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「すぐに入居できます」という高齢者住宅はなぜダメか

受け入れ準備が整わないうちに入居決定すると、重大事故やトラブル発生の可能性が高くなる。事業者にとっても、現場で働く介護看護スタッフにとっても、入居者・家族にとっても大きなリスク。受け入れ準備を行わずに入居を急ぐのは、入居率が低く経営状態が悪いから。

高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 048


家族、老親の介護問題は、ある日突然やってきます。
田舎で元気に生活していると思っていると、病院から、「脳梗塞で倒れた、緊急入院中」との突然の電話。駆けつけ「一命を取り留めた」と聞き、ほっとしたのもつかの間、強い半身麻痺が残り、日常生活において車いすが必要な要介護状態となります。病院からは早期退院を促され、「これまで通り自宅で生活することが難しい」「同居することは難しい」「特養ホームにも入れない」となり、慌てて高齢者住宅を探しているという家族は少なくありません。

じっくり探す時間がない、不安から早く解消されたいという思いから、「うちなら、すぐに入れますよ」という説明を聞くと、藁にも縋るような気持ちになります。「できるだけ早く退院してほしい」という病院の相談員から、「すぐに入れる」という低価格の高齢者住宅を紹介されることもあります。高齢者住宅の特性や介護保険制度の基本的な知識もないまま、「安心・快適」と美辞麗句のセールストークを聞いて、「詳しいことは、入居後に追々考えていきましょう・・」と優しく言われ、ほっとして入居を決めてしまうという高齢者、家族は少なくありません。

「申し込みをした翌日、翌々日に入居」、中には「明日の午前中に退院すれば午後にも入居できる」というところもあります。
しかし、このような、「すぐに入居できます」という高齢者住宅は、100%素人事業者です。

入居まで、探し始めてから1ケ月~2ケ月程度は必要

高齢者住宅選びの基本は、「できるだけ多くの高齢者住宅を比較・検討する」ということです。
介護付有料老人ホームといっても、5社~10社のパンフレットを取り寄せて比較、検討すれば、その対象地域で運営している高齢者住宅の全体像をつかむことができます。「同じ介護付でもスタッフの数が違うな!!」「ここは看護師も多いのか・」「入居一時金でも償却期間が違うな・・」と、それぞれサービス内容も価格も全く違う商品であることがわかってきます。

また、事前に複数の事業者を見学すると、実際の生活がどのようなものになるのかが理解できますし、その老人ホームの雰囲気や介護スタッフの挨拶や振る舞いなどもみることができます。「母が上手く溶け込めるか不安・・」などと、心配や不安に思っていることを質問すれば、「安心・快適」「そんな方もおられます」といった曖昧な説明なのか、実際のケースや取り組みなどについて、個別に説明できるのかによって、事業者のノウハウやサービスの質が見えてきます。

一般の住宅選びでも、「一つの物件しか見学せずに、その日の内にすぐに選ぶ」という人はいないでしょう。 本を読んだり、インターネットを見たり、また複数の不動産屋と話をすれば、「いい住宅、住みやすいマンションのポイント」というものが見えてきます。
高齢者住宅は、入居から5年~10年、それ以上生活する終の棲家です。介護看護サービス内容、価格設定などそれぞれに違いますし、「想像と違ったから、自分に合わなかったから」とすぐに退居できるものではありません。虐待や暴行事件なども多数発生しており、素人事業者の高齢者住宅に入居すると、本人にとっては悲惨な老後となり、家族にとっては一生の後悔が残ります。

最初に入院した退院を求められても、リハビリ専門病院や老健施設でのリハビリもできますし、選ぶ時間を十分に確保することは可能です。リハビリが上手くいけば、自宅に戻れるかもしれませんし、他の代替案もでてくるかもしれません。「焦らず、時間をかけて選ぶ」ということが何よりも大切です。

高齢者住宅は、選び始めてから一つの高齢者住宅絞りこむまでに一ヶ月、そして申し込みをしてから実際に入居するまでにまた一ヶ月、合わせて最大2ケ月程度は必要です。
長いように感じるかもしれません。しかし、「絞り込み・選択」のための一ヶ月は、入居者・家族にとって必要な時間ですが、申し込みから実際に入居するまでの期間は、適切なサービスを提供するために「事業者」にとって必要な時間なのです。

事業者サイドの入居までの手続き・流れを理解する

ここで理解していただきたいのは、事業者にとって必要な後半一ヶ月の作業です。
図に沿って、高齢者住宅(介護付有料老人ホーム)に入居するまでの事業者が行う手続き、流れについて見ていきましょう。

入居相談があった時に、事業者は入居者、家族と面談して、契約内容(サービス内容、価格帯)や生活上の禁止事項について詳細に説明します。家族は、わからないことや疑問点、入居後の不安について相談し、サービス内容やリスクが理解できれば入居を申し込みます。
ただし、空き部屋があったとしても、高齢者住宅は一般の住宅とは違い「入居の申し込みをすれば入居が決まる」というわけではありません。

高齢者住宅事業者は日をあらためて、ケアマネジャーと現場の介護責任者が本人や家族のもとを訪問し、要介護状態の把握を行います。これが①のインテーク(状況把握)というものです。自宅で生活している高齢者の場合は自宅へ、病院や老健施設に入院・入所している場合は、そこへ出向きます。認知症の有無や状態、医療ケアの必要性、生活上の不安、希望などについて、詳細に聞き取りを行います。

事業者は、このインテーク(状況把握)で得られた情報をもとに、ケアマネジャー、介護責任者、看護師、栄養士、管理者など関連するスタッフが集まって、その要介護高齢者の入居受入が可能なのか、その希望・不安にこたえることができるかを議論、判断します。これが入居判定と呼ばれるものです。部屋が一つしか空いていない場合、その居室に入ることになるため、そのフロア・ユニットのリーダーも議論に加わります。医療ケアや認知症の周辺症状のため「現状では受け入れが難しい」という判断もありますし、このユニットでは全介助の人が増えると、食事介助の対応が難しいのではないか、右麻痺・車いすではあの居室は逆手になるのではないか・・といった検討を行います。

その議論を元に、受け入れの可否、条件について、事業者は高齢者・家族に連絡します。入居可としていても、協力病院で対応できない特殊な疾病の通院については、「家族に通院介助をお願いすること・・」という条件がつくこともあります。
受け入れが可能である場合、引き続きケアプランの作成検討に入ります。
ここでも、まだ「仮決定」です。

インテーク(状況把握)で得られた情報をもとに、ケアマネジャーが、新しい老人ホームでの生活において、どのような課題があるのかを分析し(②アセスメント)、その課題を解決の目標を設定し、必要なサービスをどのように提供するのかを考えていきます。それは介護看護サービスだけでなく、本人の疾病や嚥下機能、咀嚼機能に合わせた食事サービスの検討、右麻痺・車いすといった要介護状態に合わせた、ベッド位置、トイレまでの生活動線、トイレ内の手すり位置の検討なども行います。
これが⓷のケアプラン原案作成です。

そして、その原案に基づいて、ケアマネジャー、介護責任者、看護師、栄養士、管理者と、高齢者本人・家族が一同に会し、そのケアプラン原案の説明を受け、提供される介護看護、食事などのサービス内容の他、車いす移乗時の転倒リスクや予防策、その注意点や限界について説明します。
このケアプランというのは、介護看護サービスの中身だけでなく、高齢者住宅で提供される生活環境整備、生活支援サービス全般だと考えて良いでしょう。入居者、家族は、そのケアプラン原案の中身について意見を述べ、双方が合意できれば、生活支援サービスについての契約を行います。
この会議を④ケアカンファレンスと言います。

この①~④は、介護保険法上、必要不可欠な手続きです。
高齢者住宅は、「住宅サービス」+「生活支援サービス」の複合サービスです。そのためには、「入居契約」+「生活支援サービス契約」が必要となります。介護付有料老人ホームは、住宅型有料老人ホームやサ高住と違い、「入居契約と生活支援サービス契約が一体的に締結される」というのが特徴ですが、契約の内容は別々です。要介護高齢者にとって、介護サービス契約は高齢者住宅での生活に必要不可欠なものですから、介護看護などの「生活支援サービス」の中身、内容が決まらないのに、「入居契約だけをする・・」ということはできないのです。

「すぐに入れますよ・・」という高齢者住宅はサービスも経営も劣悪

このように、「入居の申し込み」から「実際の入居まで」の流れを見ていけば、一ヶ月程度、急いでも3週間程度は必要だということがわかるでしょう。
これは、介護付有料老人ホームだけでなく、特養ホームでも同じです。要介護高齢者の新しい生活環境を整えるために必要不可欠な手続きであり、時間です。
それは、「入居者のため」だけではありません。

言い換えれば、「すぐに入れますよ・・」という高齢者住宅は、入居前にこの法的に必要な手続きを全く行っていないということです。そうなると、「どのような状態の高齢者が入ってくるか」「どのような介護サービスを提供すればよいのか」「認知症はあるのか、どの程度なのか」「どのような病気があるのか、医療行為が必要なのか」ということを把握しないまま、受け入れるということです。それは、現場の介護看護スタッフにとって大きな負担です。

要介護高齢者の多くは、その重症度は別にして多くの人が認知症で、失見当識の状態にあります。バタバタと病院から見知らぬ老人ホームに入居となると、自分がどこにいるのかわからなくなり、認知症がより進み、夜間の徘徊や混乱など不穏行動も多くなります。認知症でなくても、全く新しい生活環境になるのですから、生活が安定するまで数か月間は、転倒や転落などの事故リスクが高くなります。「安心・快適」と曖昧な説明のまま契約して、転倒・骨折すると高額の損害賠償を求められる可能性がありますし、万一死亡ということになれば、たまたま、その日に、そこにいただけの介護スタッフが業務上過失致死に問われることになります。

この「すぐに入れる・・」といった高齢者住宅のサービスは、間違いなく劣悪です。
それは、この「ケアマネジメント」「ケアカンファレンス」といった介護の専門性そのものを、事業者が無視している、介護の現場を軽視しているからに他ならないからです。それは医師が診察も検査も、病気の診断もせずに、「入院ベッドが空いてるから入院させる」というのと同じです。質の高い介護サービスを提供したい、介護の仕事にプロとしての誇りをもっているケアマネジャーや介護スタッフはこのような事業者では働きません。

同時に、経営状態も不安定です。
「ご家族が困っておられるので、できるだけ早く入居できるように・・」という事業者がありますが、それは詭弁です。受け入れ準備が整わないうちに、「とりあえず受け入れる」ということは、事故やトラブル、クレームの可能性が高くなりますから、事業者にとっても、また現場で働く介護看護スタッフにとっても、また入居者・家族にとっても大きなリスクです。
それでも、なぜ入居を急ぐのかと言えば、入居率のアップが至上命題となるほど経営状態が悪いからです。準備や説明もなく、「今すぐ入居できる」というのは、それだけで、サービス質も経営状態も劣悪な、かつ高齢者住宅の特性やリスクを理解しない事業者だということがわかるのです。


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高齢者住宅選びの基本は「素人事業者を選ばない」こと

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