「囲い込み」は何が問題なのか

犯罪者になるケアマネジャー、加害者になる介護スタッフ


この問題の根幹は厚労省・国交省の制度設計ミスと、不正商品をつくった素人事業者、自治体にある。しかし、実際に不正が発覚、事故が発生した時に、民事・刑事・行政上の重い法的責任を押し付けられ、人生が破綻するのは、現場で働いているケアマネジャーや介護スタッフだ。

高齢者住宅の「囲い込み」とは何か、何が問題なのか 07 (全9回)


数年前、ある市で行われたセミナーで話をした後、控室で帰り支度をしていると、ノックの音がして「どうしても話を聞いてほしい…」と悲愴な表情の2人の女性が入ってきた。
その市内にある、とあるサ高住のケアマネジャーと訪問介護サービスの管理者。
セミナーは、一般の家族向けの「高齢者住宅選び」がテーマだったが、低価格の高齢者住宅の囲い込みの仕組みやリスクについても、少し触れた。
彼女たちが働いているのは、いわゆる「囲い込み」を前提とした低所得者を対象としたサ高住。
彼女たちの口から出てきたのは、「私たちは罪にならないのでしょうか」という悲痛な訴えだった。

その市では、ユニット型特養ホームが増えているが低所得者は入所できず、低価格の旧型特養ホームは待機者で数年待ち、骨折や脳梗塞で病院から退院を求められても自宅に戻れない身寄りのない人が、早期退院を望む病院からの紹介で入居しているという。

「行き場のない高齢者のために・・・」と、一生懸命に仕事をしている姿が目に浮かぶ。
経営者からは「不正ではない」「どこでもやっている」と指示をされ、当初は行き場のない高齢者のためには、このようなグレーゾーンの住宅・施設も必要だ・・と考えていたという。
しかし、囲い込みが報道されるにつれ、一緒に働く部下や同僚からは「不正じゃないのか」「本当に大丈夫なのか」と指摘を受け、「複数人に対する介護は適法」と説明しながらも、その根拠はなく「監査で見つかれば大変なことになる」とわかっている。

ただ、一方で「囲い込み」を前提とした低価格設定のため、特定施設入居者生活介護に転換すれば、入居者の自己負担は大きく上がり、大半の入居者は出ていかざるを得なくなる。「辞めたい・逃げ出したい」と思うけれど、いつも「お世話になってます・・」「ありがとう・・」と自分達を頼って、優しく声をかけてくれる入居者・家族を無責任に放り出すことはできない。
「経営者」「入居者・家族」「同僚・部下」との三方向からの板挟みとなり、ぽつりぽつりと話す、その表情からは涙と共に苦悩の色がにじみ出ている。

この「囲い込み」問題の根幹は間違いなく厚労省・国交省の制度設計ミスと、安易にこのような商品をつくった素人事業者、自治体にある。自宅で生活できない低所得の要介護高齢者の住宅問題は、社会的・政治的な問題であり、素人事業者の作った「不正なビジネスモデル」の責任を、薄給の彼女たちが背負う必要は全くない。ほとんどの人がそう考えるだろう。
しかし、現実的には、不正が発覚し、事故が発生した時に、刑事・民事・行政上の重い法的責任を押し付けられ人生が破綻するのは、真面目に働いている彼女たちなのだ。


「不正は指示していない」と責任転嫁をする事業者

そう高くもない定額の給与をもらって働いているサラリーマンのケアマネジャーやホームヘルパーが、自ら不正に手を染めることはない。実際に、囲い込みを行っているサ高住や無届施設、住宅型有料老人ホームで働いていたというケアマネジャー・ホームヘルパーから話を聞くと、

「ケアマネの仕事は、できるだけ自前のサービスをたくさん使わせることだと経営者から言われる」
「区分支給限度額の利用率の低い高齢者を抱えるケアマネジャーは管理者から叱責される」
「30分の介護報酬を算定しているけれど、実際に介護しているのは10分未満」
「時間管理など誰もしておらず、実際にはヘルパーも臨機応変に動いている」

という話が、次々にでてくる。中にはケアプランなど見たこともなく、ケアカンファレンスなどしたこともない、ケアマネジャーの「給付管理表」も「サービス提供表」も、介護サービス事業者の「サービス実績表」も、高齢者住宅の管理者がヘルパーやケアマネ全員の印鑑を使って作っているという話まである。
それは驚くことではない。
初めから、そういうビジネスモデルであり、そうしないと作った書類・資料に齟齬がでてくるからだ。「どこでもやっている」とは言わないが、程度の差はあれ、書類を偽造している事業者は多いだろう。

「囲い込み」の不正は、個人の犯罪ではなく、明らかに組織的・システム的な不正だ。
しかし、そう経営者に問うと、ほぼ100%、異口同音に「不正の指示はしていない」と否定する。経営者としては、「できるだけ自分達述べたサービスを使ってほしい・・」と願うのは当然であり、不正までしろと言っているわけではない。その先はケアマネジャーや現場の問題だというのだ。
卑劣だと思うだろうが、法的に見て、どちらの言い分が正しいかと言えば、後者のサ高住の経営者だ。

介護付有料老人ホームの場合は、ケアマネジメント・介護サービスを提供しているのは有料老人ホームであり、管理者がケアマネジャーや介護スタッフを管理・監督する義務がある。指示命令系統は明確であり、介護報酬の不正請求(スタッフ不足減算など)を行った場合、罰則を受けるのは、当該有料老人ホームであり、指示した管理者・経営者である。

しかし、「囲い込み」は、実態として高齢者住宅・居宅介護支援事業所・介護サービス事業所(訪問介護等)が三位一体となって行っていても、法的に見れば、それぞれ事業・業務は分離している。高齢者住宅事業者が中心となって「囲い込み」のビジネスモデルを組み立ていても、介護報酬の不正請求やケアマネジメントの不正などを、実際に行っているのは、居宅介護支援事業者、介護サービス事業者であり、そこで働くケアマネジャー、ホームヘルパーなのだ。


「刑事罰」「行政罰」「民事罰」は、ケアマネ・ヘルパー個人が問われる

囲い込みを行っている居宅介護支援事業者、訪問介護事業者の不正は一つではない。
厳しい指導や監査が入れば、

「認定調査において、要介護度を上げるための不正を行っていた」
「アセスメント・モニタリングに基づき、適切なケアマネジメントを行っていない」
「ケアカンファレンスを行っていないのに、行ったように書類を偽造していた」
「行われた訪問介護、通所介護に対して、適切なサービス管理を行っていない」
「サービス提供表(ケアプラン)に基づいて、訪問介護サービスを提供していない」
「実際に行っていない訪問介護サービスの介護報酬を請求している」
「時間通りに訪問介護サービスを提供していないのに、介護報酬を請求している」
「介護サービス実績表の偽造をおこなっている」

など、次々と重大な違反・指摘事項が上がってくるだろう。
一人の入居者に対する不正ではなく、大多数の入居者に当てはまるため、数年間遡るだけで、その返還請求は少なくとも数千万円単位となる。
過誤請求ではなく、組織的な不正請求だとみなされるため、居宅介護支援事業所、訪問介護サービス事業所は指定取消となり、サ高住や有料老人ホームは新規受け入れ停止となる。囲い込みはできなくなるため、ビジネスモデルは崩壊し、事業は閉鎖、要介護高齢者の受け入れ先を探して、大騒ぎになるだろう。

その行政処分を受けるのは法人、事業者だけでない。
ケアマネジャーやホームヘルパーに対しても、ケアマネジャーや初任者研修、介護福祉士などの資格停止・取り消しなどの厳しい処分が下ることになる。

万一、「囲い込み」の中で死亡事故が発生した場合、どうなるかも見ておこう。
要介護高齢者の生命を奪った「囲い込み」🔗 で、囲い込みによる歪められたケアマネジメントが原因で発生した死亡事故について説明した。
この事故で、業務上過失致死で書類送検されたのは、当日、この入浴介助を行っていた男性・女性2人の介護スタッフだ。実刑になることはないだろうが、執行猶予付きの有罪にはなるだろう。

この二人の介護スタッフに過失がないとは言わない。しかし、制度に基づいて適切に「マンツーマン入浴介助」を行っていれば、こんな事故は起きなかっただろう。「不正ではない」と、3人のスタッフで7人の重度要介護高齢者を介助するという過酷な仕事をケアマネジャーや事業者から押し付けられ、そこで重大事故が発生すれば、訪問介護のヘルパー個人が刑事責任を負う犯罪者・加害者になるのだ。
もちろん、彼らの介護福祉士、初任者研修などの資格は剥奪となる。

これは「タラ・レバ・・」の話ではない。
社会保障財政がひっ迫する中で、不正請求に対する指導や監査、その罰則は間違いなく強化されていく。
現在は不正請求の返還請求を受けるのは事業を行っている法人だが、今後は法人が倒産しても、不正を行っていた管理者や個人も連帯責任を負わされる可能性か高い。過誤ではない組織的な不正の場合、単なる返還請求ではなく、個人が詐欺などの刑事罰、更には莫大な損害賠償請求を受けることになるだろう。

何かあれば、会社が守ってくれると思うのは大間違いだ。
ケアマネジャーやホームヘルパーは、素人ではなく、法的な資格を持った専門職種であり、「知らなかった」「経営者に指示されたから」「不正だと思わなかった」では免責にならない。
「どこでもやっている」「不正ではない」と言っているのは、介護保険の基礎もしらない素人経営者、素人管理者なのだ。有資格者は「それは不正です。不法行為です」と言わなければならない。
逆に、大半の経営者は「不正は指示していない」という立場であり、「不正を勝手に行ったのはケアマネジャーや管理者」「企業に損害を与えた」と損害賠償を求められるようなケースもでてくるだろう。

不正を行っている囲い込み高齢者住宅で働くことが、いかにリスクが高いかわかるだろう。
労働環境の不備だけではなく、スタッフに「不正じゃない」「どこでもやっている」という不法行為を強いる時点で、ブラック企業の最たるものだといって良い。「行き場のない高齢者のために…」という気持ちを逆手に取られて、踏みにじられていることに気が付かなければならない。そのような事業所で、このまま不正を続けていれば、どこかで必ず資格停止や取り消し、莫大な返還請求、刑事罰を受ける。「入居者のため」ではなく、自分を守るために、そんな事業所で働いてはいけないのだ。

最初の話に戻ろう。
私が、ケアマネジャー・訪問介護の管理者の二人に話に上記のような話をした。その上で、
「あなたたち専門職が不正だと思っているのであれば、それは間違いなく不正である」
「セミナーで私に不正だと言われたことを、経営者ときちんと話をすること」
「それでも、経営者があなたの疑念が不正でないと言い張るのであれば、行政に確認をすること」
「経営者が確認しないのであれば、二人が行政に出向いて問題ないのかを確認すると伝えること」

などの毅然とした行動が必要だと伝えた。

経営者も市町村の担当者も困って、曖昧に収めようとするかもしれないが、それに乗ってはいけない。
「不正ではないかと疑念を持っている行為」に対して問題ないというのであれば、行政の担当者名と内容を確認し、書面で提出してもらうことだ。
ただ、行政は、そのような不正にお墨付気を与えることは絶対にない。
残念だけれど、自分の身を守るためには、そこから逃げ出すしか方法はないのだ。




【特集 1】 「知っておきたい」 高齢者住宅の「囲い込み」の現状とリスク

  ⇒ 高齢者住宅・老人ホームの「囲い込み」とは何か     🔗
  ⇒ なぜ、低価格のサ高住は「囲い込み」を行うのか 🔗
  ⇒ 不正な「囲い込み高齢者住宅」を激増させた3つの原因 🔗
  ⇒ 「囲い込み」は介護保険法の根幹に関わる重大な不正 🔗
  ⇒ 要介護高齢者の命を奪った「囲い込み介護」の死亡事故 🔗
  ⇒ 拡大する不正 ~介護医療を使った貧困ビジネス~ 🔗
  ⇒ 加害者・犯罪者になるケアマネジャー、介護スタッフ 🔗
  ⇒ 超高齢社会の不良債権となる「囲い込み高齢者住宅」 🔗
  ⇒ 囲い込みを排除できなければ地域包括ケアは崩壊 🔗

【特集 2】 老人ホーム崩壊の引き金 入居一時金経営の課題とリスク 

  ⇒ 有料老人ホーム「利用権方式」の法的な特殊性 🔗
  ⇒ 脆弱な利用権を前払いさせる入居一時金方式 🔗
  ⇒ 「終身利用は本当に可能なのか」 ~脆弱な要介護対応~ 🔗
  ⇒ 前払い入居一時金を運転資金として流用する有料老人ホーム 🔗
  ⇒ 入居一時金経営 長期入居リスクが拡大している3つの理由 🔗
  ⇒ 有料老人ホームは「リゾートバブル型」の崩壊を起こす 🔗
  ⇒ 「短期利益ありき」素人事業者の台頭と後手に回る法整備 🔗
  ⇒ 有料老人ホーム 入居一時金方式の課題とその未来 🔗







関連記事

  1. その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
  2. 「介護職員配置 基準緩和」が行きつく先は 高額化と二極化
  3. 高齢者住宅のM&A価格は暴落、投げ売り状態になる
  4. 前払い入居一時金を運転資金に流用する有料老人ホーム
  5. 地域包括ケアは自治体存続の一里塚 ~市町村がなくなる~
  6. 「短期利益ありき」素人事業者の台頭と後手に回る法整備
  7. 超高齢社会の不良債権になる「囲い込み高齢者住宅」
  8. 地域包括ケアの誤解 ③ ~方針なき地域ケア会議~

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


TOPIX

NEWS & MEDIA

WARNING

FAMILY

RISK-MANAGE

PLANNING

PAGE TOP