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単独では運営できない高齢者住宅 Ⅱ  ~サ高住・住宅型~

高齢者住宅といっても「自立要支援向け」と「要介護向け」は建物設備も介護システムも全く別もの。かつ「要介護向け住宅」よりも「自立・要支援向け住宅」の方が実務的にも運営的にも数倍難しい。重度化対応力の乏しい高齢者住宅を単独で運営することはできない

【特 集 高齢者住宅のM&Aの背景と業界再編の未来について(全13回)】

「高齢者住宅のM&A活性は成長産業の証」という人がいますが、それは違います。
もし、そうなのであれば、買いたい人は多いけれど売りたい人は少ないはず、つまり「友好的買収」ではなく「敵対的買収」が多くなるはずです。また資本の問題だけなのであれば、完全事業譲渡ではなく、資本提携や業務提携が中心になるはずです。
実際は、「介護は儲かる」と勇んで参入してきたものの、「こんなはずではなかった」と、将来不安から早く売却したい人と、「これから介護ビジネスに挑戦しよう、介護業界は将来性が高い」と少し出遅れてきた人との、素人経営者同士の需給バランス・マッチングが上手くいっているにすぎません。
M&Aを行うには、「いまの収益性」よりも、「これからのリスク」を正確に判断する必要があります。
前回は、低価格の介護付有料老人ホームのサービス上の課題について述べましたが、今回は、もう一つ、素人事業者が買ってはいけないものとして、サービス付き高齢者向け住宅のサービス上の課題について整理します。

サービス付き高齢者向け住宅は単独の高齢者住宅としては欠陥

サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は、2012年に始まった国交省の高齢者住宅制度ですが、建設補助金や税金の優遇措置などが行われたこともあり、この10年で激増、2021年の3月には全国で8000棟、戸数は27万室に上ります。
サ高住は、一般の賃貸マンションや賃貸アパートの多くが「高齢者お断り」であることから、「高齢者の入居を断らない賃貸住宅の登録制度」である高齢者専用賃貸住宅・高齢者円滑入居賃貸住宅を登録させたことが始まりです。いわば、自立・要支援高齢者の住宅整備が主たる目的だったのですが、「その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~」 🔗 で述べたように、行き場のない要介護高齢者を対象とした囲い込みの温床になっていることや、有料老人ホームとの制度矛盾によって指導監査は有名無実化し、入居者保護施策が崩壊しています。
現在の半数が要介護高齢者を対象として「囲い込み不正」を前提とした違法なビジネスモデル、残り半数が、当初の目的である自立~要支援高齢者を対象としたビジネスモデルというところでしょうか。

実は、「囲い込み」への批判が強まるにつれ、最近、高齢者住宅事業者の中で本来の形である「自由選択型」にシフトしようという声が高まっています。サ高住は「住宅サービス+生活相談サービス」であり、加齢や疾病によって重度要介護高齢者、認知症高齢者になった場合には、それぞれの入居者・家族が必要なサービスを自由に選択、個別に契約し、「どのような生活ができるか」「どの程度の費用がかかるのか」はそれぞれで判断してもらおうというものです。

「囲い込み型」であっても、形式上は自由選択・個別契約ですから、「何を今さら」という声が聞こえてくるのは当然です。ただ、この変化の背景には、批判の高まりによる規制強化の動きだけでなく、社会保障費の削減や介護人材不足、介護事故リスクに直面する中で、これまでのように高齢者住宅事業者が「介護が必要になっても安心・快適」を安易に請け負うことが難しくなっていることも関係しています。
十分な説明と自己選択、選択責任を明確にすることによって、高齢者住宅事業者の「要介護対応」への義務や責任、付随するリスクを軽減することが、高齢者住宅事業者の主たる目的だといって良いでしょう。
しかし、それもそう簡単な話ではありません。問題は二つあります。

① 「自立・要支援のみ、要介護になれば退居」という契約は可能か
特養ホームと違い、民間の高齢者住宅の入居者選定は事業者の専決事項ですから、有料老人ホームでもサ高住でも、入居時に「自立のみ」「要介護のみ」「認知症不可」と限定することに問題はありません。
しかし、高齢者は加齢や疾病によって、要介護状態になっていきます。
特に、問題が大きいのが「認知症の発症」です。
認知症は、その不安を和らげるための見守り、声掛けなどの適切なケアがなければ、症状は一気に悪化し、周辺症状が発生します。火の不始末やごみ屋敷のようになったり、夜間の徘徊や大声、妄想による入居者への暴言、暴行など、他の入居者の生活にも大きく影響を及ぼします。この「認知症」を理由に、事業者から途中退居を求める要件とできるかと言えば、法的にも実務的にも困難です。「暴言・暴行など他の入居者に迷惑となる行為があり、通常の介護では対応できない場合は、事業者からの退居を求めることができる」とされていますが、本人が拒否した場合、裁判をするしかありません。家族がいない人はどうするのか、家族がいても引き取りを拒否される場合にどうするのか、もちろん、実力行使でサービスを止める、放り出すということもできません。

② 「要介護対応に高齢者住宅は全く関与しない」というビジネスモデルは可能か
前回述べたように、介護付有料老人ホームというのは、「高齢者住宅が介護看護サービスを直接提供する」という意味で、言いかえれば高齢者住宅が介護サービス提供の責任を持つということです。一方のサ高住や住宅型有料老人など区分支給限度額方式の高齢者住宅は、同一法人で訪問介護・通所介護等の介護サービスを提供していても、それは高齢者住宅に付随する設備・機能ではなく、「近くにあるから便利」という周辺環境の一つでしかありません。入居時には、「介護が必要になっても、関連法人の訪問介護が併設されてますから安心ですよ…」と誤認させるような説明をしておいて、事故やトラブルが発生すると「個人契約だから事故の責任は持ちません」「介護サービス契約の当事者は高齢者住宅ではない」というのは入居者・家族を欺く行為です。

ただ問題は、「要介護対応に一切関与しない」という高齢者住宅に入居者が集まるのかです。
それは①で述べた 「自立高齢者のみ、要介護になれば退居」という高齢者住宅も同じです。
なぜなら、高齢者住宅への入居は、
◇ 骨折などで要介護状態となり「自宅に戻ることができない」という差し迫った理由がある。
◇ いまは要介護ではないけれど「介護で子供に迷惑かけたくない」など、将来の介護不安が強い。

という、「現在の介護目的」または「将来の介護目的」に大別されるからです。「要介護になれば生活できない」「介護が必要になっても安心かどうか知らない」というのは、制度的には正しくても、高齢者住宅のビジネスモデルとしては成立しないのです。

これは、サ高住だけでなく、住宅型有料老人ホームでも同じです。
高齢者住宅事業に参入したい、「M&A」で高齢者住宅事業に参入したいと相談される人の中には、「介護のことはよくわからないので、まずは自立・要支援向けからスタートしたい」という声もありますが、高齢者住宅といっても、「自立・要支援向け住宅」と「要介護向け住宅」は、建物設備も介護システムも全く別ものであり、かつ、「要介護向け住宅」よりも「自立・要支援向け住宅」の方が、実務的にも運営的にも、数倍難しいのです。





高齢者住宅M&Aの未来と業界再編 (特集)

1 活性化する高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の序章
2 介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aが加速する背景
3 高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~
4 高齢者住宅の「M&A」は、いまの収益ではなくこれからのリスクを把握
5 その収益性は本物なのか Ⅰ ~入居一時金経営のリスク~
6 その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
7 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅰ  ~低価格の介護付有料老人ホーム~
8 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅱ  ~単独の住宅型・サ高住~
9 高齢者住宅の「M&A価格」は暴落、投げ売り状態になる
10 検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く
11 成功する「M&A」と業界再編  Ⅰ ~グランドビジョンが描く~
12 成功する「M&A」と業界再編  Ⅱ ~地域包括ケアを意識する~
13 成功する「M&A」と業界再編  Ⅲ  ~「今やるべきではない」~ 






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