転倒、転落、誤嚥など事故対策の基本はケアマネジメント。事故リスク、発生予防策、拡大予防策をケアマネジメントの中で丁寧に検討できているか。「安心・快適」などの美辞麗句を多用する事業者、「今ならすぐに入居できます」という事業者は、なぜ素人なのか。
高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 020
高齢者住宅 入居後の事故の原因とその責任? で述べたように、高齢者住宅に入居したからといって、転倒や骨折のリスクがゼロになるわけではありませんし、すべての事故が高齢者住宅事業者、介護サービス事業者の責任ではありません。これは介護付、住宅型、サ高住など制度種別を問いません。
事故の原因と責任を考える上で、キーワードとなるのが「安全配慮義務」です。
ポイントは、「事故の予測・検討」及び「事故の予防対策」がきちんと行われているか、そしてその対策や限界について、入居者・家族に説明できているか…です。
事故予防対策の基本は、ケアマネジメントの充実
要介護状態になると、筋力・骨密度などの身体機能が低下し、また認知症によって判断力が低下する人も増えます。要介護高齢者が事故なく安全に生活するためには、「どのような事故が想定されるのか」「事故なく、安全に生活をするためにどうするのか」を、一人一人、予測・検討する作業が必要です。
その基礎となるのが、ケアマネジメントと呼ばれる手法です。
このケアマネジメントというのは、大きく3つのポイントに分かれます。
一つは、アセスメント(課題分析)です。
要介護3といっても、一人一人要介護状態は違いますし、事故のリスクは違います。 そのためADL(日常生活動作)や疾病などから、「どのような要介護状態なのか」「生活上、どのような問題・課題があるのか」「食事、排泄、入浴時に、どのような事故が予測されるのか」を把握することからスタートします。
この課題検討に基づいて、策定するのがケアプラン(介護サービス計画)です。
ケアプランとは、訪問介護や訪問看護、排泄介助や入浴介助といった必要な介護サービスを当て込む作業だと思っている人がいますが、それは間違いです。ケアプランの目的の一つは、アセスメントで発見された課題や予測される事故を、どのようにして予防するのか、その解決方法を検討することです。
例えば、「夜にトイレにいけない=ポータブルトイレ使用」ではなく、ポータブルトイレの位置や高さ、安全な介助方法の注意点(当初はコールしてもらう)など、事故の可能性やその予防策についても併せて検討していきます。
そして、もう一つが、ケアカンファレンスです。
上記のアセスメント(課題分析)を行い、ケアプランの原案を作成するのは、ケアマネジャーの仕事です。
ただ、ケアマネジャーのつくったケアプランの通りに介助するのではなく、そのケアプランをたたき台にして、事故予防の方法が適切かどうか、高齢者の生活の希望に沿っているのかを、介護サービスを提供する介護スタッフや看護スタッフ、管理栄養士、リハビリスタッフなどの専門職が、集まって協議します。そこには家族や高齢者本人も参加して、意見を言います。
そして、事故予防や安全に生活するための注意点について、関係者全員で意見を共有して、はじめて実際の介護サービス、高齢者住宅での生活がスタートするのです。
事故の発生予防・拡大予防策・その限界をきちんと説明できるか
この中で、家族から見て事故予防の観点から最も重要になるのが「ケアカンファレンス」です。 それは、入居者や家族の希望、また実際に介護サービスを提供するスタッフの意見を聞きながら、全員で「どうすれば、安全に生活できるか…」を検討し、確認する場所だからです。
ただ、これは入居者の「安全な生活」のためだけではありません。述べたように、事業者や介護スタッフの努力だけでは、事故をゼロにすることはできませんから、
「移乗時に転倒のリスクがあるので、ポータブルトイレを利用するときにはコールしてください」
「お薬が変わるので、ふらつきや心配のある時には、スタッフコールしてください」
など、入居者や家族に対して、事故のリスクやその予防策について丁寧に伝えなければなりません。
また、認知症の高齢者はコールができませんので、定期的に見守りを行ったり、離床センサー(ベットから起き上がった時にスタッフに自動連絡するもの)や、転倒時の衝撃吸収マットを設置するなどの対策を取ります。それには別途費用が必要ですから、その価格や機能についても説明しなければなりません。
ただ、センサーやマットがあっても転倒事故をゼロにすることはできませんから、それらの対策と同時に、その限界もきちんと伝え、家族に理解を得なければならないのです。
介護サービスは契約です。
介護付、住宅型、サ高住などの住宅種別を問わず、要介護高齢者の高齢者住宅の入居契約は、介護サービスの契約と一体的に行われるべきものです。その契約は「オムツ交換」「食事介助」ではなく、その内容や事故リスクも含めてのものです。そのためには、その前段階として介護サービス内容やリスクの検討・説明が不可欠なのです。
家族や本人も、事故リスクやその限界について丁寧に説明されていれば、万一事故が発生して、骨折したとしても「きちんと介護してもらっているのだな…」と感情的になることはないでしょう。
逆に事業者から見れば、「何があっても転倒させるな、転倒事故を起こすな」と言われれば、その高齢者を受け入れることはできないのです。
事故リスクの説明から素人事業者を見極める
事故予防における、ケアマネジメント、ケアカンファレンスの重要性は、介護付有料老人ホームだけでなく、サ高住でも住宅型有料老人ホームでも同じです。
そう考えると、事故リスクを理解していない事業者のタイプが見えてきます。
一つは、「アセスメント・ケアプランがなくても入居できる事業者」です。
失敗事例を見ると、病院から退院を求められても、自宅に帰れなくて不安の中、「今なら、すぐに入居できますよ…」と言われてすぐに契約してしまったというケースが少なくありません。中には、午前中に退院許可がでて、午後には入居できるという高齢者住宅もあります。
しかし、それではアセスメントやケアプラン、ケアカンファレンスが行われないままの入居となります。それは、生活上、最も重要な介護サービス内容を白紙のまま契約するということであり、「事故がなく安全に生活するために何が必要か」「どのような点に注意して介護するのか」という基本的な課題の検討も意見の共有も合意も、更にはその受け入れ準備もないまま入居するということです。
もう一つは、「ケアカンファレンスが行われない事業者」です。
ケアカンファレンスは、介護保険法の中で義務付けられた、介護サービス契約の基礎となる重要な情報共有の場です。最低限、6ケ月に一度は定期的に行うことが義務付けられています。
しかし、事業者の中には、この会議を行わないまま、「ご家族もお忙しいでしょうから、印鑑を押してご返送いただければ結構です…」というところもあります。
このような事業者では、スタッフ間のケアカンファレンスの会議もなく、アセスメントやケアプランもきちんと作られていません。「安心・快適」と言いながら、「どのような事故リスクがあるのか」「どのような点に気を付けて介助するのか」という検討が全く行われていないのです。それは、診断も診察もしないまま、行き当たりばったりに手術や治療をしているのと同じです。
以前、重大事故が起こった、ある介護付有料老人ホームのケアプランを見ましたが、そのほとんどが、他の入居者のケアプランからの「コピー&ペースト」で作られており、身体の状態やADL(日常生活動作)、さらには疾病もまったく本人とは違うものでした。
「忙しいから…」と言い訳ばかりで、手抜きが横行している事業者も多いのです。
それでは、重大な事故が起こって当然です。
このような事業者は、事故リスクが高いだけでなく、サービスも劣悪です。
それは、事故リスクは、入居者や家族だけが負うものではないからです。どのような要介護状態の高齢者かわからないまま、また介護サービス内容や事故リスクについて家族との合意のないままある日突然、入居してくるのですから、それは現場で介護を行うスタッフにとっても大きなリスクです。その中で重大事故が起こり、万一入居者が亡くなるような事態になれば、介護スタッフ個人が刑事罰(業務上過失致死)に問われることになります。そのため、このような事業者では優秀で真面目なケアマネジャーや介護スタッフはすぐに辞めてしまいます。
優良な高齢者住宅は「いつでもすぐに入れる」ということは絶対にありません。
きちんとアセスメントをして、ケアカンファレンスをして、そして事業者サイドでも受け入れ可能か否かを判断して、その内容を丁寧に説明して合意して、それからなのです。通常であれば、その判断には2週間から一ヶ月程度はかかります。それは、入居者の安全な生活を守るということだけでなく、介護スタッフを事故リスクから守るために、不可欠な作業なのです。
そう考えると、介護付、サ高住など事業種別を問わず、「すぐに入居できる」「ケアマネジメント後回し」という高齢者住宅は、目先の利益・入居率だけにとらわれて、入居者のことも、介護スタッフのことも、まったく考えていない素人事業者だということがわかるでしょう。
また、事前に事故のリスクや対策の説明ができない事業者は、事故が発生してもきちんと原因について説明できません。その結果、事実の隠蔽や報告書の改竄が日常的に行われ、まともなスタッフは離職、「転倒事故が起こっても自分には関係ない」「できるだけ手を抜きたい」という介護スタッフばかりが残ることになり、更に事故やトラブルが増えていくのです。
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