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介護業界の不幸は「介護の未来」を語れる経営者が少ないこと


現在の介護業界の課題、介護労働者にとって最大の不幸は、「介護労働の未来」「介護のプロフェッショナル」「介護のプロに求められる能力」について長期的な視点から、語ることのできるプロの経営者が、少ないということ。

介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 007


人類は、これまで技術革新による社会変革を、二度経験している。

一つは、農業革命だ。
人間は一万年ほど前までは、少人数の単位で生活する狩猟民族だった。
それが輪作と呼ばれる農業手法と囲い込みによって、農業生産が飛躍的に向上し、狩猟採集社会から農耕社会に変化した。獲物を求めて転々と居場所を変える遊動から、一つの場所に留まって生活する定住が中心となり、100人程度の小さな集団で生活から、大きな集団での生活に変化し、人口が増加していく。その過程で、貨幣や国、宗教と言った統一したルール・秩序が生み出されていった。

もう一つが、18世紀の半ばに発生した産業革命である。
それまでの社会は、農業、漁業などの第一次産業が中心で、衣服や食器、家具などは、それぞれの工房で職人(と数人の弟子)によって作られていた。それが、綿織物の技術革新、蒸気機関の発明による動力源の刷新により、工場制機械工業が発達する。その結果、労働者(プロレタリアート)と資本家(ブルジョアジー)に分かれ、現代の資本主義や工業化へと進むことになる。

本来、「革命」という言葉は、易姓革命、フランス革命、ロシア革命など、権力構造や政治体制の転換を示す言葉である。しかし、近年、政治的な転換ではなく、農業革命、産業革命、情報革命など、経済、技術などによる社会変革を示す言葉として使われることが多くなっている。政治体制の転換は、それぞれの国の年表に刻まれる歴史上の大事件であるが、人類史としてみた場合、人間の生活・営みを大きく変えてきたのは、後者の技術革新による社会変革である。

ただ、人類史的には大転換であっても、農業革命は数千年という長い期間にわたって緩やかに展開されたため、当時の人たちが「これは農業革命だ・・」と気づいたわけではない。同様に産業革命においても、300年程度に渡って少しずつ変革が進んだため、すぐに「いまの仕事がなくなる、工場に仕事を取られる」と大騒ぎになったわけではない。二つの革新的な科学技術の進歩が、人間の生活や仕事を大きく変えたことは事実だが、それは人類史を俯瞰することによって、「あれが転機だったな・・」と後世の歴史家によって判断されたにすぎない。

今また、IT、AI、ロボットを冠する革命的な社会変革が始まろうとしている。
これまでの農業革命や産業革命と比較すると、「IT革命」「AI革命」「ロボット革命」は、言葉としては少し大仰だという人もいる。ただ、このまま推移すれば、更なる富の二極化、格差の拡大を招き、資本主義や民主主義といった現在の経済体制、政治体制にも影響するのではないかと考える人も多い。
グローバル化や富の再分配の手法も絡んで、それがどのような方向に進んでいくのか、私たちの市民生活にどのような影響を与えるのか、その広がりが産業革命に匹敵するものか、そうでないのか、現段階でそのベクトルの向き、速さ、強さを十全に予測することは難しい。

ただ、一つだけ確実に言えることがある。
それは、 その社会変革のスピードが劇的に速く、私たちの生活や仕事が直接的に受けるインパクトは、農業革命や産業革命とは比較にならないほど大きいということだ。
今日、明日、一ヶ月後、一年後というわけではないが、一〇年後、二〇年後には、私たちの生活、仕事、労働環境は、劇的に変化していることは間違いないだろう。
「IT革命」「AI革命」「ロボット革命」と分類することは正確ではなく、それが三者一体の相乗効果によって爆発的に社会変革を促す。私たちは、その革命的とも言うべき、エポックメイキングとなる特殊な時代に生きていることを自覚しなければならない。


「どのような仕事に未来があるのか」という設定には意味がない

ここまで「仕事探しは一緒の一大事🔗」で述べてきた、これからの仕事、これからの働き方の議論について、簡単に整理しておきたい。

バブル崩壊を契機に仕事に対する評価基準は、組織内の「年功序列」から「成果主義」へと移ったが、それはまだ途中の段階でしかない。
今後は企業・組織内評価を超えて、労働の評価基準は 「市場価値」へと移っていく。サラリーマンを含め、すべての労働者は「安定した大企業に入る」「有望な資格をとる」といった従来の基準ではなく、「自分の市場価値を上げる」という視点で働くことが必要になる。それは、現在、給与水準の高い仕事、安定している仕事の多くの市場価値は、今後大きく変化・下落していくからだ。
その要因は3つある。

① 技 術 革 新

まず一つ目は、技術革新だ。
技術革新は、「生活を便利にする」「商品を安くする」という一方で、それに従事していた人の仕事を奪う、スキル・ノウハウの価値を下げるという側面もある。
技術革新によって変化する「プロフェッショナルの価値」🔗 では、音楽業界や金融業界の変化を例に挙げたが、一部の労働者の仕事・スキルが奪われても、それ以上に市民生活が便利になると言ったメリットが大きかったため、デメリットは見過ごされてきたともいえる。

しかし、述べたように「IT、AI、ロボット」は、ほぼすべての産業に波及する革命的な技術である。
製造業は、AIによって完全自動化された工場が増えていくだろう。数万㎡という広大な工場を見回しても、働いている人の姿は誰も見えないというのは、SFではなく、すでに現実社会だ。コンビニなどの小売業も一気に省人化、無人化が進む。今後は、これまで人間が行ってきた管理、チェック、調査、診断、メンテナンスと言った仕事まで、AIやロボットが自動で行う時代になっていく。今後、10年~20年以内にコンピューターやロボットに取って代わられる仕事は、現在の職種の約50%に上ると推計されているが、その割合は加速度的に増えていくだろう。
AI、IT、ロボット技術は、富の集中により巨大企業、一部の超富裕層を生み出すが、短期的(50年程度)に見れば、大半の人にとっては、消費者として生活が便利になる以上に、労働者として仕事を奪われる、これまで培ってきたスキル・ノウハウが無力化するというデメリットの方が大きい。

② グ ロ ー バ ル 化

労働価値を変化させる二つめの要因は経済のグローバル化だ。
民間企業は、一国内だけにとどまらず、利益と市場を求めて世界を駆け回る。
ただ、経済のグローバル化は、企業のグローバル化だけではない。

昨年末に6ケ国で発効したTTPにつづき、2019年2月1日から、日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPU)がスタートした。輸入品にかかる関税は日本が94%、EUが99%撤廃される。日本酒や緑茶などの輸出が増えることが見込まれるが、同時にEUからチーズやワイン、衣服などが安く入ってくるため、日本のワインやチーズの製造を行っている事業者の経営環境・労働環境は厳しくなる。

これは、直接的な労働の部門まで波及していく。
昨年末に「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」(入管法)が改正された。これから国内の人手不足を背景に、たくさんの外国人労働者が日本に入ってくる。欧米で社会問題化しているように「安い人件費の外国人労働者を受け入れる」ということは、その業務についていた日本人の仕事を奪われる、外国人労働者と同じ程度の低賃金になるということを示す。

それは「組織な評価から市場評価」への転換によって加速する。
経済のグローバル化は、日本の製造業が人件費の安い海外に出ていく、もしくは低価格の商品が日本に入ってくるという単純なものではなく、労働者を含めすべての商品価値・市場価値の評価がグローバルな視点・水準になっていくということだ。

③ 競 争 の 激 化

三つめは競争の激化だ。
これは、述べた技術革新やグローバル化とも大きく関係している
「IT+AI+ロボット」に脅かされるプロフェッショナル🔗 で、オズボーン准教授が発表した論文 「雇用の未来」 について述べた。これらの仕事がゼロになるわけではないが、その道幅が少しずつ狭くなっていくということは間違いない。

これまで100人でやっていた仕事の50%をロボットが代替すれば、単純に必要人員は半分になる。50人分の仕事がなくなるというだけでなく、そこに100人分の応募があれば、その仕事は「少しでも安い給与でもやります」という人に割り振られることになる。それはAI、IT、ロボットと人間の労働者の競争になるということであり、ロボットよりも低価格で働くか、ロボットにできない仕事をする人しか、必要ないということになる。単純作業であれば外国人労働者とも価格競争をしなければならない。

このAIやIT、ロボット、外国人労働者による仕事の代替は、急速に進む少子化やこれからのあらゆる産業のビジネスモデルとも関係している。
現在、多くの業界・企業で、その発展を妨げている最大のリスクは、人員の確保リスクだ。
今、人材不足に喘いでいるのは介護業界だけではない。特に、サービス業は、どれだけ需要・ニーズがあっても、サービスをする人員が確保できなければ、事業を維持・展開することはできない。このまま少子化が進めば、不況倒産ではなく、「好況による人材不足倒産」が増えていくことになるだろう。
そのリスク対策として、サービス業を含め、各企業は急ピッチで「人のいらないビジネスモデル」「AIやロボットへの代替」を進めることになる。


間違いなく、介護業界にも人は戻ってくる

これは、介護業界でも同じだ。
このコラムのテーマは、「市場価値の高い介護のプロになりたい人へ」だが、超高齢社会だから介護の仕事には未来があるぞ、介護の仕事の市場価値は上がるぞ・・という趣旨のものではない。それは、「営業の仕事の市場価値が上がるか」「IT技術者、弁護士の仕事の市場価値は上がるか」という問いと同じで、本人次第としか言いようがない。

ただ一つ、確実に言えることがある。
それは、この数年(5年程度)で、介護人材はまた戻ってくるということだ。
介護業界の経営者は、「介護の仕事の人材不足は深刻だ」と特別であるかのように口をそろえるように言うが、他の業界(特にサービス業界)の経営者と話をしても、「旅行業界は・・」「飲食業界は・・」とほぼすべての業界で異口同音に人材不足を嘆いている。

それは労働市場は、景気動向のグラフとほぼ同期するためで、伝えられているような米中貿易戦争や中国経済の減速も影響し、東京オリンピックが終われば景気は下降していく。あとは、少子化による労働人口減少と、AIやロボットによる仕事の代替のスピードのどちらのスピードが速いか・・ということになるが、恐らく後者の方が早いだろう。
ロボットやAI化によって、他の産業の平均賃金が下がれば、介護報酬を基礎とする介護の人件費は相対的に上昇し、人は戻ってくる。 それぞれの地域によって違いはあるが、介護業界にとって、人材確保が最も厳しいのはこの数年だろう。

ただそれは、もちろん「介護の仕事に未来がある」ということではない。
給与が上がるといっても、今の賃金より高くなるわけではなく、あくまでも周辺の産業がAI・ロボット化、グローバル化などで下がるので、相対的に上がるということでしかない。中・長期的にみれば、周辺産業の賃金が低下し、景気悪化やAIやロボットに押し出されるようにして、高齢者介護の仕事をしようという求職者が増えると、介護報酬や人件費もそれに応じて、今より下がるかもしれない。


介護業界の最大の不幸は、「介護の未来」を語れる経営者がいないこと

現在、高齢者介護の仕事には人気がない。
他に仕事のない人の仕事、底辺の仕事だという人もいる。
特養ホームや老健、介護付有料老人ホームでスタッフによる虐待・暴行事件が発生すると、ニュースで報道されることが増えているが、そのコメント欄には「介護の現場で働いている」という人から、「介護の仕事はブラックだ」「その介護スタッフの気持ちがわかる」などというコメントが殺到する。
批判するつもりはないが、これはブラックジョークのようなもので、彼らが「介護の仕事は最悪だ」とアピールすればするほど、労働者の介護離れは加速し、優秀な人材は集まらず、自分達の首を絞めていくことになる。

また、これほど不思議なことはない。
このコラムのはじめに、 仕事選びの基本は「何のプロになるのか」🔗   の中で、仕事選びは「自己実現・幸せな人生」と「まともな給与をもらって質の高い生活をする」という二つの命題をクリアするための、人生における最重要課題だと述べた。介護労働では、その両方を実現できないのに、なぜあなたは介護の仕事をしているのか、離職して他の仕事をしようとしないのか・・不思議でならない。
どんな仕事でも、「この仕事には未来がない」と言いながら嫌々働いている労働者に未来は来ないし、自分だけでなく、周りの人も、高齢者も家族も、誰も幸せにはしない。

ただ、それは、介護スタッフの甘えだとは言い切れない。
介護の仕事がブラックだと言われる最大の原因は、介護の現場を知らない素人経営者が多いからだ。
介護経営者からも、「介護スタッフが集まらないのは介護報酬が低いからだ」「経営が上手くいかないのは介護報酬の責任だ」という声は大きい。全産業の平均と比べて平均的な給与水準が低いことは事実であり、「専門性を高く評価してほしい」と政府に訴えるのは当然のことであり、私も強くそう思っている。。

しかし、介護の専門性を一番理解していないのは介護経営者だ。
低価格化路線の介護付やサ高住で介護スタッフの数を削れば、その労働負荷はすべて介護スタッフの肩にかかる。 セミナーで「介護の仕事はブラックだ」という人と話をすると、そのほとんどは介護の仕事がブラックなのではなく、その働いている事業所がブラックだということがわかる。

事業計画を立て、どの程度の給与を支払うのか、どの程度の人数で介護を行うのかを決めたのも、またその計画に基づき事業への参入を決めたのも経営者である。「高齢者が増える」「介護ビジネスも儲かる」「一人当たりの人件費300万円」と甘い見込みで事業計画をたてて、「300万円ではスタッフが集まらない」「利益がでるように報酬を上げろ」「介護は大変だぁ・・」というのは、あまりにも虫が良すぎる。
ビジネスの世界で、そんな人任せのバカげた戯言を叫んでいるのは、世界中を見ても、どの業界を見回しても、日本の介護経営者しかいない。

現在の介護業界、介護労働の最大の問題、最大の不幸は、素人経営者があまりにも多いということ、そして「介護労働の未来」「介護のプロフェッショナル」「介護のプロに求められる能力」について真正面から語ることのできるプロの経営者がとても少ないということだ。
「介護報酬が低い」「政府の責任だ」と介護スタッフと一緒に責任転嫁をしているような管理者、経営者の下に優秀な人材が集まるはずも、育つはずもない。

ただそれは、介護の仕事に未来がないということではない。
介護の仕事は、これからの混迷する社会の中で、「自己実現・幸せな人生」と「まともな給与をもらって質の高い生活をする」という二つの命題を長期的にクリアすることのできる、稀有な仕事であることは間違いない。

「介護なんて・・」という介護労働者に未来がないように、介護労働・介護事業の未来を語れない事業者には未来はない。介護経営者は、現在の介護スタッフ不足への対応だけでなく、「介護のプロになりたい」という人に、自分達が目指す社会、事業、介護の未来について、語るべきなのだ。

次章からは、介護という仕事と労働環境の特性、現状と未来について考える。



知っておきたい】
   これからの仕事・働き方 ~市場価値の時代~ (7コラム) 

   ⇒ 仕事選びの基本は「何のプロになるのか」 🔗
   ⇒ 労働の評価基準の変化 ~最強の働き方とは~ 🔗
   ⇒ 技術革新によって変化する『プロフェッショナル』の価値 🔗
   ⇒ 仕事の未来① 「AI+IT+ロボット」に脅かされる仕事の価値 🔗 
   ⇒ 仕事の未来② 「AI+IT+ロボット」に脅かされない仕事とは 🔗
   ⇒ 仕事の未来③ 競争相手は「AI+IT+ロボット」だけではない  🔗
   ⇒ 介護労働の不幸は介護の未来を語れる労働者が少ないこと 🔗

【PROFESSIONAL】 ~ 市場価値の高い介護のプロになりたい人へ ~

   ☞ これからの仕事・働き方 ~市場価値の時代へ~   (全7回)
   
☞ 高齢者介護の仕事に未来はあるのか ~現状と課題~  (全10回)
   
☞ 介護のプロに必要な知識・技術・ノウハウとは  (更新中) 




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