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活性化する高齢者住宅M&Aはバブル崩壊の前兆

活性化している介護ビジネス・高齢者住宅業界のM&Aには、小売業界や飲食業界など他の業界にはない6つの特徴がある。それは高齢者住宅バブル崩壊の先触れではないかと考える人も多い。その背景とM&Aを成功させるためのポイント・業界の未来について考える

【特 集 高齢者住宅のM&Aの背景と業界再編の未来について(全13回)】

会社は誰のものかといえば、法的には出資者である株主のものです。
社長や取締役は、「株主(出資者)から経営を委託された人」であり、株主が社長の経営能力・経営判断を審査するという仕組みです。半数以上の株主が、「いまの経営状態は良くない、社長の判断は間違っている」と判断すれば、社長や取締役は解任されます。これを「資本と経営の分離」といいます。
小さい会社は、「株主=社長(一族)」というところも多いのですが、上場企業の場合、たくさん資金があって、「この会社が欲しい」と思えば、株を買い増したり、「いまやったら、高く買いますよ」他の株主にも働きかけたり(これを株式公開買付 TOBと言います)して、発行株式の半分以上を取得(または半分以上の株主も賛同)すれば、社長や役員を取り換えることができますし、それが2/3以上になれば、事業の内容を変更したり、事業を分割して第三者に譲渡したりと、ほぼ何でもできます。
これを、現在の経営陣の意思に反して強引に行うことを敵対的買収といいます。
関西スーパーのM&Aを巡る対立は、オーケー側の株式公開買い付けから始まり、株主総会の議決権の取り扱いをめぐって、裁判にまで発展しました。

このM&Aは高齢者住宅、介護ビジネス界でも、積極的に行われています。
高齢者住宅・介護業界の大型のM&Aと呼ばれるものをネットから拾ってざっと並べてみました。

中小・個人のものは含まれていませんし、漏れているものがあるかもしれません。これだけでも、相当の数に上るということがわかるでしょう。今や、介護ビジネスや高齢者住宅を専門にしたM&Aの仲介業者も複数ありますから、全業種・産業の中で、最も活発に事業が売り買いされている業界だといってよいかもしれません。
ただ、この介護ビジネス・高齢者住宅業界のM&Aには、他の業界にはないいくつかの特徴があります。

介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aの特徴

一つは、「M&A」の対象となるのは主に高齢者住宅だということ。
ざっと見ていただいてもわかるように、売り買いされているのは有料老人ホーム、サ高住などの住宅系が中心です。これは大手の企業・法人間の事業のM&Aだけでなく、「不動産」として売買されている数も相当数に上ります。

二つ目は、友好的買収がほぼすべてだということ。
映画「プリティウーマン」でもその内幕が描かれたり、フジテレビとライブドアとの攻防など、M&Aと言えば、スリリングなマネーゲーム、「企業間の攻防」「敵対的買収」というイメージが強いのですが、実際は「売りたい側・買いたい側」、双方で話し合って金額やその条件を決めて、合意のもとに行う友好的買収が中心です。
介護ビジネス・高齢者住宅の「M&A」の場合、上場企業もそうでないところも、いまのところすべて友好的買収です。つまり、「高齢者住宅、介護ビジネスは成長産業だから乗っ取ってやろう」というものではなく、需要と供給のバランスがとれている、言いかえれば、「成長産業として買いたい人もたくさんいるけれど、経営権を手放したい人、売りたい人もたくさんいる」ということです。

三つ目は、資本提携ではなく、完全事業譲渡が多いということ。
本来、「M&A」は、企業間のMergers(合併) and Acquisitions(買収)の略で、企業全体の合併や売却だけでなく、資本提携なども含めた広い意味での「企業提携」の総称です。一般のM&Aの場合、持ち株会社を設立したり、株式交換をしたりして提携を深めるだけで、旧経営陣もそのまま経営に携わるというケースも少なくありません。
しかし、高齢者住宅のM&Aは、運営している高齢者住宅の全株式・経営権を丸ごと譲渡して、旧経営陣は以降まったく関わらないという完全事業譲渡が多いのが特徴です。

四つ目は、新規参入目的の買収が多いということ。
通常のM&Aは、同業他社や関連事業を行う企業が、新規出店や規模の拡大、シナジー効果(相乗効果)を目指して行うものが中心です。しかし、介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aは、全くの異業種から、経営の多角化や事業参入の足掛かりとして「M&A」を行うケースが多いのが特徴です。
いま、大手といわれる高齢者住宅事業者は、「教育・出版」「建築・デベロッパー」「損害保険」「警備・セキュリティ」など異業種の業者であり、M&Aを足掛かりに参入・拡大してきた事業者です。
これは、「〇〇ホールディングス」という会社が多いことからもわかります。
全てだとは言いませんが、「〇〇ホールディングス」というタイプの会社は、「介護サービス事業・高齢者住宅事業」を専門に行うのではなく、飲食やホテル、保険、建設、不動産、人材派遣など、様々な事業を行っていて、介護ビジネス・高齢者住宅事業も「多角経営の一つ」として、行っています。

五つ目は、大手・大型のM&Aが多いということ。
先にざっと挙げた事例を上げてもわかるように、今でも居室数でトップ10に入るような大手事業者が、ゴロゴロしていることがわかります。介護保険が始まった当初、「介護ビジネスの雄」として、マスコミにもてはやされたコムスン、メッセージ、ワタミなど、ほぼすべてが「M&A」によって経営者が変わっています。このような業界の中核を占めるような大手事業者が一気に変わっていく産業は、介護ビジネス・高齢者住宅以外にはありません。

そして、最後の一つは、「投資ファンド」です。
特に、ここ最近は投資ファンドが経営権を握っている高齢者住宅が増えています。
高齢者住宅は、土地・建物を土台とする不動産事業であること、需要増加が確実な事業であること、公的な介護保険制度を土台とする安定した事業であること、またそれなりに利益率が高い事業であることから、事業を行うというよりも、利益を配分してもらえる投資先として注目されていることがわかります。
2019年には、大和証券がオリックスリビングから高齢者住宅を買い取り、これをJリート(ヘルスケアリート)という証券化を始めています。
こうして特徴を整理するると、他の業界の「M&A」とはまっちく違う様相が見えてくるはずです。

介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の前兆

「これからも高齢者住宅・介護ビジネスのM&A市場は活性化する」
「M&Aを通じて、より積極的に事業展開を行っていきたい」
そんな鼻息の荒い経営者は多いのですが、そう簡単なものではありません。
なぜなら、将来性が高く、経営が上手くいっているのであれば、旧経営者は事業を手放さないでしょうし、成長する産業であれば、友好的買収ではなく敵対的買収になるはずだからです。そして高いお金を出して買っているのは「新規参入組」の素人事業者だということです。
その証拠に、一旦経営権を取得しても、しばらくやってみて、「こんなはずではなかった」とまた手放して、経営者が変わっているところもとても多いのです。
実はこの6つの特徴は、リゾートバブル崩壊前夜のゴルフ場の「M&A」によく似ています。
当時、わたしは都市銀行の銀行員でしたが、全くそれと同じ匂いがします。その末路がどうなっていったのかは、みなさんご存知の通りです。「ゴルフ場が破綻したのは、ゴルフをする人が減ったからだ…」「高齢者住宅は需要が高まるから倒産しない…」と思っているかもしれませんが、そうなのであればこれだけたくさん売りにはでません。ゴルフ場は、会員権が紙切れになるだけでしたが、高齢者住宅は入居者が入っていますから、ゴルフ場やリゾートバブル崩壊よりも、より悲惨なことになります。

間違いなく、この5年、10年のうちにたたき売りなり、廃墟になります。
高齢者住宅の「M&A」の活性化は、業界が活性化しているのではなく、崩壊の先触れなのです。
ここでは、なぜ素人の「M&A」は失敗するのか、事業規模の拡大だけを目指すM&Aはダメなのか、その崩壊の背景と、その後に続く業界再編の未来について、考えていきます。




高齢者住宅M&Aの未来と業界再編 (特集)

1 活性化する高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の序章
2 介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aが加速する背景
3 高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~
4 高齢者住宅の「M&A」は、いまの収益ではなくこれからのリスクを把握
5 その収益性は本物なのか Ⅰ ~入居一時金経営のリスク~
6 その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
7 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅰ  ~低価格の介護付有料老人ホーム~
8 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅱ  ~単独の住宅型・サ高住~
9 高齢者住宅の「M&A価格」は暴落、投げ売り状態になる
10 検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く
11 成功する「M&A」と業界再編  Ⅰ ~グランドビジョンが描く~
12 成功する「M&A」と業界再編  Ⅱ ~地域包括ケアを意識する~
13 成功する「M&A」と業界再編  Ⅲ  ~「今やるべきではない」~ 






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