これからの高齢者住宅は、社会ニーズ、事業性ともに「要介護高齢者住宅」に集約されていくが、それは今の「介護専用型」という単純なものではない。事業シミュレーションにあたっては、認知症の有無、医療ケアへの対応とともに、それぞれの要介護状態とその割合の変化を細かく設定していく。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 040
業務シミュレーションは、高齢者の生活の動き、業務の流れをイメージするものです。
まずは、ターゲットの検討からスタートします。
対象は「要介護高齢者」だけではダメ
有料老人ホームの重要事項説明書では、入居時の条件として「混合型(自立含む)」「混合型(自立除く)」「介護専用型」に分けています。
しかし、同じ高齢者住宅でも「自立対象」と「要介護対象」は違う商品 ? で述べたように、「自立~軽度要介護」の高齢者住宅と、「重度要介護専用」の高齢者住宅は、建物設備設計、介護システムが根本的に違います。自立~重度要介護高齢者まで対応できる「混合型」というのは、幼稚園児から大学生まで机を並べて一緒に勉強できる学校というのと同じです。サービスだけでなく経営収支も不安定になるため、高齢者住宅の商品として不適格です。
事業性も需要も「要介護高齢者専用住宅」に集約される? で述べたように、これからの高齢者住宅は「介護専用型」に集約されていきます。
ただ、「介護専用型」といっても、「身体要介護」「認知症要介護」によって、その介助項目、介助方法は違いますし、「医療的ケアへの対応力」によっても介護システムは変わってきます。そのため事業計画・商品設計においては、その対象・ターゲットをきちんと整理しておく必要があります。
ポイントの一つは、認知症高齢者の受け入れです。
表のように、要介護状態は身体機能の低下によるものと、認知症によるもの、またその混合タイプに分かれます。85歳以上の認知症の発生率は半数以上になりますし、特に重度要介護状態になると、身体重度で認知症は全くないという人は少なく、どちらかに重きをおいた⑨の混合重度が多くなります。
まず問題になるのが、身体状況は自立しているが、重度認知症という⑧の高齢者への対応です。
認知症が重くなると、記憶障害や見当識障害といった中核症状が進行するだけでなく、幻覚や妄想、また暴言や暴行、異食、徘徊などの周辺症状(BPSD)の発生する可能性が高くなります。寝たきりなど身体機能も低下している場合、他の入居者への影響は小さくなりますが、身体機能の自立度が高い場合、周辺症状による他の入居者とのトラブルも増えます。
②の軽度や、⑤の中度であれば、対応できるかと言えばそう簡単ではありません。
同じ軽度要介護でも、「身体介護」と「認知症介護」は基本的には全く違うものです。身体軽度の場合は、ポイント介助やコールへの対応が中心になりますが、認知症の場合、見守りや声掛けといった間接介助を充実させ、見当識障害への不安に対応できる体制が求められます。
また、自宅では安定していても、高齢者住宅への転居によって生活環境の変化で混乱に拍車がかかり、症状が一気に進行するケースは少なくありません。車いすや歩行介助が必要な場合は行動範囲が狭くなりますが、一人で突然外出してしまいホームに帰ってこられない、勝手に家に戻ってしまう、他の入居者の部屋と間違って入る…といった他の入居者との感情的なトラブルも増えます。
更に、大きな課題となるのが、事故リスクへの対応です。
認知症高齢者には「ここで少し待っていてください」「危ないので部屋の戻るときはスタッフを読んでください」といった指示が伝わらないために、そのため転倒や転落事故が増加します。
高齢者住宅における認知症のケアは、重度認知症の周辺症状への対応ばかりが議論されますが、軽度であっても身体軽度と認知症軽度のケアは全く違うという理解が必要です。グループホームでは少人数の入居者に対して手厚い介護体制がとられていることを考えると、その難しさが分かるでしょう。
もう一つは、医療的ケアが必要な要介護高齢者の受け入れです。
介護スタッフは基本的に医療行為が禁止されています。急変の可能性もありますし、小さなミスが死亡などの重大な事故につながります。医療的ケアが必要な高齢者を受け入れるには、その内容ではなく、本人の状態が安定しているということが前提です。
また、受け入れ前のケアマネジメントの中で、日中に必要な医療的ケアはどのようなものがあるか、夜勤時、緊急時に必要となる医療的ケアはどのようなものがあるか、医療機器の故障や管の詰まりなどのリスクはないか、発生した場合にどうするのか、どこに連絡するのか、といった詳細、かつ個別の検討が必要です。合わせて、看護スタッフの充実や勤務時間の延長、受け入れ時のアセスメント、リスクの説明、スタッフ教育、相談体制の整備などバックアップ体制、システム構築を行わなければなりません。
高齢者住宅事業者と話をすると、「認知症も特別な周辺症状がなければOK」「医療的ケアも安定期の人は基本的に受け入れ」「胃ろう、在宅酸素程度なら…」と安易に考えているところが多いのですが、認知高齢者も医療的ケアの高齢者も受け入れとなれば、それだけ手厚い介護スタッフ配置と看護スタッフ配置が必要となります。
「困っている入居者のために積極的に受け入れるべきだ」という主張は立派ですが、入居者本人、家族にとって最も困るのは、「できます・・」と安易に受け入れて、途中で「やっぱり無理でした」と放りだされることです。また、体制が整わないまま受け入れを行うと、働く介護スタッフ、看護スタッフに大きなストレスになるだけでなく、骨折や死亡事故が発生すると重い法的責任がかかります。
民間の高齢者住宅は、認知症高齢者や医療的ケアの必要な要介護高齢者は対象にすべきではないということではありませんが、対象とするのであれば、そのリスクを十分に理解し、きちんと対応できる介護システムを構築することが大前提です。
要介護状態と割合変化をイメージする
もう一つは、要介護状態とその割合変化を、イメージしておくということです。
要介護度認定には一定の幅がありますし、認知症を含め一人一人要介護状態は違いますから、「要介護1の高齢者のサービスモデル」を作ることはできません。
しかし、業務シミュレーションで、サービス量や必要スタッフ数の変化を想定するためには、要介護度別に「移動、移乗」「整容・洗面・歯磨き」「洗濯・掃除」「排泄介助」など、それぞれの要介護状態と必要なケア項目をある程度、設定しておく必要があります。
その一例を示したのが以下の表です。
この「要介護度別サービス変化」とともに必要となるのが、「要介護度割合の変化」です。
上記の例は、すべての高齢者が要介護1以上の「介護専用型」です。
しかし、「要介護度別サービス変化」と一体的に、軽度要介護高齢者が多いのか、重度要介護高齢者が多いのかという「要介護度割合の変化」を想定するだけで、必要なサービス量、介護スタッフはまったく変わってくるということがわかるでしょう。
実際の建物設備や一日のサービスの流れに沿って、必要サービス量、介護スタッフ数がどのように変化していくのかを想定、把握するのが業務シミュレーションなのです。
高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション
⇒ 大半の高齢者住宅は事業計画の段階で失敗している
⇒ 「一体的検討」と「事業性検討」中心の事業計画へ
⇒ 事業シミュレーションの「種類」と「目的」を理解する
⇒ 業務シミュレーションの目的は「強い商品性の探求」
⇒ 業務シミュレーションの条件 ① ~対象者の整理~
⇒ 業務シミュレーションの条件 ② ~サービス・業務~
⇒ 高齢者住宅のトイレ ~トイレ設計×排泄介助 考~
⇒ 高齢者住宅の食堂 ~食堂設計 × 食事介助 考~
⇒ 高齢者住宅の浴室 ~浴室設計 × 入浴介助 考~
「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)
⇒ 要介護高齢者住宅 業務シミュレーションのポイント
⇒ ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない (証明)
⇒ 小規模の地域密着型は【2:1配置】でも対応不可 (証明)
⇒ ユニット型特養ホームに必要な人員は基準の二倍以上 (証明)
⇒ 居室・食堂分離型の建物で【3:1配置】は欠陥商品 (証明)
⇒ 居室・食堂分離型建物では介護システム構築が困難 (証明)
⇒ 業務シミュレーションからわかること ~制度基準とは何か~
⇒ 業務シミュレーションからわかること ~建物と介護~
この記事へのコメントはありません。