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「早めの住み替えニーズ」 のサ高住でこれから起こること


現在のサ高住の問題は、不正な囲い込みばかりが注目されるが、同様に自立~軽度要高齢者の多い「早めの住み替えニーズ」対応の高齢者住宅も、商品・ビジネスモデルとして致命的な欠陥を抱えている。「要介護の重度化」によって、サ高住で何が起きるのか

【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 07
(全 9回)


述べたように、高齢者住宅への入居希望は、
① 要介護状態となり「自宅で住み続けることができない」という差し迫った理由がある。
② 要介護ではないが「一人暮らしが不安」「頼る人がいない」など、将来の介護不安が強い。
という、「要介護対応ニーズ(現在の介護目的)」または「早めの住み替えニーズ(将来の介護目的)」に大別されます。

現在の高齢者住宅のビジネスモデルは、介護付有料老人ホームは①の「要介護対応ニーズ」、住宅型有料老人ホーム・サ高住は、①「要介護対応ニーズ」と②「早めの住み替えニーズ」に分かれます。とはいえ、述べたように、区分支給限度額方式では、認知症・重度要介護高齢者に対応できません。初めから要介護高齢者を対象としたものの大半は、すべてケアマネジメントの改竄、不正請求を土台とした「囲い込み型」ですから、規制強化、スタッフの逃散によって、そのほとんどが早晩姿を消すことになります。

残りの一つが、自立~要支援程度の高齢者を対象として、「介護が必要になってから住み替えを行うよりも、元気なうちに住み替えた方が、介護が必要になっても安心・快適・・」と謳う、いわゆる「早めの住み替えニーズ」をターゲットとした高齢者住宅です。特に、サ高住は、もともと自立・要支援程度の自立度の高い高齢者を対象とした住宅制度であり、住宅型有料老人ホームよりもその傾向は強いようです。実際、現在のサ高住の入居者のうち自立~要介護1の高齢者が前全体の45%、要介護2までを含めると、全体の66%です。
しかし、自立~軽度要介護高齢者の多いサ高住が、本当に「介護が必要になっても安心・快適」を実現できるかと言えば、そう簡単ではありません。ここまでの議論の整理として、「早めの住み替えニーズ」 の多くのサ高住でこれから何が起こるのか考えます。

① 車いす利用など重度要介護高齢者の増加に耐えられない

一つは、「可変性」の課題です。
現在は、自立~要介護1程度で自立歩行が可能な高齢者が多くても、みんな平等に一年ずつ歳を重ねていきますから、次第に日常生活全般に介護が必要となる中度~重度要介護高齢者が増えてきます。しかし、通常の訪問介護の場合「臨機応変の介助ができない」「間接介助・緊急介助など全対象者の介助ができない」「移動・移乗などの短時間の介助ができない」「ケアプランで決められた介助内容・介助時間は厳格に順守しなければならない」という特性があるため、介護保険内のサービスだけでは、重度要介護高齢者や認知症高齢者には対応できません。
また、現在の「早めの住み替えニーズ」のサ高住の建物ほとんどは、要介護高齢者には適さない「住戸・食堂分離型」です。「私たちのサ高住では、車いす高齢者・重度要介護高齢者も生活している」と反論する人がいますが、それは「個別の重度化対応」でしかありません。車いす利用の高齢者が半数を超えれば、エレベーターが移動の障壁となり、生活動線・介護動線ともに崩壊し、一日三度の食事に、食堂へ入居者を誘導・移動させることもできなくなります。

② 多様化する要介護状態・介護ニーズに対応できない

二つめは、「汎用性」の課題です。
①で述べた全体の要介護状態の重度化とともに進むのか、要介護状態の広がりです。入居時は半数の人が自立~要介護1程度であっても、入居後に認知症を発症する人もいれば、脳梗塞で一気に重度要介護になる人、転倒・骨折で車いす生活になる人、それぞれバラバラです。運営スタートから数年経過すれば、自立度の高い高齢者から、軽度認知症高齢者、重度認知症高齢者、軽度身体機能低下、重度身体機能低下、その複合ケースなど、様々な要介護高齢者が混在して生活することになります。
しかし、同じ要介護3と言っても、認知症高齢者と身体機能の低下による要介護とでは、必要なサービスが異なります。介護保険制度の区分支給限度額方式の範囲では、臨時のケア、すき間のケア、間接介助、緊急対応に対応できませんから、認知症高齢者や重度要介護高齢者は、実質的に生活が困難になります。

③ 低価格仕様なためサービスの改善には限界

高齢者住宅は多様なニーズに対応するには、多様なサービスが必要になります。区分支給限度額方式では介護保険の対象とならない介助項目がたくさんありますから、認知症高齢者や重度要介護高齢者はその対象外の介助を自己選択・自費で賄わなければならないというのが原則です。
低価格のサ高住や住宅型有料老人ホームの中には、「すき間のケア・臨時のケア」「見守り・声掛け」など対象外のサービスは、手の空いた介護スタッフが行っている・・と反論する事業者がありますが、それはまやかしです。「手が空いたときにやる・・というのは、手が空いているときはやらない」ということです。特に、緊急時のコール対応や認知症高齢者の見守りというのは、「手が空いているときにだけやる」というタイプの介助ではありませんし、「Aさんの排泄介助時間中にBさんのコール対応をした」という場合、Aさんの訪問介護の算定は取り消しです。初めからその不正を前提として、常態化しておこなっているのが「囲い込み」ですが、早晩、その道も閉ざされます。

また、訪問介護の場合、ケアプランに基づかない「臨機応変のケア」は認められていません。同じ介護サービス量を提供する場合でも、要介護高齢者の人数分のヘルパー数が必要となり、それは特定施設入居者生活介護の介護スタッフの数倍になります。また訪問介護の対象外の介助を行うために、その算定時間外に手が空いている人を常時作っておくには、その人件費をだれが負担するのかという問題がでてきます。しかし、現在の「早めの住み替えニーズ」のサ高住の価格設定は、「家賃・食費・安否確認等で13万円程度+介護保険負担」という低価格化路線のもので、「低価格だから、サ高住を選んだ」という人が多いことを考えると、価格改定による要介護対応力のサービス強化には限界があります。

④ 「重度要介護になったから」といって特養ホームに入ることはできない

国交省は、サ高住で生活できなければ介護保険施設への入居を・・・と言っていますが、それも絵に描いた餅です。
今後、2035年までの間に85歳以上の後後期高齢者が二倍になります。その要介護発生率は60%、4人に一人は要介護3以上の重度要介護高齢者となり、かつその3人に2人は高齢世帯(独居高齢者、高齢者夫婦世帯)です。孤独死や家族による虐待、独居認知症高齢者などの社会問題が激増する一方で、財政的にも人的にも、その需要増加に合わせて特養ホームを作り続けることは不可能です。
間違いなく、これからの特養ホーム入所は、緊急度判断による対象者選定がより厳格化され、その道はより狭くなります。
特養ホームの入居基準は「事業者が困っている」ではなく「高齢者・家族の困窮度・緊急度」です。同程度の要介護状態、緊急度であれば、高齢者住宅に入っている高齢者と、自宅で独居・高齢夫婦世帯の「認認介護」「老老介護」のどちらが優先されるか、言わなくてもわかるでしょう。

⑤ 借家権のためトラブル対応に限界がある

要介護対応力の不備によって、爆発的に増加するのが事故・トラブルです。
認知症が発症すると失見当識となり、他の入居者の部屋に入ったり、人の食事を食べてしまったり、勘違いや物忘れを人から厳しく指摘され、うつ病になったり被害妄想になったり、それが暴言や暴行など攻撃的になる人もいます。軽度認知症であっても、適切な見守り・声掛けができなければ、その症状は一気に進みます。タバコなどの失火、清潔に関する感覚麻痺による悪臭、住戸のごみ屋敷化など、他の入居者の生活や生命にも影響を及ぼします。

サ高住で発生するトラブル対応の最大の障壁は、「借家権の強さ」です。
借家権は、有料老人ホームの利用権と違い、居住者を守るための法的な権利ですから、要介護だから、認知症だからという理由で退居を求めることはできません。本人の住戸ですから、高齢者住宅事業者、ホームヘルパーであっても、「悪臭がするから、他の人から苦情がでているから・・」と本人の許可なく勝手に部屋に入ると、住居侵入罪(不法侵入)になります。
国交省が、サ高住の開設に対し、有料老人ホームのような事前届け出を不要とした表向きの理由は、「サ高住は借家権という強い居住権が付与されているから」です。「暴言・暴行など他の入居者に迷惑となる行為があり、通常の介護では対応できない場合は、事業者からの退居を求めることができる」とされていますが、本人が拒否した場合、裁判を起こすしかありません。時間も費用もかかりますし、当然、その間は出て行ってもらうことはできません。仮に、裁判で勝訴した場合でも、認知症高齢者をそのまま放り出すことはできませんから、その後の生活場所をどう確保するのかが問題になります。
「居住権の強さ」は、入居者にとって諸刃の剣であり、事業者にとっては自らを刺す片刃の剣です。

特養ホーム等・・といっても、周辺症状によるトラブルがある認知症高齢者を受け入れてくれる特養ホームはそうそうありません。一方で、他の入居者からの苦情を放置しておいて、その間に暴行事件が発生し、他の入居者がケガをすれば、「生活相談に適切に対応していない」と損害賠償を請求されることになりますし、失火から火災が発生して多数の入居者が亡くなれば、経営者・管理者が「業務上過失致死」に問われる可能性もあります。



以上、これから入居者の要介護状態が重くなる、重度要介護高齢者が増えてくる「早めの住み替えニーズ」のサ高住が抱える課題を5つ挙げました。
「じゃぁ、どうすればよいのか・・・」という声が聞こえてきそうですが、正直言えば、どうしようもないのです。高齢者住宅の事業リスクやトラブルを理解しないまま、「補助金ありき」でサ高住という制度を作った国交省にも責任の一端がありますが、なぜ、一般の賃貸マンションアパートが高齢者お断りなのか・・を冷静に考えることもなく、また対策をとることもなく、借家権という強いリスクを理解しないまま、「介護が必要になっても、安心・快適」「早めの住み替えニーズ」と参入したツケは、すべて事業者に回ってくるのです。

そもそも、「早めの住み替えニーズ」が現実的に不可能なことは、ケアハウスで実証されています。
ケアハウスは、「自立・要支援高齢者で入所し、介護が必要になればそのまま介護保険を使って生活を維持する」という役割で整備された老人福祉施設です。平成元年に制度がスタートし、30年以上を経過しますが、実際にはそこに認知症高齢者や重度要介護高齢者は暮らしていません。それは、訪問介護や通所介護だけでは、認知症高齢者や重度要介護高齢者を支えることができないからです。
それでも、住み替えのトラブルが表面化しないのは、ケアハウスで生活ができなくなると同一法人で運営している特養ホームにスムーズに入所することが可能だからです。「早めの住み替えニーズ」「自立要支援から重度要介護まで・・」が可能なのであれば、老人福祉施設もケアハウスや養護老人ホーム、特養ホームなど、要介護状態別に分類して整備する必要はなく、一種類の老人福祉施設だけで済むはずです。

現在のサ高住の入居者は、自立~要介護1が全体の45%、要介護2を含めると66%です。「囲い込み型」に重度要介護高齢者が集中していることを考えると、「早めの住み替えニーズ」のサ高住の入居者の内、8割・9割は認知症のない自立歩行可能な軽度要介護高齢者です。
しかし、この数年の内に、認知症高齢者・重度要介護高齢者はどんどん増えていきます。介護対応力が脆弱性なことから最低限のサービスさえ行き届かず、転倒・誤嚥・窒息などの事故が激増します。認知症による入居者間のトラブルも増加し、家族からの苦情、裁判も多発します。その火の粉は介護スタッフにも降りかかりますから、働く人はどんどんいなくなります。

令和2年2月現在のサ高住の登録数は、7587棟、総戸数で254,127戸を数えます。
現在のサ高住は、不正な囲い込み問題ばかりが注目されますが、事業リスクという視点から見ると、自立度の高い高齢者の多い「早めの住み替えニーズ」も、非常に脆弱で、商品・ビジネスモデルとして致命的な欠陥を抱えているのです。




【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 🔜連載更新中

  ♯01  自由選択型 高齢者住宅への回帰の動きが加速する背景
  ♯02  「高齢者住宅は要介護対応に関与しない」というビジネスモデルは可能か
  ♯03  高齢者住宅の「要介護対応力=可変性・汎用性」とは何か
  ♯04  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅰ ~建物・設備~
  ♯05  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅱ ~介護システム~
  ♯06   要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅲ ~リスク・トラブル~
  ♯07  「早めの住み替えニーズ」のサ高住でこれから起こること
  ♯08  自由選択型 高齢者住宅は不安定な「積み木の家」になる
  ♯09  これからの高齢者住宅のビジネスモデル設計 3つの指針





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