未来倶楽部の倒産は、業務上横領、詐欺事件が背景にあることから、特殊な事例だと考えている人は多い。しかし、入居一時金方式の特性を考えると、それは一法人だけの問題ではない。 入居一時金経営のベールが外れ、その経営実態が明らかなったときに、有料老人ホームはリゾートバブル崩壊型の大倒産時代を迎える。
【特 集】 有料老人ホーム「入居一時金経営」の課題とリスク 06 (全8回)
2018年12月22日、朝日新聞が「有料老人ホーム 未来倶楽部 ・ 未来邸」を運営する㈱未来設計において、入居者から預かっていた38億円の入居一時金のうち、26億円が消失していたと報じた。翌年2019年1月22日には、事業継続が困難となり、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請している。これにより未償却部分の一時金が、契約通り入居者に返還されない可能性が高いとされている。
この問題については、 未来倶楽部にみる入居一時金の脆弱性 ? に詳しく書いているが、もう一度その背景について簡単に整理しておきたい。
事件が発覚した背景は、少し特殊だ。
「㈱未来設計」は、この問題が発覚する5ケ月前の2018年7月に、その関連会社ととともに福岡市に本社のある「㈱創生事業団」に売却(買収)されている。この会社は買収した未来倶楽部を含めると、全国で老人ホーム数は170ケ所、定員数は8400人になる全国でトップ5に入る大手高齢者住宅事業者の一つだ。
今回のケースは売却された後に、未来設計で働いていた財務部長が、旧経営者が行っていた不正経理を創生事業団に伝えて発覚したものだ。
もう一つは、これは未来設計の前経営者が、はじめから有料老人ホームの入居一時金方式を悪用する明確な意図を持って行われた、業務上横領・詐欺事件だということだ。
入居一時金は、「敷金・保証金」と「償却期間内の利用料の前払い」に分かれている。下図の入居一時金が900万円の有料老人ホームを例にあげると、経理上はまずは初期償却の180万円は返済義務の預り金として、720万円は利用料の前受金として処理され、前受金は毎月建物設備・居室の利用料として、10万円ずつ事業者の収入項目に振り替えていくことになる。
しかし、今回の未来倶楽部の不正経理事件では、受け取った入居一時金をそのまま入居時に全額、収入(売上)として処理していたという。
ほんの少しでも、経営を維持・継続するつもりがあれば、こんなバカなことはしない。そんなことをすれば、その年度は莫大な利益がでるが、翌年以降は利用料収入がゼロとなり大赤字になるからだ。これだけを見ても、最初から詐欺目的の経営で、実態は破綻寸前の「瀬戸際の自転車操業」だったことがわかる。
では、なぜこんなことをしたのか…。その理由は大きく分けて二つある。
一つは、黒字に見せかけて高値で転売するためだ。
この未来倶楽部は、実質的には赤字経営の状態にあり、事業の売却を急いでいたと言われている。しかし、赤字経営のままでは、高い値段で売却することができない。そのため買い手側に「利益がでている」「将来性の高い事業である」ということを示すため、預り金を収入に付け替えることで、黒字に見せかけたのだ。結果、創生事業団は、財務体制がボロボロの倒産寸前の会社を「49億円」という高値で買収している。
もう一つは、自分が経営者であるうちに、高い役員報酬を得るためだ。
この未来倶楽部の前経営者である創業者の女性は、不正経理が行われた過去3年の間に、未来設計や持ち株会社から8億8500円もの役員報酬を受け取っている。
つまり、これは「不正経理によって創生事業団に負債を押し付けた」というM&Aがらみの詐欺事件というだけでなく、私利私欲のために入居一時金という特殊な前払い方式を使った悪質な業務上横領の手口だと言えるだろう。
「未来倶楽部倒産は特殊・・・」とは言えない理由
この事件は、前経営者による故意的な犯罪行為による業務上横領、詐欺事件である。有料老人ホームの倒産といっても、これは特殊な事例だと考える人は多い。
しかし、入居一時金方式(前払い方式)という価格システムの特性を考えると、「他のホームは無関係」という話でもない。
それは、有料老人ホームのM&Aを巡る失敗は、この未来倶楽部だけではないからだ。入居一時金の不正経理や不正流用を見抜くためには、一般的な財務諸表の知識に加え、有料老人ホーム経営や入居一時金経営の特性を十分に理解していなければならない。特に「長期入居リスク」は貸借対照表にも、損益計算書にもまったく現れてこない特殊なものであり、専門的な精査が必要となる。
述べたように、入居一時金方式(前払い方式)は、「償却期間の利用料前払い」というだけでなく、合わせて「終身利用権の購入」という意味を持っている。償却期間内の前払い利用料は、償却期間を超えて生活する高齢者の保険料の意味合いを含め、毎月支払う月額払いと比較すると高額に設定してある。そのため、償却期間内に生活する高齢者が多ければ、高い利益がでる。
一方で、償却期間を超えて長期入居となる高齢者は、実質的に利用料を免除していることになるため、想定を超えて長生きする高齢者が増えれば、収入は一気に低下する。これが長期入居リスクだ。
ただ、財務諸表には、償却期間内・償却期間超の高齢者の割合や、その年齢や残存期間も示されていない。どの入居者が、後どれだけ長生きするのかわからないからだ。入居一時金リスクは絶対的な数値で表すことはできず、5年後、10年後の「リスクの割合・可能性」を丁寧に試算していくしかない。事業開始以来、ずっと黒字で入居率も利益率も高く、キャッシュフローが潤沢だとしても、それが経営安定の指標にはならないのだ。
加えて「行政の指導・監査で問題なかった」ということもあてにはならない。
有料老人ホームの入居一時金は「500万円を上限に未償却部分の保全措置」が義務付けられているが、逆に言えば、初期償却金やそれ以外の前受金は運転資金に流用しても問題ないということになる。また、長期入居リスクに関しては、行政は全く関知・把握していないのが実情だ。
この事件に限定すれば、当該有料老人ホームにも何度も監査は入っていたはずだが、「受け取った入居一時金をそのまま入居時に全額、収入(売上)として処理する」といった契約に反する明らかな不正経理や、一人に年間3億円というとんでもない役員報酬までも行政はスルーしている。つまり、経理や経営に対しては全く監査していない、する気もないということだ。
現在、有料老人ホーム業界で発生してるのが転売、転転売だ。
「これからも要介護高齢者は増加しますし、将来性の高い安定的な事業ですよ」
「入居率60%でこの利益率ですから、70%、80%になれば、より高い利益が見込めますよ」
「経営面・財政面に関しては、行政から全く指摘を受けていない優良ホームです」
と言われると有料老人ホームに参入したい事業者、拡大したい事業者は、「将来性の高い良い老人ホームだ」と納得して高額な値段で購入してしまう。
しかし、償却期間を超える入居者の割合が増えていくと収入が低下し、資金の残高は右肩下がりになることがわかってくる。それに途中で気が付いてもすでに打つ手はなく、逆に入居率が8割を超えても、赤字経営が続くことになる。事業を引き継いで経営をはじめて数年したところで、ようやく「残されたリスクだけを高い値段で買った」ということに気付くのだ。
本来、有料老人ホームの売買は、売り主よりも買い主の方が事業に精通していなければならない。不動産の売買、企業のM&Aで、その資産価値・事業価値を算定することをデューデリジェンスというが、有料老人ホームは価値判断よりも、事業性・事業リスクの判断がとても難しいからだ。
現状を見ると、大型案件を含め、素人事業者が慌てて作った介護機能の低い、長期入居リスクの高い有料老人ホームを、「将来性が高いから」という理由だけでさらに素人事業者が購入し、引き継いでみれば「こんなはずではなかった」と大失敗に気づき、それをまた更に素人事業者が買うという、転売、転転売が続いているのだ。
これを昭和から平成の変わり目に起こったリゾートバブルの崩壊に例える人も多い。
この終身利用権付の入居一時金方式(前払い方式)は、会員権ビジネスと似ているからだ。
ただ、これは景気動向の問題ではない。入居一時金方式の闇に隠れて、前払い金の流用や長期入居リスクの顕在化によって、商品そのものに欠陥があり、利益が出ているようにみえても、経営が破たんしている有料老人ホームは少なくない。次々と購入先が見つかり、転売が続いているうちはまだ良いが、それはリスクを新事業者に押し付けているにすぎない。入居一時金経営の偽装ベールが外れ、「隠れ赤字」の経営実態が明らかなったときに、素人経営者のババ抜きは終わり、一気に破たんすることになる。
残念ながら、それはそう遠い日の話ではない。
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