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これからの介護のプロに求められる3つのマネジメント能力


介護労働の市場価値の評価・向上のためには、「介護技術、介護知識」に加えて、営利事業に求められる「介護事業への貢献・利益」を示す・技能の検討・評価基準の設定が必要となる。介護サービス事業に有益な普遍的な技術・知識とは何か。その基準となる3つの介護マネジメントについて整理する。

介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 022


長い間、高齢者介護は、老人福祉の中で行われてきた「非営利事業」であり、そこに市場価値という概念はなかった。2000年にスタートした介護保険制度によって、民間企業にも介護サービス事業が開放され、一般競争原理が導入されたのだが、いまでも「制度基準に基づいて経営する」いうイメージは強い。
これは事業者だけでなく、介護スタッフも「言われた通りの仕事をする」というだけで、自分の労働価値・企業の市場価値を上げる、他事業者との競争に打ち勝つという意欲は小さい。

これには、介護労働の特性も関係している。
一般企業の場合、「企業にどれだけ貢献したか…」「企業にどれだけの利益をもたらしたか…」によって、給与・待遇は決められる。車の営業職であれば、「たくさんクルマを売った人」、野球選手であれば「たくさんヒット・ホームランを打った人」ということになる。
しかし、介護労働は労働集約的な事業であり、一人の介護スタッフができる介護サービス量には限界がある。経験や技能があるからと言って、一人で二台、三台の車いすを押すことはできず、また、「短時間にたくさんのオムツ交換ができる」ということが、優秀な介護スタッフの技術でも技能でもない。結局、「一生懸命仕事をしている」「責任感がある」「ご利用者に優しい」といった、漠然とした評価になりがちだ。
2019年10月にスタートした特定処遇改善加算においても、その経験・技能を評価する基準として、「勤務経験10年以上の介護福祉士」という「資格・勤務年数」が示されたことを見ても、そのプロフェッショナルとしての「技術・技能」の評価基準の検討・設定が大きく遅れていることがわかる。

「ノンリフト運動」「ユマニチュード」「身体に負担のかからない介護技術」など、個々の介護技術・介護知識は進化を続けている一方で、営利事業者として不可欠な、「介護事業への貢献・利益」を示す技能・技術の検討は遅れており、またその評価も定まっていない。
それが、介護のプロフェショナルの育成が遅れている要因の一つであるといって良いだろう。


市場価値の高い3つの介護マネジメント能力

本コラムのテーマは、「市場価値の高い介護のプロになるために必要な技能・ノウハウ」の理解と向上である。「福祉施策」から「営利事業」へと転換した介護労働の市場価値を上げるには、「個々の専門職としての介護技術・知識」「介護サービス事業の事業特性」を土台とした「介護サービス事業に有益な普遍的な技術・知識」を体系化する必要がある。
私は、それは3つの介護マネジメント力だと考えている。

① ケアマネジメント

一つは、ケアマネジメントだ。
「ケアマネジメントはケアマネジャーの仕事」と考えている人が多いが、これは間違っている
日本の高齢者介護は、ケアマネジメントという科学的・専門的な手法を使って、個別ニーズを基礎とした個別ケアを実践している。それは介護だけでなく、医療や看護、家族、行政サービスなど、要介護高齢者を取り巻く社会資源を、チームケアとして一つの目標に向かってつなぐ手法でもある。
要介護高齢者一人一人の要介護状態、個別ニーズに合わせて、アセスメントによってプロの知見から生活上の課題を把握し、個別ニーズ・希望に沿って、必要な生活支援の方法、サービスを組み立て、デザインしていく。

同時に、要介護高齢者・その家族とのサービス契約の基礎となるものである。
どのような介護看護サービスを提供するのか、どのような生活課題の改善を目指すのか、またその中で想定される事故やトラブルに対して、事業者のサービス提供責任、安全配慮義務の範囲を設定しくことになる。
介護サービスは、個別の要介護状態・ニーズに基づく個別設計商品、オートクチュールであり、介護サービスの質はケアマネジメントの質であると言っても過言ではない。

② 介護リスクマネジメント

二つめは、リスクマネジメントだ。
介護ビジネスや高齢者住宅へ参入することは、それほど難しいことではない。しかし、長期安定的な経営を継続するためには、「どうすれば利益がでるか」だけでなく、「事業を不安定にする要因(リスク)がどこにあるのか」を正確に予測・判断し、適切な予防策・対応策、解決策の検討が必要となる。

介護は「安全配慮義務」「サービス提供責任」が求められる仕事 🔗  で述べたように、高齢者介護は一瞬のスキ、小さなミスが骨折や死亡などの重大事故に発展するリスクの高い仕事である。特に、要介護高齢者が集まって生活している高齢者住宅や介護保険施設の場合、感染症や食中毒が蔓延、重篤化するリスクは高く、高齢者・家族の権利意識は高まりによって、トラブルやクレームも増えている。
それは入居者の安全な生活環境だけでなく、介護労働者の安全な労働環境を脅かすものであり、死亡事故や虐待事件が大きく報道されると、安定した事業の継続は困難になる。
リスクマネジメントは、事業やスタッフを守るための、介護経営の根幹となるノウハウである。

③ 介護経営マネジメント

もう一つは、人材管理・収益管理などを行う「経営マネジメント」だ。
介護ビジネスは「需要が高まるから将来性が高い」というほど簡単な事業ではない。 85歳以上の高齢者の増加によって、介護サービス事業の需要は高まることは間違いないが、一方で、社会保障財政の悪化、介護労働者不足など、経営にマイナスとなるベクトル・要因も小さくない。
また、介護サービス事業は、営利目的の事業でありながら、収入の根幹を公的な介護保険制度に依存するという非常に特殊な事業である。他の一般産業のように、「取引先が倒産して貸し倒れ、連鎖倒産」「為替リスクによって損失拡大」といったリスクはないが、法律改正や介護報酬の改定、自己負担の見直しなどに影響を受けることになる。

また、労働集約的な事業であるため、介護スタッフの確保は、介護経営の最重要課題だといって良い。景気変動や技術革新によって、介護労働市場は変動するが、「他に仕事がないから介護でも…」という人が増えると事故やトラブル、虐待が増加する。
「要介護高齢者が安全に生活できる生活環境=介護スタッフが安全に介護できる労働環境」である。介護スタッフが安全に、安心して意欲をもって働き続けることのできる労働環境や人事評価の整備、運用も、長期安定経営のためには不可欠である。

この「ケアマネジメント」「リスクマネジメント」「経営マネジメント」は、それぞれ独立したものではなく、図のようにそれぞれが連関したものである。

例えば、ケアマネジメントで行うアセスメントの基本は、「生活課題の抽出」であり、転倒や骨折などの自己リスクの把握・検討は、事故発生予防と一体的なものである。ケアカンファレンスにおいて、転倒予防策やその限界、注意点について、家族や本人に説明して理解を得ることも、リスクマネジメント上、重要なポイントである。
リスマネジメントと経営マネジメントも関係が深い。実際、転倒骨折事故によって高額の損害賠償を求められたり、無理難題を言う高齢者や家族からの苦情によって介護スタッフが離職するという課題も多数発生している。

この3つの介護マネジメントは、介護事業の根幹となるノウハウ・技能であり、そのノウハウの蓄積、体系化が遅れていることが、現在のトラブル・倒産増加の最大の原因だといって良い。この介護マネジメントノウハウを持つ人材の育成は、各介護サービス事業者・高齢者住宅事業者だけでなく、介護業界にとっても急務なのだ。

介護の3つのマネジメント能力の評価と業務

この介護マネジメントの体系化と合わせて必要になるのが、その評価と、対応する役職のイメージだ。
それを図にしたものが、次のものだ。

一般の介護スタッフは、ケアマネジメント、リスクマネジメントの基本について理解し、上部の介護主任、介護責任者から指示された通りに、業務を遂行することが求められる。経営マネジメントに関しては、コスト管理についての意識を持つという程度で、直接的な業務を行うことはない。

これに対して、介護主任は、ケアマネジメント、リスクマネジメントを推進していく立場となる。管轄内(ユニット・フロアなど)のケアプランの策定やケアカンファレンスに対して、主導的な役割を果たす。また、日常業務においても、一般の介護スタッフが安全介護マニュアル、ケアプラン等に基づいて、適切に業務を行っているかをチェックし、事故が発生した場合、事故原因の検証や事故報告書の作成を行う。また、「ユニット内での予算管理」「入居者・利用者の受け入れ判断」「一般スタッフの人事評価」など、経営マネジメントに関しても、一定の役割を求められる。

介護責任者になると、ケアマネジメントやリスクマネジメントを調整していく立場となる。
リスクマネジメント、ケアマネジメントは、マニュアル化できるような介護技術や知識ではなく、そこには常に「判断・調整」が求められる。例えば、認知症高齢者・医療依存度の高い高齢者の受け入れに対しては、どこまで対応が可能なのか、どのようなリスクがあるのか、他の入居者とのトラブルになる可能性はあるか・・・といった判断が求められ、業種間・スタッフ間で意見が対立したり、外部のサービス事業者との調整が必要となるケースもある。様々な課題を、より高い見地から判断し、家族や介護スタッフが納得できるように、説明できる技能・ノウハウが求められる。
介護現場全体の予算管理、介護スタッフの教育研修プログラムの策定、人事評価など、経営に対する責任・役割もより大きくなる。

トップの管理者は、事業内のケアマネジメント、リスクマネジメント・経営マネジメントを管理・統合していく立場だ。
これは特養ホームの施設長や高齢者住宅のホーム長、各介護サービス事業所の管理者の役割だ
管理者は、サービス管理、経営管理のトップであり、介護サービス事業を統括する立場にある。質の高いケアマネジメントに基づくサービス提供が行われているか、事故やトラブルなどのリスクマネジメントが適切に行われているかを把握・改善できなければ、事業の管理はできない。管理者はサービス管理だけでなく、経営管理も重要な仕事となるが、目先の利益しか見えておらず、介護現場の事を全く見ようとしない管理者には現場の介護看護スタッフがついてこないだろう。



以上、ここまで、これから介護業界において市場価値の高まる「介護事業者への貢献・利益」を示す技能・技術として、3つのマネジメントを挙げた。
セミナーなどで、介護スタッフの市場価値を高めるためには、「介護事業者への貢献・利益を示す技能・ノウハウの向上・評価が必要だ」というと、一部の介護スタッフからは、「事業者・経営者の利益ために働いているのではない!! 利用者のために働いているんだ!!」という反論から寄せられる。これを読んでいる人の中にもそう思っている人がいるかもしれない。
しかし、現代の介護サービス事業は営利事業である。「利益のために働いているのではない」というのであれば、「給与を上げてほしい」と言わない方がよい。

また、「こんな事業所ではプロになりたくない」というのであれば、その企業で働くべきではない。それは「その企業は利用者・入居者のためにサービスを提供していない」と宣言しているに等しいからだ。 チームとして信じられない人や組織の中で働くことは、企業にとっても、あなたにとっても不幸なことだ。 (介護業界には劣悪な素人事業者が多いことは否定しないが…)

ただ、ブラック企業や反社会的な企業でないかぎり、「事業者への貢献・利益」は「=サービスの質の向上」「=利用者の利益」なのだ。あなたがマネジメントのできる介護のプロになることで、あなたが幸せになるだけでなく、利用者の生活の質の向上につながるのでなければ、働く意味は全くないのだ。





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