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有料老人ホーム 入居一時金方式の課題と未来


有料老人ホームの再生のためには入居者保護施策の強化が不可欠。制度の根幹を整え、指導監査を徹底するとともに、経営者の経営責任・情報開示責任を明確にすることが必要。不正や隠蔽に対しては厳しい法的責任を負わせることで、官民一体となって、高齢者住宅事業を立て直していかなければならない。

 【特 集】 有料老人ホーム「入居一時金経営」の課題とリスク 01  (全9回)


ここまで、有料老人ホームの入居一時金方式(前払い方式)の課題について述べてきた。
ここまでの流れ、問題点に、あらためて整理しておく。


ワンマン経営で、ガバナンスが整っていない

一つは、商品の脆弱性だ。
高齢者住宅、有料老人ホームに入居する高齢者・家族の最大のニーズは「介護への不安解消」だ。
終身利用権という言葉はなくなったが、入居者、家族は、「高額な入居一時金を支払えば、介護が必要になっても安心」と聞いて、それを信じて入居している。退職金や貯蓄の大半を支払い、中には、住み慣れた自宅を売って高額な一時金に当てている人もいる。
しかし、実際には、高額な入居一時金を設定していても、介護システムや建物設備が、重度要介護高齢者の増加に対応できない有料老人ホームは全体の半数以上に上る。重度要介護高齢者が安全に生活できない生活環境は、介護スタッフが安全に介護できない労働環境と同意であり、現在の介護スタッフ不足の原因でもある。

経営の脆弱性も大きな問題だ。
入居一時金方式の有料老人ホームの多くは、受け取った一時金を、新規ホームの開設資金や運営資金の穴埋めに流用している。これは従来から行われてきた手法だが、住宅サービスと生活支援サービスのバランスの変化によって運営資金の流用割合は拡大している。

合わせて、「長期入居リスク」が顕在化するリスクも高くなっている。
従来の有料老人ホームの償却期間は15年程度に設定されていたのに対し、近年の要介護高齢者対象のものは5年程度と短くなっている。しかし、実際には80歳未満の入居者も多く、償却期間と実入居期間のバランスが取れていない。
その結果、表面上は黒字経営で、キャッシュフローも安定しているように見えても、実態は赤字経営というところが多い。入居率が8割、9割であっても、破綻する可能性が高く、事業閉鎖となれば被害は拡大する。

最大の問題は、当の経営者が、この商品の脆弱性、経営の脆弱性を理解していない、経営実態を把握していないということだ。これは中小事業者の問題だけでなく、大手事業者も同じだ。
有料老人ホーム、高齢者住宅業界には、介護保険制度以降に急拡大してきた企業が多く、ワンマンの創業者の馬力によって成長してきたという側面が強い。それを全否定するつもりはないが、ワンマン経営者のほとんどは実際に介護現場での介護経験や老人ホームでのマネジメント経験がない。異業種から「高齢者住宅の需要は高まる」「高齢者住宅は儲かる」という一心で、ノウハウも知識もなく、事業特性や事業のリスクを理解しないまま、勢いだけで無理に無理を重ねて成長してきたところが多いと言ってもよいだろう。

そのため、事業特性やリスクが後回しになり、短期的には利益がでるが、重度要介護高齢者の増加に対応できないなど商品としても経営としても、脆弱なものが多い。現在、有料老人ホーム・サ高住などの高齢者住宅で、2000室を超える大手事業者は20社を数えるが、10年後にはその半分以上は姿を消しているだろう。それはM&Aで事業者が変更になるのではなく、倒産、事業閉鎖になるということだ。
これは時限爆弾のようなもので、リスク繰り延べ、自転車操業のため、事業拡大、M&Aが止まれば、確実に爆発することになる。


被害は入居者に集中、地域包括ケアの崩壊

もう一つの問題は、経営悪化の被害・負担が入居者に集中するということだ。
一般の事業が経営悪化や倒産した場合、その金銭的負担を負うのは、経営者、株主、銀行、取引先である。B to Cののビジネスモデルであっても、消費者が直接被害を受けるというケースはほとんどない。
しかし、有料老人ホームは、高齢者・要介護高齢者の生活の根幹となる住宅事業であり、生活を直撃し、かつ金銭的に最も大きな被害を受けるのは、その入居者と家族だ。

高額な一時金を支払っていても、M&Aなどで事業が譲渡された場合、従前の権利が引き継がれるわけではなく、退居を求められれば、入居者は法的に抗弁することができない。新しい事業者から、追加の一時金や高額な値上げ、サービスカットなどに対しても、それを受け入れるか、退居かの選択肢しかない。
入居一時金の保全措置があるというものの、2000万円の一時金を支払って一年未満で倒産しても、返還される最高額は500万円しかない。また初期償却間は保全対象外であるため、償却期間を超えてしまえば、返還金ゼロで追い出されることになる。

一方の経営者は、事業を売却してしまえば、実質的な被害はゼロだ。
特に、入居一時金経営の場合、償却期間は高い利益がでているため、旧経営者、創業者はその期間に莫大な金額の報酬を受け取っている。ただ、売却後に新しい経営者のもとでの事業再生となる場合、旧経営者の個人資産まで差し押さえられるわけではない。運営法人が変われば、旧経営者も新経営者も誰も責任を取らなくてよい。
倒産しなくても、収支が悪化すれば「介護の人件費が…」「人材不足で…」などと言って値上げやサービスカットを行えばよい。「倒産か、値上げか」を突き付けられれば、入居者は前者を選ぶしかないからだ。経営の失敗を指摘され、社長の座を降りることになるかもしれないが、それまで受け取った報酬にまで及ぶことはない。
信じられないくらい、ひどい話だと思うだろう。

これは金銭的な被害だけにはとどまらない。現在の有料老人ホームのほとんどは要介護高齢者である。食事や介護看護などのサービスが、突然止まれば生命にかかる問題に発展する。今後は「経営悪化により、今週一杯、今月一杯で閉鎖」と、突然告げられるようなケースもでてくるだろう。
そうなると、入居者や家族は大混乱に陥る。ほとんどの高齢者は自宅に戻ることかできないため、転居先を探さなければならないが、すぐに入居できるようなところはそうそうない。今後は、家族がいない独居の要介護高齢者、認知症高齢者も増えるため、それを誰が行うのか・・・という問題もでてくる(当然、老人ホーム事業者はやらない)。自治体や地域の地域包括センターなどが、老健や特養ホームなどの優先対応やショースステイを活用して、どこかに押し込むしかない。もしくは劣悪な無届施設、何でもOKの囲い込み型の高齢者住宅だ。
結果、その地域で、老健施設や特養ホームの申し込みをしている人は後回しになる。更なる不正にも「仕方ない・・」目をつぶらなけばならない。有料老人ホームの倒産は、入居者の金銭的な負担や生活の根幹を崩壊させるだけでなく、その悪影響は地域で生活する要介護高齢者や家族、介護福祉ネットワーク、地域包括ケア全体にまで波及していくのだ。


民間の高齢者住宅の健全育成なしに、超高齢社会は乗り切れない

現在、有料老人ホームを巡る問題は噴出しているが、今なお、国は商品性や経営にはタッチしないという立場をとっている。経営責任は事業者にあり、その老人ホームを選んだ責任はそれぞれの入居者、家族にあり、国や自治体は基本的に関与しないという姿勢だ。

しかし、これは根本的に間違っている。事業経営失敗の一義的な責任は、経営者にあることは間違いないが、だからと言って放置していれば、その被害はどんどん拡大していく。
それは、85歳以上の後後期高齢者が激増する日本において、高齢者住宅は不可欠な社会インフラであり、「私たちの責任ではない・・」と逃れることのできる話ではない。
また、介護保険や医療保険を使っている社会性、公益性の高い事業である。倒産すれば地域の介護福祉ネットワークにまで影響を及ぼすことを考えると、「民間企業だから行政関係なし」ではなく、踏み込んだチェック機能、指導監査体制の強化が必要になる。

① 高齢者住宅制度の根幹を整える

現行制度は、有料老人ホームやサ高住、介護付・住宅型など制度矛盾が露呈しており、指導監査体制は有名無実化している。特養ホームと民間の高齢者住宅の対象者の違いや利用権と借家権の問題も残っている。「グレーゾーンを上手く使ったものが儲ける」というのではなく、これらの制度矛盾の根幹を正していかなければならない。
厚労省や国交省は、「これからは地域包括ケアの時代…」と、すべて自治体に責任を押し付けようとしているが、制度の根幹を整えるのは国の責任だ。

② 入居一時金の流用を禁止する

述べてきたように、「脆弱な利用権を高額の一時金で前払いさせる」という価格設定は、経営悪化時の入居者の負担、被害が大きすぎ、法的にも問題は大きい。
特に経営上、問題となるのは入居一時金の流用である。現在、「初期償却(敷金・保証金)」「前払いされた未償却の利用料」については、事業者が勝手に運営資金や他のホームの開設資金として流用しているところ多い。中には、同一法人や関連会社が行っている、介護サービス事業以外の事業にも流用しているところがあるが、この場合、有料老人ホーム事業が安定していても、他の事業の経営が悪化した場合、連鎖倒産ということになる。
法的に見ても、会計的に見ても、「入居者からの前受金・預り金」を事業者が勝手に運用するというのは、問題が大きい。流用は原則的に禁止し、「当該有料老人ホーム内での運転資金での流用に限ること」「当該年度内に流用を清算できること」など、厳格に規制すべきだろう。

③ 商品内容を厳しくチェックする

今なお、国は商品性や経営にはタッチしないという立場をとっているが、商品性や経営状態をチェックしなければ、指導や監査などできない。
その結果、「重度要介護に対応できないのに、終身利用権」という、羊頭狗肉の商品となっている有料老人ホームが多い。述べたように、少なくとも、「区分支給限度額方式の住宅型有料老人ホーム」「居室・食堂分離型の建物」では、重度要高齢者への対応ができないことは、誰が考えてもわかることだ。
住宅型有料老人ホームでも、要介護状態が重くなれば、併設の介護付有料老人ホームへ移動できるというところも増えている。有料老人ホームであれ、サ高住であれ、基本的な商品内容のチェックは行政が責任を持って行うべきだろう。

④ 経営状態を厳しくチェックする

経営状態のチェックも重要だ。入居率の低迷、一時金の流用、長期入居リスクの顕在化など、経営があぶない有料老人ホームの特徴はわかっている。現行制度では、「入居一時金方式を採用している有料老人ホームは財務諸表を開示すべき・・」と言っているが、述べてきたように、PLやBSを見たところで、流用の適正や長期入居リスクの存在は全く見えてこない。

②で述べた、一時金の流用については、前受け金残高(初期償却含む)と実際の預り金残高を比較し、残高割合をパーセンテージで表示させることによって、どの程度の金額が実際の運営に流用されているかを把握することはできる。一方の、長期入居リスクは、「どれだけ長生きするか・・」であり、完全に把握することはできない。ただ、現在の入居者の年齢と償却期間、平均余命を比較することで一人一人の「長期入居リスク」は計算でき、全入居者の「長期入居リスク」を合わせることで、2年後、4年後、6年後の「償却期間内」「償却期間超」、それぞれの高齢者の数を想定することは可能だ。
毎年の指導監査に合わせて、「流用割合」「長期入居リスク」を含めた長期事業計画(収支計画見込み)を提出させれば、現在黒字であっても、数年後には大赤字になることが見えてくる。それを事業者に理解させるだけでも、経営見直しを指示することができるはずだ。

⑤ 経営・商品の情報開示を徹底する

何よりも重要なのは、経営情報、商品情報の開示だ。
今の有料老人ホームは、住宅型でもサ高住でも「介護が必要になっても安心」、一時金を支払えば「一生安心」というイメージで売られているが、実態は全く違う。行政が、「入居者にも選択責任がある」というのであれば、それを判断するための情報の開示を徹底しなければならない。
ここまで述べてきたように、②「流用に関する情報」、③「長期入居リスク」 ④「重度化対応の可否」について、重要事項説明書などで、きちんと情報開示させなければならない。
高齢者、家族にも選択責任はあるが、そのために必要・正確な情報を開示させる責任は、行政にある。




以上、5つのポイントを挙げた。
現在の、有料老人ホームの入居一時金方式(前払い方式)は、入居者保護の観点から見れば、法的にも問題のある価格システムだ。
今後、保証人を立てられない人も増えてくることから、「保証金」としての一時金は必要だが、「利用料の前払い方式」は原則として禁止するべきだろう。
この前払い利用料の類似例として、英会話学校がある日突然倒産し、利用していない授業料が返金されないというトラブルが報道されることがあるが、有料老人ホームの入居一時金の場合、数百万円~数千万円と高額なこと、また生活の基礎である住居が突然なくなり、退居せざるを得なくなるということを考えれば、その問題の大きさが理解できるだろう。

これは、これからの有料老人ホームの整備方法にも関わってくる。
現在は、有料老人ホームやサ高住などは、事業者が自由に開設できるが、「地域包括ケアシステム」の時代には、高齢者住宅の商品性も自治体が商品性や価格帯などのプロットを示して、公募するというスタイルが増えていくだろう。建設補助ではなく、優良な高齢者住宅に低所得者対策を個別に行う方が効率的、効果的で財政への負担も少ない。これからの要介護高齢者を対象とした有料老人ホームには、(敷金・保証金を除いて)入居一時金は必要ない。
制度の根幹を整え、入居者保護を徹底するとともに、経営者の経営責任・情報開示責任を明確にして、不正や隠蔽に対しては厳しい法的責任を負わせることで、官民一体となって、高齢者住宅事業を立て直していかなければならないのだ。





【特集 1】 「知っておきたい」 高齢者住宅の「囲い込み」の現状とリスク

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【特集 2】 老人ホーム崩壊の引き金 入居一時金経営の課題とリスク

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