反論として「自由選択型は単なる住宅サービス」「要介護対応を約束していない」「要介護になって生活できるかできないかの判断は入居者・家族にある」という声は多いが、認知症高齢者や要介護高齢者の増加に付随して発生するトラブルに対し、高齢者住宅事業者が背負うリスクは同じ。
【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 08
(全 9回)
前回、現在のサ高住や住宅型有料老人ホームに見られる、自立・要支援高齢者を対象とした「早めの住み替えニーズ」の高齢者住宅は、ビジネスモデルとして、脆弱であることを述べました。
これは「自由選択型」でも、同じことが言えます。「早めの住み替えニーズじゃない」「要介護対応を約束していない」と思うかもしれませんが、法的責任の有無は別にしても、認知症高齢者や要介護高齢者の増加に付随して発生するトラブルに対し、高齢者住宅事業者が背負うリスクは変わりません。
加えて、もう一つ見落とされているのは、「個別契約だ!!」と表面的なリスクを移転・軽減しても、新たなリスクが生まれてくるということです。
「自由選択型」に潜む個別契約のリスク ~不安定な積み木の家~
高齢者住宅事業者が、「囲い込み型」から「自由選択型」への移行を促進する主たる目的はリスクマネジメントです。「生活支援サービスを入居者と外部サービス事業者との個別契約とする」という手法は、経営的に見れば「要介護対応」にかかるリスクの移転・回避だと捉えることができます。
介護付有料老人ホームの「要介護対応」にかかるリスクを整理したので上図です。
介護付有料老人ホームは、「有料老人ホーム事業者+介護サービス事業者」という二つの役割を持っています。それは、高齢者住宅事業のリスクだけでなく、介護サービス事業者としての責任・リスクも背負っているということを意味します。
事業計画で「平均要介護3」として収支計画を立てていても「平均要介護2」となれば、介護保険収入は大きく下がります。介護スタッフの人件費など支出項目は変動しないため、収入減はそのままの金額で減益となります。介護報酬のマイナス改定も同じです。人材不足に伴う求人広告費や人件費の高騰も収支悪化の要因となりますし、腰痛や感染症の蔓延など介護スタッフの労務災害や、入居者虐待も事業経営の根幹に関わる重大リスクです。
いま「自由選択型」の声が大きく広がっているのは、多くの高齢者住宅で介護スタッフの雇用・確保が困難になっていることも無関係ではないでしょう。
ただ、事業者にとってメリットだけでなく、新たなリスクが生まれることも理解しなければなりません。
それは、「外部サービスの質をどう担保するのか・・」という問題です。
想定される、トラブルの例を挙げてみましょう。
訪問介護・訪問看護事業者が優良なホームヘルパーや看護師をきちんと確保できなければ、その皺寄せは高齢者住宅の入居者に及ぶことになります。人件費高騰や介護報酬改定に対応できなければ、倒産し、サービスが突然打ち切られる可能性もあります。
サービスの連携・調整という上でも、難しくなります。それぞれのサービスの経営は分離していますから、サービスの質や言葉遣いの悪いホームヘルパーや訪問看護師がいても、高齢者住宅事業者は注意・指導することはできません。また、食事を提供している併設のレストラン業者が、「食費の値上げ」をすれば、そのサ高住での生活費が上がります。サ高住とレストランは別契約だといっても、入居者から見れば他に選択肢があるわけではなく、そのサ高住の価格競争力が下がることになります。
もちろん、それは高齢者住宅事業者の責任ではなく、各サービス事業者の責任であり、選択した入居者・家族の責任です。
しかし、食事・介護・看護などの各種サービスが、きめ細かな連携・調整の元で一体的に提供されなければ、入居者の生活は安定しません。サービス毎に経営・契約がバラバラの高齢者住宅は、設置面が凸凹の積み木の家のようなもので、一つでもサービスが止まると、すべてが崩壊し要介護高齢者は生活できなくなります。「食中毒の発生」「不正請求による事業停止」などでサービスが突然ストップすれば、入居者の生活だけでなく、高齢者住宅事業そのものが成り立たなくなるのです。
現在の高齢者住宅の商品設計の課題を整理する
ここまでの議論をもとに、現在の高齢者住宅の商品設計の課題を整理します。
① 「ニーズ」に対して真摯に向き合っていない
一つは、高齢者住宅への入居を考える高齢者・家族のニーズに真摯に向き合っていないということです。
すべての商品・製品・サービスは、「顧客・ユーザーのニーズに応える」ことを目的に作られます。言うまでもなく、高齢者住宅への入居を考える高齢者・家族の最大のニーズは、「介護不安の解消」であり、それは現在、要介護状態であるか否かに関わらず同じです。しかし、ほとんどの高齢者住宅で、「介護が必要になっても安心・快適」「認知症高齢者にも対応」と標榜しながら、商品設計の段階で、「この建物・介護システムで重度要介護高齢者に対応できるのか」「認知症高齢者と身体重度高齢者は何が違うのか」という基本的なことさえ検討できていません。
その結果、ほぼすべての高齢者住宅が「介護が必要になっても安心・快適」を標榜する一方で、その八割以上は、重度要介護高齢者の増加に対応できません。
② サービスの範囲・責任の範囲が明確でない
二つめは、高齢者住宅の提供するサービスの範囲、責任の範囲が明確でないということです。
すべての商品・製品・サービスは、その商品・製品の内容、サービスの範囲、提供者(個人・法人問わず)の負うべき責任の範囲が明確です。それは商品設計の基礎であり、サービス・責任の範囲が明確でないものは、商品とは言いませんし、事業としても成り立ちません。
しかし、高齢者住宅の場合、事業者の提供するサービスの範囲も、負うべき責任の範囲も曖昧です。それは「顧客に対する説明不足」なのではなく、①と同じく商品設計の段階で、その内容・範囲を検討していないからです。そのため、今でも介護サービスを提供しないサ高住や住宅型有料老人ホームが「介護が必要になっても安心・快適」とセールスする一方で、問題が起こると「トラブルや事故の責任は高齢者住宅にはない」「高齢者住宅は自宅と同じ」と言ってしまうです。
③ 法律・制度・コンプライアンスに対する意識がない
三点目は、コンプライアンスに対する意識がないということです。
大手の乳業メーカー、自動車メーカーなどで、不正や捏造、隠蔽などのコンプライアンス違反が発生し、大きな社会問題となりました。今やコンプライアンスは、単純な倫理ではなく、経営の根幹です。しかし、高齢者住宅業界は「コンプライアンスの意識が低い」のではなく、制度や法律を理解しないまま商品設計や事業計画を策定しているというのが実態です。その筆頭が「囲い込み」です。高齢者住宅事業者が主導し、入居者の介護保険や医療保険を半強制的に使わせるというビジネスモデルは、介護保険法や医療法の根幹に関わる重大な不正です。しかし、数年前まで、これは「サ高住・住宅型の低価格・高収入ビジネスモデル」として、脚光を浴び、多くの指南書が出版され、各地で開設セミナーが行われていました。いまだにそれが不正だと認識できない経営者は少なくありません。
④ 事業上発生するリスクに対する感覚が弱い
最後の一つは、リスクに対する感覚がないということです。
高齢者住宅は、身体機能・認知機能の低下した高齢者を対象とした住宅事業であり、日々様々なトラブル・事故が発生します。一般の賃貸マンションが、部屋が空いていても「高齢者お断り」なのは、そのリスクを嫌うからです。「自由選択・個別契約だから、要介護対応に責任はない」と言うのは簡単ですが、責任がなくても入居者は要介護状態になりますし、トラブルや事故のリスクは事業者に及びます。「酷い臭いで生活できない」「すぐに激高するので怖い」といった一人の入居者のトラブルに対応できなければ、それだけで住宅商品としての価値は大きく減りますし、「タバコの不始末」などで火災が発生し、多数の死傷者がでれば、事業そのものが崩壊します。「生活支援サービスは個人契約・自由選択」であっても、介護サービスの質が低かったり、食中毒や不正請求などでサービス停止、事業倒産となれば、入居者の生活だけでなく、不安定な積み木の高齢者住宅事業も崩壊します。
以上4つの課題について述べました。
厳しい指摘のように思う人も多いでしょうが、残念ながら、これが高齢者住宅業界の現状なのです。そもそも、「介護が必要になっても安心・快適」とセールスしている時点で、「高齢者住宅は事故やトラブルに無関係」などという言い訳が通用するものなのか、裁判になった時に勝てるのか、冷静に考えてみればわかるでしょう。
これは、自由選択型への安易な議論も同じです。
「囲い込みを辞めて、基本に戻ろう・・・」というのは簡単ですが、土台となる「要介護対応」のニーズから目を背けた高齢者住宅が、高齢者・家族に受け入れられるはずがありません。「自由選択型だから全部個人責任」というだけで、本当に責任がないのか、リスクがないのか・・・を冷静に戦略的考えているわけではないでしょう。
問題は、ほとんどの高齢者住宅は、経営に失敗しているのではなく、商品設計の段階で失敗しているため、有効な対策が採りにくいということです。
述べたように、「中度~重度要介護高齢者向け住宅」と「自立~軽度要介護高齢者向け住宅」は、建物設備設計も介護システムも違います。逆に、「元気高齢者から重度要介護高齢者まて・・」と対象者・ターゲットを広げれば、多様なニーズに対応する多様なサービスが必要となるため高額な商品となります。しかし、「入居対象が広がる=入居率が上がる」という安易な発想によって、「認知症にも対応、医療対応もOK」と可変性・汎用性を最大にまで広げた一方で、特養ホームなどの福祉施設に対抗するため、低価格化路線を突き進むという矛盾したビジネスモデルが、介護付もサ高住も主流になっています。
高齢者住宅の労働環境の悪化が社会問題となっていますが、その原因の一つは、この矛盾のしわ寄せが現場に集中するからです。
「じゃぁ、これからは自由選択型だ」「高齢者住宅は単なる住宅」「だから知らない、責任はない」といった、思い付きだけでできるような話ではないのです。
【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る ?連載更新中
♯01 自由選択型 高齢者住宅への回帰の動きが加速する背景
♯02 「高齢者住宅は要介護対応に関与しない」というビジネスモデルは可能か
♯03 高齢者住宅の「要介護対応力=可変性・汎用性」とは何か
♯04 要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅰ ~建物・設備~
♯05 要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅱ ~介護システム~
♯06 要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅲ ~リスク・トラブル~
♯07 「早めの住み替えニーズ」のサ高住でこれから起こること
♯08 自由選択型 高齢者住宅は不安定な「積み木の家」になる
♯09 これからの高齢者住宅のビジネスモデル設計 3つの指針
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