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大きく変わる 高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備


介護動線・介護連携・事故予防の視点から、浴室は居室と同一フロアが原則。これまで主流だった大浴槽・特殊浴槽の二者選択方式では、重度要介護高齢者増加への対応が難しい。要介護高齢者の浴室は、「要介護状態」に合わせて変化する可変性・汎用性の高い一般個別浴槽へ進化している

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 020


入浴は、高齢者にとって大きな楽しみである一方で、事故や急変など、高齢者にとっては最も危険度の高い生活行動の一つです。同時に、入浴介助を行う介護スタッフにとっても、身体的にも精神的にも大きな負担のかかる介助項目となっています。

そのため、浴室・脱衣室の配置やその設計は、高齢者の入浴中の事故リスクの軽減や介護スタッフの負担軽減に大きく関わる設計上、重要なポイントです。


居室と食堂も同一フロアが原則

食堂と同様に、浴室も居室と同一フロアに設置するのが原則です。
これは効率性というだけでなく、介護事故や感染症の発生リスクにも大きく関わってきます。
実際の入浴介助をイメージしてみましょう。(イメージ図は、居室と食堂は同一フロアが基本?を参照)
現在の入浴介助は、以前のような「送迎介助担当」「着脱衣担当」「洗身担当」といった流れ作業のような入浴介助ではなく、一人の介護スタッフが送迎から着脱、洗身までを行うマンツーマンの入浴介助が基本です。

ここで重要になるのが、「介護動線」の視点です。
居室フロアと浴室フロアが分離している場合、介護スタッフ間の連携も分離してしまいます。
そのため、「着替えの中に下着が入ってなかった・・」「大腿に見慣れない斑点がある(感染症か? 皮膚病か?)」といった場合、フロアにいる介護スタッフや看護師に連絡して、浴室まで持ってきてもらう、確認に来てもらうという作業が必要となります。逆に、「すぐに帰ってくるから、忘れものは自分で取りに行こう」「少し待っていてくださいね」と入浴介助担当が浴室を離れてしまい、その間に入居者が溺れて亡くなる、転倒して骨折するという事故も多く発生しています。
この場合、介護スタッフが刑事罰(業務上過失致死傷)に問われることになります。


これに対して、同一フロアに浴室があれば、「忘れ物をしたので取ってきて・・」「打撲の跡があるので確認してほしい・・」といった居室フロアにいる他の介護スタッフとの連携もスムーズです。
このように、効率性だけでなく、重大事故や感染症の早期発見、予防のためにも、高齢者住宅の浴室は、居室フロアと同一に設置するというのが鉄則です。


これまでの大浴槽・特殊浴槽から、一般浴槽へ

もう一つ、この10年で最も大きく変わったのが入浴設備設計の考え方です。
これまでは、特養ホームなどでも、全入居者を対象とした大浴槽での集団入浴が中心で、重度要介護状態になり、大浴槽での入浴が難しくなると、特殊な機械浴で入浴するというのが一般的な考え方でした。


しかし、大浴槽は床が滑りやすいだけでなく手すりも少ないため転倒のリスクが大きく、浮力が高くなるため、浮き上がりによる溺水リスクも増えます。また、浴槽内で排泄があっても、すぐに水を取り替えることが難しく不衛生になりがちで、他の入居者と一緒に脱衣、入浴するために集団感染のリスクも高くなります。

一方の特殊浴槽も、すべての重度要介護高齢者に適した入浴設備かと言えば、そうではありません。
入居者が突然暴れたり、動いたりしないことを前提に設計されているため、認知症高齢者には適応できませんし、「ボタン一つで入浴できる」と介助負担の軽減が図れる一方で、ストッパーや安全ベルトが外れるなどして、身体が回転し、溺水する事故も多く発生しています。

最大の問題は、この「大浴槽」か「特殊浴槽」かの二者択一では、要介護状態の重度化(可変性)や様々な要介護状態の高齢者(汎用性)に、対応できないということです。大浴槽で対応できない重度要介護高齢者が増えてきた場合、特殊浴槽の台数を増やしていかなければなりませんが、それには限界があります。
「歩行や立位ができない重度要高齢者が増えたので、特殊浴槽が足りない」
「Aさんは危ないけど、仕方ないから大浴槽で入浴してもらおう」
「Bさんは、独歩不安定だけど、認知症だから特殊浴槽は使えない・・」

と、ミスマッチによって、更に介助負担や事故リスクがふえることになるのです。


進化する「可変性」「汎用性」の高い一般浴槽

最近の浴室脱衣室設計は、大浴槽・特殊浴槽ではなく、一般浴槽の個別浴槽、個別浴室、個別脱衣室が基本となっています。その背景には、見た目や入浴方法は、一般のユニットバスと同じでも、要介護状態の変化に合わせて、浴槽をスライドさせたり、シャワーキャリーやリフトを自由に併用することで、自立高齢者、左麻痺・右麻痺、下肢麻痺、認知症など多様な要介護状態の高齢者が、自宅と同じように入浴できる入浴機器・浴槽が開発されたことにあります。

個別入浴ですから、それぞれの高齢者のリズムでゆったりと入浴することができますし、認知症高齢者でも、特殊浴槽のような機械式の入浴の怖さはありません。
これまでのように、入浴機器に入居者・高齢者が合わせるのではなく、個別の要介護状態に入浴機器が合わせるというのが、これからの入浴機器選定の基本・鉄則です。

それは、入居者・介護スタッフのメリットだけではありません。
入浴機器自体が、「可変性」「汎用性」が高く、様々な要介護状態の高齢者や重度要介護高齢者の増加に対応できるため、途中で「特殊浴槽が足りない」「大浴槽がいっぱい」ということがなく、追加で特殊浴槽を購入したり、大浴槽を改修してリフトを設置するといった追加費用が必要ありません。

これからの入浴設備、浴室設計の4つの鉄則を挙げておきます。

 ①  大浴場・大浴槽・共同脱衣室ではなく、個別浴室、個別浴槽
 ②  可能な限り、特殊浴槽は利用しない
 ③  要介護状態に合わせる可変性・汎用性の高い入浴設備・浴室脱衣室設計
 ④  浴室・脱衣室は居室と同一フロアに必要台数を設置する


述べたように、入浴は、生活の大きな楽しみの一つであると同時に、事故のリスクの高い危険な生活行動です。スタッフにとっても、身体的にも精神的にも、最も難しい介助項目の一つです。また、浴室・脱衣室は、水の重量も大きいことから、大規模な改築でも対応するのが難しい場所です。


そのため、「浴室をみれば、事業者の経営管理・サービス管理のノウハウがわかる」「浴室・脱衣室設計には事業者のノウハウが現れる」と言っても過言ではありません。それは、入居希望者や家族に、更には介護求職者にアピールできる大きなセールスポイントでもあります。
それだけに、入居者の生活動線や、介護スタッフの介護動線、要介護状態の変化を十分に検討して、設計・選択しなければならないのです。

(上記の入浴設備の写真は、積水ホームテクノ様のものですが、パナソニック様などでも、類似の機能のものが発売されています)



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  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
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  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
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要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

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