高齢者の生活、要介護高齢者の介助で、思いのほか時間も手もかかるのが移動(介助)。言い換えれば、廊下や階段は、要介護高齢者の生活上も介護上も、大きなバリア・障害になるということ。廊下や階段で発生している事故、その原因を十分に理解して設計をすることが必要
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』
リスクマネジメントの視点から見た建物設備の安全設計
その三回目は、廊下・階段の安全設計です。
要介護高齢者の生活・介護と言えば、食堂での食事、入浴介助、排泄介助などをイメージする人が多いのですが、生活介助の中で、思いのほか時間も手もかかるのが移動介助です。言い換えれば、それは廊下や階段は、要介護高齢者の生活上も介護上も、大きなバリア・障害になるということを表しています。
同程度の平均要介護度、定員、人員配置でも、廊下・エレベーターなどの生活動線や介護動線によって、必要となる移動介助の量は大きくかわってきます。入居者だけでなく、走り回っている介護スタッフ、家族や業者なども利用しますから、その動線が混乱するとぶつかり事故や転倒事故の原因となります。
【事故 ・リスク例】
◇ 食堂まで行く途中で、スタッフにぶつかって転倒・骨折
◇ 見通しの悪い曲がり角で、車いすがでてきて驚いて転倒・骨折
◇ 階段を利用しようとして、足を踏み外して転落・脳内出血で死亡
◇ 認知症高齢者が階段室に入り込み、転落・頭蓋骨陥没骨折。
実際に廊下や階段で、どのような事故が発生しているのか、その原因は何かを十分に検討し、自立歩行、自走車いす、介助車いす、また認知症による判断力低下や行動もイメージしながら、安全に生活・介助できる生活動線・介護動線を検討する必要があります。
介護動線・生活動線の基本的に考え方については、『建物設計×介護システム(基礎編)』? でも詳しく述べていますので、ここでは、廊下・階段の事故予防の機能的側面から、その安全設計のポイントを整理します。
移動動線・廊下の設計 事故の発生予防対策
歩行が不安定な高齢者、車いす利用の高齢者にとっては、長い廊下や曲がり角は大きな生活上の障壁になるという理解が必要です。その実例を食堂の位置から考えてみましょう。
すべて日常生活にエレベーターを使用しない居室・食堂・浴室同一フロアです。
ただ、Aの設計の場合、左端居室の人は、食堂まで相当の距離があります。それは介護看護スタッフも同じです。また食堂までの生活動線・介護動線が一つしかありませんから、全入居者、スタッフ、家族が同一動線で交錯します。
対して、Bの食堂が真ん中に置かれている場合、左右ともに廊下(動線)は短くなりますし、動線が二つに分離するために、訪問する家族、入居者同士、介護看護スタッフがぶつかるリスクも半分になります。夜勤帯でスタッフルームにいる場合でも、走る距離は半分です。
もう一つのCタイプは、食堂までの廊下に曲がり角があるタイプです。これも、二つの動線が集まって一つになってしまうことや、曲がり角があるために、見えにくく車いすやスタッフとのぶつかり事故、転倒事故の原因となります。
この基本設計は敷地の広さ、形状によって変わってきます。
実際の業務・入居者・スタッフの動きをシミュレーションすることが必要です。
以上の点を軸にして、想定される事故・トラブルを意識して、段差や構造・幅員・手すり・床材などを検討していくことになります。特に、コロナ禍以降は、手すりを媒体にした感染の拡大も、要因の一つとして挙げられていることから、抗ウイルス材の使用なども検討項目として挙がってきます。
【共用廊下 検討一例】
<段差・構造>
◇ 共用廊下の床には段差・傾斜が生じないこと。
◇ 傾斜が生じる場合、転がり事故を想定し、EVホール・食堂等との距離を注意
◇ ぶつかり事故を防ぐため、床と壁の色・コントラストに差をつけること
◇ やむなく曲がり角が生じる場合、隅切りや曲面化を行うこと。
◇ 壁面から60mm幅の車いす用のキックプレートを設置すること
◇ 柱型や消火設備(消火器・消火栓ボックス)は通行の妨げにならないこと
<幅員・手すり>
◇ 自走式車いすが十分にすれ違うことのできる幅員(1800mm)以上とすること
◇ 手すりは、共用廊下の両側、床面からの高さが700mm~900mmの位置に設置
◇ 高さ・形状の違う歩行者用と車いす用の2本か設置されていることが望ましい
◇ 手すりは服の引っかかり事故を防ぐような工夫(端の折曲)などを行うこと
◇ 感染症の蔓延を防ぐため、抗ウイルス性能のある手すり部材を活用することが望ましい
<床材・照度>
◇ 床表面が滑りにくい仕上げとなっていること。
◇ 転倒時に衝撃を和らげることのできるクッション性のある床材であること
◇ 全体にむらがなく、足元が暗がりにならないような照度を確保すること
◇ 時間帯に応じて、必要な照度を確保(調整)できる照明器具が用いられること
階段室の設計 事故の発生予防対策
階段は、自立歩行であっても歩行不安定な人が足を踏み外して転落すると、頸椎骨折や脳挫傷などで死亡事故に発展するリスクが極めて高くなります。日常生活の中で共用階段は使用しないのが原則です。
「自分はまだ大丈夫だから」「リハビリのために…」と言った高齢者の過信や、スタッフの使用後の「鍵のかけ忘れ」「開閉の確認不十分」で、認知症高齢者が不用意に入り込んで、転落して亡くなる痛ましい事故も発生しています。
特に、要介護高齢者を対象としている場合は、食事や入浴などの通常の生活行動で、フロアを跨いだ生活動線・介護動線になっていないこと、十分なエレベーターの容量を確保することなど、介護看護スタッフも極力、階段を使用しない介護動線の対策が必要です。
ただし、夜勤帯などで急いでいる場合、使用せざるを得ないこともありますから、介護スタッフの事故を防ぐという側面からも、安全対策が必要です。
【階段室 検討一例】
◇ 踏面240 ㎜以上、蹴上げの寸法の2倍、踏面の寸法の和が550 ㎜以上650 ㎜以下
◇ 蹴込みが30 ㎜以下であること。
◇ 最上段の通路等への食い込み、最下段の通路等への突出部分が設けられていない。
◇ 床面からの高さが700 ㎜から900 ㎜の位置に手すりを設置すること
◇ 感染症防止のため、抗ウイルス性能のある手すり部材を活用することが望ましい
◇ 滑りにくい床材とし、段鼻にはノンスリップ材を使用
◇ 階段には扉を設置し、自動ロック式、電子錠などの工夫を行うこと
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