可変性・汎用性の充実を口にする高齢者住宅、介護機器メーカーは増えているが、これは「対象者の適用範囲を広げればよい」という単純なものではない。「共用部」と「居室」の考え方の違い、「対象範囲」と「商品性」の関係を整理・理解して、設計、選択検討を行うことが必要。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 018
高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点?で述べたように、高齢者住宅の建物設備設計、備品選択には、要介護状態への重度化への対応力(可変性)、多様な要介護状態への対応力(汎用性)の視点が不可欠です。老人ホーム事業者が入居者向けの説明会でも使っていますし、福祉機器展、バリアフリー展での福祉機器メーカーのブースでも、「可変対応を強化しています…」「汎用性の高い商品です…」といった言葉を耳にするようになりました。
ただ、話をきいていると、「可変性・汎用性」という言葉ばかりが先走りをして、その中身・内容・重要性が十分に検討できていないものも多いように感じます。また「可変性」と「汎用性」の役割や意味が混同しているケースも少なくありません。
ここでは、高齢者住宅の建物設備設計と「可変性・汎用性」の関係について、整理します。
可変性と汎用性の違いとその関係性
まず、可変性は、要介護状態の重度化への対応です。
高齢者の最大の特性は、加齢によって様々な身体機能が少しずつ低下していくことにあります。疾病や転倒事故によって、急激に要介護状態が重度化することもあります。機能維持のための介護予防やリハビリは重要ですが「老化」という動物としての自然現象を完全に止めることはできません。
これに対して、汎用性は要介護状態の多様性への対応です。
要介護高齢者といっても、それぞれに要介護状態は一人一人違います。「認知症ではないが、身体機能が低下」「身体機能は高いが認知症」と大きくわけても、その建物設備・介護の考え方は全く違いますし、視覚障害、聴覚障害のある高齢者への対応、右麻痺・左麻痺・下肢麻痺など、麻痺や筋力低下の部位によっても、適した建物設備、ケアの方法は変わってきます。
以下のように、「障害者と高齢者」「自宅と高齢者住宅」に分けて、住宅改修・備品選択など生活環境を整えるために必要な可変性・汎用性について整理すると、その違いが見えてきます。
まず、若年障害者への生活環境の整備です。
交通事故の下肢切断などで身体に障害がある場合、一般的にその障害は固定され、変動しません。そのため、本人の障害状態に合わせた生活環境の整備が必要です。進行性の病気による障害でない限り可変性や汎用性は必要ありません。本人の障害の状態にピッタリ合わせたものを作ればよいのです。
要介護高齢者の自宅の住宅改修の場合も、現在の要介護状態に合わせて、生活しやすいように設計、備品を選択するという点は同じです。ただ、要介護高齢者の場合は、要介護状態が加齢によって変化、重度化していきますから、「今だけよければいい」というものではありません。広い「汎用性」は必要ありませんが、「可変性」は必要です。
これに対して、高齢者住宅は様々な要介護度、要介護状態の高齢者が利用するということが前提です。
また、どのような要介護度、要介護状態の高齢者が、どの程度の割合で入居してくるのかを、開設前に完全に予測することはできません。入居者の使いやすさだけでなく、介護スタッフの介助しやすさ、サービス管理という視点も重要です。
そのために、高齢者住宅の建物設備設計、備品選択には、「可変性」とともに、広範囲の「汎用性」の視点が必要になるのです。
可変性・汎用性は建物設備設計・備品選択に不可欠
高齢者住宅の建物設備設計・備品選択は「可変性・汎用性の高い商品を選びましょう」というのはその通りなのですが、エリアによって、その捉え方・考え方は変わります。
一つは、共同の浴室やトイレ、食堂などの共用設備です。
共用設備は、どのような要介護状態の高齢者も、使いやすいように完全に個別にカスタマイズすることはできません。軽度要介護・重度要介護、独歩・車いす、右麻痺・左麻痺など様々な人が利用しますから、「〇〇の状態の人には使いやすい」というよりも、「××の人には使いにくい」ということがないように設計しなければなりません。
例えば、「移乗・移動介助の難しい関節拘縮の寝たきりの高齢者にも対応」という特殊浴槽が、逆に「認知症のない、関節拘縮の寝たきり高齢者しか使えない」ということになれば、利用者は限定されます。「特殊浴槽はダメだ!!」という単純は話ではありませんが、安いものではありませんから、「どのような要介護状態の高齢者が使いやすいのか」だけでなく、「どのような高齢者には使えないのか」を詳細に検討しなければなりません。
二つ目は、各居室の環境整備です。
共用部と各居室のトイレの違いを考えてみましょう。
車いすの要介護高齢者でも、排泄介助が必要ない高齢者、介護スタッフの移動・移乗・排せつ介助が必要な高齢者に分かれますし、右麻痺・左麻痺それぞれどの方向が入りやすいのか、介助しやすいのか、どこに手すりがあればよいのかは変わってきます。共用部のものは、一つのトイレで実現しなければならないのですから、多様な要介護状態に対応できる少し広めのもの…ということになります。
これに対して、各居室内のトイレを使うのは、基本的にその居住者一人だけです。
ただ、そこに入居するのが独歩の人か、車いすの人か、また右麻痺か左麻痺か、はたまたはじめからオムツ介助でトイレは利用しないのか…など、それぞれに違います。
そのため、共用トイレのような「どんな高齢者でも使いやすいフル装備」のものを各居室につくるのではなく、「手すりの形状・高さが着脱できる」などの周辺機器の使用も想定しながら、限られた空間の中で、その高齢者がもっとも排泄しやすくカスタマイズできるように設計するという視点が求められます。
三点目は、備品選択です。
福祉用具、福祉機器は、様々要介護状態に対応できるように多様化しています。
例えば、お箸やスプーンがうまく使えない人の自助具は、本人が最も使いやすいものを選ぶことになります。車いすは福祉用具のレンタルが利用できますから、その時々の要介護状態に沿って、またクッションなどの周辺機器も併せて、最も安全に使いやすい、操作しやすいものを選びます。
ただ、高齢者住宅での入居希望者の見学用や、外出イベントなどの臨時利用のために車いすを購入する場合は広い「汎用性」の視点が必要です。
横幅の大きな高齢者や小さな高齢者でも利用できるように、車椅子の高さや座面の幅を変更できるものもありますし、足置きやひじ掛けを取り外しできるものもあります。備品一つを選ぶにも、それは「一人だけが使うのか」「たくさんの人が使うのか」を理解して、選択する必要があるのです。
ここまで、「可変性・汎用性」について述べてきました。
この可変性や汎用性の強化は、「安全性」に直結します。
建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことができる?で述べたように、生活上の事故は身体機能の変化と建物設備のズレ・ブレによって発生します。それぞれの入居者の要介護状態の多様性や変化に、建物設備が合わせられれば、確実に事故は削減することができます。
ただ、一方でその範囲には限界があり、「可変性だ、汎用性だ」と盲目的にターゲットを広げればよいというものでもありません。
「自立・軽度要介護」と「重度要介護」では商品が違う?で述べたように、自立高齢者と重度要介護高齢者とでは、高齢者住宅の商品・建物設備の考え方は基本的に違いますし、要介護高齢者でも「認知症ではないが、身体機能が低下」「身体機能は高いが認知症」というタイプの全く違う高齢者に、一つの建物設備では対応できません。
対象者と商品性の関係を言えば、ターゲットが広がれば広がるほど、入居対象者は増えますが、多様なニーズに対応しなければならないため、それだけ高額な商品となります。逆に、ターゲットを絞るとそれだけ商品設計・サービス管理は容易ですし、価格を抑えられますが、対象は限定されます。
つまり、「可変性・汎用性の検討」は不可欠ですが、同時に「汎用性・可変性は広い方が良い」という単純な話ではなく、その前提として「その地域にどのようなニーズがあるのか」「どのような高齢者を対象とするのか」「どこまで対応できるのか」をしっかりと検討し、見極めなければならないのです。
要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~
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