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高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~

訪問介護や通所介護とは違い、介護付有料老人ホームと言ってもその商品性・ビジネスモデルは一つ一つ違う。また「M&A」の場合、現在の入居者との契約はそのまま引き継がれるために、新しい事業者が一方的にサービス内容・価格を変更することはできない

【特 集 高齢者住宅のM&Aの背景と業界再編の未来について(全12回)】

「M&A」を行う場合、不可欠なのが「デューデリジェンス(Due diligence)」です。
これは、投資用不動産の購入や、企業買収を行うとき、その資産価値や収益力、リスクを判断するため事前に詳細に調査を行うことです。その投資額は小さなところでも数億円、中規模でも数十億、大手事業者であれば数百億円になります。リンゴやバナナのように、「買ってみたけど腐っていた」「甘いと思っていたのに、酸っぱくて食べられない」では困るのです。

高齢者住宅の商品は、「介護付」でも千差万別

まず、知っておかなければならないことは、高齢者住宅は、同じ「サービス付き高齢者向け住宅」であっても、「介護付有料老人ホーム」「住宅型有料老人ホーム」であっても、その商品性・価格帯は、一つ一つ違うものだということです。
事業種別とサービス内容・価格の違いについて、整理したものが下の表です。

訪問介護は、全国どこでも、またどの事業者から受けても、サービス内容、価格帯は同じです。サービス内容はケアプランによって変わりますが、要介護度と身体介護の時間が同じであれば、介護報酬は同じで、それに対する自己負担もかわりません。これは訪問看護でも、訪問リハでも同じです。
通所介護の場合も、介護サービス内容や介護報酬はほぼ同じです。
訪問介護と比べると、建物の広さや車両等どのような資産・設備を持っているのかは事業者によって違います。介護サービスもレクレーションに力を入れていたり、独自性はありますが、それほど大きな差があるわけではありません。
特養ホームの場合も同じです。介護報酬だけでなく、建物設備からサービス内容、価格帯まで、基本的に制度によって細かく定められています。社会的弱者のための老人福祉施設ですから「手厚いサービス、広い居室、豪華な食事にするから、それを価格に転嫁する」ということはできません。

これに対して、介護付有料老人ホームといっても、サービス内容、価格帯はそれぞれに違います。
居室内の広さやトイレやキッチン、収納などの設備もそれぞれ違いますし、共用部に豪華な試写室やカラオケルーム、レクレーションルームが設置されているところもあれば、シンプルなところもあります。介護サービス内容も同じです。介護付有料老人ホームといっても、特定施設入居者生活介護の指定基準【3:1配置】のところもあれば、【2:1配置】と手厚い介護スタッフ配置のところ、24時間看護師が常駐しているところなど、介護看護サービスの手厚さはそれぞれに違います。
特養ホームとは違い、民間の高齢者住宅事業ですから、豪華な建物、広い居室、手厚い介護看護サービス、豪華な食事を提供して、それを価格に転嫁することができるからです。入居一時金がゼロから数千万円、月額費用も10万円台から50万円以上とその幅は大きく、同程度の建物設備・サービスでも事業者によって価格差はあります。
これは、介護付有料老人ホームだけでなく、サ高住や住宅型有料老人ホームでも同じです。

高齢者住宅は、途中で商品性を変えられない

なぜ、高齢者住宅事業を買収するときに、飲食業・スーパーなどのM&Aや一般の不動産投資よりも、このデューデリジェンス、サービス内容や価格のチェックが重要なのかといえば、経営権を取得した後にその商品性を変えることが容易ではないからです。
例えば、同業他社のラーメン店を買収した場合、その売り上げが落ちていれば、名前を変更したり、価格改定をしたり、新しいメニューを加えたりと、いろいろな手を打つことができるでしょう。ラーメン店からうどん屋に変更することもできます。社員寮を不動産として買った場合でも、社員寮として使わなくなった後でも、その不動産自体に価値があれば、大幅にリフォームしてオフィスビルにしたり、取り壊して違う建物を建てることも可能です。

しかし、高齢者住宅を「M&A」で取得するということは、高齢者住宅に入居している高齢者・家族との契約は、そのまま引き継がれると言うのが原則です。事業者が一方的に利用料を値上げしたり、サービスをカットしたりすることはできず、契約改定には現入居者への十分な説明と同意が必要です。新規の入居者から価格改定をすることは可能ですが、それでは同一サービスで二種類の価格が生じることになりますし、収支改善につながるには、入居者が入れ替わるまで5年~10年かかることになります。
また、他の用途に転用しようとしても、入居者に強制退居を求めることはできません。一般の賃貸マンションの場合は、ある程度の立退料を支払えば納得してくれる人もいるでしょうが、特に要介護高齢者は、新しい老人ホームが簡単に見つかるわけではありませんし、引っ越しや一から新しい生活環境になることを考えると、「動きたくない」という人がほとんどでしょう。それを数十人単位で行うには、相当の手間、時間がかかり、購入資金と同じくらいお金がかかるため、現実的ではありません。

最近は、前事業者にいったん倒産させて、前事業者に入居者との契約を解除させてから買い取るというところもあるようですが、「前事業者と図って、事業譲渡ことを条件に倒産させた」ということになれば法的にも問題がありますし、「あの事業者はそう言う不正紛いのことをするんだ」「ひどい事業者だな…」というイメージが付けば、新しい入居者は入ってこないでしょう。

「需要が増える・ニーズがある」ということと「事業性が高い」ということは、基本的に違います。
「高齢者住宅の需要は増える」といっても、「どんな高齢者住宅事業でも成功する」というほど簡単なものではありません。特に「老人ホーム・高齢者住宅を売りたい」という事業者は、いま経営が上手くいっていないか、もしくは、いま黒字のように見えても、この先に行き詰る可能性が高いかのどちらかです。
それを、商品性・ビジネスモデルを変えられない前提で購入しても、上手くいくはずがないのです。
高齢者住宅事業への新規参入を目指す企業の中には、「自分たちでは開設・経営ノウハウがないので、そのノウハウも合わせてM&Aで獲得したい」と寝言のようなことを言っている人がいますが、それは売り手側から見ればまさに「ネギをしょってやってくる鴨」ような、滑稽な最上顧客でしかありません。売り出している旧経営陣よりも高い知見があり、その将来性・リスクを正確に判断し、適正価格で購入し事業再生できるノウハウがなければ、高齢者住宅は買ってはいけない・・というのが大前提なのです。




高齢者住宅M&Aの未来と業界再編 (特集)

1 活性化する高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の序章
2 介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aが加速する背景
3 高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~
4 高齢者住宅の「M&A」は、いまの収益ではなくこれからのリスクを把握
5 その収益性は本物なのか Ⅰ ~入居一時金経営のリスク~
6 その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
7 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅰ  ~低価格の介護付有料老人ホーム~
8 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅱ  ~単独の住宅型・サ高住~
9 高齢者住宅の「M&A価格」は暴落、投げ売り状態になる
10 検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く
11 成功する「M&A」と業界再編  Ⅰ ~グランドビジョンが描く~
12 成功する「M&A」と業界再編  Ⅱ ~地域包括ケアを意識する~
13 成功する「M&A」と業界再編  Ⅲ  ~「今やるべきではない」~ 






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  7. 有料老人ホーム 「利用権方式」の法的な特殊性
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