高齢者住宅は「制度」ではなく「商品」であるとの理解が必要。これからの要介護高齢者住宅の商品設計、介護システム設計には、「サービス提供責任の明確化」「対象・ターゲットの明確化」「介護システムの対象範囲の理解」「包括的な価格設定」の4つの鉄則が不可欠。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 028
現在の高齢者住宅は、ほぼすべて異口同音に「介護が必要になっても安心・快適」とセールス・標榜しています。しかし、「介護システムの脆弱性」を指摘する? で述べたように、介護付・サ高住など住宅種別に関わらず、8割程度の高齢者住宅は、「重度要介護高齢者」に対応できていません。その「安心・快適」という説明が許されているのは、家族や入居者が高齢者住宅という商品に慣れていないから、言いかえれば、まだ商品を見る目ができていないからです。
それは働く介護スタッフも同じです。「介護の仕事は大変だ…」「介護の仕事はブラックだ…」という人は多いのですが、実際に話を聞いてみると介護の仕事が大変なのではなく、その事業者の労働環境が整っていないというケースがほとんどです(一部、甘えたことを言っている人を除き…)。
ただ、これは高齢者住宅業界に限ったことではなく、発展途上にある未熟な業界、産業の特徴です。
今後、事故や倒産などのトラブルが激増する中で、入居者・家族、介護スタッフの高齢者住宅を見る目は厳しくなっていきます。そうなった時に、他の事業者と勝負できるだけの商品、介護システムでなければ、入居者も介護スタッフも集まりません。
高齢者住宅の場合、その商品力・サービス力の中核となるのが介護システムです。 これからの要介護高齢者住宅の介護システム構築において、基礎となる4つの鉄則を示します。
介護システム構築の基本は、サービス提供責任の明確化
これまで高齢者住宅は「特養ホームなどの施設ではないから」「入居者選択による個別契約が基本」と、食事、介護、看護など各種生活支援サービスは入居者が個別に契約し、それぞれ個別の事業者からバラバラに提供されることが推奨されてきました。
ただ、この個別契約の場合「体調が悪いので、お風呂を翌日にしたい」「頭が痛いので病院に連れて行ってほしい」「火曜日のヘルパーは言葉遣いが悪い」など、日々発生する様々な変更、トラブルに対して、入居者自身が自分でケアマネに連絡したり、離れて暮らす家族が調整をしなければなりません。
しかし、要介護高齢者にそんなことができるはずがなく、併設・テナントのケアマネ、訪問介護、通所介護を使う以外に方法がない、その「押し売りケアプラン」に従うしかないというのが実態です。
また、この「サービス分離型」は高齢者住宅事業者のサービス提供責任が曖昧です。
入居時には「介護が必要になっても安心・快適」と説明していても、事故やトラブルや起こった時には「個別契約なので高齢者住宅は無関係…」と逃げ出してしまいます。入居者、家族に誤解をさせたまま「安心・快適」と契約させるのは、消費者契約、消費者保護の観点から見ても大きな問題です。
ただ、この「羊頭狗肉」の虚偽、誤魔化しの説明が、いつまでも続けられるはずがありません。
安心・快適を標榜するのであれば、高齢者住宅事業者が、介護が必要になっても安心・快適に生活できるようにサービス体制を構築する、かつ、そのサービス提供責任、サービス管理責任を負うというのが必須条件です。介護システムを組むというのは、高齢者住宅事業者が、サービス提供体制・サービス管理体制を組むということです。
介護システムに含まれるサービスの範囲の理解
二つ目は、構築すべき介護システムの範囲です。
要介護高齢者に対する介護システムと言えば、一般的に日々生活する上で必要な、「介護サービス」「看護サービス」をイメージしますが、それだけではありません。要介護高齢者が安心して、安全に生活するには、ケアプラン作成のケアマネジメントや、日々の困りごとなどに対応する生活相談も、介護システムの一つとなる重要なサービスです。
生活相談には、行政手続きなどの支援、生活上の不安への対応だけでなく、家族からの不満や苦情への対応、入居者間のトラブル対応も含まれます。「部屋がきれいになっていない」「他の入居者に虐められる」といった苦情に対して、介護スタッフと連携して改善策を示すなど、適切に対応できなければ、感情的なトラブルに発展します。
また、ケアマネジャーも、「要介護状態は悪化していないか」「現在のサービスは適切に行われているか」などについて、介護スタッフ、看護スタッフと綿密な連携・連絡をとることで、入居者の生活を、より安全、快適なものへと改善させていきます。
現在のサ高住の制度では、「生活相談、敵巡回は外部委託もOK」となっていますが、これらの基礎となるサービスがバラバラに提供されると、事故・災害・感染症のリスクマネジメントの対策や、サービスの質の向上のためのスタッフ教育ができませんし、事故やトラブルが発生した時も、「私の責任じゃない…」「知らない…」と、責任の押し付け合いになり原因究明や改善策を取ることが難しくなります。
介護システムは、介護サービス、看護サービス、ケアマネジメント、生活相談も含め、共通のサービス管理体制のもとで、一体的に質の高いサービスを提供するというのが鉄則です。
これに対して、医療保険(健康保険)適用となる医療やリハビリの一部は、高齢者住宅事業者が直接提供できるわけではありません。ただし、医療は、終末期の看取りケアだけでなく、日々の医療管理、看護師との連携も含め、入居者の安全、快適な生活、また介護看護スタッフの労働環境にも影響する、重要な介護関連システムの一つです。
そのため、「医療は医師にお任せ・・」ではなく、緊急時の対応、看取りケアの体制構築、ケアカンファレンスの参加、家族への医療内容の説明、入退院のサポートなど、高齢者住宅が構築すべきシステムの一つであり、連携・連絡体制を含め、一緒にサービス、システムを向上させてくれる医師、医療機関との連携が必要です。
入居者のターゲット・対象の明確化
三つ目は、ターゲット・対象の明確化です。
「重度要介護高齢者にも対応」という高齢者住宅は多いのですが、「重度要介護」というカテゴリーは「重病人」と同じで、介護サービスの必要量を示すものでしかありません。
そのため介護システム構築にあたっては、「重度要介護高齢者にも対応」ではなく、どのような高齢者をターゲットとするのか、逆にどのような要介護状態には対応できないのかを、「身体機能低下」「認知症」「要医療」「その他障害」の4つのカテゴリーから整理・分類し、理解・共有する必要があります。
もちろん、実際の運用について、厳格な線引きができるわけではありません。
認知症、要医療と言っても、それぞれに違いますし、今は身体機能の低下だけでも、年齢が90、95歳となれば「身体機能低下+認知症+要医療」という複合的な状態の高齢者が多くなります。大切なことは、介護システム設計の段階で、それぞれの特徴や難しさ、必要なノウハウを理解、共有しておくということです。この対象者の検討、共有ができていないため、「この高齢者住宅は重度要介護対応だから…」「いやいや、そんな状態の高齢者は無理…」といった混乱が起こるのです。
すべての重度要介護高齢者、様々なニーズに対応できるのが、優良な高齢者住宅ではありません。 優良な高齢者住宅は、自分たちの守備範囲をしっている、きちんと守れる事業者です。
「認知症、医療依存度もOK」「お困りの家族のために、全力で…」というのは、一見、親切なようですが、その特徴やリスクを十分に理解しないまま受け入れると、入居者の命に関わる事故やトラブルが発生しますし、介護スタッフにも大きな責任・負担・ストレスがかかります。
介護システム構築にあたっては「対象となる要介護状態」を、想定・整理しておく必要があります。
包括的な介護費用・価格設定
最後の一つは、包括的な介護費用・価格設定です。
高齢者住宅の中には、「コール対応1回 〇〇円」「臨時の排泄介助、△△円」と、事前のケアプラン以外のサービスに対して、別途出来高で費用を徴収する事業者があります。
もちろん、事前に十分に本人・家族に説明されていれば問題ありません。
ただ、入居時にはその内容を理解していても、加齢によって判断力は低下し、認知症の発生率も上がります。判断力の低下した高齢者、また認知症高齢者がその契約を理解できているか、時々にその契約内容を判断してコールできるかと言えば、疑問が残ります。
また、重度要介護高齢者になると、隙間のケア、臨時のケアが多くなりますから、コールをしたり、依頼をするたびに費用がかかるとなると、「お金に糸目は付けない」という超富裕層以外は生活できません。逆に、「トイレに行きたいけど、コールするとお金がかかるから我慢しよう」「水分を控えよう」となると病気になってしまいます。
更に、一つ一つのコールや依頼が「個別の契約」となりますから、「コールが〇〇時」「どのように誰が、何分間対応したか」のデータを残しておかなければなりません。それだけでも相当の手間になります。
「別途、出来高算定」というのは、その是非は別にしても、実際のサービス力、商品力としては非常に弱いということです。要介護高齢者を対象とした高齢者住宅では、特別外出など「事前予約方式の日常生活以外の特別なサービス」を除き、「臨時のケア、隙間のケア」「間接介助」「緊急対応」を含め、原則、包括算定というのが鉄則です。
これは紙おむつ代などの日用品も同じです。一枚、一枚、チェック・カウントしている事業者もありますが、介護スタッフにとっても非常に手間ですし、「本当に使っているのか・・」「家にいるときと枚数が違う・・」などの費用に関するトラブルも多くなります。
日々の生活で必要なものは、「包括的に価格設定」というのが好ましいと考えています。
以上、介護システム構築の鉄則として、4つのポイントを挙げました。
重要なことは、介護システムは自分たちで悩んで、考えてつくるということです。
高齢者住宅を新しく始めようとする人の中には、「あの大手の有料老人ホームと同じような介護システムにしよう」「強い商品性の介護システムを教えてほしい」と、他の成功事例から借りてきたビジネスモデルで事業を始めようとする人がでてきます。
もちろん、他の成功例を参考にすることは重要ですが、形だけ真似ても、システムは安定しません。
それは、その介護システムや商品性、リスクなどについて、説明できないからです。介護システムというのは、介護サービス、看護サービスの組み合わせだけではなく、ターゲットや価格設定、サービスの中身、サービス提供責任、さらには想定されるリスク、生活上の注意点、家族役割についての説明と一体的なものなのです。
自分たちで、しっかり考えて、入居者、地域に喜ばれるものを作り上げていく、という気概が必要です。
要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~
⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
⇒ 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる
⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点
⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則
⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備
⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計
⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
⇒ 高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択
要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~
⇒ 「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
⇒ 区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない
⇒ 運営中の高齢者住宅 「介護システムの脆弱性」を指摘する
⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則
⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護
⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類
⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する
⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点
⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論
⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ①
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