高齢者住宅の「M&A」は高いノウハウをもとプロの事業者が、重度化対応力、認知症対応力など「いま、自分たちに足りない商品・事業は何か」「どの部分が弱いのか、強化すべきなのか」という長期的な事業展望、グランドビジョンをもって構築をしていくべきもの
【特 集 高齢者住宅のM&Aの背景と業界再編の未来について(全13回)】
ここまで、現在の介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aの課題について述べてきました。
介護や高齢者住宅ビジネスは、需要が高まることは間違いない事業です。短期的に大きな利益を得るタイプの事業ではありませんが、長期安定的に適切な利益を得ることは十分に可能です。プラス面だけでなく、マイナス面やリスクも考えて、事業計画を立てて、地道に運営すれば失敗することはありません。
他の事業と同じように「最初は赤字続きで大変だったけど、ようやく軌道にのってきた…」というのが本来の介護ビジネス・高齢者住宅事業の姿です。「最初の厳しいところ、大変なところだけ自分たちがやって、事業が軌道にのれば人に売る」なんてことは、普通はしないのです。
活性化する高齢者住宅「M&A」の背景は、収益モデルが破綻していたり、違法行為や制度矛盾を土台とする不安定なものであったり、「介護になったら安心・快適」と標榜しながら重度化対応力が不十分だったりと、ビジネスモデルそのものが不安定なことにあります。「儲かりそうなので、高齢者住宅やってみた」という安易な素人事業者が大量参入し、将来予測もリスク管理もしないまま、「短期利益ありき」「拡大ありき」で無茶な運営をしてきたから、行き詰っているのです。
これは介護サービスの質も同じです。
高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~ ? で述べたように、高齢者住宅はその特性上、サービス内容や価格設定を代えることは容易ではありません。しかし、それ以上に難しいのが、介護看護スタッフの質を上げる、サービスの質を上げることです。
介護は、「家族でもやっているのだから、誰にでもできる仕事」「家族の代わりに介護している」と思っているかもしれませんが、介護サービスは知識・技術・ノウハウが求められる高度に専門的な仕事です。同様に「介護付有料老人ホームの介護はどこでも同じだ」と思っているかもしれませんが、その介護サービスの質、専門性の高さには、月とスッポンほどの差があります。過重労働で走り回っている低価格の介護付有料老人ホームでは、質の高い介護サービスは提供できませんし、ましてやケアプランの改竄や違法行為が蔓延している「囲い込み高齢者住宅」で、まともな介護ができるはずがありません。
そう考えると、「事業ノウハウも含めて、買収している」「来年も規模の拡大を目指して買収を行う」などと、どや顔で言っているのが、いかに滑稽な話なのかがわかるでしょう。
高齢者住宅事業のM&Aは、「素人事業者」が新規参入のために行うものではなく、すでに十分な知識や技術、ノウハウをもったプロの事業者が、長期的なグランドビジョンをもとに事業展開を進めていくというのが前提です。冷静になって考えれば、それが当たり前のことだということがわかるはずです。
これからの高齢者住宅の「M&A」を成功させるポイントは、大きく分けて3つあります。
それは、「目的」「エリア」「時期」です。
まずは、第一の「M&A」は何を目的とすべきか・・について、整理します。
多様な介護ビジネス・高齢者住宅・施設を運営している事業者が最も強い
高齢者住宅事業には、いくつかの鉄則があります。
一つ目は、自立・要支援向け住宅と要介護向け住宅は全く別の商品だということ。
二つ目は、要介護向けと言っても身体要介護と認知症要介護は別の商品だということ。
三つ目は、自立・要支援向け住宅は、事業単体では成立しないということ
これがわかっていなければM&Aどころか、高齢者住宅の経営はできません。
しかし、大手事業者も含め、いまの高齢者住宅事業者の多くは、コンビニエンスストアやファミリーレストランと同じように、全国で同じ商品性・介護システムのビジネスモデルを展開しています。既存事業者による規模の拡大を目的とした「M&A」も、いま運営している高齢者住宅と同じ、または類似の高齢者、同じ価格帯・同じビジネスモデルの事業を対象としているものがほとんどです。
それが重度化対応力、認知症対応力の高い高齢者住宅であればまだよいのですが、対象を広げ薄利多売をしようとするため、結果的に【3:1配置】の介護付有料老人ホームやサ高住・住宅型有料老人ホームなど、商品・ビジネスモデルとして脆弱か、もしくは収支モデルとして破綻しているものばかりが作られ、また売り買いされている印象です。それを数だけ増やしても、傷を広げているだけです。
高齢者住宅事業の基本は、まず重度要介護や認知症向けの住宅・施設を作ることです。単独で運営できる高齢者住宅は、それしかありません。その上で軽度要介護対応、自立・要支援対応の高齢者住宅に広げていくというのが、事業拡大の基本的な流れです。そうすれば、「重度要介護、認知症になればグループの高齢者住宅・施設へ転居」ができるからです。
「M&A」は、単なる規模の拡大ではなく、「いま、自分たちに足りない事業は何か」「どの部分が弱いのか、強化すべきなのか」という長期的なグランドビジョンをもって構築をしていくべきものなのです。
「M&A」成功のためのグランドビジョン(ステップ)の作成
① 重度要介護・認知症高齢者に対応できる高齢者住宅の整備・買収を目指す
② 多様なニーズに対応できる介護ビジネス・高齢者住宅・施設の運営を目指す
③ 完全買収ではなく、足りない部分・サービスを保管するような提携を目指す
また、この「M&A」というのは、事業買収だけではありません。
もともと、『M&A』は、Mergers(合併) and Acquisitions(買収)の略で、事業売却だけでなく、一部の営業譲渡や資本提携なども含めた、広い意味での「企業提携」のことを総称したものです。
これからのM&Aは、一つの事業体で買収によって多様な住宅ニーズに対応できるように、多様な価格帯、複数種類の高齢者住宅・介護施設を整備するか、もしくは、完全買収・完全譲渡ではなく、それぞれの事業所は独立しながら、自分たちの足りないところ、不足しているサービス・対象・ビジネスモデルを保管し合うような緩やかな提携の、どちらかに分かれてくということです。
高齢者住宅M&Aの未来と業界再編 (特集)
1 活性化する高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の序章
2 介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aが加速する背景
3 高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~
4 高齢者住宅の「M&A」は、いまの収益ではなくこれからのリスクを把握
5 その収益性は本物なのか Ⅰ ~入居一時金経営のリスク~
6 その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
7 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅰ ~低価格の介護付有料老人ホーム~
8 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅱ ~単独の住宅型・サ高住~
9 高齢者住宅の「M&A価格」は暴落、投げ売り状態になる
10 検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く
11 成功する「M&A」と業界再編 Ⅰ ~グランドビジョンが描く~
12 成功する「M&A」と業界再編 Ⅱ ~地域包括ケアを意識する~
13 成功する「M&A」と業界再編 Ⅲ ~「今やるべきではない」~
この記事へのコメントはありません。