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事業シミュレーションの「種類」と「目的」を理解する


事業計画、事業性検討の中核となる事業シミュレーション。それは一定条件のもとでの収支を予測するものでも、正しい答えを見つけることでもない。商品、業務、収支を一体的にシミュレーションすることで、高齢者住宅の事業概要・事業リスクを想定、経営管理、サービス管理能力を培う。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 038


【p037 「一体的検討」と「事業性検討」の事業計画へ🔗】 で述べたように、高齢者住宅の事業計画は、「事業性検討」と「開設に向けての推進」の二つに分かれます。
事業計画の基礎となる「事業性検討」の中心になるのが、事業シミュレーションです。
他のコンサルタントやデベロッパーが作成した事業計画を、「正しいかどうか見てほしい」という依頼は多いのですが、それはお断りしています。なぜなから、事業計画の基礎となる事業シミュレーションは、一定条件の下での収支を予測するものでも、正しい答えを見つけることでもないからです。
ここでは、高齢者住宅の事業シミュレーションの基本と、その目的について整理します。


「商品・業務・収支」三位一体のシミュレーション

事業シミュレーションは、「商品シミュレーション」「業務シミュレーション」「収支シミュレーション」の大きく3つに分かれます。

① 商品シミュレーション

一つは、高齢者住宅の「商品性」を決める商品シミュレーションです。
高齢者住宅は、介護保険施設のように制度によって設計指針・運営指針が細かく定められた全国一律の商品・サービスではありません。また、商品をつくる ~制度基準に沿って作った高齢者住宅は欠陥品 ~ 🔗 で述べたように、有料老人ホーム、サ高住、特定施設入居者生活介護などの制度基準は「商品」としての価値はゼロに等しく、経営もサービスも続けることはできません。
高齢者住宅の事業計画には、対象とする高齢者やその地域需要・ニーズ検討を基に、どのようなサービスを、どの程度の価格で提供するのかという商品・サービス内容の検討が必要です。

それぞれの事業者が「居室内環境、共用設備」「介護看護サービスの手厚さ」「食事の提供方法、グレード」「セールスポイント・他の事業者との違い」等、事業の根幹となる商品設計を行います。「どこまで医療的ケアが必要な高齢者を受け入れるのか」「認知症高齢者の受け入れの範囲・可否」などの対象者選定も重要な項目の一つです。「月額費用内のサービス、追加費用が必要になるサービス」を明示するためにも、詳細な商品シミュレーションが不可欠です。

② 業務シミュレーション

業務シミュレーションは、入居者の動き、介護看護スタッフの業務の流れをイメージするものです。
「介護スタッフが足りない」「業務が回らない」という現場の声と、「できるはずだ、介護スタッフは甘えている」という経営陣との対立をよく耳にしますが、これは業務シミュレーション不足が原因です。商品設計の段階で、「どの時間帯に業務が集中するか」「スタッフが足りているか、足りていないか」「重度要介護高齢者が増えても対応できるか」がきちんと検証されていないからです。
この業務シミュレーションは介護システム構築の基本であり、建物設備設計とも大きく関わってきます。少子化によって、介護・看護スタッフの確保が難しくなる中で、効率的・効果的な介護サービスの提供は、働きやすい労働環境整備にも関わる、これからの高齢者住宅事業には不可欠な視点です。

③ 収支シミュレーション

もう一つが、商品内容や業務の流れ・動きを金額に直した収支シミュレーションです。
イニシャルコスト・ランニングコスト、商品・業務シミュレーションから必要な費用を算定し、入居率・退居率等を検討しながら、月額費用・入居一時金等の金額を算定していきます。
この収支シミュレーションは、経常収支シミュレーションとキャッシュフローシミュレーションに分けられます。高齢者住宅では各期の収支だけでなく、建物設備の償却や修繕費用が大きく影響すること、また入居一時金を徴収する場合は、経常収支検討だけでは不十分なことから、中・長期的なキャッシュフローの流れ、動きを理解することが必要です。当然、高齢者住宅の収支は入居率だけでなく、平均要介護度によっても大きく変動しますから、様々なケースを想定しなければなりません。


この「商品・業務・収支」の3つのシミュレーションは、それぞれ独立しているわけではありません。
「要介護高齢者を対象とした介護付有料老人ホーム」と言っても、全体の要介護度が重くなれば、全体のサービス量は増加しますから、介護スタッフの業務量は増加します。そうすれば、介護保険収入も増えますが、たくさんの介護スタッフが必要となり人件費総額も上がります。また、医療的ケアが必要な高齢者を対象したり、看取りケアに力を入れるのであれば、看護スタッフの配置増や、夜間に急変したり亡くなった場合の医師との連携方法なども検討しておかなければなりません。
この商品・業務・収支シミュレーションを一体的に行うことで、事業計画の基礎となる事業性、事業リスクが見えてくるのです。


事業シミュレーションの目的と役割

この事業シミュレーションの目的は、大きく分けて二つあります。

【目的1】 事業内容・事業リスクの想定

事業シミュレーションと言えば、収支計画表をイメージする人が多いのですが、収支計画表は収支シミュレーションで検討したケースの一つでしかありません。また収支シミュレーションを行うためには、その前提として商品シミュレーションや、業務シミュレーションが必要となります。

事業シミュレーションの目的は、一つの回答・近似値を探すことではなく、その名の通り、事業内容を詳細に想定することにあります。ターゲット選定から導き出した「介護サービスの手厚さ」「医療的ケアにどこまで対応できるか」「食事のグレード・提供方法」など商品内容に関するもの、「日中の介護・看護スタッフ配置はどうなるか」「夜勤のスタッフの動き」「緊急時の対応」等の業務に関するもの、そして、「入居率・退居率」「要介護度の変化と収支変化」「入居一時金の価格・償却期間」「入居率・要介護度と損益分岐」等の収支検討項目が、それぞれどのように関係しているか、どのように影響するのかを、一体的に様々な視点から想定するのです。 

この事業シミュレーションは、少なくとも数百パターンに上ります。
「人、もの、サービス、お金」の流れを想定することによって、どのような時に利益がでるのか、利益がでないのか、事業リスク、問題点を洗い出し事業の全体像を掴むことが第一の目的です。

【目的2】 経営管理・サービス管理能力の養成

もう一つの目的は、経営管理・サービス管理能力の養成です。
事業シミュレーションは、事業者が納得して、「事業性がある」「お客様に喜ばれる商品だ」と確信できるまで、何度も練り直して行うものです。事業シミュレーションを繰り返すことによって、実際の事業内容やどのようなリスクが発生するのか、リスクを減らすためにどのような点に注意して経営しなければならないかが、見えてきます。

事業シミュレーションは、商品設計、業務設計のプロセスであり、事業者自らが策定・理解する過程を踏まないと、実際の経営においても、「どのように経営すれば良いか」「どこを修正すれば良いか」ということがわかりません。事業シミュレーションは、どの程度利益がでるのかを予測することではなく、どのような場合に、どのようにサービス量、収支が変化するのか、どのような場合に利益がでて、どのような場合に利益がでないのかを、理解できるように作りこむ過程が重要なのです。

事業シミュレーションが立てられない人、理解できない人に、その老人ホームの管理者は務まりません。
ただ、新規参入の場合、初めての経験なので、よくわからないという人も多いでしょう。事業計画・事業シミュレーションの策定を経営コンサルタント等に依頼する場合でも、「代わりに作ってもらう」のではなく、その内容を理解し、「事業者だけで作れるように指導してもらう」「事業の全体増、流れ・動きを教えてもらう」という視点が必要です。


高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション

  ⇒ 大半の高齢者住宅は事業計画の段階で失敗している 
  ⇒ 「一体的検討」と「事業性検討」中心の事業計画へ
  ⇒ 事業シミュレーションの「種類」と「目的」を理解する  
  ⇒ 業務シミュレーションの目的は「強い商品性の探求」
  ⇒ 業務シミュレーションの条件 ① ~対象者の整理~
  ⇒ 業務シミュレーションの条件 ② ~サービス・業務~
  ⇒ 高齢者住宅のトイレ ~トイレ設計×排泄介助 考~
  ⇒ 高齢者住宅の食堂 ~食堂設計 × 食事介助 考~
  ⇒ 高齢者住宅の浴室 ~浴室設計 × 入浴介助 考~

「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)

  ⇒ 要介護高齢者住宅 業務シミュレーションのポイント
  ⇒ ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない (証明)
  ⇒ 小規模の地域密着型は【2:1配置】でも対応不可 (証明)
  ⇒ ユニット型特養ホームに必要な人員は基準の二倍以上 (証明)
  ⇒ 居室・食堂分離型の建物で【3:1配置】は欠陥商品 (証明) 
  ⇒ 居室・食堂分離型建物では介護システム構築が困難 (証明)
  ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~制度基準とは何か~
  ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~建物と介護~




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