現在のユニット型特養ホームに見られる、厳格な「10人1ユニット」「ユニット毎に食堂・浴室型」の建物の場合、介護看護スタッフの指定基準である【3:1配置】では最低限の介護サービスさえ提供できない。【2.5:1配置】でも、手厚い介護配置と呼べるものではなく対応不可。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 046
高齢者住宅という商品を作るには、要介護割合の変化に対して、必要サービス量、介護スタッフ数がどのように変化していくのかを想定、把握する業務シミュレーションが不可欠です。それは、安定的な収支の確保、介護スタッフの労働環境の整備、介護リスクマネジメントの基礎だと言っても良いでしょう。
業務シミュレーションの基本 ① ~対象者の整理~ ? で述べた対象者選定と要介護割合の変化、業務シミュレーションの基本 ② ~サービス・業務~ ? で整理した一日の生活の流れ、業務量・サービス内容の変化に合わせて、必要な介護スタッフ数を想定・設定していきます。
まずは、現在の厳格な「10人1ユニット」のユニット型特養ホームを例に、介護老人福祉施設の基準配置である【3:1配置】では介護サービスが提供できないことを証明します。
最初に、60名定員のユニット型特養ホームの業務シミュレーションの前提条件を整理します。
現在のユニット型特養ホームは、10人1ユニットが原則で、ユニット単位で浴室・食堂が配置されています。本来のユニットケアの考え方はユニット単位で介護システムを構築することになっていますが、夜勤もありますから、現実的にユニット単位で介護スタッフを限定することはできません。
そのため、ここでは図のように、三階建てで1フロアに2ユニットを配置し、フロア単位(2ユニット)で、介護システムを検討・構築します。
入居者の要介護度を想定したのが上の表です。現在の特養ホームの入居者は、原則要介護3以上に限定されていますが、措置入所などで若干数、要介護2の高齢者も入居しているものとし、全体で平均要介護度は、3.7としています。「重度専用フロア」を設定せず、平均的にフロアに分散させています。
もう一つは、介護看護スタッフ配置と勤務体制です。
特養ホーム(介護老人福祉施設)の介護看護スタッフ配置の指定基準は、【3:1配置】ですから、入居者60名に対して、常勤換算で20名の配置です。
この20名で日勤や夜勤など24時間365日の勤務シフトを組むことになります。ここでは、介護スタッフの日中の介護システムは早出勤務(7時~16時)、日勤勤務(9時~18時)、遅出勤務(12時~21時)とし、夜勤は16時~翌朝の10時までの二勤務体制を採るものとします。看護師は、早出勤務(7時~16時)、遅出勤務(12時~21時)の二交代をとります。介護看護スタッフの年間勤務日数は250日と設定します。
以上の建物設備設計、要介護度設定、労働条件で、どこまで介護できるのかを考えてみます。
まず一つは、最低限必要となる看護師の数の設定です。
看護師は、朝食時の服薬管理から眠前の服薬管理までを行う必要があるため、早朝7時~21時まで、少なくとも一人の看護師が常駐するように配置します。一人で勤務することはできないため早出勤務(7時~16時)、遅出勤務(12時~21時)の二交代とします。
ここでは、看護師はフロア単位で介護システムに組み込むのではなく、全体(60名)で看護業務に当たるものとし、必要最低限の看護師数を想定します。
表のように、一日2名の勤務ですから、一年間に必要な看護スタッフの延べ人数は2名×365日=730日分です。一人当たりの勤務日数は250日ですから、これを割り返すと、常勤換算で2.9人の看護師が必要だということがわかります。
常勤換算で、配置基準20名の内、看護師配置が2.9名ということは、介護スタッフは残りの17.1名で業務を分担することになります。
次に、夜勤帯と日勤帯の介護スタッフを想定していきます。
まずは夜勤です。60名の入所者であれば、配置基準上は2名でも可能です。しかし、図の通り入居者は20名ずつ3つのフロアに分かれていますから、2名では、一つのフロアが誰も介護スタッフのいない状態になります。また、勤務時間が長期に渡るため、一人が休憩を取ると、3つのフロアに分かれた60名の入所者に対して介護スタッフが1人で介護をすることとなります。
このことから、2名で夜勤をすることは不可能であり、最低3名の夜勤者は必要です。
この配置にかかる計算は、次のようになります。
一日当たり3名の夜勤者、一回の夜勤で2勤務(16時~翌朝の10時まで)ですから、一年間に必要な夜勤者の延べ人数は2190日分となり、これを年間勤務日数の250で割り返すと、常勤換算では8.7人の介護スタッフを充てることになります。
最後に日勤帯の計算です。
介護スタッフ17.1名から、夜勤帯の8.7人を引くと、日勤帯の人数は常勤換算で8.4人となります。これを実際の勤務日数である250日で割り返すと、一日当たりの日勤帯で勤務可能な介護スタッフ数は5.7人となります。小数点が入ると少しわかりにくいので、四捨五入して日勤帯の介護スタッフを6名として、実際の勤務体制に置きなおしたものが以下の図です。
全体では日勤帯の介護スタッフは6名ですが、フロア単位にすると2名となるため、勤務シフトに当てはめると、早出勤務1名、日勤勤務0名、遅出勤務1名となります。看護師は、一日の勤務は2名だけなので、フロア単位ではなく全体の勤務としています。
早出勤務者が出勤する7時から、夜勤業務が終了する10時まではフロア毎に2名勤務ですから、朝食の時間帯(8時頃)は1ユニットあたり1人の介護スタッフが配置されることになります。ただ、 【p040】 業務シミュレーションの条件 ① ~対象者の整理~ で示したように、早出勤務のスタッフが出勤するのは7時ですから、それまでに夜勤スタッフは少なくとも半数(10名)以上の高齢者を起床させ、着替えや洗面歯磨き、排せつなどの介助を終えておかなければなりません。一人の入居者に10分~15分程度かかるとして、最初の高齢者を何時に起こさなければならないのか計算すると、遅くとも5時頃には起床介助をスタートしなければならないということになります。
10時になると前日の夜勤スタッフは帰ってしまいます。午前9時半~11時半までは、入浴介助などを行う時間帯ですが、介護スタッフはフロア(2ユニット)に一人しかいませんから、入浴介助に入ると、フロアに残って、排泄介助や見守りを行う介護スタッフはゼロになってしまいます。
更に、12時からの昼食時には、早出勤務のスタッフが休憩に入るため、2つのユニットの食事介助を一人で行うということになります。こうなると、一つのユニットは完全に介護スタッフ数はゼロになりますから、入所者は食べられないということになります。
このように実際の業務に当てはめてみれば、10人1ユニットのユニット型特養ホームの建物設備設計で指定基準の【3:1配置】では、「介護スタッフが足りない」「配置基準の中で可能な介護を行う」というレベルではなく、そもそも介護システムとして成立しないということがわかるでしょう。
【2.5:1配置】でも、手厚い介護と呼べるようなものではない
この建物配置で、介護スタッフの人数を増やし【2.5:1配置】にすると、どうでしょうか。
【2.5:1配置】の場合、介護看護スタッフ配置は常勤換算で24名となりますが、看護師、夜勤介護スタッフを除くと12.4名、日勤帯での介護スタッフ配置は8.5人ということになります。同様に四捨五入して、9人の日勤スタッフを配置すれば、日勤帯の勤務者は各3人ということになり、早出勤務1名、日勤勤務1名、遅出勤務1名となります。
これを実際の勤務体制に合わせて、整理したのが下の図です。
フロア単位で見ると、【3:1配置】⇒【2.5:1配置】とすることによって、日勤帯の介護スタッフが一人増えるということがわかります。
ただ、これでも、早朝・朝食時の人数は増えていませんから、夜勤スタッフが20人の重度要介護高齢者を一人で起こさなければならないのは同じですし、朝食、昼食、夕食時のそれぞれ食事時間帯にも、ユニット内の10人の食事介助を介護スタッフ一人で行わなければなりません。
食事介助は、一人で食べられない高齢者に対して、介護スタッフが隣に座って、スプーンを高齢者の口に運ぶというイメージですが、それ以外にも促しや声掛け、誤嚥や窒息などの間接介助、更には噎せたり、気分が悪くなった人への緊急対応、食事の準備や送迎、片付けなど、様々な介助が必要です。
ほぼ、すべての入所者から自立~要支援程度であれば一人でも可能かもしれません。
しかし、述べたようにこの特養ホームのケースの場合、10人の内9人は重度要介護で直接介助が必要ですから、一人の介護スタッフでは全く対応できないのです。
入浴介助も大変です。
午前中や午後の入浴時間帯には、日勤帯の介護スタッフが一人増えることになりますが、一人の介護スタッフが入浴介助に入れば、2ユニットを一人の介護スタッフで介助しなければならなくなり、片方のユニットは誰もいないという空白の時間が発生することになります。
これは、ユニット型特養ホームの事例ですが、介護付有料老人ホームでも同じことが言えます。
このように、【2.5:1配置】の場合、指定基準の【3:1配置】よりも介護スタッフが増えるということは事実ですが、とても「手厚い介護体制」などと呼べるようなものではなく、介護システムとして成立していないということは、変わらないのです。
「基準配置の【3:1配置】でできることをやればよい」「【2.5:1配置】で手厚い配置」という人がいますが、このように実際の建物配置に介護業務を当てはめてみれば、この程度の配置では最低限の介護さえも行うことができないということがわかるでしょう。
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