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介護休業を上手に取ろう ~介護休業の取得事例 ③ ~

55歳、金融機関勤務。出向を目前にして一人暮らしの母が軽度の「老人性うつ」となり、将来の要介護や認知症を心配している。転職・転居すると今のマンションよりも実家に遠くなる。出向を進めるべきか、断るべきか悩んでいる。

高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 058


【介護問題の発生】

私は55歳、とある金融機関に勤めています。
家族は妻と、大学生の長女、高校生の次女の四人家族で、都内のマンションに暮らしています。
実家は、電車で1時間ほどのところにあり、父が三年前に亡くなってから、80歳の母が一人で生活しています。父が亡くなってから、一週間に一度程度は電話をし、月に一度程度は実家に帰っていました。父が亡くなった当初は、落ち込んでいたものの、その後は体操教室に行ったり、趣味のパッチワークをしたりと、元気に暮らしていたのですが、ここ一ヶ月程度、少しやせてきたのが気になりました。話を聞くと「ご飯があまりおいしくない」と言い、食事を食べないこともあり、体操教室も休んでいる様子。また、「買い物に行っても、何を買うのか忘れる」「人の顔や名前が思い出せない」とも言い、薬の飲み忘れも増えているとのことでした。

同じ県内で、実家から一時間程度のところに住んでいる妹に相談すると「認知症の初期症状ではないか…」と言われ、本人も少し気になっているようでしたので、有給をとって老年科の受診をすることにしました。そうすると、「老人性うつ」と診断されました。そこで医師との話に同席したのですが、「家の中で転倒することも増えている」と初めて知りました。
それを妹に言うと、介護保険サービスを利用するか否かは別にして「要介護認定をしておいたほうが良いのでは…」と言われ、地域包括支援センターに連絡し、要介護認定をお願いすることにしました。要介護認定は「要支援2」と判定されました。その間は、私たち夫婦だけでなく、妹や子供達も泊まりにいってくれたので、少し元気になったようでした。

ただ、一つ心配がありました。
私は勤めていた金融機関から出向する年代に差し掛かっており、ある会社(A社)から「来ないか」と誘いを受けています。まだ半年以上先の話なのですが、私のこれまで金融機関で培った経験やノウハウが十分に生かせる職場ですし、ありがたいことに給与もほとんど下がりません。長女は来年大学を卒業し、次女も大学へ進学し一人暮らしを始めるということも重なり、いま住んでいるマンションを引き払い、夫婦で移り住む予定にしていました。
しかし、その会社がある場所から実家までは、電車でも4時間程度の距離があり、今のようにそうそう頻繁に通うことはできません。妹も義弟の父の介護を抱えており、同居することも介護をすることもできません。母のことを考えると、「願ってもない話だけれど、転職(出向)は断った方が良いのだろうか…」「今のマンションから通える場所が良いか…」「実家に帰ってそこから通える場所が良いだろうか…」と、考え込んでしまいました。

【上司・人事に相談】

一週間ほど悩んだ結果、先方にも迷惑が掛かるので現状を伝えておいた方が良いと思い、答えがでないまま上司に相談することにしました
やはり、私だけでなく同年代の「親の介護」に関する相談は増えていると言います。「A社への出向の話は人事にも通っている話であるし、介護の問題も含め人事部に相談してみては…」と言われ、翌日アポイントを取って本店の人事部に向かうことにしました。
人事担当者に現在の状況について、簡単に話をしました。

◆ 来年の春に出向を予定(A社)しており、転居する予定であった
◆ 母が、軽度の「老人性うつ」になり、認知症や要介護を心配している
◆ 要介護認定を行い、要支援2と判定された。
◆ 現在の住まいからは1時間程度だが、転職転居すると4時間くらいかかる
◆ 転居後の母の生活が心配である(認知症や要介護状態が進むのではないか)
◆ A社への出向を進めるべきか、断るべきか悩んでいる

話の結果、「A社を断るか否かをすぐにバタバタと決断する必要はなく、まず母の介護への対応を検討するのが良い」ということになりました。その話が終わった後で、外に声をかけると入ってきたのが、「介護担当相談員」という肩書の森下さんという女性で、人事担当者は「では、後のことは介護の問題は森下さんと…」と言うと部屋をでていきました。

私は、「介護の問題」ではなく、「出向の問題」を相談に来たつもりだったので面食らったのですが、森下さんの話によると、私と同じように介護の問題で出向を取りやめたり、転勤を断ったり、また早期離職を検討するというケースが増えているため、人事部の中に家族の介護問題の相談を専門に受け持つ担当者を作ったとのことでした。
彼女はもともと銀行員ではなく、介護福祉士とケアマネジャーの資格を持っており、介護現場の相談経験も豊かであると言うことで、「自分だけでなく、みんな介護で悩んでいるんだなぁ…」と認識するとともに、銀行が家族の介護問題にも積極的にバックアップしてくれていることがうれしくもありました。「プライベートな情報については秘密厳守します。人事にも反映されません」と森下さんが言ってくれたことから、母の病状や姉のこと、また不安に思っていることなどについて相談することができました。

まずは、母が急に軽度の「老人性うつ」になった要因です。
老人性うつの原因は、「仕事も家事など、社会的な役割がなくなった」「引っ越しをした」といった環境的要因と、「配偶者が亡くなった」「人から悪口を言われた」などの心理的要因があると聞かされました。生活環境は大きく変化していません。父は三年前に亡くなり、その時も少し元気がなかったのですが、最近までは元気にしていました。思いついたのは、父と母が長年一緒に飼っていた犬がこの春に亡くなったこと、また、体操教室などで一緒に活動していた友達が病気で亡くなった…という話をしていたことも思い出しました。

一番、気になっていた「自分が出向で、実家から離れた場所に転居することを、介護の専門家としてどう思うか」と聞いたところ、「医師ではないので断言はできない」と前置きしたうえで、「話を聞く限り、息子さん(私)のことをとても頼りにされている様子なので、遠くに行かれるとなると、更にショックを受ける可能性はあるかもしれない」とのことでした。
私の想像・心配していた通りの答えでした。
ただ、その上で、出向先に行くまでにはまだ時間があるので、「A社を断る」「早期離職する」といったことをすぐに決断するのではなく、「介護休業を検討してみてはどうか…」と提案されました。

「えっ? 介護休業?」と思わず聞き返しました。「老人性うつ」と診断され、介護保険制度では要支援2と認定されましたが、訪問介護や通所介護などの介護サービスがなければ生活できないという状態でありません。そもそも介護休業の対象になるのかもわかりませんし、会社を休んだとしても、私が直接介護をすることもありません。
ただ、森下さんの話によると、法的な介護休業の基準の一つは「要介護2以上」とされているが、「歩行が不安定で転倒のリスクがある」「食事が適切に取れていない」「薬の飲み忘れが多い」などの状態であることから対象になるとのこと。また、一ヶ月程度の介護休業をとって、実家で色々と、これまでのこと、これからのことを話をすることができれば母も安心するだろうし、その状態を見ながら、先のことを考えればよいのではないか…とのことでした。

【介護休業の取得とその後】

上司に相談をすると、「最終的には君が決めることだが…」と断ったうえで、「A社への出向はセカンドキャリアとして申し分なく、先方も君のノウハウや知識を必要とされている…」と言っていただき、森下さんのアドバイスに従って、申し出から二週間の間に業務の割り振りを行い、一ヶ月間の介護休業をとることになりました。母には、「もうすぐ、銀行卒業なので一ヶ月の休みをもらえた」と言い、実家で短期同居することにしました。

母のケアプランは、地域包括支援センターの相談員の方にお願いし、週に二度、運動機器を使った体力向上のデイサービスに行くことになりました。それ以外に、介護保険を使って古くなっていたお風呂を高齢者仕様のものに改装したり、トイレ前の手すりの設置、玄関の段差解消などの改修を行いました。その他、買い物用の手押し車を買ったり、古くなっていたエアコンや冷蔵庫を買い替えたり、また、「ワン切り」や「もしもし」と言った後に何も言わずに切る電話が数回かかってきたため(これまでも時折あったらしい)、「留守番電話」「録音機能付き電話」に変更し、登録してある以外の電話番号には折り返ししないようにしました。月に一度、二度帰ってくるだけではわからないことがたくさんあると感じました。

私にとって一番安心だったのは、母にはたくさんの友達がいたということです。体操教室に行かなくなった母を心配して、何人かの友人から電話をいただいたり、訪ねてこられたりしましたし、近所の人からも声をかけられました。母は「体調を崩したので、しばらく息子が会社を休んで帰ってきてくれたと嬉しそうに話をしていました。

二週間ほどしてから、母に「出向先は、今より少し遠くになるかもしれない」という話をしました。
母は、「それは良かったわね~」と心から喜んでくれ、わざわざ休みをとったことをわかっていたのか「私のことは大丈夫、孝雄には色々心配かけたね…」と笑ってくれました。
「新しい犬はもう飼わない(自分の方が先に死ぬから、飼いきれない)」と言っていたのですが、娘たちが「もし、おばあちゃんが無理になったら、お父さんか私たちが買うから…」と勧め、それに押し切られるように「一応見に行くだけ…」だったのですが、これまでの中型犬(柴犬)ではなく、室内犬(白いマルチーズ)を飼うことになりました。命名は、娘二人も併せてすったもんだの上、「マル」という名前に決まりました。結局、同居したのは最初の二週間程度で、三週間目の後半は自宅のマンションに帰り、四週間目は母の「老人性うつ」の診察に同行しただけで、それ以外は、「何しに来たの?」と言われつつ仕事に出ていました。

ただ、森下さんのアドバイスに従って、一ヶ月の介護休暇をとれたことは、母にとってだけでなく、私にとっても意味のあるものでした。
休みを取らなければ、「母は大丈夫だろうか…」「出向を辞めるべきか…」と直前までずっと悩んでいたでしょうし、A社に出向しても短期間で辞めていたかもしれません。また母の病状が悪化したり、認知症になっていたりすると、会社を辞めなければならず、「あの時に、きちんと対応していれば…」と後々まで後悔していたでしょう。
もちろん、これで母の介護問題が解決したわけではなく、これからも転倒して骨折したり、脳梗塞で入院したりということがあるでしょう。介護問題が起これば、どうしても子供は慌ててしまい、「自宅で介護するのか…」「老人ホームか…」「仕事を辞めなければいけないか…」と、バタバタと考えがちですが、今回のように一ヶ月程度の介護休業をとって、専門家を交えて問題を整理して考えることができれば、慌てずに最良の方法を見つけられることを知りました。

あれから三ヶ月が経ちますが、母は元気を取り戻し、明るく暮らしています。
長女と次女も就職・進学が決まり、頻繁に「マル」に会いに行っていますし、今のマンションにそのまま二人で暮らすようです。
新しい会社への出向も決まり、社長との面談の場で、今回の母の介護と「介護休業」について話をしました。母が要介護状態になった時は、また取得できるように依頼するとともに、その必要性や重要性について話をすることができました。新天地でも、社内で介護に困っている人がいれば、積極的に自分の経験を伝えることができればと思っています。




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