現在の高齢者住宅の多くは、商品設計・事業計画の段階で破綻している。「M&A」は誰も手を上げず価格が暴落してからの話。規模拡大ではなく、地域単位で入居者の救済目的の事業提携が中心になる。事業譲渡を受ける場合は、債権放棄を含めた有利な条件で交渉を行う
【特 集 高齢者住宅のM&Aの背景と業界再編の未来について(全13回)】
ここまで、高齢者住宅M&Aの課題と未来について、お話しをしてきました。
最終回でお話しするのは、高齢者住宅の「M&A」を成功させる3つ目のポイント、「時」です。
ビジネスの成功には「時」はとても重要です。
つまり、「M&A」はいつやるのか…です。
ここまでの議論を整理しておきましょう。
まず一つは、この数年、長くても10年のうちに、高齢者住宅バブルが崩壊し、大倒産時代が始まるということです。
東京商工リサーチによれば、2020年の介護サービス事業の倒産件数が118件(前年度比6.3%増)、自主廃業の455件を含めると、573件と過去最多になったと報道しています。「過去最多だ!!」と、時折テレビや新聞などでも報道されますが、介護サービス事業者数は全国で22万件を超えるため、倒産率は0.05%、廃業を含めても0.25%程度です。これほど多くの事業者が参入している事業で、かつその大半が個人・中小事業者で、これほど低い倒産率の産業は他にありません。つまり、不正が発覚したり、場当たり的にやってみたか…、という以外、ほとんど倒産することのない事業だということです。
恐らく、在宅系サービスや施設系サービスは、これからもこの程度の倒産率でしょう。
同様に、「需要が高まるから高齢者住宅も倒産しない」という人がいますが、それは甘い考えです。
訪問介護や通所介護などの在宅サービス、特養ホームや老健施設などの施設サービスの商品性は、制度基準のまま、つまりどこでもほぼ同じですが、高齢者住宅は、同じ「サービス付き高齢者向け住宅」であっても、「介護付有料老人ホーム」「住宅型有料老人ホーム」であっても、その商品性・価格帯は、一つ一つ違います。倒産増加の原因は、「数が増えすぎたから」「競争が激しくなったから」でも、「介護人材が不足しているから」「介護報酬が低いから」でもありません。平成初期の不動産バブルとも違い、事業計画・収支モデル・ビジネスモデルに問題があるから潰れるのです。
① 入居一時金経営によって、実質的に自転車操業になっているところが多い
② 囲い込みなどの法律の根幹を揺るがす不正請求・不適切な運用が多い。
③ 「介護が必要になっても安心」と言いながら、重度化対応力が不十分
厳しいようですが、これらは経営に失敗しているというよりも、事業計画の段階ですでに破綻する、もしくは事業が行き詰まることがわかっているのです。
これは、現在の高齢者住宅のM&Aが活発化している原因でもあります。
高齢者住宅・介護ビジネスは、超高齢社会の中で、確実に需要が高まる産業・事業です。そう考えて多くの人が異業種、他業種から参入してきたのですが、「訪問介護」「通所介護」とは違い、「高齢者住宅」は、需要が増加しても、ビジネスモデル・収支モデルが適正でないと事業の継続はできません。
また、通所介護や訪問介護は、事業の立ち上げ時が最も大変で、少しずつ収益もサービスも安定していきます。逆に高齢者住宅は、開設時から数年が最も利益が高くサービスも安定していて、経営を続けるうちに、重度要介護高齢者が増えたり、入居一時金の長期入居リスクが顕在化したり、大規模修繕が必要になったりと、サービス上の課題が明確になり、収益も悪化していきます。だから、訪問介護や通所介護のM&Aは少なく、高齢者住宅ばかりなのです。
「とりあえず、高齢者住宅やってみた」けれど、運営しているうちに、「こんなはずではなかった…」「いま利益がでているうちに高額で売り抜けよう…」という人と、「高齢者住宅は需要が高まる…」「いまがビジネスチャンスだ…」という人が上手くマッチングして、表面的にM&Aが活性化しているように見えるのです。
更に、そこに、投資ファンドが参入しています。これは、コロナ禍も含め世界経済の低迷によって、低金利で大量の資金が市場に投入されていることも大きく関係しており、ファンドはカネ余り現象の中で、短期利益が確保できる投資先としては、高齢者住宅業界は、うってつけなのです。
これからの高齢者住宅「M&A」は、いまとは全く違う状態になる
もうしばらく、大手を含め、この高齢者住宅のM&Aの騒ぎは続くでしょう。
しかし、すでに投資ファンドは、潮時を見極めようとしています。
現在の高齢者住宅バブルは、不動産バブルというよりも、事業計画の段階で破綻しているものが多いため、リゾートバブル崩壊の状態に近くなります。ただ、唯一違うのは、そこに入居者がいて、要介護高齢者がいるので、この高齢者住宅の倒産は、各企業の倒産・財政破綻ではなく、社会問題に発展するということです。
言いかえれば、事業拡大ではなく地域包括ケアシステム維持の視点から、救済的なM&Aが必要になるということです。ただ、これも下手に手を出せば、残ったリスクだけを背負わされ、一緒に引きずり込まれて連鎖倒産・M&A破産ということになります。行政や事業者から泣きつかれて、救済的にM&Aをしてもそれで、これまで安定していた事業まで傾けば何の意味もありません。
前回まで、そのポイントとして「長期的なグランドビジョン」と「地域包括ケア」を意識することが重要だと言いましたが、もう一つ大切なのが、「いつやるのか…」、そして、そのために、いま何をしておくべきなのか…です。
高齢者住宅バブル崩壊後の「M&A」の成功のポイント
① 「M&A」で事業拡大・連携強化を行うのは高齢者住宅バブル崩壊のあと
② 高齢者住宅単位で、事業再生の可能性のあるものを、譲渡条件を有利にして買収
③ 銀行や全事業者の救済ではなく、その高齢者住宅入居者の保護を検討する
④ サービス向上・経営改善のための事業再生担当の育成を進める
それは、少なくとも「いまではない」ということです。
もうすでにお金を出して買うようなものではないのです。
早晩、投げ売り状態になり、それでも誰も買い手がつかない状態になります。
これからは、誰も手を出さなくなった後に、再生ノウハウをもつ事業者が、「手直しできる高齢者住宅を安く買い取る」というのが前提です。不安定なビジネスモデルにお金を融資した銀行、金融機関には責任を取ってもらい、「事業譲渡の条件は債権放棄」ということを明確に伝えて、できるだけ良い条件で譲渡を受けることです。
届け出や登録をさせた自治体にも責任はありますから、事業継続ができるように指導監査や事業計画の推進、再生計画も含め、自治体にも協力を求めましょう。
あと、5年内、長くても10年内に高齢者住宅業界は激変します。
いまは、M&Aに手を出すときではありません。その時まで、自分たちのサービス事業を着実に行い、再生時に優秀な人材を派遣して早期に再生できるように、人材育成に力を入れるときなのです。
高齢者住宅M&Aの未来と業界再編 (特集)
1 活性化する高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の序章
2 介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aが加速する背景
3 高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~
4 高齢者住宅の「M&A」は、いまの収益ではなくこれからのリスクを把握
5 その収益性は本物なのか Ⅰ ~入居一時金経営のリスク~
6 その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
7 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅰ ~低価格の介護付有料老人ホーム~
8 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅱ ~単独の住宅型・サ高住~
9 高齢者住宅の「M&A価格」は暴落、投げ売り状態になる
10 検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く
11 成功する「M&A」と業界再編 Ⅰ ~グランドビジョンが描く~
12 成功する「M&A」と業界再編 Ⅱ ~地域包括ケアを意識する~
13 成功する「M&A」と業界再編 Ⅲ ~「今やるべきではない」~
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