一人暮らしの叔父が、入居一時金を支払って住宅型有料老人ホームに入居。介護が必要になれば介護機能の整った介護付有料老人ホームに入居できると聞いていたが、認知症による他の入居者とのトラブルが発生し・・・
高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 058
入居者・・・叔父(70代後半)、自立
母の弟にあたる叔父は、結婚歴はあるものの、早くに離婚し子供もいません。東京近郊に祖父から相続した家もあり、勤めていた会社を退職してから、悠々自適に一人暮らしをしていました。
ある日、母から「将来介護が必要になった時のことも考え、元気なうちに有料老人ホームに入居したいと言っている」という相談を受けました。母は高齢で保証人になれないため、代わりに叔父の入居保証人になってほしいというのです。大人になってからはそれほどの交流はありませんでしたが、子供の頃はキャッチボールをしたり可愛がっていただいた記憶もあり、金銭的な負担はなく、亡くなった時の身元引受人程度ということでしたので、引き受けることにしました。
その有料老人ホームは介護付きではなく、主に自立高齢者を対象とした住宅型で 入居一時金は3500万円と高額だったのですが、叔父は73歳でまだ15年~20年くらいは生活するであろうこと、また要介護状態になって、その有料老人ホームでの生活が困難になれば、介護機能の整った系列の「介護付有料老人ホーム」に入居一時金なしで優先的に入居することができるという説明もあり、安心していました。
その有料老人ホームは、私たちが想像していた「老人ホーム」ではなく、1DKの高齢者向けの食事付きのマンションと言ったイメージのもので、外出や外泊も自由ですし、定期的に映画の上映やクラシックコンサート、レクレーションなども行われています。また買い物や行政手続きのサポートや金融機関の訪問手続きもあり、叔父のような悠々自適の高齢者にとっては非常に恵まれた環境でした。
私は、そのホームからは新幹線で一時間半程度の距離に住んでいましたが、半年に一度程度は訪問し、年に一度のホームのお祭りには、妻や子供と一緒に出掛けたこともありました。妻の父が認知症で介護が必要な状態となり、在宅介護の大変さを理解していたのですが、一人暮らしでも叔父は良いところに入れたと安心していました。
しかし、入居から7年ほど経過したある日、ホームの相談員の方から、「他の入居者とトラブルがあったので、できるだけ早く来てほしい」という電話がかかってきました。
ホームの方から話を聞くと、この数か月の間に、叔父が急に怒りっぽくなり、「車いす利用者が邪魔だ」「エレベーターに入れない」と怒鳴るなど、他の入居者とトラブルになっているというのです。叔父は、好々爺という温和なタイプではありませんが、話をしていても、穏やかな紳士であり理不尽なことで怒るようなタイプでもなかったように思います。
叔父とも話をしたのですが、自分のことで私が呼ばれたことを理解しているようで、「なんで勝手に(私に)連絡したんだ。来なくてもよかった」と怒っている様子でした。
ホームの相談員さんの話は「認知症の可能性があるので、一度診察を」ということだったのですが、合わせて「このままトラブルが続き、他の入居者への暴言が続くと、老人ホームから退居していただくこともある」と言われてしまいました。
入居時に説明のあった「介護付有料老人ホームに入居できないのか」と尋ねましたが、「食事や排泄など、ほとんど生活は自立しているので、介護付有料老人ホームは対象ではなく、また今のような暴言などがあるままでは受け入れは難しい」とのことでした。
その老人ホームのかかりつけ医からは、軽度の認知症の可能性が高いと告げられました。ホームの相談員やスタッフの方も一緒に「薬を飲めばイライラは収まること」「これまでと同じように生活できる」と説明したのですが、「わしをぼけ老人扱いするのか・・」と怒ってしまい、母(当人の姉)も一緒に「今さら自宅に戻っても一人で生活するのは難しい」と説得したのですが、「もうここから出ていく」「放っておいてくれ」の一点張りで、聞く耳を持とうとしませんでした。
翻意させることはできず、80歳の時に、その老人ホームから退居し、自宅に戻ってしまいました。
入居一時金は、ほとんど返ってきませんでしたが、年金もあり金銭的な問題はありません。ただ、自動車も手放しており、以前と比較すると筋力も低下し長い距離は歩くことができません。買い物だけでも大変です。しかし、認知症の影響で判断力が低下しているのか、家にもどっても70代前半の頃と同じように一人で生活できると思っていたようです。
結局、母も「勝手にさせればよい」と怒ってしまい、私たち親族との関係もこじれてしまいました。
その後、半年もたたずに、自宅で亡くなりました。孤独死でした。
老人ホームの相談員の方も良い方で、一生懸命説得しようとしていただきましたし、退居後の事も心配し、自宅のある地域包括支援センターにも連絡していただきました。最終的に本人が選んだことだと言えばそうなのですが、軽度の認知症で感情のコントロールが難しく、また判断力が低下していたことは間違いありません。今でも「どうすればよかったのか・・」と思っています。
【失敗の原因は何か・・どうすればよかったのか・・】
まず、理解しなければならないことは、入居一時金を支払ったからといって、必ず「終身利用できる」とは限らないということです。利用権方式の有料老人ホームでは、ほとんどの場合、契約書の中で以下のように事業者から契約を解除する条項を定めています。
これは、他の入居者への暴言や暴力行為、寝たばこなどの火の不始末などの禁止行為違反について規定しているものです。
相談ケースのような、認知症による判断力の低下や感情のコントロールができなくなることによるトラブルもこれに含まれます。「一時金を支払った入居者にとっては不利益な契約」だとも言えますが、実際に暴言や暴力、火の不始末など、他の入居者の生命・財産を及ぼすような事態が発生すれば、事業者としても何らかの対応が必要になります。認知症だとは言え、暴言や暴行を受ける側に立てば、一定必要な条項だと言えるでしょう。
これは、認知症だけでなく「医療ニーズの増大」についても同じです。
何らかの病気になって入院して、病院から退院許可がでたので老人ホームに戻ろうと思っても、「痰の吸引」「経管栄養」「インシュリンの注射」「在宅酸素」などの医療行為が必要な状態であれば、再受け入れが困難なケースもあります。これは看護師がいる介護付有料老人ホームだから安心というものではなく、「家族や本人が望んでいるからOK」というものでもありません。基本的に介護スタッフにはこれらの医療行為は禁止されており、家族が自宅で行っていることでも、法的に介護スタッフはできないことが多いからです。
このケースについては、「こんな老人ホームを選ぼう」というアドバイスは簡単ではありません。
ただ、一つ言えることは、元気な時に老人ホームや高齢者住宅に入居すると、このような途中退居の可能性・リスクは高くなるということです。大半の高齢者住宅は「介護が必要になっても安心」と標榜していますが、脳梗塞などで一気に半身麻痺や寝たきりになる人ばかりではなく、加齢によって少しずつ身体機能が低下したり、認知症が少しずつ進むという人もいます。
要介護状態になる道筋、期間は百人百様です。特に、70代の自立高齢者の場合は、その振れ幅は大きく、上記のケースのように身体は元気だけれど、認知症が進むというケースでは、他の入居者とのトラブルも多くなります。最近は、「介護が必要になれば系列の介護付へ」というところも増えていますが、すべての認知症高齢者、要介護高齢者が受け入れ可能というわけではありません。
どちらを選ぶ・・・要介護になってから?早めの住み替え? ? で述べている通り、自立~要支援程度の元気な高齢者を対象とした高齢者住宅と、要介護高齢者を対象とした高齢者住宅は、建物設備も介護システムも根本的に違う商品です。元気な時に入った老人ホームでそのまま終身利用できるというのは、「自立・要支援高齢者が突然急死」しかありません。
元気な時に「終身利用を目的に、高額な入居一時金を支払って老人ホームに入る」というのは、途中でもう一度転居しなければならない、もしくはトラブルや重度要介護などで退居を求められるリスクが極めて高いということを理解しておかなければなりません。その将来のリスクや対策をきちんと説明してくれる事業者を選ぶ、そのリスクを十分に理解して入居するということが必要です。
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