社会問題となることは避けられない状況です。
ただ、その原因は「高齢者住宅が増えすぎたから…」ではありません。

「重度要介護になれば特養ホーム」は、絵に描いた餅

「興味はあるけど、こんな矛盾だらけの制度ではとても参入できないよ」
「なぜ住宅大手が高齢者住宅に参入しないのか、国も考えるべきだ」
「介護ビジネスは、まともな商売していたら勝てない業界ってことだよ」
講演をした高齢者住宅の事業者向けセミナーで、ある企業の社長に、そう言われたことがあります。

高齢者住宅は、これからの人口減少社会の中で、確実にかつ安定的に需要が高まる、数少ない事業です。
超高齢社会に不可欠な社会インフラとして、高齢者住宅事業に対する企業の参入意欲は、決して低くありません。建築補助金や税制優遇などしなくても、公平、公正なサービス競争ができる制度、環境をきちんと整えていれば、民間企業のもつ知恵や工夫、マネジメントのノウハウが、介護サービス業界、高齢者住宅業界にも導入されたはずです。

しかし、厚労省や自治体は、民間事業者の要介護高齢者向け住宅の参入を拒むかのように、莫大な社会保障費と、たくさんの介護人材が必要となるユニット型特養ホームを「重度要介護高齢者の住まい」として作り続けてきました。
これに対して、介護施策を持たない国交省は、特養ホームに入所できるまでの「つなぎ」として、中間層の自立・軽度高齢者を対象としたサービス付き高齢者向け住宅を推進しました。
今でも、「サ高住は、自立高齢者の住宅だ。要介護状態になれば、特養ホームや老健施設に住み替えてもらうのが前提」というのが国交省の言い分です。

自立~要支援高齢者に適した住居と、重度要介護高齢者に適した住居は、建物設備・介護システムが基本的に違います。また、一般の賃貸マンション、賃貸アパートは今でも、「高齢者お断り」です。そのため「重度要介護高齢者になれば、誰でもすぐに介護機能の整った特養ホームに入所できる」というのであれば、住み替えが必要なことを十分に説明したうえで、「自立・軽度要介護は民間のサ高住」「重度要介護は福祉施設」といった役割分担も一つの方法かもしれません。

ただ、このシステムを維持するには、高齢者住宅ではなく特養ホームを作り続けなければなりません。
しかし、特養ホームの待機者は今でも30万人をこえています。更に超ハイパー高齢社会の衝撃🔗で述べたように、今後、2035年までの間に、重度要介護高齢者、認知症高齢者は現在の二倍以上となり、その2/3は、独居または高齢夫婦世帯です。その需要の増加に合わせて、莫大な社会保障費がかかる特養ホームを整備し続けられるのか、サ高住入居者も重度要介護状態になれば特養ホームに入れるのかと問えば、それは財政的にも人材的にも100%不可能です。
国が想定した「自立・要支援まではサ高住」「重度要介護状態になれば特養ホームに住み替え」という仕組みは、財政的にも人材的にも最初から実現可能性のない「絵に描いた餅」なのです。

現在運営中の大半の高齢者住宅は「重度要介護になれば対応不可」

この矛盾だらけの制度に、輪をかけたのが素人事業者の激増です。
国交省は、「サ高住は要介護高齢者対応の制度、住宅ではない」と言っていますが、現在、運営しているほぼすべてのサ高住は、「介護が必要になっても安心・快適」「要介護高齢者受け入れ可」を標榜しています。そのため、ほとんどすべてのの高齢者・家族は「介護が必要になっても安心だから」「終の棲家」と考えてサ高住を選んでいます。

もちろん、「サ高住は要介護高齢者を対象にしてはいけない」というものではありません。事業者の説明の通り、介護が必要になっても安心・快適に暮らせるシステム・商品なのであれば問題はありません。
しかし、運営中のサ高住のビジネスモデルは、そうではありません。
現在運営中のサ高住の大半は、建物設備設計も介護システムも、国交省の制度基準に基づいた「自立~軽度要介護高齢者」を対象とした商品設計となっており、重度要介護高齢者には対応できません。

これは、サ高住だけでなく、低価格の介護付有料老人ホームも同じです。
「介護付は、重度要介護高齢者に適した高齢者住宅」と安易に考えがちですが、介護保険制度が担保するのは介護の基本部分だけです。「介護付有料老人ホーム」の意味は、「介護機能が充実した」ではなく、「介護サービスは有料老人ホームの責任で提供する」というものでしかありません。
特定施設入居者生活介護の指定基準の【3:1配置】程度の介護スタッフ配置では、中度~重度要介護高齢者が増えると、その介護サービス量の増加に対応することはできません。
つまり、現在のサ高住はほぼすべて「自立~要支援高齢者の住宅」、介護付有料老人ホームの半分以上は「軽度要介護高齢者の住宅」であり、どちらも重度要介護高齢者には対応できない商品なのです。

これは、現在社会問題となっている介護スタッフ不足の原因でもあります。
介護システムや建物設備が、「要介護高齢者対応」になっていないということは、「重度要介護高齢者の生活環境が整っていない」だけでなく、「安全に介護できる労働環境が整っていない」ということです。
「介護の離職率が高い」と言われていますが、同じ介護スタッフでも、離職率は事業者や介護サービス種類によって二極化しています。現在、離職率が突出して高いのが人員配置の低い低価格の介護付有料老人ホームです。
更に今後、重度要介護高齢者が増えると、介護スタッフは走り回ることになります。事故やトラブルが多発し、介護スタッフは疲弊、その過重労働に耐えかねて、更に離職率は高くなります。

補助金を出して金食い虫の不良品ばかりを作ってきた

この歪みがますます拡大し、問題が顕在化するのはこれからです。
「介護が必要になっても安心」「介護付だから安心・快適」と聞いて、高齢者住宅に、たくさんの高齢者が入居しています。いまはまだ要支援~軽度要介護の高齢者も、今後、加齢や疾病によってもどんどん要介護状態は重くなっていきます。そのため、今でも、まともな介護を受けられず、寝たきり寝かせきりというよりも、ほったらかしで、ひどいオムツかぶれや褥瘡ができ、やせ細り亡くなっていく入居者が増えています。それは30年、40年前に問題になった悪徳老人病院に戻っているという人がいますが、実際はその比ではない悲惨さです。

一方「特養ホーム」も、作り続けることは不可能ですから、待機者はどんどん増えます。その対象、門戸はより狭くなり、緊急性の高い一人暮らしの自宅の重度要介護、認知症高齢者が優先され、サ高住や介護付有料老人ホームの高齢者は後回しになります。その結果、高齢者住宅では事故やトラブルはますます増え、次々と介護スタッフは離職し、機能停止となるのです。

「サ高住は利用権と違い、借家権だから、住み続ける権利が保障されている」という人がいますが、居住権が確保されていても、介護看護サービス、食事サービスが整っていなければ、生活できません。特に、重度要介護高齢者の場合、サービスが止まれば生命に関わる事態に発展します。

一般的な産業の場合、倒産の原因は「資金ショート」ですが、高齢者住宅の場合は、「資金ショート」+「商品性の瑕疵」です。資金がなくても借入返済を免除してもらったり、猶予してもらうことによって事業再生を果たすことは可能ですが、現在の大半の高齢者住宅は「運転資金」ではなく、「商品・サービス」に瑕疵があるため、経営者が変わっても、資金をつぎ込んでも再生はできません。

その地域で、一つでも高齢者住宅が倒産すれば、要介護状態に関わらず、行き場のない入居者を、その地域の特養ホームや老健施設、ショートステイなどで緊急避難的に入所受け入れを行わざるを得ず、その地域の介護福祉ネットワークは混乱します。特に、東京や大阪などの都心部に集中している、大手の高齢者住宅事業者が破綻すれば、既存の福祉施設だけで対応することは困難ですから、他の高齢者住宅も巻き込み大混乱になるでしょう。

これは、決して「最悪のシナリオ」ではありません。
この数年の内に、確実にそうなります。それは今の日本には、欠陥品の高齢者住宅を延命させ、ソフトランディングさせるだけの財源も人材も、そして時間もないからです。
高齢者住宅の需要が増えるという過剰な期待の中で、責任感もマネジメント力もない「厚労省×国交省」と「素人事業者」によって作られた高齢者住宅は、すでに超高齢社会に暗い影を落とす大きな不良債権、巨大リスクとなっているのです。




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