介護事故、防災対策、感染症、食中毒対策などのリスクマネジメントは、「スタッフ教育・研修」「リスク委員会」「マニュアル整備」などの業務見直しの前に、建物設備備品の見直しが必要。「ソフトの前にハードの見直し」が実効性のあるリスクマネジメントの鉄則
管理者・リーダー向け 連載 『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 023
リスクマネジメントの実務といえば、「事故報告書の作成」「リスクマネジメント委員会の立ち上げ」「スタッフ教育・研修の強化」「ケアマネジメントの強化」「安全介護マニュアルの整備」など、書類整備や会議、研修などの対策をイメージする人が多いのですが、実は、その前にやるべきことがあります。
それが、建物設備備品の見直しです。
「ソフトの前にハードの見直し」が、リスクマネジメントの第二の鉄則です。
事故を例に、建物設備設計、備品選択の見直しの重要性を考えます。
建物設備は介護事故発生の3大要因の一つ
転倒や転落などの事故の発生要因は「介護スタッフのミス」「入居者の身体機能の低下」「建物設備備品」の大きく3つに分かれます。その多くは単独ではなく、複合的に絡み合って発生しています。
ひとつは、身体機能低下と建物・設備・備品の歪です。
要介護高齢者と言っても、その状態・身体機能はそれぞれに違います。自立独歩の高齢者でも、その歩行の安定度にはばらつきがありますし、半身麻痺で自走車椅子利用の高齢者でも、右半身麻痺なのか左半身麻痺なのかによって、使いやすい建物、介助しやすい設備はかわってきます。
見学に行くと、居室トイレ内の同じ場所、高さに、最初から同じ手すりが設置されているところがありますが、特定の状態の人には有用であるものの、その他の人には必要なく、スタッフの介助時には邪魔になるのではないかと感じることがあります。共用トイレの入り口ドアノブ・手すりが右麻痺の人には使いやすいけれど、左麻痺の人には使いにくいこともあります。
もう一つは、介護スタッフのミスと建物・設備・備品の歪みです。
「シャワーキャリーで移動介助しているときに、混合水洗にぶつかり怪我をさせた」「特殊浴槽のストレッチャーで洗身しているときに、転落防止バーがはずれ入居者が転落した」など、考えれば、いくつもの例が挙げられるでしょう。
自立支援機器、介護用品は、この10年の間に大きく進化しています。特に、電動ベッドや電動車いす、介護リフト、特殊浴槽などの動力を使うものは、介護労働を軽減させることができます。しかし、その一方で使い方や設定を間違えると、骨折や死亡などの重大事故に直結します。
建物・設備・備品を起点にして介護業務を見直す
なぜ、リスクマネジメントに建物設備備品が重要かというと、介助方法(ソフト)は、要介護高齢者一人一人変わってきますが、建物設備はハードであり、それ自体を変更することができないからです。これは、運営中の事業者だけでなく、これから建物設備設計、備品選択をする新規事業者も同じです。そのため、生活環境の一つである、建物設備備品を起点にして、介護・業務を見直すことが必要になるのです。
建物設備備品が介護事故の一因となるケースを細かく見ていくと、「使用上のミス」「メンテナンス不足」「選択ミス」の3つに分けることができます。
「使用上のミス」は、基本的にはスタッフの介助ミスと大きく関係しています。「特殊浴槽の補助バーを確認しなかったために、入浴中に外れて転落」「清掃をしたスタッフがシャワーの温度を高温にしたまま忘れてしまって熱傷した」「リフト車の安全確認を怠ったため、入居者の足が挟まって骨折」など、いくつものケースを挙げることができます。
「メンテナンス不足」も事故の原因となるものです。「車いすのブレーキが弱く、移乗時に動いて転倒」「センサーマットを設置したが壊れていた」「特殊浴槽の温度センサーが誤作動を起こした」「ストレッチャーの補助バーのネジが外れていた」など、たくさんの事例があがってきます。
「選択ミス」は、「脱衣室の籐製の椅子に利用者がつかまって転倒した」「車いすとポータブルトイレの高さの不一致」「手すりの端が衣服に絡まって転倒」などで、これも事故の原因としては多いものです。
建物設備備品が原因となる介護事故を予防するために、必要な対策について整理したのが、下の図です。
まず、「使用上のミス」の原因は、「スタッフと建物設備の歪」です。
建物設備備品などのハード対策と一体的に、業務マニュアルの整備及びそれに基づくスタッフ研修などのソフト対策を検討しなければなりません。特殊浴槽の使用上の注意、入浴前の浴室の準備、次に入浴する入居者、介助者のための後片付け、車いす移乗前の確認事項などをマニュアルで整備し、それを全スタッフが行えば、浴室内の事故の種を減らすことができます。
通所サービスや入院の送迎中の事故を防ぐためには、リフト車両の使い方や事故のリスクなどについて、全スタッフで情報、認識を共有しなければなりません。
また、あまり操作の難しくないもの、時間のかかるものを選ばないということも必要です。
「メンテナンス不足」による事故削減に必要なのは、定期的なチェックや管理者等による巡回です。
エレベーターや自動ドアは定期的な保守点検が義務付けられていますが、法的規制のない特殊浴槽や車椅子、自動ベッドなどの備品なども、その安全性を維持するためには定期的なメンテナンスが必要です。それぞれの購入時に、メーカーや業者に対して、3ヶ月一度、半年に一度といった、定期的なメンテナンスを合わせて依頼しておければ、「補助バーのネジが取れて無くなっていた」「車いすのブレーキのかかりが悪い」といった事態を防ぐことができます。
また3日に一度と時間を決めて、管理者が巡回し、「階段室が開いたままになっていることがある」「昼食前の時間帯に紙オムツ等の備品搬入が重なる」といった事故の種を、積極的に消していけば、転倒や転落などの事故の種を摘むことができるでしょう。このメンテナンスや定期巡回は、それほど手間ではありませんし、介護看護スタッフではなく、事務・管理スタッフで、空いた時間できることです。
もう一つは、「選択ミス」による事故削減対策です。
この選択ミスは大きく二つに分かれます。
一つは、その設備備品自体の選択ミスです。
例えば、介護関連施設や高齢者住宅の椅子やテーブルは、身体機能の低下した高齢者が手をついたり、もたれかかることも多く、軽すぎると転倒のリスクが高まります。また雰囲気を出すために浴室に大きな暖簾をかけているところも多いのですが、急に人がでてきてぶつかったり、視力の低下した高齢者が間違ってもたれかかり、転倒するという事故の原因にもなっています。
要介護度の変化に対応できる「可変性」、多様な要介護状態の高齢者が利用できる「汎用性」という視点も重要です。右麻痺の車いす高齢者には使いやすく安全だけれど、左麻痺の独歩高齢者には危険だということでは、多様な要介護状態の高齢者が利用、生活する介護関連施設や高齢者住宅では不適格です。
最後の一つは適用ミスです。当初は車いすやベッド柵の位置などが適切であったとしても、要介護状態は加齢によって変化していますから、身体機能変化に合わせて、適切な備品の内容や使用方法を見直していかなければなりません。それを見極めるのがケアマネジメントです。
基本的に6ヶ月に一度、身体状況に変化があった場合は随時、ケアプランを見直すことになっていますが、その時に必ず、建物設備備品が上手く適応しているのか、確認しなければなりません。
建物・設備・備品の見直しは最も効果的で、手間も時間もかからない
述べたように、介護事故は、「介護スタッフのミス」「入居者の身体機能の低下」「建物設備備品」の複合的な要因で発生しますから、事故の種を消していくという作業が必要です。
しかし、介護スタッフの技術知識の習得には時間がかりますし、要介護高齢者の身体状況は日々大きく変化しますから、ケアプランを定期的に見直しても、完全にその変化に合わせることはできません。
一方、事前に介護実務や介護事故、生活事故に合わせて「高い安全性を持つ建物設備設計、備品選択」を行えば、確実に一定の高い効果が得られます。建物設備が事故原因になっているケースもたくさんありますが、逆にハードの安全対策が十分に検討されていれば、小さな介助ミスや日々の状態変化を建物設備備品が吸収し、多くの事故を防いでくれるのです。
つまり、建物設備備品の見直しは、最も効果的で、最も時間も手間もかからない事故対策なのです。
これは、防災対策や感染症・食中毒対策も同じことが言えます。
放火や類焼、自然災害を避けることはできませんが、「防炎のカーテンにする」「共用部の棚やテレビが倒れないように設置する」というだけで、被害の拡大を防ぐことができますし、「エントランスに手指消毒液・注意掲示を置く」というだけで、一定、ウイルスや原因菌の流入を予防することができます。
「ソフトの前にハードの見直し」は、リスクマネジメントの鉄則だと言った意味がわかるでしょう。
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