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中度重度要介護高齢者住宅の基本② ~建物設計~

介護が必要になっても安心・快適を標榜する事業者は多いが、それが可能か否かは、建物設備を見ればわかる。「食堂・浴室・居室」が同一フロアに設計されていない、移動にエレベーターが必要となる生活動線、介護動線では、車いすなどの重度要介護高齢者の生活には不適格

高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 032


高齢者住宅は、「住宅サービス」と「生活支援サービス」の複合サービスです。
中度・重度要介護高齢者の住宅選びと言えば、介護看護サービス、食事サービスなど生活支援サービスばかりに目が行きがちですが、実は、「介護付きか、住宅型か」「介護スタッフの数はどうなっているか」と資料を細かく分析しなくても、建物設備を見るだけで、「介護が必要になっても生活できるか否か」は簡単に判断することができます。
何故かと言えば、私たち健常者の建物設備と重度要介護高齢者の建物設備は、全く違うものだからです。

要介護状態が重くなると、私たちが普段から何不自由なく使っている建物設備、備品が、生活上、大きな障壁・バリアになります。基本的に階段は使えませんし、車いす移動になると小さな段差や、狭い幅のドアも通り抜けることはできません。例えば、90㎝の開き戸のドアを10人の若者が通過する時間はものの数秒ですが、自走車いすの高齢者であれば介助者がいても5分程度、介助者がなければ20分~30分はかかるでしょう。

高齢者住宅はバリアフリーであればよい、有料老人ホーム、サ高住の制度基準に合致していればよいというものではありません。要介護高齢者を対象とした高齢者住宅は、「誰にでも平均的に使いやすい」ではなく、「車いすなど重度要介護高齢者が生活しやすい」ものでなければならないのです。

入居者の『生活動線』、スタッフの『介護動線』が考えられているか

要介護高齢者の建物設備と言えば、特殊な入浴機器や手すりの設置、スライドドアなど個別の建具や設備機器を想定しますが、重度要介護高齢者が安全、快適に生活できるか否かをチェックする最大のポイントは、全体の間取りからみた「生活動線」「介護動線」です。
それは、車いす移動など重度要介護状態になっても安全に移動・生活しやすい動線となっているか、また介護スタッフが安全に介護しやすい動線となっているかです。
実際の事例をもとに考えてみましょう。

現在の高齢者住宅の建物設備のタイプを大別すると、二つに分かれます。
一つは、下図の左のように、各居室のフロアと食堂、浴室フロアが分離しているものです。
会社の独身寮や学生寮などによるあるタイプで、食事時にはすべての入居者が一階の食堂に降りてくることになります。
もう一つが、食堂、浴室が、居室と同じフロアに、それぞれ設置されているものです。ユニット型と呼ばれることもあり、現在のユニット型特養ホームは、すべてこの同一フロアタイプです。事例でいくと、それぞれ30人の入居者が、それぞれのフロアの食堂、浴室を利用します。

どちらも定員60名、夜勤介護スタッフ数は3人、あなたは自走式の車いすに乗っていると仮定します。
多くの介助が集中する早朝の時間帯の要介護高齢者の生活動線、介護スタッフの介護動線をイメージしながら、生活のしやすさ、介護のしやすさを考えてみましょう。



同一フロアタイプの場合、自走車いすの高齢者は、自室から食堂へ一人で移動することができます。
朝の起床介助(洗顔、着替えなど含む)に介助が必要な場合でも、それが終われば部屋でテレビを見て、朝食の時間になれば、ゆっくり食堂に向かえばよいのです。食事が終われば、自分の好きな時間に部屋に戻ることができます。

一方の分離フロアの場合、一人で食堂に行くことはできません。
その、最大の障壁となるのがエレベーターです。エレベーターを車いすのまま利用しようとすると、かごの中で回転しなければなりません。広い福祉対応型のエレベーターなど回転操作できる容量と、その体力・能力が本人にあり、かつ一人で乗っている場合は一階の食堂まで下りることができますが、食事時間帯は他のたくさんの入居者と一緒に移動することになりますから、一人で乗ることはできません。
そのため食堂までの移動は、介護スタッフに委ねることになりますから、自分の好きな時間に食事に行くことも、部屋に帰ることもできません。

食堂に行ってからも、たくさんのバリアが存在しています。
60人の高齢者が一斉に集まる広い食堂ですし、その間にテーブルや椅子が置いてありますから、入口から離れた奥のテーブルだと、そこまでたどり着くのも大変です。他の人が食べている間は、食べ終わっても戻ることもできませんし、途中でトイレに行くこともできません。部屋に戻るにも、行きと同様にエレベーターは大混雑しています。

介護スタッフの介護のしやすさ、手間も全く変わってきます。
早朝の時間帯は、起床介助、洗顔洗面などの整容介助、着替え、排せつ、食事の準備など、様々な介助が集中します。それに、食堂までの移動介助の時間と労力が加わるのです。
エレベーターの機能上、最上階の高齢者が優先されるため、二階、三階の高齢者と介助者は、エレベーターホールの前で、いつまでも待ちぼうけを食らうことになります。また、各階すべてでボタンが押されているため、乗れる・乗れないに関わらず、エレベーターは各階で止まり、相当の時間がかかることになります。車いす利用の高齢者が60人の入居者のうち半数を超えると、複数の介護スタッフがそれにかかり切りになり、その移動介助だけで2時間程度は必要です。
往復で4時間、朝・昼・夕と一日三回の食事移動で、12時間です。

この分離フロアタイプの高齢者住宅で、いま何が起こっているかと言えば「異常な早起き」です。
早朝の時間帯は、日中とは違い夜勤スタッフと早出スタッフだけで対応しなければならず、かつ介護が集中する介護スタッフが最も忙しい時間帯です。ただ、あとは寝るだけ・・という「就寝介助」とは違い、朝食は7時半頃、その後も通院や入浴など一日が始まるので、その時間に間に合わせるためには、高齢者を早く起こさなければならないのです。

同一フロアタイプの場合、移動介助にほとんど時間がかかりませんし、また自走車いすの高齢者は移動介助が必要ありませんから、早くても6時~6時半頃の起床です。しかし、分離フロアの場合、一番早い高齢者は朝、3時半頃に起こされ、4時頃には車いすで食堂に降ろされるといいます。暗い食堂で3時間以上待ちぼうけとなるのです。
8時半頃に、食事が終わっても、部屋に戻るのは10時頃になってしまいます。また12時には昼食ですから、遅くとも11時頃には部屋を出なければなりません。介護スタッフが忙しければ、昼食までそのまま食堂で待たされると言います。
それが365日続くのです。とても人間の生活ではありません。

介護スタッフの業務、働きやすさも全く変わってきます。
夜勤を例に挙げてみましょう。どちらも夜勤帯は、介護スタッフ3人で対応しています。
同一フロアの場合、常時、各フロアに介護スタッフがいる状態にできるので、異変や急変に気づくことができます。また、認知症高齢者が起きてきたり、転倒事故やトラブルが発生したときでも、そのフロアを2人で対応することができますし、平穏な夜は交代しながら、ゆっくりと休憩をとることもできます。

これに対して、分離タイプの場合、4つのフロアに入居者が分かれているため、どこかで認知症の高齢者が混乱して大きな声を出したり、音がしたりしたとしてもスタッフは気付くことはできません。また、スタッフコールが鳴ると、介護スタッフは階段を使って、走り回ることになります。
当然、なかなかゆっくり休憩するということもできません。

入浴介助も同じです。
お風呂が同じフロアに設置してあれば、「下着を持ってくるのを忘れた」「紙おむつがなくなった」という場合でも、他のスタッフにすぐに持ってきてもらうことができますし、「腰に見慣れない斑点があるぞ・・感染性の皮膚病かもしれない」と心配な場合でも、フロアにいる看護スタッフに確認、応援を要請することできます。
一方の分離フロアタイプでは、斑点を見つけても看護スタッフがやってくるまでに時間がかかるため、「ま、いいか」ということになってしまいます。また自分で忘れものを取りに行っている間に、入居者が溺水、亡くなるといった痛ましい事故も起きています。

このように生活動線、介護動線は、実際の生活だけでなく、事故やトラブルの発生リスクにも大きく関係することがわかるでしょう。
繰り返しになりますが、「重度要介護高齢者になっても安全に生活できる生活環境」と、「重度要介護高齢者が増えても安全に介護できる介護環境」は一体的なものです。
要介護高齢者や介護スタッフの数も同じでも、どちらの建物が、車いす利用になっても、重度要介護状態になっても、安全、快適に生活しやすいか、介護スタッフが安全に介護できるか、一目瞭然でしょう。


実際の高齢者住宅を見ると、サービス付き高齢者向け住宅はそのほとんどが、また介護付有料老人ホームでも半分低度は分離タイプです。それは、分離タイプの方が、土地が小さくて済むこと、建築コストが抑えられることなどの、建築上のメリットがあるからです。
中には、入居者が80人で、6つのフロアに分離しており、夜勤帯3人というところもあります。
それがどれほど過酷な勤務、仕事になるかわかるでしょう。

この分離タイプでは車いす利用などの中度・重度要介護高齢者が増えてくれば生活できませんし、安全に介護することもできません。中度・重度要介護高齢者住宅の建物設備設計は、【食堂・浴室・居室は同一フロア】というのが、絶対的な原則なのです。

つまり、「介護が必要になっても安心・快適」と言っていても、建物の全体の間取りを見るだけでそれが可能か否か、もう少し厳しい言い方をすれば、要介護高齢者の生活や介護実務を知っているプロの事業者が作った建物か、素人事業者が作った建物かを簡単に見分けることができるのです。


「自立対象」と「要介護対象」は全く違う商品

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高齢者住宅選びの基本は「素人事業者を選ばない」こと

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