高齢者住宅のトイレ設計×排泄介助の視点から重要になるのが、運動機能の低下による移動支援、及び介護のしやすさへのアプローチ。タイプ別にその動きを業務シミュレーションしていくと、居室内トイレ設計の方向性として、いくつかの論点・可能性が見えてくる。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 042
業務シミュレーションの目的 ~強い商品性の探求~? で示したように、高齢者や介護スタッフの介護動線や生活動線を考えて作られた建物と、制度基準や建築効率だけを考えて作られた建物とでは、高齢者の生活のしやすさ、スタッフの介護のしやすさは全く変わってきます。
それは、事故の発生率だけでなく、経営収支にも大きく関わってきます。
ここでは、高齢者住宅の三大介護と言われる「排泄介助」「食事介助」「入浴介助」の特性から、「トイレ設計」「食堂設計」「浴室脱衣室設計」のポイントを整理します。
まず一つは、排泄です。
排泄は、人間の自立、尊厳の根幹にかかわる生活行動です。
排泄介助は、介護や医療面からのサポートを含め、さまざまなアプローチがありますが、トイレ設計×排泄介助の視点から重要になるのが、運動機能の低下による移動支援、及び介護のし易さへのアプローチです。要介護高齢者のトイレ利用について、
①移動方法【自立歩行・自走車椅子・介助車椅子】
②麻痺の有無【筋力低下・右麻痺・左麻痺】
③移動移乗介助【不要・一部介助・全介助】
④排泄介助【不要・一部介助・全介助】
に分け、タイプ別にその動きを業務シミュレーションしていくと、居室内トイレ設計の方向性として、いくつかの論点・可能性が見えてきます。
排泄介助×トイレ設計 ① ~動線検討~
居室内トイレ検討のスタートは、ベッド位置と、立ち上がりの向き、車いすの向きを含めた動線です。
脳血管障害などで半身麻痺のある場合、それが右麻痺か左麻痺かによって、ベッドから足を下ろしやすい方向は変わってきます。
部屋の形状やスタッフコールの位置から、ほぼ自動的にベッド位置・向きが決まってしまうところがありますが、麻痺の部位とベッド向きが合わない場合、反対側に降りて、ベッドの周りをぐるりと回ってトイレに行かなければなりません。もしくは、不安定な体制で立ち上がり、身体の向きや車いすの方向を変えなければなりません。
このベッド向きと車いすの向きの整理は、排泄だけでなく、日々の移動や移乗が自立できるかどうか否かを左右する最重要ポイントの一つです。また介助が必要な場合でも、介護スタッフに身体的な負荷をかけずに、安全に移乗、移動介助を行うことができます。
ポータブルトイレが重宝されるのは、移動も介助も楽だからですが、生活環境やQOLという視点から見るとベストな選択だとは言えません。設計の段階でトイレへの動線をイメージしておけば、ベッド位置、手すり位置、トイレ入り口などを組み合わせることで、移動動線を短く・簡単にすることは可能です。
もう一つは、共用部のトイレの生活動線・介護動線です。
全居室内にトイレが設置してあっても、共用部のトイレも必要です。
居室内にいるときだけでなく、入浴の脱衣中、食事中にトイレに行きたくなることがあります。服を脱いだあとに裸のまま他の入居者もいる廊下やリビングを通るわけにはいきませんし、かといってもう一度、服を着るというのも大変です。居室と食堂フロアの分離タイプで、60人の入居者が集まる食堂フロアに、バリアフリーの車いすが一か所、二か所しかないというところがありますが、それでは食事中、食事の前後にトイレに行けません。尿や便の臭いの問題もありますから、本人だけでなく他の入居者の食欲にも大きく関わってきます。
◆ 【居室トイレ】 ベッドの位置・向きを含めたトイレまでの動線検討
⇒ 左右の半身麻痺に対応できること
⇒ 移乗時の立ち上がり・車いすの位置、向きなどを詳細に検討
◆ 【共用トイレ】 食堂・リビング・浴室からの共同トイレへの動線検討
⇒ 入浴前にトイレに行きたくなった場合、どうするか・・
⇒ 食堂内、リビングでトイレに行きたくなった場合、どうするか・・・
そのため、共用部のトイレは、「どこに・何か所必要」というものではなく、他の日常生活行動とその生活動線を一体的にイメージして設置する必要があります。
排泄介助×トイレ設計 ② ~居室内トイレ設計・機能~
二つめの視点は、トイレの機能です。
高齢者住宅の共用部のトイレは、多様な要介護状態に対応できるよう広いバリアフリータイプのトイレが設置されています。
しかし、居室内トイレは、居室空間に限界があるため、共用部と同じバリアフリートイレをそのまま導入することはできませんし、もちろん居室内トイレをそれぞれ入居者の要介護状態に合わせて、その都度作り直すことは不可能です。
高齢者住宅の居室内トイレ検討の難しさは、一定の広さ・設備の中で、多様な入居者の要介護状態(汎用性)や、要介護度の変化(可変性)に対応しなければならないということです。
居室内トイレは、限られたスペース、限られた費用の中で、状態の違う多くの入居者に対応できる排泄環境をどのように設計するのかという、これまでとは違った側面からのアプローチが必要となります。
設計上のポイントを3つ挙げます。
① 手すりの設置
トイレは、車いすからの移乗や便座での立ち座りがあるため、手すりの設置は不可欠です。
しかし、それは「あればよい」というものではありません。
自走車椅子から便座に移乗の時に、どの場所に手すりがあれば楽に移乗できるのかは、本人の身長や筋力、疾病、右麻痺・左麻痺によって変わってきます。全居室内トイレの同じ場所、同じ高さに、同じ形状の手すりが付けられているところがありますが、不必要なものは服が引っかかったり、動きにくかったりと、逆にリスク要因となります。そのため、居室トイレ内の手すりは、本人の要介護状態に合わせて、つけはずしができるような工夫が必要です。これは居室トイレの汎用性の向上、可変性の向上という視点からも重要です。
トイレのペーパーホルダーの位置、機能も同じことが言えます。
設計の段階で、設置の可能性のあるところには、あらかじめ下地の補強を行っておくことや、スタッフだけで簡単に着脱できること、また、手すりの着脱によって壁面が汚れないような工夫も必要です。極論を言えば、居室内トイレはその入居者だけが使いやすければそれで良いのです。その居室の入居者が決まってから、入居者や家族も含めて検討すれば、その使いやすさ、安全性は、格段に高まります。作業療法士等のサポートが受けられると、より専門的なアドバイスを受けることができます。
② トイレ関連用具・福祉機器
介護付有料老人ホームのケアマネジャーと話をしても、トイレ関連用品といえば、ポータブルトイレ・オムツ各種・差込便座程度しかイメージできない人が少なくありません。そのため、排泄に不安がでるとポータブルトイレを勧め、安定した座位がとれなくなったり、失禁が多くなるとオムツを勧めるといった画一的なケアプランが目に付きます。
しかし、最近のトイレの補助機器は、手すりだけでなく、排泄しやすいように寄りかかることができる前方ボードや、立ち上がりを楽にする補高便座、電動で補助する便座など、多様な要介護状態、高齢者のニーズに対応できるよう、さまざまに進化しています。それは紙おむつの種類や内容の検討も同じです。
これらの利用には別途費用もかかることから、その最終的な選択は利用者・家族が行うことになりますが、自立排泄をサポートするためには、さまざまな排泄関連機器についての知識が求められます。同時に、そのような関連機器が使用できるよう、福祉機器の組み合わせを考えた汎用性、適合性の高いトイレの選定、設計を行うことが必要です。
③ 居室内トイレの出入り口
もう一つ、重要になるのは、トイレの出入り口の検討です。
以前の有料老人ホームの居室内トイレの中には、カーテンで仕切られただけのものもありました。
ドアを開けるという行動が必要ないため、車いす高齢者でも使いやすく、介助もしやすくなりますが、その反面、独立した空間ではないためポータブルトイレのイメージが強くなります。臭いもしますし、音もします。子供や家族が遊びに行った時、カーテンで仕切られた居室内のトイレは使わないでしょう。
そのため、最近は一般のトイレと同じように空間を壁で分離させたものが中心となっていますが、それにもデメリットがあります。トイレ空間が狭くなり、可変性や汎用性に乏しくなるのです。
そこで検討を行っているのが、「可動式間仕切り」による可変性の高いトイレのドアです。
多くの高齢者住宅で、居室内トイレの入り口は、キッチンなどの水回りに正対する形で側面に設置されていますが、それでは移動動線が狭くなりますし、左右一方向からトイレに入るため、麻痺の部位(左右)によっては、便座への移乗が難しくなります。
これを、直進しても入れるよう押入れや壁が可動式で動くようにすれば、二方向からのアクセスをおこなうことができ、使いやすいトイレ入り口を選ぶことも可能となります。ベッドを移動させトイレを近づけることによって、生活介助動線は短く・単純になることから、介助もしやすく、ポータブルトイレ利用を減らすこともできます。また、重度要介護状態になり、オムツ介助になった場合、トイレは不要になりますが、ドアを取り外しアコーディオンカーテンなどで仕切れば、残った空間を広く使うこともできます。
この汎用性、可変性の強化は、これからの居室内トイレ検討に不可欠な視点だといって良いでしょう。
排泄介助×トイレ設計 ③ ~排泄介助・介護システム~
三点目は、介護システムの検討です。
以前の排泄介助と言えば、6時、10時、14時と時間を決めての一斉排泄介助だったのですが、介護保険制度以降は、多くの介護保険施設、高齢者住宅入居者一人一人の排せつの間隔をデータ化し、ケアプランに反映するという個別ケアの取り組みが行われています。それは現代の排泄介助の基本ともいうべきものですが、詳細にデータ化をしていても、体調や食事の内容によって排せつの間隔は日々、変動します。
介護サービスにおける排泄介助の特徴は、ケアプランに基づいた定期介助を基本としつつ、臨時介助の視点も併せて必要になるということです。
排泄介助の特性から見た介護スタッフの配置検討のポイントは二つです。
一つは、夜間対応のスタッフ配置です。
夜勤帯の介護業務の中心は、排泄介助です。
大手事業者のマネジメント責任者の中にも、「夜勤帯であれば、1時間に10人は排泄介助できる」という、現場を知らない乱暴な人がいますが、それは排泄介助ではなく、前時代的な「オムツ交換」です。機械的なオムツ交換は、排泄介助と呼べるものではありません。
また、要介護度認定の基本は「要介護度=必要介助時間」ですが、個別の排泄介助に関して言えば、要介護4、5の寝たきり高齢者のオムツ介助よりも、要介護2、3の排泄の声掛け、トイレ誘導、移動移乗介助が必要な高齢者の方が、時間も労力もかかります。その業務量に合わせて、適切な排泄介助ができる体制の構築が必要です。
もう一つは、早朝介助のスタッフ配置です。
高齢者の生活リズムを考えると、夜間の排泄パターンは「就寝前」「就寝中に一度」「起床後」というのが一般的です。
業務シミュレーションの条件設定 ~対象者の整理~? で述べたように、就寝介助と起床介助は全く逆のことを行うため、必要な時間も介助内容もほぼ同じです。
しかし、一番の違いは「起床介助は時間に追われる」ということです。
また、個々人の排泄間隔のデータに関わらず、ほとんどすべての高齢者の排泄が集中するのが、この起床介助時です。その業務量に合わせて、適切な排泄介助、早朝介助ができる体制の構築が必要です。適切な介護スタッフ数が確保されていなければ、高齢者を起こす時間がどんどん前倒しとなり、介護スタッフの都合で「毎朝4時前に起こされる・・」といった、とんでもない生活を入居者に強いることになります。
ここまで、高齢者住宅のトイレに関する3つのポイントを挙げました。
排泄介護のスタッフ配置の基礎となるのは、言うまでもなくケアマネジメントです。
「オムツに頼らない排泄介助」の取り組みが進められていますが、これは「オムツゼロを目指す」ということではありません。尿意・便意のない高齢者にはオムツ対応は不可欠ですし、膀胱などの機能低下によって我慢できない人には不安を解消するためにオムツをつけるという人もいます。特に、高齢者の紙おむつはこの10年の間に目覚ましい進歩を遂げており、ズボンをはいていてもそうとわからないパンツタイプのものもあります。
「オムツ介助が楽だから・・・」「オムツゼロを目指しているから・・」といった事業者やスタッフの都合ではなく、ケアマネジメントの中で高齢者本人に最も適した排泄方法を考えることが必要です。
また、排泄介護の基本は「できるだけたくさん介助する」ことではなく、「可能な限り自立排泄できる生活環境を整える」ことです。
述べたように、排泄は単なる日常生活動作ではなく、個々人の尊厳にも関わってくるため、排泄介助の質はその事業者の介護サービスの質、理念が如実に表れるポイントです。
ケアマネジメントは、「介護スタッフがどう介助するか」ではなく、「生活環境の整備」と一体的であり、建物設備設計、備品選択がその基礎となっていることがわかるでしょう。視点を変えれば、自立できる排泄環境を整えることで、不必要な介護業務を削減することも十分に可能なのです。
※ 上記の「可動式間仕切り」による可変性の高いトイレ検討は、「ゆう設計建築事務所」さんと共同で行ったものです。実際に導入された実例もありますので、興味のある方はお問合せください。
高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション
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