スタッフルーム・洗濯室・汚物処理室・倉庫などは、介護保険施設や高齢者住宅の入所者・入居者の生活には直接関係しない、いわゆるバックヤードにあたるものだが、「どこでもいい、あればよい」安易に考えていると介護動線の混乱など事故やトラブルの原因になることがある
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』
リスクマネジメントの視点から見た建物設備の安全設計
その六回目は、スタッフルーム・洗濯室・汚物処理室・倉庫の安全設計です。
これまで五回に渡って述べてきた共用部・共用設備は、入居者・入所者の生活環境を中心としたとしたものですが、介護保険施設や要介護高齢者を対象とした高齢者住宅においては、これらスタッフルーム・洗濯室・汚物処理室・倉庫などは、入所者の生活には直接関係しない、いわゆるバックヤードにあたるものです。
ただ、そこに不備があると、事故やトラブルなどの原因になることがあります。
【事故 ・リスク例】
◇ スタッフルームの中に、認知症の入居者が入り込んでいることがある
◇ スタッフルームから来訪者(家族だけでなく、不審者の侵入を含め)が確認できない
◇ 血液や汚物の管理が必要な感染症の入居者がいるが、汚物処理室がない
◇ 配送業者か倉庫前の廊下にオムツの箱を積んでいて、躓いて入居者が転倒した
◇ 寝具を運んでいる時に、リビングにいる入居者にぶつかって転倒・骨折
「倉庫や洗濯室などは空いたところで良い・・・」と安易に考えていると、忘れ物を何度も取りに行く、汚物を持ったままエレベーターに乗る、確認のために何度もスタッフルームを往復するなど無駄にバタバタとすることになり、感染リスクも高くなります。
スタッフルームの設計 事故・トラブルの発生予防
スタッフルームは、朝の申し送りや入居者・家族の出入り、スタッフの休憩、コール対応、書類や薬剤・備品の保管、不審者への対応など、様々な機能を持っています。同時にスタッフの介護動線を規定し、効率的にサービス・業務を遂行できるかを左右することになります。その役割は機能、動線を十分に理解した上で、設計する必要があります。
【スタッフルーム設計 検討一例】
<スタッフルームの基本>
◇ デスクワーク、休憩、書類薬剤備品の保管等、必要機能が果たせる広さを確保すること。
◇ 訪問者(業者・家族)などの出入り、不審者への声掛けが確認できる場所に位置すること。
◇ 居室の出入り、リビングの見守りができることが望ましい。
◇ 夜間において、居室内での転倒の物音や大声などが届く距離であることが望ましい。
◇ スタッフの動き、介護動線を十分に検討・理解し、位置・出入口ドアを設定すること。
◇ ドアは鍵をかけるなど、スタッフの同意なく入居者・家族が入れない鍵付きが望ましい
<緊急通報装置(スタッフコール)>
◇ スタッフルーム内には、居室や共用室等からのコールが把握できる親機を設置すること
◇ スタッフコールの親機は、夜勤配置(休憩時)にも発報個所がわかるように工夫すること
◇ 介助中でもコール対応できるように、PHSなどで対応できることが望ましい
ここでは、あまり詳しくお話ししませんが、最近のスタッフコールは、従来のような単なる発報場所の確認・コール対応だけでなく、玄関などの監視カメラ、訪問者の確認、離床センサーの発報など、多機能化が進んでおり、業務の省力化に役立つ便利なものです。ただ、これは多機能であればよいというものでもなく、自分たちがどのような業務を行うのか、業務シミュレーションをきちんと行った上で、選択する必要があります。
備品倉庫の設計 事故予防対策
備品倉庫の設計も重要なものです。
備品倉庫といっても、オムツやティッシュペーパー、シャンプーリンスなどの日用品から、食材などの備蓄倉庫、布団ややシーツや枕カバーを入れておく寝具倉庫、更に最近では手指消毒などのアルコールなど、火の取り扱いに注意が必要なものも増えています。
「倉庫は空いたところに作ればよい…」と安易に考えている人もいますが、そう簡単な話ではありません。
広さが足りなければ意味がありませんし、広すぎても使い勝手が悪くなります。
配送業者か生活動線上の廊下にオムツの箱を積んでいて、躓いて入居者が転倒したり、シーツの入れ替えの時に使用済みの大量のシーツが食事中・配膳中の食堂の前を横切ったりということになります。離れていると業務上も「あれが足りない」「これが足りない」となり、何度も走り回ることになります。
<備蓄倉庫 設計の基本>
◇ 日用品、食材の備蓄、寝具など、役割・機能を分けて必要な数・広さを確保すること
◇ アルコールなどの備蓄倉庫は、居室から遠い場所で、防火対策を徹底すること
◇ 各種倉庫及び搬入・搬出経路は、入所者・入居者の日常生活動線とは分離すること
◇ 備蓄倉庫はあくまでも倉庫であり、業務上必要な備品はスタッフルームで確保すること
◇ 備蓄倉庫は災害(豪雨水害・地震・火災)を想定し、被害の少ない場所に設置すること
◇ 入居者や不審者が入り込まないように、鍵をつけること
洗濯室・汚物処理室の設計 感染症の発生予防対策
洗濯室・汚物処理室は、感染対策に重要な役割を持っています。
介護保険施設とは違い、サービス付き高齢者住宅など民間の高齢者住宅では必置ではありませんが、感染症は事業種別・住宅種別を選ぶわけではなく、尿や便、吐しゃ物や血液などの付いた衣服・シーツなどを一時的に保管・処理する必要があるため、区切られた汚物処理室の設置は不可欠です。
【洗濯室・汚物処理室の設計 検討一例】
<洗濯室の設計>
◇ 必要台数の洗濯機・乾燥機を設置し、片付けなどの作業ができる広さを確保していること
◇ スタッフ・業務用と、入所者私物の洗濯機・乾燥機は分けること
◇ 清潔用(通常のもの)と不潔用の洗濯機・乾燥機は分けること。
◇ 退出時に手洗い・消毒できる手洗い台を設置すること
◇ 感染拡大防止のため、各居住フロアに洗濯室を設置すること
◇ 感染拡大防止の観点から、汚物処理室や脱衣室に隣接して設置すること。
◇ 感染拡大防止の観点から、十分な換気設備・機能を有すること
<汚物処理室の設計>
◇ 感染拡大防止の観点から、居住階ごとに設置することが望ましい
◇ 感染拡大防止の観点から、洗濯室・脱衣室に隣接していることが望ましい
◇ 感染拡大防止の観点から、十分な換気設備・機能を有すること
◇ 汚物を洗い流すことのできる洗浄器を設置すること
◇ 十分な換気設備や入居者が入り込まないように鍵を設置すること
◇ 退出時に手洗い・消毒できる手洗い台を設置すること
コロナ禍で、介護保険施設や高齢者住宅内での感染対策の充実が叫ばれるようになっています。特に、汚物や吐しゃ物に触れる機会が多いことから、これからの施設・高齢者住宅設計に汚物処理室、洗濯室の感染対策機能の充実はとても重要です。
コロナだけでなく、疥癬、ノロウイルスなどの感染症は、わかった時にはすでに蔓延している可能性が高いことから、通常業務の中でも、「感染の可能性がある」ということを十分に理解して、衣服や汚物などを取り扱う必要があります。汚物や脱衣室で脱いだ服をエレベーターや階段を使って運んだり、また食堂やリビング、給湯室を通ったりするような清潔と不潔が混在するような動線は好ましくありません。
感染対策は、日々の業務が忙しくなれば、「手洗い・手指消毒」と同じように、「少しくらいなら・・・」「今日は汚物用の洗濯機が空いていないから…」とどんどんおざなりになっていきます。マニュアルで共通ルールを定め、徹底することが必要ですが、その役割・機能に耐えられるだけの建物設備設計が重要だということになります。
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