介護付は「介護できる老人ホーム」という意味ではなく、「高齢者住宅が介護サービスを提供する」「介護が付いている有料老人ホーム」でしかない。手厚い介護体制でも24時間365日付き添うわけではないため、事故やトラブルは発生する。プロの事業者は「介護付だから安心」とは言わない。
高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 046
前回、 「介護サービス併設だから安心」の高齢者住宅はなぜダメか ? で述べたように、区分支給限度額方式では、重度要介護高齢者や認知症高齢者に対応することはできません。「重度要介護、認知症もOK」という介護システムを構築しようとすると、見守り、声掛け、臨時のケア、すき間のケア、コール対応といった介護保険対象外の部分がすべて自費になることから、月額費用が30~40万円を超える高額な商品となります。
また、事前予約方式、時間厳守が前提のマンツーマン介護、マンツーマン契約ですから、食事介助が必要な20人の要介護高齢者がいれば、20人のホームヘルパーを確保しなければなりませんが、そんなことができるはずがありません。現在、運営中のサ高住や住宅型有料老人ホームは低価格路線のものが増えていますが、そのほとんどは不正な「囲い込み」が前提となったビジネスモデルとなっており、またそのほぼすべては重度要介護状態になると生活できません。
一部の識者は、「高齢者住宅は住宅と生活支援サービスの分離が原則」「介護付は施設的だからダメ」と言っていますが、これは大間違いです。
「住宅サービス」と「生活支援サービス」は、同じ指揮命令の下で一体的に提供されなければ、ビジネスモデルも入居者の生活も不安定になります。重度要介護専用住宅の介護システム構築には、区分支給限度額方式ではなく、24時間365日の包括算定方式の「特定施設入居者生活介護」が大前提なのです。
しかし、「介護付きだったら、介護が必要になっても安心か?」 と聞かれると、そうではありません。
この介護付は、「要介護高齢者に対応できる有料老人ホーム」「介護付=重度要介護になっても安心」というイメージがありますが、その意味は、言葉の通りの「高齢者住宅が介護サービスを提供する」「介護が付いている有料老人ホーム」でしかありません。そもそも、介護保険制度は「重度要介護になっても安心」と請け負っているわけではないからです。
特定施設入居者生活介護の介護サービスの特徴
介護付有料老人ホームは、有料老人ホームが介護看護スタッフを直接雇用し、住宅事業者であると同時に介護看護サービスの提供事業者になるというものです。特別養護老人ホームや老健施設などの施設サービスと同じようなサービス形態だといって良いでしょう。高齢者住宅の入居契約と一体的に介護看護サービス契約を結ぶことになりますから、基本的に外部の訪問介護や訪問看護、通所介護などのサービスを利用することはできません。
また、介護サービスを使った分だけ算定される区分支給限度額方式と違い、要介護度別に一日単位の介護報酬が設定されており、その高齢者住宅に入居している日数で算定される「日額包括算定方式」です。入浴した日もしなかった日も、お腹の具合が悪くて臨時で何度も排泄介助をしてもらった日も、介護報酬は変わりません。
区分支給限度額方式との違いは、現場の判断で、ある程度、臨機応変な対応が可能ということです。
区分支給限度額方式の場合、事前予約制の個別契約ですから、そのサービス内容や時間管理が厳格です。ケアプランの中で、「Aさん 6時~6時半 排泄介助」となっていれば、10分程度で排泄介助が終わっても、その場で話し相手をしたり、トイレを掃除したり、記録を書いたりと、Aさんの介助に時間を使う必要があります。
これに対して、特定施設入居者生活介護は包括算定ですから、「Aさんの介助時間」という概念はありません。ケアマネジャーからは「起床時、朝食前に排泄介助」という指示がありますが、Aさんの体調や、他の入居者の介護状況によってその時間は前後しますし、「家族が来ているので入浴時間を後にする」ということも可能です。
もう一つは、提供される介護サービスの内容や回数に、制限がないということです。
高齢者住宅で、要介護高齢者が安全、快適に生活するためには、排泄・入浴などの定期介助たけでなく、臨時のケア、すき間のケアや、見守り・声掛けなどの関節介助、コール対応、緊急対応など8つの項目の介助が必要です。述べたように、区分支給限度額方式の場合、「事前予約」「個別契約」が前提ですから、対象となるのは定期介助だけです。
これに対して、特定施設入居者生活介護は包括算定ですから、これらすべての介護サービスが対象となります。食事介助の場面では、一人の介護スタッフが、AさんとBさんの隣に座って食事を介助しながら、CさんとDさんに声掛け、促しながら、その周りの人が誤嚥をしていないかを見守り、Eさんが噎せた時はそのケアを行います。
この軽度と重度を分けるポイントの一つは「自立排泄が可能か否か」です。
それは一ヶ月単位で、事前に決めた時間通りにトイレに行くという人はいないからです。
特に、重度要介護高齢者になると、日常生活行動のほぼすべてに介助が必要となりますし、日々の体調の変化も大きくなります。認知症高齢者も、日によってその症状は大きく変わりますから、毎日同じ時間に同じ内容の介護をしていればよいというものではありません。それぞれの入居者の日々の体調や症状に合わせて、「臨機応変」に様々な種類のケアを行っていくことが必要となるため、「区分支給限度額方式」ではなく「特定施設入居者生活介護」が適しているのです。
特定施設入居者生活介護の指定基準では重度化対応不可
しかし、これは「出来高算定ではなく、日額包括算定方式が重度要介護・認知症対応に適している」というだけで、「介護付だから重度要介護になっても安心」という単純な話ではありません。
介護付有料老人ホームの「特定施設入居者生活介護」の介護看護スタッフ配置の指定基準は、介護保険法で「【3:1配置】以上」と定められています。60名の高齢者に対して、常勤換算で20名以上の介護看護スタッフを配置するということです。
この20名で、休日や夜勤などの交代勤務を行い24時間365日の介護を行うことになります。
ただし、同じ介護付有料老人ホームといっても、基準配置以上の介護看護スタッフを配置することで、手厚い介護サービスを提供することができます。
人員配置比率に合わせて、実際の勤務体制を示したのが以下の表です。
【3:1配置】の場合、夜勤スタッフを3名とすると、日勤帯のスタッフは7.7名です。これが【2:1配置】となると、同じ夜勤スタッフ配置が3名であっても、日勤帯の介護看護スタッフ数は二倍になります。介護サービスは労働集約的なサービスですから、同じ「介護付有料老人ホーム」といっても、提供可能な介護サービスの量は全く違うということがわかるでしょう。
介護保険の適用は指定基準の【3:1配置】までですから、それより手厚いスタッフを配置するのであれば、その人件費は「上乗せ介護費」として入居者が自費負担することになります。
ここで問題となるのは、「基準配置の【3:1配置】で、重度要介護高齢者や認知症高齢者に対応できるのか・・」ということです。 実際、この基準配置の介護付有料老人ホームにも、要介護4、要介護5という重度要介護高齢者、認知症高齢者が生活しています。
しかし、これには注釈が必要です。高齢者住宅で「介護が必要になっても安心」のためには、「要介護5のAさん生活している」という個人の重度化対応だけでなく、合わせて入居者の内、多くの人が重度要介護状態になっても対応できるという「全体の重度要介護対応」が求められます。現時点では軽度要介護の人が大半で、重度要介護高齢者が少数であっても、加齢や疾病によって、数年後にはその比率は逆転し、重度要介護高齢者が多くなっていくからです。
答えを先に言えば、基準配置では、「重度要介護高齢者対応は不可」です。
これは以下のような図で表すことができます。軽度要介護高齢者が多い時は、それほどたくさんの介護量ではありませんから、【3:1配置】でも適切な介護サービスが提供できますが、重度要介護高齢者が増えると、必要となる介護サービス量が多くなるため、指定基準の介護スタッフの提供できる労働力・介護サービス量を超えてしまうからです。
「手厚い介護サービスを受けたい人は、上乗せ介護費用を支払えばよい」
「一般的なサービスで十分な人は、指定基準の配置で十分」
事業者や識者の中にもこのような考え方をしている人が多いのですが、実際の業務をシミュレーションすると、中度・重度要介護高齢者が増えると【3:1配置】では最低限の介護サービスさえ提供できません。
例えば、60名の入居者の内、半数が車椅子、要介護3以上となれば、日勤帯のスタッフ7.7名では、週二回のマンツーマンの安全な入浴の介助は物理的に不可能です。適切な食事介助もできなくなります。
それが、現在、低価格の介護付有料老人ホームで死亡事故やトラブルが多発している原因であり、また過重労働に耐えられず、介護スタッフがどんどん離職している理由でもあります。
「できれば【2.5:1配置】以上、【2:1配置】以上であればOK」という人がいますが、これも正解ではありません。建物配置によって介護のしやすさは変わってくるからです。「居室・食堂フロア分離型」の高齢者住宅はダメ ? で述べたように、分離型の建物の場合は、【2:1配置】でも車いすの重度要介護高齢者が増えてくれば、介護できません。
重度要介護高齢者が増えても対応可能な介護付有料老人ホームは、【2:1配置】以上、かつ【居室・食堂同一フロア型】であることが基本です。
ただし、【2:1配置】【1.5:1配置】の手厚い老人ホームでも、入居者一人一人に24時間365日付き添えるわけではありませんから、転倒事故や誤嚥・窒息事故は発生します。つまり、そもそも「【2:1配置】【1.5:1配置】だから安心」「居室・食堂同一型だから安心」ではないのです。
プロの事業者は、それをよく知っていますから、「介護付きだから安心・快適」「【2:1配置】だから安心」という説明は絶対にしません。介護システムの説明では、夜勤のスタッフ配置、フロア・ユニット毎の人員配置を数字で示すとともに、事故のリスクや対策について丁寧に説明します。
つまり「介護付だから安心・快適」としか説明しない事業者は、高齢者住宅の事業特性や介護の現場、リスクについて理解していないということです。
ここがポイント 高齢者住宅 素人事業者の特徴
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