看取りケア、認知症ケア、医療ケアは、介護看護スタッフに重い負担がかかるリスクの高いケア。「あれもできます、これもできます」と安易に答える事業者は、そのケアの難しさ、リスクを知らない事業者であり、かつ、経営も不安定な事業者である可能性が高い
高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 047
入居者や家族が、高齢者住宅に求めるイメージは、「終の棲家」です。
「認知症対応可能」「医療ニーズの高い高齢者対応OK」「看取りをやっています」と説明を受ければ、「この老人ホームならば大丈夫、終の棲家として安心だ」と思うでしょう。週刊誌などの老人ホームのランキングなどを見ても、「何でもできる」という高齢者住宅が上位に来ます。
識者を含め「看取りケア」や「認知症ケア」ができる老人ホームは、良いホームだ・・と考える人が多いのですが、プロの視点で見ると、そう単純な話ではありません。逆に「なんでもOK」と安易に言っているところは、そのリスクを知らない素人事業者である可能性が高いからです。
高齢者住宅「見取りケア」は、自宅での看取りよりも難しい
最近は「看取り」という言葉が、一般的になってきました。
高齢者住宅での看取りケアとは、「病状の改善が見込めない高齢者に対して、本人や家族が望むことを前提に、入院による積極的な治療や延命治療は行わず、住み慣れた高齢者住宅内で最期の時を迎えてもらうためのケア」と定義されています。
「今は、病院で看取りが行われているが、これを自宅や老人ホームで行えるようにすべき・・」という識者がいますが、これは全くの間違いです。病院でも、ホスピスや緩和ケア病棟以外では「看取りケア」は行われていません。病院での死は「懸命の治療を行ったものの、その効果なく亡くなった・・」というもので、いわゆる「看取りケア」とは正反対の医療行為です。
ただし、高齢期になると延命治療や積極的な治療を望まない人も多く、介護保険でも「看取り加算」というものを設置し、その後押しをしています。
【看取り加算 対象要件】
◆ 常勤看護師(必ずしも常駐でなくてよい)を1名以上配置し、施設又は病院等の看護職員との連携による24時間の連絡体制を確保していること。
◆ 看取り指針を定め、入所の際に本人・家族等に説明し同意を得ていること。
◆ 看取りに関する職員研修を実施していること。
◆ 医師が一般に認められている医学的知見に基づき回復の見込みがないと診断した場合であること。
◆ 本人や家族等の同意を得て、介護計画を作成していること。
◆ 医師、看護師、介護職員等が共同し、利用者の状態を、随時、本人や家族に説明し、同意を得て介護を実施していること。
◆ 医師、看護師、介護職員等が協議の上、当該施設の看取り実績を踏まえ、適宜、看取りに関する指針の見直しを行うこと。
この看取り介護加算は、特別養護老人ホーム、グループホーム、介護付有料老人ホームといった、「日額包括算定方式」の施設・高齢者住宅に適用されるものです。上記のように、基準はそれほど高くないとこと、また「実際に看取り介護を行った場合のみ、算定する」という特性があるため、実際に看取りは行っていないものの、この加算の届け出をしている事業者は増えています。厚労省の調査では、76%の特養ホームが看取りを行っていると回答しています。
しかし、「看取り加算の届け出=看取り介護を行っている」という単純な話ではありません。
それは看取りケアは、介護現場にとって、非常に負担が大きく、かつリスクの高いケアだからです。
高齢者住宅で看取りケアを行うには、二つの条件が必要になります。
一つは、介護・看護・医療システム上の整備です。
介護付有料老人ホームで看取りケアを行うために最も大きな壁になるのが、「夜勤帯での看取り」です。
いわゆる「最期の時」は、昼夜関係なくやってきます。昼間の時間帯は、介護スタッフの数も多く、看護師も常駐しているため、入居者が亡くなった場合、その専門知識や経験のある看護師が中心となって対応することができますし、医師にも連絡が付きやすいものです。
しかし、夜勤帯には看護スタッフがいないところが大半ですし、介護スタッフも少なくなります。
看取りケアを行うためには、通常の忙しい夜勤業務にプラスして、その対応を行わなければなりません。
そもそも、介護スタッフには「今、どのような状態なのか」「亡くなったのか、まだ生きておられるのか」の判断さえできません。そのため、状態が変化したと気づいたときに「24時間看護師の指示を仰ぐことができる」「すぐに来てくれる訪問診療医と連携している」など、介護スタッフが安心して看取りケアができるだけの人員体制、システムを整えておかなければなりません。
看取りケアは「介護スタッフが頑張っている、頑張っていない」ではなく、「看取りケアのシステムが構築できているか、できていないか」です。
もう一つ重要になるのが、家族とのリスクの共有、看取りの理解、同意です。
看取りは、家族にとっても、「親・親族の死」という重大局面です。冷静にその時を迎えられる人ばかりではありません。 「眠るように穏やかな最後・・」という高齢者ばかりではなく、意識はなくとも、苦しそうな表情をしたり、息が荒くなったりということもあります。
そのような場合、家族は「どうなっているの・・」と介護スタッフに頼ります。
しかし、介護スタッフには医療行為はできませんし、法的にも行ってはいけません。介護付有料老人ホーム事業者が業として行う「看取りケア」には、法的な規制やサービス責任も発生しますから、家族が自宅で看取りを行うという以上にハードルは高く、難しい業務なのです。
そのため、医師も交えて家族と十分に話し合った上で、「どのようなケアを行うのか」だけでなく、「夜間に亡くなった場合」「医師がすぐに来られない場合」「看取りケアを中断して救急搬送する場合」など、様々な状況を想定し、リスクを含めた対応方法について書類(覚書)を交わすことが必要です。そうでなければ、亡くなられた後に、「看取りケアと言いながら、適切な介護が行われなかった。何もしてくれなかった」と、事業者や介護スタッフ個人が訴えられる可能性があるからです。
また、死亡後には腐敗が始まるため、葬儀社の手配や家族の引き取りなどの迅速な対応が求められます。
更に、看護師や医師と違い、介護スタッフは死に直面することに慣れていません。トラブルのリスクの高いケアであり、何をすべきか、何をすべきでないか、亡くなった後どうするのか等についての、十分な研修も必要です。
また、入居者はその人だけではありませんし、早朝時など、業務が輻輳する忙しい時間帯に急変することもあります。夜勤帯の介護スタッフに、業務上も、精神的にも相当の負担がかかるため、加算の届け出を行っている事業者であれば、必ずできる、やっているという話ではないのです。
「見取りケア」の難しさを知っている事業者は安易に「OK」と言わない
私の旧知の施設長が行っている介護付有料老人ホームが名古屋にあります。定員は48名、介護看護スタッフ配置は【1.5:1配置】と基準の二倍で24時間看護師。更に、この老人ホームの土地のオーナーは医師であり、同一敷地内に診療所(自宅兼用)が設置され、24時間往診を行っています。一般の介護付有料老人ホームでは対応できないような、気管切開や胃ろうなどの医療依存度の高い高齢者も積極的に受け入れており、「終末期は、できれば老人ホームで・・」と希望する家族がほとんどだと言います。
ここでは、終末期が近づいてきた入居者については、病状や急変の可能性、看護医療ケアの密度、介護スタッフの負担などについて、施設長が中心となって医師や看護師、介護スタッフ、家族と話し合いを行っています。その上で、家族の看取りケアに対する理解度を見極めて、最終的に看取りケアが可能かどうかを決めています。看取りを先進的に行ってきた高齢者住宅の一つだといって良いでしょう。
ただ、この老人ホームが「看取りできます・・」「看取り可能です・・」と積極的にアピールしているかと言えばそうではありません。多くの入居者を看取っている老人ホームは、経験値やノウハウがあっても、それだけその難しさや介護看護スタッフへの負担、リスクを知っているからです。
「看取りケアをやっているのは優秀」というイメージが蔓延したためか、ほとんどの介護付老人ホームで「看取り可能」と言っています。
しかし、実際の人員体制や夜勤体制を見ると、「本当に可能ですか?」と首をかしげるような老人ホームは少なくありません。最近は、区分支給限度額方式のサ高住や住宅型の一部でも「看取り対応可」と標榜しているところもありますが、専門の介護スタッフさえ常駐しておらず、ポイント介助しかできないのに、誰が、どのように看取りをするのだろう・・と理解不能です。看取りケアの実践例として、「朝、訪問したら亡くなっていた」という事例を挙げるところもあります。
あるサ高住の経営者は、「看取りケアは何もしないこと」「救急車は呼んではいけない」と断言していますが、素人経営者の独善的な自己満足に付き合わされる現場のスタッフはたまったものではありません。血を吐いたり、心筋梗塞や脳出血などで激しい痛みが生じているのに、「看取りケアの約束なので何もしません」「救急車も呼びません」となると、スタッフが遺棄致死など刑事罰に問われたり、損害賠償請求を受けることもあるのです。
看取りケアというのは、終末期が近づいてきて、「これ以上治療の効果が期待できない」「本人も家族も延命治療を望まない」ということが前提であり、まだどのような終末期を迎えるのかわからないのに、「看取りケアやります、できます」といった話ではないのです。
もちろん、看取りケアができるように医療との連携を行い、その機能を強化することは、これからの高齢者住宅に不可欠な機能です。また、高齢者住宅は「終の棲家」を求める人が大半であること、また「無理な延命措置はしてほしくない」と考える家族、高齢者が増えていることから、「看取りケア」に対する期待は小さくありません。ただ、この問題の解決には、「終末期をどのように迎えるのか」という、国民的な死生観の意識の変革も必要になるため、拙速に答えを出せるものではないのです。
看取りは入居者の生死のはざまのケアであり、刑事罰に問われるリスクもあり、精神的にも非常に負担のかかるケアです。安易に「できます。がんばります」と約束できるようなものではなく、逆に難しさやリスクも理解しないまま、「なんでもできる」と言っているところは素人の極みだと言っても過言ではありません。
これは認知症や医療ニーズ対応も同じです。
認知症と言っても、その疾病、症状、進行度は様々ですし、その高齢者が独歩なのか寝たきりなのかによってもケアの方法は変わってきます。「糖尿病でインシュリン注射が必要」であっても、その症状や安定度、自分で注射が可能なのかなどによっても、医療ケアの必要度は変わってきます。
「自宅で家族がやっているんだから、介護の専門家だったらできるだろう・・」と安易に考える人もいますが、介護スタッフの医療行為については法的な制限があり、「家族ができることでも、介護スタッフはやってはいけない」というのが基本です。
素人事業者の特徴は、深く考えずに「頑張ればできる」と言ってしまうことです。
怖いのは、本人が嘘をついている認識がなく、「本当にできるつもりでいる・・」ということです。厳しいようですが高齢者住宅業界で「看取りケアOK」と言っている人は「看取りケアとは何か」「何をするのか」という最低限の知識や理解さえないのです。
認知症高齢者が実際に生活していても、看取りケアを行ったことがあっても、経験やノウハウのあるプロの事業者は、様々なケースがあることやそのリスクを理解しているため、絶対に「看取りOK」「認知症OK」「医療OK」とは言いません。
現在、軽度の認知症で「この程度なら対応可能だ」と思っていても、生活環境の変化によって認知症が一気に変化する人もいます。失見当識で混乱し、他の入居者に迷惑をかける可能性もあります。その可能性やリスクまで、きちんと把握して、入居の可否の判断や家族への受け入れ条件などの説明をしなければならないのです。
「あれもできます、これもできます」と安易に答える事業者は、そのケアの難しさ、リスクを知らない素人事業者の特徴であり、かつ、入居率が低いため、「とりあえず、誰でも、どんな人とでも受け入れてしまえ・・」という経営状態も不安定な事業者なのです。
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