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「短期利益ありき」素人事業者の台頭と後手に回る法整備


後後期高齢者が激増する日本において、高齢者住宅は不可欠な「社会インフラ」である。その健全な発展・育成なくして超高齢社会を乗り切ることはできない。しかし、素人事業者の台頭で法整備は後手に回り、倒産や事業譲渡、一方的な値上げ、サービスカットへの入居者保護施策は全く進んでいない。

 【特 集】 有料老人ホーム「入居一時金経営」の課題とリスク 07 (全8回)


人間の生活の営みの基本は、「衣・食・住」という言葉であらわされるが、中でも住居は、生活の土台・基礎となるものである。
高齢者の場合、身体的機能、認知機能、適応力が低下しているため、生活環境の変化、悪化は認知症の発症原因になる。85歳以上の独居の重度要介護高齢者が激増する日本において、その生活を安定させるには、居住の安定を図ることが最重要課題である。

しかし、介護保険制度の発足以降、有料老人ホーム、サ高住などの数は増加している一方で、そこで暮らす高齢者の「居住の安定」「居住者の権利確保」への検討、取り組みは大きく遅れている。
この入居一時金の問題を拡大させている最大の要因は、入居者保護に対する法整備の遅れだ。

入居一時金をクイモノにした素人経営者の台頭

述べてきたように、「利用権」という有料老人ホームの脆弱な居住権や、その利用権を高額な入居一時金で前払いさせるという特殊な価格設定方法には、入居者保護の観点から問題が大きい。
そのことは、監督官庁である厚生労働省も認識しているだろう。
その一方で、これまで長い間、その価格システムで有料老人ホーム経営が行われてきたことや、それなりに事業・経営が安定してきたということも事実である。
介護保険制度以降、この問題、リスクが大きくなっている理由は、法整備の遅れに加え、その制度の不備を突いてこれまででは考えられなかったような手法で、急拡大する素人事業者が台頭したことだ。
これまで行われてきた入居一時金に対する規制強化と、その背景から簡単に整理する。

① 初期償却に関する規制

まず一つは、初期償却に関する規制だ。
述べてきたように、入居一時金には「金額・初期償却割合・償却期間」が設定されている。
900万円・初期償却20%、償却期間6年であれば、900万円のうちの20%の180万円が初期償却、残りの720万円が6年間(72ケ月)の利用料の前払いとなっている。この初期償却は、退居時に返済義務のある敷金・保証金見合いのものに限られており、礼金・権利金見合いのものは禁止されている。
しかし、平成24年に老人福祉法の改正が行われるまでは、この初期償却は返済義務のない「礼金・権利金」だった。

これを悪用して、初期償却を50%に設定するような事業者がでてくる。
入居一時金が1500万円の場合、一ヶ月でも入居すれば750万円は返ってこないということになる。これを行っていたのはその名前を聞けば誰でも知っているような居酒屋系有名経営者の大手介護サービス事業者であり、その巨額な初期償却を元手に一気に拡大路線を走った。
しかし、このようなビジネスモデルは、瞬間的に拡大することはできるが、間違いなく短期間で長期入居リスクに直面し、赤字に転落することになる。価格設定方法は事業者が決めることだとは言え、その発想は未来設計の前経営者とほとんどかわらない。一ヶ月でも入居すれば一時金の半分を返さないというのが、まともなビジネスモデルかどうか、社会的に許されるかどうか、考えもしなかったのだろう。

結果、退居者や家族からの苦情によって初期償却金の取り扱いが抜本的に改正されることになった。
平成24年の法改正で、「短期解約特例制度」として3ケ月以内の退居については解約や返還金のルールが設定され、合わせて「礼金・保権利金見合い」の初期償却は禁止、原則して返還義務のある「敷金・保証金」しか認めないということになった。
ただし、平成24年までに届け出られた有料老人ホームは、平成26年度末まで経過措置で礼金・権利金とすることができたため、その間の入居者は、初期償却は返金されない。

② 前払い利用料の保全措置の義務化

二つめは、前払いされた利用料の保全義務だ。
前払いされた利用料を、運転資金や新規開設資金として流用しているケースが多く、万一、途中で倒産したり、事業継続が困難となった場合、入居者には返還されないことになる。これまでも、突然倒産し、生活支援サービスだけでなく、電気やガスも止められ、無一文で放り出されるといったケースもあった。

そのため、平成18年の法改正で、前払いされた利用料のうち、500万円を上限に、定められた方法で保全することが義務付けられた。「銀行等との連帯保証委託契約」「保険事業者との保証保険契約」「信託会社等との信託契約」「有料老人ホーム協会の入居者保障制度他」と、保全方法も定められている。
この保全額は返還債務残高(前払い金の未償却部分)が対象であり、500万円以上の場合は500万円、500万円未満の場合はその残高と同額になる。
ただし、この保全義務があるのは法改正が行われた平成18年度以降に設置された有料老人ホームだけで、それ以前の有料老人ホームは対象にはなっていない(努力義務)。また、その保全義務は、前払い金の未償却部分だけで、初期償却分(敷金・保証金部分)は含まれていない。

 策定根拠の明確化、財務諸表の公開

もう一つは、入居一時金の算定基礎の明確化と、経営状態の情報開示だ。
入居一時金は、「初期償却(敷金・保証金)」+「償却期間内の利用料の前払い」+「長生きリスクの保険」である。初期償却を除けば、住宅の建築費用と平均余命を基礎として、償却期間及びその金額は算定されるべきものである。しかし、これまで有料老人ホームは、償却期間やその金額設定の基準がなく、長期入居リスクが拡大している3つの理由 🔗 で述べたように、目先の利益ありきで、償却期間を短くしているところも少なくなかった。 そのため、利用料前払いの入居一時金を設定する場合には、事業計画(届け出)において、その算定根拠を示すことが義務付けられている。
また、前払い金方式をとっている事業者は、入居者や入居希望者に対して、貸借対照表や損益計算書などの財務諸表の公開、閲覧を義務づけている。


「入居者選択責任」を全面に出し、後手に回る入居者保護

上記のように、国も有料老人ホームの入居一時金方式(前払い方式)の課題、リスクについて、何も対策を行っていないわけではない。
ただ、これらは入居一時金のリスクを逆手にとって、無茶苦茶な経営を行ってきた素人事業者に対する間接的な対症療法でしかなく、入居者保護施策と呼ぶには、ほど遠いものだ。特に、最も大きな被害を受ける倒産や事業譲渡、値上げ、サービスカットなどに対する施策は全く進んでいない。

例えば、①の役割が明確でなかった初期償却の対価を返済義務のある敷金・保証金に限定したこと、また、②倒産時にも未償却部分の一定額については返済できるようにしたことは、入居者の立場に立った施策として評価する人も多い。
しかし、仮に、それが全ての事業者で順守されたとしても、実際にそのホームが経営悪化や倒産した時に入居者を保護してくれるかと言えば疑問符がつく。

現在の有料老人ホームの半分程度は、80歳以上の要介護高齢者を対象としたものが多く、償却期間は5年程度(60ケ月)に設定されている。1000万円の入居一時金を支払っていても、最大でも返還されるのは500万円、償却期間を経過すれば、倒産しても前払い利用料は返却されない。また、初期償却金は「敷金・保証金見合い」といっても、これは保全対象ではないため、これも返済されない。

更に、これからの有料老人ホームの経営悪化の要因となるのは「長期入居リスク」である。それは償却期間を超えて入居する高齢者が増えることで発生する。資金がショートして15年後にその老人ホームが倒産したり、事業が譲渡されれば、7割、8割の要介護高齢者は、返還金ゼロのまま、無一文で追い出されることになるだろう。
これは、倒産・事業閉鎖だけでなく、事業譲渡や経営悪化を原因とした値上げも同じことがいえる。経営悪化によって事業が第三者に譲渡されれば、従前の契約は継続されない可能性が高く、値上げやサービスカットに対しても実質的に抗弁できないのだ。

また、③で示した、算定根拠の明確化や情報公開には、ほとんど意味はない。
事業計画の段階で入居一時金や償却期間の算定根拠を示していても、「事業計画では平均年齢85歳、実際は平均年齢77歳」と、計画通りになるわけではないからだ。
また、有料老人ホームは「リゾートバブル型」の崩壊を起こす 🔗 で述べたように、入居一時金経営の場合、貸借対照表や損益計算書などの財務諸表を見ても、経営状況を判断することはできない。入居一時金方式の最大の問題は、「隠れ赤字」にあり、事業所単位ではなく、法人単位となれば、銀行員でも公認会計士でも、経営実態はつかめないだろう。これを経営情報の開示などと考えているのは、国自体が、入居一時金方式の特性やリスクを全く理解していないからだ。

高齢者住宅の入居者保護の問題は、有料老人ホームの入居一時金だけではない。
有料老人ホームやサ高住と言った縦割り行政による住宅制度の混乱、介護付、住宅型といった介護保険制の混乱が重なり、指導監査体制が整わないまま、素人事業者が激増し、入居者保護施策は大きく遅れている。厚労省と国交省、国と自治体の責任の押し付け合いの様相を呈しており、最終的には「商品設計、経営はそれぞれの事業者の責務」「入居者にも一定の選択責任がある」と事業者、入居者責任を全面に押し出している。

しかし、有料老人ホームの経営は刻々と悪化している。
現在は表面上、収支やキャッシュフローが黒字に見えていても、「隠れ赤字」は相当数に上るだろう。
もちろん、老人ホーム経営失敗の一義的な責任は、経営者にあることは言うまでもない。入居者にもその責務の一部があることはその通りだ。ただ、だからと言って現状を放置していれば、その被害はどんどん拡大していく。有料老人ホームが次々と倒産しサービスがストップすれば、行き場のない要介護高齢者の命に関わる問題に発展する。最終的にそれぞれの自治体で、特養ホームやショートステイなどをフル活用してサポートせざるを得なくなり、地域の介護福祉ネットワークが大混乱することになる。

85歳以上の後後期高齢者が激増する日本において、高齢者住宅は不可欠な社会インフラであり、高齢者住宅の健全な育成なしに、超高齢社会は乗り切れない。「民間の営利事業なので、行政の責任ではない…」と安易な責任転嫁で逃れることのできる話ではないのだ。



【特集 1】 「知っておきたい」 高齢者住宅の「囲い込み」の現状とリスク
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  ⇒ なぜ、低価格のサ高住は「囲い込み」を行うのか 🔗
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【特集 2】 老人ホーム崩壊の引き金 入居一時金経営の課題とリスク

  ⇒ 有料老人ホーム「利用権方式」の法的な特殊性 🔗
  ⇒ 脆弱な利用権を前払いさせる入居一時金方式 🔗
  ⇒ 「終身利用は本当に可能なのか」 ~脆弱な要介護対応~ 🔗
  ⇒ 前払い入居一時金を運転資金として流用する有料老人ホーム 🔗
  ⇒ 入居一時金経営 長期入居リスクが拡大している3つの理由 🔗
  ⇒ 有料老人ホームは「リゾートバブル型」の崩壊を起こす 🔗
  ⇒  「短期利益ありき」素人事業者の台頭と後手に回る法整備 🔗
  ⇒ 有料老人ホーム 入居一時金方式の課題とその未来 🔗






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