介護保険法・ケアマネジメントの基本を無視した「囲い込み」の横行。その不正に対する監視の目、報酬削減は加速していく。経営者は「知らなかった」では済まされない。高額の返還請求、ビジネスモデル崩壊に留まらず、詐欺行為として摘発されスタッフも刑事罰に…
【特 集 高齢者住宅のM&Aの背景と業界再編の未来について(全12回)】
高齢者住宅への新規参入を考えている多くの事業者は、「高齢者住宅は需要が高まる稀有な事業だ」と盲目的に信じ込んでいます。しかし、冷静になって考えれば、事業が安定しており、かつ成長が見込めるのであれば、前事業者は手放さないはずです。
必ず、そこには何らかのカラクリとリスクがあります。売りたい人には売りたい理由がある…、「ホントかな?」「そんなに儲かるのかな?」と眉につばを付けてみる必要があります。
前回は、入居一時金経営の長期入居リスクについて解説しましたが、今回は、もう一つの収益上のリスクである「囲い込み不正」のリスクについて解説します。
「囲い込み型高齢者住宅」とは何か
高齢者住宅業界で、いま一番大きな問題になっているのが、「囲い込み」と言われる不正です。
「囲い込み」という言葉を始めて聞いた人もいるかもしれません。
それは、ケアマネジメント、介護報酬算定上の不正です。
現在の高齢者住宅は、「特定施設入居者生活介護」と「区分支給限度額方式」を土台とした二つの介護システムに分かれています。
特定施設入居者生活介護は、その指定を受けた高齢者住宅が同時に介護サービス事業者になって、介護スタッフ・看護スタッフを雇用し、直接介護サービスを提供します。老健施設や特養ホームと同じような介護システムであり、高齢者住宅への「入居契約」と「介護サービス契約」は一体的に締結されます。
これに対して、「区分支給限度額方式」は、高齢者住宅事業者と介護サービス事業者は分離しています。入居者個々人が外部の訪問介護、訪問看護、通所介護などの介護サービス事業者と契約をしてサービスを受けます。一人暮らしの高齢者が自宅やアパートで介護サービスを受けるのと同じです。
特定施設入居者生活介護の指定を受けた有料老人ホームを「介護付有料老人ホーム」、区分支給限度額方式の有料老人ホームを「住宅型有料老人ホーム」といいます。同様に、サ高住でも「介護付サ高住」「住宅型サ高住」に分かれるはずですが、現在のサ高住のほぼすべて(合わせて有料老人ホームの届け出をしているものを除く)は、区分支給限度額方式をとっているため、「サ高住=区分支給限度額方式」であり、あえて「住宅型サ高住」と言わないのです。
ただ、ここに一つの問題があります。
それは「特定施設入居者生活介護」「区分支給限度額方式」の月額報酬・限度額が違うということです。
下表のように、特定施設入居者生活介護の要介護3の月額報酬20万円程度ですが、区分支給限度額方式だと全額利用すると27万円になります。要介護4だとその差額は9万円、要介護5だと12万円となります。区分支給限度額方式には、管理費用、ケアマネジメントの作成費用や生活相談の費用は含まれていませんので、実質的にその差額はプラス2万円~3万円ほど大きくなります。
おかしいと思うかもしれませんが、この差額があるのは当然です。
区分支給限度額方式は、一般の自宅で生活している要介護高齢者に適用される介護報酬です。一軒一軒、離れた場所にある自宅を訪問して介護するのですから移動時間や手待ち時間が必要で、その非効率性を加味して高く設定されています。一方の特定施設入居者生活介護は、高齢者住宅に集まって生活している要介護高齢者を対象とした介護報酬ですから、その効率性を加味して、低く設定されているのです。
「囲い込み型高齢者住宅」というのは、この報酬差額を利用して「サ高住は一般の賃貸住宅と同じだから、区分支給限度額方式だ」と、要介護高齢者を集めて、同一法人・系列法人で運営する訪問介護や通所介護を、限度額一杯に集中的に利用させることで高い収益を上げるビジネスモデルのことをと言います。
例えば、60名の要介護3以上の要介護高齢者で、介護付有料老人ホームと(囲い込み型)住宅型有料老人ホーム・サ高住を比較すると、同程度のサービスを提供しても毎月の差額は10万円、一人当たり年間120万円となり、それが60人になると年間7200万円の受け取れる報酬差額が生じる計算になります。
誰が考えても、おかしいと思うでしょう。もしそれが認められるなら、特定施設入居者生活介護の指定を受けて、真面目に介護付有料老人ホームを行っている事業者・経営者はバカだということになります。
いまや、それは介護保険だけでなく、医療保険にまで拡大し、「自宅にいるときは内科で高血圧のお薬をもらうだけだったのに、高齢者住宅に入ると、内科・歯科・眼科・整形外科、精神科などたくさんの先生が来て、たくさんお薬を飲まされる」という過剰診療にもつながっています。
この囲い込みによって、不適切に搾取される医療・介護費用は、60名規模の一つの高齢者住宅で一億円~二億円に上るとされています。
「違法ではなく、グレーゾーンだ」と抗弁する事業者は多いのですが、間違いなく違法です。ケアプランは、「その要介護高齢者の個々の要介護状態に合わせて、科学的・臨床的に適切な生活環境を整える」ということが大前提であり、利益のために毎日デイサービスに行かせて、「実際にデイサービスは提供しているから不正ではない」というは詭弁です。
初期ガンで科学的・臨床的に「投薬治療が適切」という人に、「診療報酬」が高いからと開腹手術をすることが適法か、本人が同意書にサインしているから、手術をしたのだから不正ではないのかと言えば、それは信頼して命を預けた患者に対して、医師として最も恥ずべき最低の行為です。
それは、医療も介護も同じです。
「囲い込み型高齢者住宅」を買うと、最悪の場合、刑事罰に問われる
「ひどい悪徳業者だ」「でも、それは一部だろう…」と思うかもしれませんが、いま、このような「社会保障費の搾取」「貧困ビジネス」とも言うべき囲い込みを行っている事業者は大手を含め、サ高住・住宅型有料老人ホームの半数以上に上るとされています。
それは、一部の識者やジャーナリストが「囲い込み高齢者住宅」を推奨し、また一部のコンサルタントやデベロッパーが、家賃や利用料を低価格に抑えて、医療や介護で儲ける「低価格・高収益のビジネスモデル」として売り歩いたからです。「新規参入の高齢者住宅と地域の介護サービス事業者を繋げるマッチングビジネス」まで行われていました。
しかし、介護保険財政、社会保障財政が極めて逼迫する中で、このような「利用料を介護報酬・診療報酬に付け替える」といった歪なビジネスモデルが維持できるかと言えば、それは100%不可能です。またこれは、財政的な問題でけではなく、要介護高齢者が適切な介護サービスを受ける権利を阻害している、介護保険法の根幹に関わる不正です。これまでは「囲い込み事業者に対する監視を強化する」という程度にとどまっていましたが、介護報酬の改定で減算がスタートしました。将来的には囲い込み自体が一切できないような制度体系になるでしょう。
この数年のうちに、囲い込みで高い収益を上げている住宅型有料老人ホーム、サ高住事業者が売りに走ります。投資ファンドも一気に引いていくでしょう。
それを知らなければどうなるか・・・
「低価格で、入居率は高く、とても高い利益率がでている」
「やっぱり、介護は儲かるんだなぁ・・・」
と、その不正利益を本当の利益だと誤解して、高いお金を出して購入することになります。
「認定調査において、要介護度を上げるための不正を行っていた」
「アセスメント・モニタリングに基づき、適切なケアマネジメントを行っていない」
「ケアカンファレンスを行っていないのに、行ったように書類を偽造していた」
「行われた訪問介護、通所介護に対して、適切なサービス管理を行っていない」
「サービス提供表(ケアプラン)に基づいて、訪問介護サービスを提供していない」
「実際に行っていない訪問介護サービスの介護報酬を請求している」
「時間通りに訪問介護サービスを提供していないのに、介護報酬を請求している」
「介護サービス実績表の偽造をおこなっている」
経営権がうつった後に不正行為が発覚すると、過去5年にさかのぼって、数億円規模の介護報酬返還が命じられます。それを支払うのは新しい経営者です。「知らなかった」では済みません。最悪の場合、詐欺事件として働いているケアマネジャー、訪問介護、通所介護のスタッフや管理者も、刑事罰に問われる可能性があるのです。それくらいのリスクなのです。
※ この囲い込み高齢者住宅の問題については、TOPIXの中の「高齢者住宅の「囲い込み」は何が問題なのか」で詳しく述べています。
高齢者住宅M&Aの未来と業界再編 (特集)
1 活性化する高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の序章
2 介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aが加速する背景
3 高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~
4 高齢者住宅の「M&A」は、いまの収益ではなくこれからのリスクを把握
5 その収益性は本物なのか Ⅰ ~入居一時金経営のリスク~
6 その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
7 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅰ ~低価格の介護付有料老人ホーム~
8 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅱ ~単独の住宅型・サ高住~
9 高齢者住宅の「M&A価格」は暴落、投げ売り状態になる
10 検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く
11 成功する「M&A」と業界再編 Ⅰ ~グランドビジョンが描く~
12 成功する「M&A」と業界再編 Ⅱ ~地域包括ケアを意識する~
13 成功する「M&A」と業界再編 Ⅲ ~「今やるべきではない」~
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