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介護離職の個人・企業・社会のリスクを考える

介護離職の増加は個人の問題ではなく、社会の問題としてとらえる必要がある。介護サービスが上手く使えないと、介護離職が増え、それによって経済が停滞。税収入・社会保険収入が削減し、介護サービスの低下につながり、介護離職が増える…という負のスパイラルに陥ることになる

高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 054


「介護離職はダメ」という人が多いのですが、これは「良いか・悪いか」「正しいか・間違いか」という問題ではありません。私は家族が積極的に介護に関わるべきだと考えていますし、家族が介護することにも賛成です。「育ててもらったのだから…」「親は子供が見るのが当然…」といった儒教的な倫理観ではなく、「大切な母、父だから、できるだけ自分で介護をしたい」と思うのは当然のことです。
一部マスコミは悲惨なケースだけをピックアップし「介護崩壊」「介護地獄」という煽り方をしますが、実際に介護をすると「そう言えば母はチーズが好きだったな」「子供の時に父と二人でお好み焼きを作ったな」「熱を出したとき、抱えて病院まで走ってくれたな」と、子供の頃の自分と両親との記憶がたくさん蘇ってきます。「大変だったけど、親子のやり直しができた」と振り返る人も少なくありません。
しかし、「介護を目的に仕事を辞める」という選択は、個人としても社会としても、大きなリスクがあるということを理解しなければなりません。

介護離職 個人のリスク ~本当に後悔しないのか~

高齢者介護の最大の難しさは、「必要な介護期間が、事前に想定できない」ということです。
育児も介護も大変なことは同じですが、育児の場合、「1歳から保育園に入れて復職」「4歳になれば求職活動しよう」と計画を立てることができます。「末期がんで余命6ケ月」「最期は自宅で」となれば、交代で休暇をとり介護や看護を行うことができます。
一方、介護離職を決意して会社を退職しても、実家に戻った途端、脳梗塞が再発して入院、そのまま亡くなるというケースもあります。退職前は勤続年数30年、50代で課長・部長と言った役職であったとしても、一旦退職すると、元の職場に戻ることは難しいでしょうし、復職できたとしても同等の役職・業務・待遇を得ることはできません。特殊な技術や資格を持っていない限り、50代になると再就職ができても給与は半分以下になる人がほとんどです。
逆に10年、15年と介護期間が長くなることもあります。53歳で83歳の母親の介護のために介護離職して、10年後93歳で母親が亡くなるとき、あなたは63歳です。自分の望む内容・待遇の仕事を探すというより、パートや派遣でも雇ってくれるところを探すことさえ難しくなる年齢です。
しかし、そこからまだあなたの人生は20年、30年残っています。
その時に、本当に後悔しないのか・・・です。

「仕事をやめなければ良かった…」「こんなはずでは…」という後悔は、様々な形で表れてきます。
私が介護・福祉の現場にいたときに感じていたことは、「介護離職は介護虐待のリスクが高くなる」ということです。
「やっぱり、自分の家族に自宅で介護してもらうのが一番幸せ」という人がいますが、そう簡単な話ではありません。「親の介護のために」と思って同居・介護を始めても、専門的な知識や技術がなければ、要介護状態や認知症は短期間で悪化していきます。また、食事中に味噌汁をこぼしたり、何度も夜間にトイレに起こされたり、認知症が進んで夜中にゴソゴソと起きだしたり…ということが続くと、介助者のストレスがどんどん高まっていきます。それが半年続くのか、一年続くのか、この先5年、いや10年続くのか、トンネルの出口が見えないのです。
寝不足が続き「いつまでこんなことが続くんだ」と感情的になり、暴言を吐いたり、叩いたり、無視をしたり…と、虐待やネグレクトが進んでいきます。「自分だけが貧乏くじをひいた」「他の家族は何もしない」と兄弟姉妹や親族との関係も悪くなり、疎遠になっていきます。結婚している場合、「どうして、うちだけが…あなただけが…」「お母さんが大切なのはわかるけど…」と配偶者や子供との関係も悪くなり、「介護単身赴任」「介護離婚」と、どんどん孤立化が進んでいきます。
感情の歯止めが利かなくなり、突発的に親を殺してしまうという悲惨な介護殺人も多数報告されています。家族による介護虐待のニュースを聞くと「ひどい子供だ」と思いがちですが、「親のために、自分で介護を…」と頑張りすぎて逃げ場所がなくなり、精神的に極限まで追い詰められ「助けて!!」と言った叫びの裏返しであるケースは少なくないのです。

これは「介護心中」も同じです。
特殊なケースだと思われがちですが、誰にでも起こりうることです。私個人の体験の話をすると、重い認知症の母を自宅で介護していた時、「私の姿が見えなくなると母が不穏になる」ということが何度か起こりました。一日中そばにいて、トイレも入浴も付き添って、折り紙をしてテレビを見て、寝るときも一緒となると「母は私がいないとダメなんだ」という気持ちが芽生え、寝不足や疲れも相まって「自分が何とかしなきゃ」とどんどん思考が内向きになり、共依存の関係になっていくのです。
私は、ケアマネジャーや社会福祉士の資格を持っている専門家ですし、一人で介護をしていたわけではありません。それでも「このままでは危ない」と感じることがあったのです。

介護離職によって、手放すのは収入・仕事だけではありません。
それまでの人間関係が稀薄になるため、高齢者だけでなく、介助者も引きこもりがちになります。特に、「仕事を辞めて実家に戻る」ということになると、それまでのほとんどの人間関係が断ち切られ、一気に世界が狭くなります。外に行くのは買い物だけ、それ以外はテレビを見たり、インターネットを見たりという目的やハリのない生活になります。介助者が精神的に追い込まれ、うつ病になり、介護していた親よりも子供が先に亡くなるというケースは少なくないのです。

介護離職 組織・社会のリスク ~最悪のパターン~

介護離職して収入がなくなっても「親の貯金や年金もあるから、とりあえず…」と安易に考えている人が多いのですが、それは非常に危険です。
述べたように、50代で離職し、10年介護して60代で親が亡くなった場合、精神的にも肉体的にも、新しい仕事に就くことは容易ではありません。働きながら1000万円・2000万円を貯蓄しようと思うと大金ですが、働かなければ数年でなくなります。当然、親が死亡すれば親の年金はなくなります。本人も早期退職のため、年金額は少なく、糖尿病や高血圧などのリスクも高くなり、70代、80代になれば、あなたも介護が必要になります。
80代の親の介護をするために、50代で介護離職をすると、「親+自分の生活費」が10年~15年、「その後の自分の生活費」が10年~15年、「自分が要介護状態になった時の生活費」が10年~15年程度必要になります。親の介護のストレスを抱えながら、切り詰めた生活を持続するのは苦しいものです。更に、今後、年金支給額や年金支給開始年齢の見直しや、医療費、介護費用の値上げが予想されます。そう考えると、親の年金、自分の年金以外に、預貯金が少なくとも1億円以上はないと介護離職後の生活を維持することはできないでしょう。今でも、多くの人が親が亡くなった途端、生活保護の受給申請ということになっています。最近、「パラサイト・シングル」の問題が取り上げられることがありますが、40代、50代での介護目的の離職・同居であっても、結果は同じことになります。

それは個人のリスクだけではありません。
介護離職は、家族にとっても大きな負担です。
夫や妻、子供と別居して一人で実家に戻る「介護単身赴任」の場合、生活費は二倍以上かかります。「大切な母だから自分で介護したい」という妻や夫の気持ちを尊重して、最初は「わかった、頑張って…」と納得していても、収入がなくなれば、家計の負担、自分達の将来の不安は重くのしかかります。その期間は半年~一年で終わるというわけではありませんし、親は一人だけではありませんから、「私の母も転倒して要介護状態になった」となれば、「どうして、そっちだけ…」「こっちはどうするんだ…」ということになります。

また、有能な人材が介護によって離職することになれば、会社にとっても大きな損失です。親の介護が必要になる世代は50代が中心です。一般の会社で言えば、課長~部長など企業・組織の中核になっている世代です。親の介護はある日突然やってきますから、介護離職も突然やってきます。知識や経験をもった代わりの人材が簡単に見つかるわけではありませんから、会社組織にとっても大きなダメージです。

更に問題は、それが社会の損失に波及することです。
少子高齢社会のリスクの根幹は、日本の社会活動・経済活動によって納税し社会保障制度を支える人と、要介護や病気になって社会保障制度によって支えられる人のバランスが崩れることです。介護離職をする人が増えると、その人が働いて生み出していた労働価値と、給与に基づいて支払っていた税金や社会保険料がなくなります。また、中核の人材がいなくなれば、組織の維持や法人の収益に直結することになります。小さな会社であれば、経営が傾き、事業縮小、倒産ということになれば、その被害は働いているその他の従業員・家族にまで及びます。
経済と社会保障は、日本社会という車の両輪です。社会保障政策がないと介護や病気への不安から安心して働くことができませんし、逆に経済活動が滞ると社会保障費にお金を回すことができなくなります。「親の介護のために、仕事を辞めて故郷に帰ってきた」というと「優しい息子さん・娘さんね、お母さんは幸せね・・」と美談になりますが、社会的にみると、支える人が一人減るという単純な話ではなく、本来、分母にいて社会を支えるはずの人が、分子の支えられる側に移行するということなのです。
介護離職は個人の問題ではなく、社会の問題としてとらえる必要があります。介護サービスが上手く使えないと、介護離職が増え、それによって経済が停滞、社会保障費が削減し、また介護サービスの低下につながり、介護離職が増える・・という負のスパイラルに陥ることになるのです。


仕事を辞めないで、大切な家族の介護に関わるための方策の一つが、「介護休業の活用」です。
はたらく人を支援する介護休業の制度は、「介護休暇」と「介護休業」に分かれます。
ここからは、介護離職を防ぐために土台となる「介護休業」の活用方法について考えます。




  ⇒ 介護離職が増える社会 ~独居後後期高齢者の激増~
  ⇒ 介護離職の個人・企業・社会のリスクを考える
  ⇒ 介護休業は、親を介護するための休業ではない
  ⇒ 介護休業を上手に取ろう ~ 介護休業の取得事例 ① ~
  ⇒ 介護休業を上手に取ろう ~ 介護休業の取得事例 ② ~
  ⇒ 介護休業を上手に取ろう ~ 介護休業の取得事例 ③ ~
  ⇒ 介護休業取得のポイント ~ 分割方法と二つの選択肢 ~
  ⇒ 介護休業期間中にすべきこと ① ~自宅生活時の留意点 ~
  ⇒ 介護休業期間中にすべきこと ② ~老人ホーム選択時の留意点 Ⅰ ~
  ⇒ 介護休業期間中にすべきこと ③ ~老人ホーム選択時の留意点 Ⅱ ~
  ⇒ 介護休業取得に向けた「企業の取り組み強化」のポイント
  ⇒ 介護休業取得に向けた「制度の取り組み強化」のポイント




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