高齢者介護は個人に重い法的責任がかかる専門性の高い仕事。「介護の仕事なんてどこでも同じ」「大手だから安心」と、素人介護サービス事業者・素人経営者の下で働くと、加害者になったり、自分の人生が崩壊するほどの巨大なリスクを背負うことになる。
介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』
「介護の仕事は忙しくて大変なのに、給与が安いから最悪だ…」
「介護は、介護スタッフの犠牲によって成り立っている…」
マスコミの一方的な喧伝によって、そんなイメージが蔓延していますが、それは、「建築・土木の仕事は最悪だ…」「営業の仕事は最悪だ…」「ITの仕事はくそだ…」と言っているのと同じです。
最近は、違法残業やパワハラなどブラック企業の問題が、ニュースに上ることがありますが、どのような業態でも、そのような利益のために、また自己顕示欲のために劣悪な環境で労働力を搾取する企業、事業者、社長はどこにでもいます。だからと言って、「この業界は…」とはならないでしょう。
ただ、介護業界、介護労働が、特にそう言われてしまう理由の一つは、介護のことを全く知らない、介護保険もケアマネジメントの何のことかわからないような素人事業者が「介護需要は増える」「儲かりそうだ」と大量参入してきたという背景があります。
適切な介護看護の人員体制が整っていないのに、利用者確保のために「すぐに入居できます」「重度要介護・認知症高齢者でも安心・快適」と受け入れてしまうため、過重労働となり労働環境が低下、事故やトラブルが多発し、「こんなはずではなかった…」「こんな仕事はやってられない…」「介護の仕事は最悪だ」と、介護から多くの人が逃げ出してしまっているのです。
介護業界の特徴は、ブラック企業ではなく素人事業者・素人経営者が圧倒的に多いことにあるのですが、それに介護スタッフも、当の事業者・経営者も気が付いていないのです。
ただ、これは「素人事業者とプロの事業者とでは、働きやすさは違う」という単純な話ではありません。「どこでも一緒だろう・・・」と素人事業者で働くと、自分の人生が崩壊するほどの、巨大なリスクを背負うことになるのです。
介護の仕事は、介護スタッフ個人に重い法的責任がかかってくる
それは、高齢者介護は、法的に重い責任が労働者個人にかかる仕事だからです。
述べたように、すべての仕事には、その業務に関する責任が生じます。コンビニエンスストアの店員であれ、ファミレスの調理補助であれ、公務員でも銀行員でも同じです。
ただ、高齢者介護の対象者は、身体機能や認知機能の低下した要介護高齢者です。
体重が80㎏以上ある半身麻痺のある男性高齢者を、車椅子からベッドに移乗させようとしたところ、バランスを崩して転倒、頭部を強打し脳内出血で死亡。入浴中に広い浴槽を手引歩行介助していていたところ、滑って転倒し大腿骨骨折。特殊浴槽で入浴介助中に、他のスタッフと話をしている間に、介助ベルトが外れ身体が反転し溺死…。
介護現場では、毎日様々な事故、命にかかわる重大事故が発生しています。
認知症の高齢者の場合、「ここで、ちょっと待っていてくださいね」といっても、すぐに忘れてスタスタと歩き出して転倒したり、介助中に急に暴れ出して、介護スタッフが一緒に怪我をするということもあります。高齢者介護は、一瞬のスキや些細なミスが転倒、転落、溺水となり、それが骨折や脳出血、死亡などの重大事故に発展するリスクが極めて高い仕事なのです。
「介護事故をゼロにすることは不可能だし、介護スタッフに責任はない」
「事業者のもとで仕事をしているんだから、責任は事業者にある」
「給与も安いのに、そんな重い責任を負わされるなら、やってられない」
リスクマネジメントのセミナーで話をしても、そう考えている介護スタッフは少なくありません。
それは国交省などの行政も同じで、「サービス付き高齢者向け住宅は、介護サービス事業者ではないので、発生した介護事故に対して責任はない…」などいう頓珍漢なことを言っています。介護経営者の中にも、「介護スタッフには責任はない、事業者が責任を負う…」と立派なことを言う人がいますが、そんなことを軽々しく言えるのは、介護の現場も介護の法的責任も何も理解していないからです。
この介護スタッフ個人にかかる法的責任は、民事・刑事・行政の3つに分かれます。
民事責任は、発生した損害に対する金銭的な損害賠償のこと、刑事責任は、刑法上の業務上過失致死、傷害罪などの刑事罰に問われること、行政責任は、介護福祉士やケアマネジャーなどの資格が停止や剥奪になることです。
この中で、法人が責任を負ってくれる可能性がある(代わりに背負うことができる)のは民事責任だけです。利用者・入所者が亡くなるような重大な介護事故を発生させた場合、刑事責任と行政責任は、介護労働者個人にかかってきます。経営者が代わりに、刑務所に入ってくれるわけでも、介護福祉士の資格が剥奪にならないようにすることもできないのです。民事責任でも損害賠償請求が個人に行われることもありますし、馘になったあと、「法人に損害を与えた」と事業者から訴えられることもあります。
国交省の言う通り、サ高住で発生した介護事故の責任はサ高住の経営者にはありませんが、それは囲い込みをさせられている訪問介護やケアマネジャー個人に重く、直接かかってくるというだけです。
コンビニやファミレスで働いていて、コンピューターのプログラマーや営業の仕事の場合、自ら悪意をもって詐欺的行為を働かない限り、刑事罰に問われることはありません。しかし、介護という仕事は、医療や看護と同じように、ミスをすれば高齢者が亡くなり、そこに過失がある場合、刑事罰や資格剥奪になるという極めて重い法的な責任をもつ専門職種なのです。
介護の仕事のリスク・法的責任を理解しない素人事業者
私は、様々な場所で、介護報酬は低すぎる、もっと手厚くするべきだという話をしています。
それは、排泄介助や入浴介助な身体的にも精神的にもストレスの重い大変な仕事だからという理由だけではなく、法的な責任の重い、リスクの高い専門職種だからです。
しかし、残念ながらそれが一番わかっていないのが、当の素人介護サービス事業者・経営者です。
2012年、ある介護付有料老人ホームで、入居者の入浴死亡事故が発生しました。
入浴は、ヒートショックによる急変や、浮き上がりなどによる溺水、滑りやすい浴槽内での転倒など事故が発生しやすく、かつ重大事故に至るケースが多いことが知られています。
しかし、この介護付有料老人ホームでは、特殊浴槽を含め5人の高齢者の入浴介助を3人の介護スタッフで行うことが前提となっていました。この事業者は、遺族に対して「ほかにも入浴者などがおり、とても手が回らなかった」と説明しており、他にも日常的にこのような危険なケア、杜撰なサービス管理が行われていたことがわかります。
ここで働く介護スタッフも、「人が足りないんだから仕方ない」と思っていたかもしれません。
しかし、この事故では、当時入浴を担当した介護スタッフ2名だけでなく、適切なサービス管理を怠ったとして、ケアマネジャー、管理者、合わせて4が業務上過失致死で書類送検されています。
警察は書類送検にあたって、「厳重処分」の意見書をつけていますから、起訴されれば裁判となり、実刑にはならなくても執行猶予付きの有罪になる可能性が高いでしょう。そうなると、行政上の責任として、ケアマネジャーや介護福祉士など、せっかく勉強して取った介護系の資格も失うことになります。
2017年には、囲い込みを行っている住宅型有料老人ホームで、同様に要介護5の重度要介護高齢者が入浴中の溺水事故で亡くなっています。ここでは、なんと7名の要介護高齢者、7つの個浴に対して3人の介護スタッフだけで、入浴介助が行われていたことが分かっています。
住宅型有料老人ホームは、介護付有料老人ホームとは違い、区分支給限度額方式に基づく個別の介護、個別の介護報酬請求が原則ですから、それを無視して「囲い込み」の不正ケアマネジメント、不正請求が行われていたことは明らかです。たまたま、その時に入浴介助をしていた、たまたまその事業者でケアマネジャーをしていただけなのに、前科者となり介護資格は剥奪、執行猶予も付かない実刑、つまり手錠を打たれ、刑務所にはいることになる可能性もあるのです。
この二つの事故を起こしたのは、どちらも事業者数トップ10に入る大手と言われる事業所です。
このような、介護保険の原則も理解しない、介護事故のリスクも理解しない、基本的なリスクマネジメントもできていない素人事業者で働くことがいかに怖いことなのか、それは、「介護の仕事は給与が安い」というレベルの話ではなく、人生を崩壊させるほどの巨大なリスクであるということを十分に理解しなければならないのです。
その時になって、「こんなはずではなかった…」といっても、取返しはつかないのです。
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