TOPIX

要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅲ ~リスク・トラブル~


自立高齢者向け住宅と要介護高齢者向け住宅は、商品性だけでなく、業務運営上想定すべきリスク・トラブルが違う。「自由選択型だから、選択責任はその入居者・家族にある」という意見は正しいように聞こえるが、責任の有無は別にしても、事業者の被るリスクは一般の賃貸住宅の比ではない

【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 06
(全 9回)


経営という視点から見た場合、最も重要になるのが経営を不安定にするリスク・トラブルの理解です。
高齢者住宅に参入したいという経営者と話をすると、漠然と「要介護高齢者よりも、自立高齢者を対象にした方が簡単だ」と考えている人が多いことに気付きます。「ノウハウがないので自立型のサ高住から初めて、そのあとに介護付などをやりたい」という相談は何度も受けました。

サ高住は「住宅サービス」が主体ですが、介護付有料老人ホームは「住宅サービス」であると同時に「介護サービス事業者」でもあります。介護保険制度やケアマネジメントの理解、入居者だけでなく介護スタッフの募集や管理、介護サービスの質の向上・管理など、必要な知識・ノウハウは多岐に渡ります。
ただ、「自立高齢者向けの高齢者住宅の経営は簡単か?」と言えば、そうではありません。自立高齢者向けと要介護高齢者向けの高齢者住宅は、建物設備・介護システムだけでなく、それは想定すべきリスク・トラブルも全く違うからです。

自立高齢者と要介護高齢者住宅のリスクの違い

高齢者住宅で、高齢者住宅で発生する業務上のリスク・トラブルを簡単に整理したものが、次の図です。


これは、自立高齢者を対象にした高齢者住宅でも、要介護高齢者を対象とした高齢者住宅や介護保険施設でも同じです。しかし、そのリスク・トラブルの中身、事業者責任の範囲、対応の難しさは、それぞれに違います。

① 転倒・転落などの生活上の事故の発生

「サ高住は施設ではないので、発生する事故は高齢者住宅の責任ではない」と頑なに信じている人が多いのですが、これは全くの間違いです。逆に、「特養ホームや介護付有老ホーム内で発生した事故にはすべて事業者に責任があるのか?」と聞かれるとそうではないでしょう。責任の有無は「事業者のサービスに瑕疵があったか否か」で決まります。ただ、事業者の瑕疵というのは直接的なミスだけではありません。高齢者住宅事業者は高い安全配慮義務が課せられています。身体機能の低下した高齢者を対象とした住宅事業ですから、転倒事故一つにしても、その配慮すべき義務の範囲は一般の住宅の比ではありません。
それを一覧にしたものが、次の表です。


この中で、サ高住や住宅型の責任ではないと言えるのは①だけです。「車いすの移乗介助中に失敗して骨折させた」など介護スタッフの介助中・またはその行為が原因となった事故を起こした場合、介護付有料老人ホームであればその当該老人ホームの責任になりますし、外部の訪問介護サービス事業者のヘルパーであれば、訪問介護事業者の責任になります。
それ以外については全く同じです。
②・・「転倒を発見した時に頭部打撲を見逃し、翌日脳出血で死亡した」
⑥・・「転倒の危険があることを知っていたが、適切な対応を取らないまま骨折した」
⑨・・「雨の日にエントランスの床が滑りやすくなっており転倒・骨折した」
など、例を挙げればたくさんあります。

【RISK】 「スタッフを守れ」介護事故の法的責任を徹底理解する  参照

「自立度の高い高齢者よりも要介護高齢者の方が事故リスクは大きい」「要介護ではない自立度の高い高齢者の転倒事故は本人の責任だ」というのも間違いです。
自立歩行の高齢者と車いす高齢者は、発生する事故の内容が違いますから、「どちらの事故リスクが高い」というものではありません。日々の日常生活ほとんど全てに介助を要する重度要介護高齢者は、介護スタッフのミス以外に事故は起きません。一方、自立歩行の高齢者は躓き、ふらつきなどで転倒・転落事故のリスクは高くなります。認知症要介護と身体要介護も違いますし、要介護状態の軽重によって事故責任の所在が変わるということもありません。

② サービス・利用料に対する苦情・クレームの発生

サービスや利用料に対する苦情・クレームも、事業者にとって大きなリスクの一つです。
要介護高齢者を対象とした住宅の場合、中心になるのは家族からの苦情・クレームです。
「部屋が掃除されていない」「月額費用がパンフレットに示されているものと違う」など、その内容は多岐に渡ります。ただ、そのほとんどは事業者の説明不足、コミュニケーション不足によるものです。費用に関する誤解、トラブルは間違いなく事業者の責任ですし、サービスに関するトラブルも、定期的に家族と面談をする、ケアカンファレスでサービス内容について丁寧に説明するなど、普段から良好な関係を築いていれば感情的なトラブルは避けられます。

一方、自立度の高い高齢者を対象としている場合、苦情・クレームのほとんどは本人からのものです。
歳をとれば、みんな好々爺や穏やかなお婆さんになるわけではありません。慣れない生活に、不安やストレスが溜まりちょっとした一言で感情が爆発することもありますし、認知機能や判断力の低下によって被害妄想になる人もいます。繰り返し契約条項やサービス内容や説明をしても、自分の勘違いを認める人は少なく、「あのスタッフの態度が悪い」「勝手に部屋のものを触った」など、どんどん話が広がり、その収束には時間がかかります。

③ 入居者間の人間関係トラブルの発生

入居者間の人間関係トラブルも、対応が難しい問題の一つです。
高齢者住宅は、一般の賃貸マンションとは違い、一日の大半を住居内で過ごします。食堂での食事など共同生活の部分も大きくなりますから、「仲の良い友達ができる」「車いすを押したり、押されたり」というプラスの面がある反面、人間関係のトラブルも発生します。
要介護高齢者の場合、日常生活には介助が必要ですし、身体機能も低下していることから、それほど大きなトラブルは発生しません。しかし、自立度の高い高齢者の場合、金銭の貸し借りや仲間外れ、いじめなど、人間関係トラブルは私たちの周囲で発生するトラブルとほとんどかわりません。それぞれの入居者の生活歴はバラバラですし、判断力の低下、認知機能に低下によって感情の抑制が効かなくなる人も多く、暴言・暴力行為や殺人事件まで発生しています。

④ 火災の発生、地震・台風などの自然災害

高齢者は身体機能の低下した高齢者・要介護高齢者が生活していますから、火災や地震・台風などの災害が発生した場合、その被害は甚大なものになります。台風や地震などの災害に対するリスクは、自立向け住宅も要介護向け住宅も同じですが、大きく変わるのが失火のリスクです。

要介護高齢者は、一人で、居室内で火を使うことはありません。
しかし、自立度の高い高齢者の場合、キッチンで湯を沸かしたり調理をしたり、電気ストーブなどの暖房器具を使うなど、火元となるリスクが高くなります。
最大のリスクは、「タバコ」による失火です。平成30年版の消防白書によれば、火災原因の第一位は「タバコの不始末」で、これまでの放火を抜いて第一位となりました。同時に、死亡者のでる火災になる確率が最も高いことがわかっています。
ただ、有料老人ホームの利用権とサ高住の借家権とで、リスクや対応は変わってきます。有料老人ホームの利用権は契約上の権利ですから、「居室内で喫煙禁止」「隠れて居室内でタバコを吸った場合は退居」と厳しい態度で臨むことができます。しかし、借家権は法律上の権利であり、その住戸を自由に使う権利が強く認められていますから、「指定した場所で…」と依頼をすることはできても、契約で「住戸内での禁煙」を定めることはできませんし、喫煙を理由に退居を求めることもできません。

⑤ 食中毒の発生・感染症の蔓延

もう一つは、食中毒・感染症の発生・蔓延です。
毎年のようにインフルエンザは流行しますし、季節によってO157、ノロウイルスなどにも注意が必要です。いま、これを書いているのは、全世界で新型コロナウイルスが猛威を振るっている最中です。高齢者住宅では、働くスタッフ、入居者、訪問する家族、関連業者など多数の人が出入りしますので、完全に感染源を遮断することはできません。また、高齢者は抵抗力が低下しているため、感染すると重篤化するリスクが高くなります。それは自立高齢者も要介護高齢者も同じです。
ただ、要介護高齢者の場合は、「Aさんは熱っぽい、咳をしている」という場合、「食事は部屋で食べてもらおう」「部屋の中から出ないようにしてもらおう」と、ある程度、事業者サイドで行動をコントロールできますが、自立度の高い高齢者の場合、自分で動き回ることができますし、外出や行動を事業者の権限で制限することはできません。そのため、外部からウイルスを入れてしまう、また事業所内に蔓延させてしまうというリスクが高くなります。

「要介護対応への責任の有無」と「重度化対応リスク」は別のもの

このように、発生する事故やトラブル事例を整理すると、「要介護高齢者を対象とした高齢者住宅よりも、自立高齢者を対象とした方が簡単」というものではないことがわかるでしょう。
実際、老人福祉施設でも、要介護高齢者を対象とした特養ホームと、自立~軽度要介護高齢者を対象とした養護老人ホームでは、生活相談員の責任、役割、仕事は全く違いますし、特に、人間関係のトラブル対応は養護老人ホームやケアハウスの方が難しく、経験豊富でベテランのスタッフが配置されています。
そう言うと、必ず「高齢者住宅は施設ではないから・・・」という話になります。「無理難題の苦情に付き合う必要はなく、嫌なら退居するだろう」「一般の賃貸マンションと同じだから、入居者間の人間関係に事業者は関係ない」と考える人もいるかもしれません。

しかし、それは二つの意味で間違っています。
一つは、生活上の事故だけでなく、人間関係のトラブルも、事業者に無関係ではないということです。
例えば、気に入らないことがあると大声で暴言を吐いたり、他の入居者を威嚇するような高齢者がいるとしましょう。他の入居者から苦情が寄せられていたのに、適切な対応を取らず、その結果、暴行事件が発生すれば、本人は傷害罪などの刑事責任を問われますが、事業者も「安全配慮義務を怠った」として損害賠償請求をされます。これまでの判例から、ほぼ確実に敗訴します。

もう一つは、「責任の有無に関わらず、事業者のリスクは大きい」ということです。
サ高住の借家権の場合、「部屋から酷い悪臭がする」「お風呂に入っていないので食事中も臭い」と他の入居者から苦情があっても、事業者が採れる対応には限界があります。ゴミや臭いのもとを捨てようとしても、本人の許可がなければ勝手なことはできませんし、本人が拒否すれば部屋に入ることもできません。ごみ屋敷になれば、他の入居者が出ていくだけでなく、新しい入居者は入ってこなくなるでしょう。また、入居者が住戸内で吸っていたタバコが原因で火災になった場合、実質的に経営を継続することはできなくなります。

これは、「要介護対応」も同じです。
前回、区分支給限度額方式ては、重度要介護・認知症高齢者には対応できないと述べました。「自由選択型だから、高齢者住宅には直接関係も責任もない」というのは簡単ですが、認知症や要介護状態から派生するトラブルは、誰が対応するのでしょうか。家族がいない場合、どうするのでしょうか。ケアマネジャーや訪問介護サービス事業所が対応するのでしょうか。
なぜ、一般の賃貸マンションアパートが「高齢者お断り」なのか考えてみればわかるでしょう。判断力の低下、認知症の初期症状によって、火の不始末や住戸内の不潔、他の入居者とのトラブルが多発するからです。そして「他の入居者に迷惑だから」と退居を促そうにも、「借家権」が楯となり、本人が納得しなければ退居を求めることができないからです。
「自由選択型だから、選択責任はその入居者・家族にある」という意見は正しいように聞こえますが、それはあくまでも第三者の意見であって、高齢者住宅経営という当事者の立場で見ると、そう単純ではないのです。




【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 🔜連載更新中

  ♯01  自由選択型 高齢者住宅への回帰の動きが加速する背景
  ♯02  「高齢者住宅は要介護対応に関与しない」というビジネスモデルは可能か
  ♯03  高齢者住宅の「要介護対応力=可変性・汎用性」とは何か
  ♯04  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅰ ~建物・設備~
  ♯05  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅱ ~介護システム~
  ♯06   要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅲ ~リスク・トラブル~
  ♯07  「早めの住み替えニーズ」のサ高住でこれから起こること
  ♯08  自由選択型 高齢者住宅は不安定な「積み木の家」になる
  ♯09  これからの高齢者住宅のビジネスモデル設計 3つの指針




関連記事

  1. 高齢者住宅「M&A」は、いまの収益ではなく、これからの…
  2. 地域包括ケアシステム ~設置運営・指導監査体制の構築~
  3. 「介護職員配置 基準緩和」の課題と論点 Ⅵ ~ICTで人員軽減は…
  4. 高齢者住宅の「要介護対応力=可変性・汎用性」とは何か 
  5. 「囲い込み」は介護保険制度の根幹に関わる重大な不正
  6. 怪しげな介護コンサルタントが跋扈する理由
  7. 単独では運営できない高齢者住宅 Ⅰ  ~介護付有料老人ホーム~
  8. 超高齢社会の不良債権になる「囲い込み高齢者住宅」

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


TOPIX

NEWS & MEDIA

WARNING

FAMILY

RISK-MANAGE

PLANNING

PAGE TOP