RISK-MANAGE

業務軽減を伴わない介護リスクマネジメントは間違い


忙しいから、手が回らないという声は大きいが、介護現場の業務負担が増えるリスクマネジメントは間違い。リスク会議の開催や事故報告書をつくるだけでは意味がない。リスクマネジメントはすべての業務・サービスの基礎であり「業務負担の軽減」「労働環境の改善」の伴わない対策は無意味。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 020


最近は、介護中の死亡事故のニュース、報道が増えてきたこともあり、リスクマネジメントに力を入れている介護サービス事業者、高齢者住宅業者は増えてきました。経営者、管理者に「どのような対策を行っていますか?」と聞くと、ほぼ異口同音に、「ヒヤリハット報告書、事故報告書、リスクマネジメント委員会などを行っています」と返ってきます。

その一方で、介護スタッフから聞かれるのは、「その重要性はわかっているが、忙しくて手が回らない」「日々の業務を行うので、精いっぱい」というものです。
「余裕をもって介護したい」「安全に介助したい」と思う反面、ほとんどの介護現場では限られた人数の中で、時間に追われるように介助を行っています。早朝など、介護業務が集中する時間帯もあり、「入居者の生活リズムに合わせて、ゆっくり介助する」ということができるわけではありません。
特に、最近は「慢性的な人材不足」となっている高齢者住宅、介護保険施設は多く、現場の介護リーダーも、自分の業務で手一杯の状態です。その上「リスクマネジメント委員会だ」「マニュアル整備だ」というと、「とても無理…勘弁してよ…」となるのも、わからなくはありません。

ただ、これはリスクマネジメントに対する誤解です。
「忙しいからできない」という事業者だけでなく、「事故報告書、委員会をやっている」という、とりあえず形からスタートという取り組みも、リスクマネジメントの鉄則からは外れています。
どちらも、リスクマネジメントが、日々の介護業務から独立、乖離しているからです。

リスクマネジメントは個別の対策ではなく、すべての業務の基礎

「介護事故」の対するとらえ方は、「交通事故」とよく似ています。
速度超過、停止違反で、違反切符を切られた場合、「運が悪かった」と考えてしまいがちです。
交差点での出会いがしらの衝突事故でも、「たまたま人が飛び出してきた」「違法駐車で見えなかった」「自転車に気を取られていた」と自分の責任以外の理由を考えます。もちろん、十分に安全運転をしていても、相手のあることですから、完全に防ぐことはできませんし、実際、居眠りや飲酒運転を除き、どちらか一方に100%過失があると認定されるケースは、そう多くはありません。
しかし、「運が悪く」「たまたま」としか考えられない人は、何度も事故を起こすことになります。

これは介護事故でも同じです。
介護の対象は身体機能や判断力の低下した高齢者、予測できない行動を起こす認知症高齢者です。介護スタッフや事業者の努力だけでは避けられない事故はたくさんあります。リスクマネジメントに取り組んでいても、「介護事故はゼロにできない・・」「事業所内で起きる事故がすべて事業者やスタッフの責任ではない・・」と考えている介護スタッフがほとんどでしょうし、また、それは間違いではありません。
しかし、事故はゼロにはできませんが、事故の発生件数を減らしたり、そこから派生すると様々なリスクを削減したりすることは確実にできるのです。

高齢者住宅内で発生している事故のほとんどは、予測不可能なものではありません。
食堂内で発生する事故は、転倒・転落・誤嚥(窒息)・異食・誤薬などに分類できます。
どの生活場面、介護場面でどのような事故が発生しているのかを検証すれば、それが、何が原因で(または原因が重なって)発生するのかがわかってきます。また、建物設備設計や置かれている備品を見れば、そのエリアで、どのような介護事故・生活事故が発生するのか、どのようなリスクが高いのかを予測することもできます。

介護事故の発生リスクを想定することができれば、ケアマネジメントを通じて、個々の要介護高齢者に対して、どのように介護すれば安全か、建物や設備に工夫はできないか、その対策が見えてきます。
また、認知症高齢者の歩行中の転倒など、「事故のリスクはあるが、完全に予防にできない」という場合は、その骨折や死亡などの重大事故にならないように工夫することや、そのリスクの可能性や対策の限界について事前に家族に説明することができます。

つまり、リスクマネジメントは、「そのための特別な対応を行う」というものではなく、入居時説明、ケアマネジメント、建物設備のチェックなど、日々行っている介護、看護、相談などの業務の中にあるものなのです。
今の業務、勤務体系そのままでも、「リスクマネジメント」という視点から業務を見直し、各スタッフにその意識付けを行うだけで、事故予防、対策は一気に進みます。逆に、報告書や会議はあくまで補助的・補完的なもので、それだけを行っても、業務が増えるだけで、事故削減や、リスクマネジメント対策が進むというものではないのです。

方向性は労働環境の整備と業務軽減

リスクマネジメントになぜ取り組む必要があるのか。
そのメリットは、入居者の安全な生活の担保、サービスの向上だけではありません。それ以上に重要になるのが、介護スタッフが安全に働ける労働環境の整備と、業務の負担軽減です。

介護スタッフの中にも、「避けられない事故はある」と言う人が多いのですが、介護サービスは法的責任が個人として問われる、リスクが高い仕事だという理解が十分ではありません。介護福祉士、ホームヘルパーなどの資格が剥奪されることもありますし、入居者が亡くなれば、業務上過失致死などの刑事罰を受けるリスクもあります。
「介護は身体的にも精神的にも大変」ではなく、「専門性とリスクの高いプロの仕事」なのです。
そこには強いサービス提供責任がついてまわります。その時になって「そんなつもりではなかった」「責任の重さに驚いた」と言っても、責任を逃れられるわけではありません。リスクマネジメントは、介護看護スタッフが安全に介護、仕事を行うための基礎であり、一緒に働く同僚を守るものなのです。

もう一つ、リスクマネジメント推進に不可欠な視点は、業務負担の軽減です。
転倒骨折事故や家族からのクレームが発生すれば、その対応に多くの時間と労力を割かなければなりませんし、精神的な負担も大きくなります。ただでさえ人が足りないのに、「Aさんが転倒しました、どうしましょう・・」「家族さんが主任にお話したいことがあると、部屋でお待ちです(お怒りです)」となり、本来のサービス以外の業務・仕事がどんどん増えていきます。
「忙しい・・」という介護リーダーと話をすると、毎日何をしているのかよくわからないけれど、「とりあえず、何か起こってバタバタしている」という状態であることがわかります。それぞれの介護スタッフも転倒事故が起こったとき、家族から意見を言われたときに、何をすればよいかわからないのですから、「とりあえず上に伝えればよい」「主任さんは大変ね・・」という意識になりがちです。

リスクマネジメントを推進すれば、事故やクレームを盲目的に恐れる必要はなく、各スタッフが日々の業務の中で何をすればよいか、何をしてはいけないのかが明確になります。スタッフ間の連携連絡、相談報告体制は強化され、「忘れ物をした」「オムツが足りない」など、無駄な動きがなくなりますし、事故やクレームが発生した時も、何をすべきか、どのような報告をすべきかが、瞬時に判断できます。
リスクマネジメントを推進すると、介護事故やトラブルが減るというだけでなく、介護・看護業務は確実に軽減されるのです。


これは介護事故だけでなく、トラブルや家族からのクレーム、感染症や食中毒、災害対策も同じです。
業務負担軽減、労働環境改善を伴わないリスクマネジメントは、その手法自体が間違っています。
リスクマネジメント対策を強化すればするほど、どんどん仕事がふえる、残業が増えるというのでは、継続できるはずもなく、やっても意味がないのです。リスクマネジメントの目的は、「労働環境改善」「業務軽減」であり、それを経営者も管理者も理解し、現場の介護スタッフに伝えるということが、リスクマネジメントの第一歩なのです。


「介護事故に立ち向かう」 介護リスクマネジメントの鉄則

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「なにがダメなのか」 介護事故報告書を徹底的に見直す

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「責任とは何か」 介護事故の法的責任を徹底理解する 

  ⇒ 介護施設・高齢者住宅の介護事故とは何か  🔗
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