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区分支給限度額方式で、介護システム構築はできない


特定施設入居者生活介護と区分支給限度額方式の訪問介護では、介護保険適用となる介護サービスの内容が違う。重度要介護、認知症高齢者に対応する介護システムは訪問介護、通所介護では組めない。囲い込みを行っても「訪問介護併設」の高齢者住宅は、ビジネスモデルとして成立しない。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 025


前回の「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解🔗で、「特定施設入居者生活介護=基本介護システム」ではないと述べました。
では、もう一つの「区分支給限度額方式」はどうでしょう。

区分支給限度額は一般の自宅向けの介護報酬の算定方式ですが、住宅型有料老人ホームだけでなく、サービス付き者向け住宅の大半は、この方式を取っています。とはいっても、高齢者住宅が直接、介護看護サービスを提供するわけではなく、そもそも「高齢者住宅の介護システム」ではありません。
しかし、「サ高住は、介護は提供しません、関係ありません…」というと、入居者が集まらないため、同一法人や関連法人で訪問介護、通所介護を併設して、「契約上は分離、実質的には一体型」という事業者が大半を占めます。
この「囲い込み型」ビジネスモデルの是非は、まず横に置いておくとして、ここでの論点は「区分支給限度額方式の訪問介護付き」で、要介護高齢者を対象とした介護システムが構築できるのか・・です。


通常の訪問介護の対象となるケア・介護は「限定的」

まず、理解が必要なのは、「介護付」と「訪問介護付き」は同じように見えて介護保険制度の対象となる介護・介助の内容が違うということです。


高齢者介護と言えば、「入浴介助」「排泄介助」などの定期介助をイメージしますが、高齢者住宅で要介護高齢者が安全に、安心して生活するために、必要な介助は、それ以外にもたくさんあります。
例えば、「お腹の調子が悪い」などの日々の体調変化で頻回に排泄介助が必要となることはありますし(臨時のケア)、要介護状態が重くなると、すべての生活行動に介助が必要になりますから、「ベッドから起こして…」「部屋に戻りたい…」「テレビを点けて…」といった短時間のケア(隙間のケア)の連続となります。状態把握、見守り・声掛け、定期巡回などの間接介助、更には「頭が痛い」「背中が痛い」などの緊急対応やコール対応なども、安全・安心の生活のためには、不可欠な介助・ケアの一つです。

介護老人福祉施設(特養ホーム)、特定施設入居者生活介護(介護付有料老人ホーム)で介護スタッフが提供する介護サービスには、上記すべての介助・ケアが含まれています。
しかし、区分支給限度額方式の訪問介護は、すべてが対象になるわけではありません。
それを示したのが下記の表です。


食事介助を例に挙げてみましょう。
食事介助は、一人で食べることのできない高齢者に、介護スタッフが隣に座ってスプーンを口に運んでいるイメージです。ただ、実際には、それだけでなく、配膳や下膳、見守りや声掛け、食堂までの移乗・移動介助、更には誤嚥などの急変時の対応など、様々な介助を一体的に行っています。
特定施設入居者生活介護は、そのすべての介助・ケアを包括的に算定しています。

しかし、訪問介護の食事介助の算定は「一人では食べることのできない高齢者」が原則です。「一人で食べられるけれど、食堂までの移動や配膳・下膳だけに介助が必要」「誤嚥のリスクがあるので見守りだけ」「食事中に誤嚥した(噎せこんだ)時の対応だけ」というのは、訪問介護の対象にはなりません。
このように一覧にすれば、定期介助以外はほとんど対象にならないことがわかるでしょう。それは、何故かと言えば、介護報酬の算定方法や考え方が基本的に違うからです。

特定施設入居者生活介護は、病院や介護保険施設と同じ、「要介護●、一日△△単位」という入所日数で計算される日額包括算定方式です。ケアプランの中で、それぞれの介助内容や注意点の検討は行いますが、「Aさんの食事介助は12時~12時半まで」と厳格に決まっているわけではありません。「一人で食べられないAさんの食事介助中(定期介助)に、Bさんに見守り、声掛けを行い、Cさんが噎せたのでそのケアに、食事が終われば下膳や片付け、居室への移動・・」といったように、一人のスタッフが臨機応変に対応することが可能です。

これに対して、区分支給限度額方式は、Aさん個人の限度額(チケット)を使って、Aさんが個別に訪問介護サービス事業者と契約(事前予約)し、「12時~12時半までの食事介助」を提供する出来高算定方式です。個々の介助内容と時間を、厳格に順守する必要があります。「15分でAさんの食事介助が終わったから、あとの15分はCさんの介助を・・」「Aさんの食事介助をしながら、Bさんの一部介助、Cさんの見守りや下膳もする」ということはできません。
また、「Aさんと訪問介護の個別契約」と言っても、喫茶店のコーヒーチケットではなく、莫大な税金・介護保険料が投入された社会保険制度です。「Dさんは一人で食べられるけど、移動に介助が必要だから、食事介助をしたことにしよう」というのは介護保険法違反ですし、Aさんの了承があれば、Bさん、Cさんも一緒に介護してOKというものでもありません。

訪問介護は、一軒一軒、離れた自宅を回って、介護することを想定して作られたものです。そのため、特定施設入居者生活介護とは違い、「臨機応変の介助ができない」「間接介助・緊急介助など全対象者の介助ができない」「すき間のケアなど移動・移乗などの短時間の介助ができない」「ケアプランで決められた介助内容・介助時間は厳格に順守しなければならない」という特性があるのです。


認知症・重度要介護は、介護の「量」だけでなく「内容」が変わる

もう一つ、介護システム構築の前段として理解すべきは、要介護状態別の介助内容の違いです。
介護保険制度の要介護度は、必要介護時間を基礎として設定されています。要介護1~要介護3~要介護5と要介護度が上がるにつれて、たくさんの介護サービス量(サービス時間)が必要になるという考え方です。
ただ、介護システムの構築において考えなければならないのが、「必要なサービス量」だけでなく、「必要な介護サービスの中身」の違いです。下の図は、要介護度別に介護サービス量の変化と、その中に含まれる介助項目の割合を、身体機能低下と認知症高齢者とでイメージを比較したものです。

身体機能低下の高齢者の場合、重度化によって顕著に増えていくのが、【臨時のケア】【すき間のケア】です。軽度要介護高齢者の場合、立ち上がりや移動、テレビや電気をつける・消すといった簡単な日常行動は一人でできますが、要介護3、4と重度要介護になると、車いすへの移乗、移動介助、水分補給、体位交換、テレビを点けて、電気を消して・・など、ごく短時間の小さな介助(すき間のケア)の連続となります。また、「トレイに行きたい、汗をかいたので着替えたい」など、臨時のケアに対するコール対応も増えていきます。

これに対して、認知症高齢者に、多く必要となるのが見守り、声掛けなどの間接介助です。
認知症の中核症状である失見当識によって、自分が今どこにいるのか、何をしているのかわからなくなります。また感情が混乱し、予測不可能な行動も増えていきます。食事の直接介助が必要のない高齢者でも、ガツガツと急いで食べたり、おしぼりを口に入れたり、他の人の薬を飲んだりと、誤嚥、窒息、異食、誤薬のリスクが高くなるため「目を離さない」「異変があればすぐに対応」が重要です。


訪問介護では認知症・重度要介護の介護システムは組めない

ここまで、「区分支給限度額の訪問介護の範囲」と「身体機能低下・認知症高齢者の介助項目変化」について、述べてきました。
この二つを照らし合わせると、重度要介護高齢者、認知症高齢者に対しては、通常の訪問介護では対応できないものが多く、かつまた、その【できない介護】の割合も非常に大きくなることがわかるでしょう。また、それらは日々の体調によって変化しますから、一ヶ月単位の事前予約で対応できるものではありません。
つまり、区分支給限度額の訪問介護だけでは、要介護高齢者の生活を支えることはできないのです。

この話を、住宅型有料老人ホームやサ高住の経営者の方にすると、以下のような反論が返ってきます。
「自宅と同じ区分支給限度額方式でも、生活相談や定期巡回があるだけで安心度は高まる」
「介護は基本的に入居者との訪問介護との個別契約なので、高齢者住宅は無関係」
「臨時のケア、隙間のケアは、手が空いているスタッフが無料で行っている」

しかし、これらの発想は、間違っているというだけでなく、非常に危険です。
まず、「自宅と同じ程度の安心・快適」ならば、高齢者住宅には入りません。ま「介護が必要になっても安心・快適」「重度要介護・認知症対応可」と、高齢者住宅事業者が入居者・家族に説明しているのであれば、その「安心・快適」の介護システムを構築する責任は、高齢者住宅事業者にあります。

また、大半の高齢者や家族は、高齢者住宅選びは初めての経験です。「訪問介護併設で安心」は「コンビニが近くにあるので便利」とは、入居者や家族が受け取るメッセージは全く違います。そのため、高齢者住宅事業者は「訪問介護併設」と「介護付」は基本的にサービスの内容が違うこと、また介護サービスにおいては、高齢者住宅は無関係であること(安心・快適を担保しないこと)を、十分に説明しなければなりません。
通常の訪問介護だけでは、重度要介護、認知症高齢者への対応はできないのに、高齢者住宅事業者のサービス提供責任や役割を曖昧にして、「安心・快適、認知症も可」と言っているのであれば、高齢者や家族の知識不足につけ込んだ虚偽の説明です。

もう一つ、「手が空いているスタッフが行っている」というのも疑問です。
述べたように、介護付(特定施設入居者生活介護)は、介護時間の縛りがありませんから、臨機応変に介助することができます。着替え、排せつ、整容などの介助が集中する早朝などは、1時間に6人~8人程度の介助を一気に行います。しかし、区分支給限度額方式の訪問介護の場合、対象者と介護時間はケアプランに基づいて順守する必要があります。訪問介護の介助時間は基本30分(最低でも20分以上)ですから、一時間に最大でも2人~3人しか介助できません。
臨機応変に対応できないため、訪問介護で同じ早朝介助を行うためには、介護付の介護スタッフの2倍~3倍のホームヘルパーが必要ですし、合わせて、すき間のケア、見守り、声掛け、スタッフコールなど対象外の介助に対応するには、それ以上の数を配置しなければなりません。

そもそも「手が空いているスタッフが行う」というのは、「手が空いていなければやらない」ということと同意です。手が空いていなければ、コール対応もできない、ベッドからも降ろしてもらえない、トイレにも行けない、オムツが汚れても次の時間までそのまま…ということになります。逆に、それを避けるためには、訪問介護を行っているホームヘルパーとは別途、手が空いているスタッフを確保する常時必要がありますが、その場合、その待機スタッフの人件費を誰が負担するのか…という話になります。

このように、区分支給限度額方式は「個々人の介護チケット(限度額)を使った個別契約・出来高算定」である以上、高齢者住宅全体の介護システムにはなりえないのです。
これは、通常の訪問介護だけでなく、定期巡回型随時対応型でも同じです。
国交省や厚労省は、通常の訪問介護ではなく、サ高住は臨時のケアにも対応できる定期巡回型随時対応型を推奨しています。しかし、そうするためには、その高齢者住宅の入居者はすべて、同一事業者の「定期巡回型随時対応型訪問介護」の選択が前提となりますし、そうなれば「介護付きと何が違うの?」「なぜ、報酬単価が違うの?」とい新たな疑問がでてきます。


区分支給限度額方式で、「重度要介護、認知症も対応可能」と標榜するのであれば、上図のように、通常の訪問介護では対応できない、間接介助、緊急対応、臨時すき間のケアなどの介助項目への対応のために、介護保険を使わずに高齢者住宅独自で介護システムを構築することが前提となります。
そのため、月額費用は介護保険の一割負担を除いて、少なくとも40万円以上にはなるでしょう。また、それ以外にも、併設する訪問介護サービス事業者は、早朝介助、食事介助など、介護業務が重なる定期介助の時間帯に、たくさんの数の短時間勤務のホームヘルパーを確保しておかなければなりません。

それが、高齢者住宅のビジネスモデルとして成立するかと言えば、実質的に不可能なのです。



要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~

  ⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
  ⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
  ⇒ 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる 
  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
  ⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計 
  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
  ⇒  高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択 

要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

  ⇒  「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
  ⇒  区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
  ⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない 
  ⇒ 運営中の高齢者住宅 「介護システムの脆弱性」を指摘する 
  ⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則 
  ⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護 
  ⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類 
  ⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する 
  ⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点 
  ⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ① 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ② 

 

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