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検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く

損益計算書、貸借対照表などの財務諸表を見るだけでは、高齢者住宅の収支上のリスクを読み解くことできないし、見学を下だけでは、その事業者のサービス上のリスクを発見することは不可能。高齢者住宅の事業実態を読み取る鍵になるのは公開されている重要事項説明書

【特 集 高齢者住宅のM&Aの背景と業界再編の未来について(全12回)】

高齢者住宅の「M&A」は、直接取引ではなく、ほとんどの場合、金融関係者か「M&A専門業者」から情報が寄せられます。もちろん、それは最重要の企業秘密であり、はじめはすべて内々の話です。「売りたい」と思っているのは数人だけで、現場の介護看護スタッフも施設長・管理者クラスでも知りません。
事業譲渡の費用だけでなく、その事業者が銀行などから融資を受けている場合、その借入金もそのまま移ってくることになりますから、少なくとも数億円、数か所であれば十数億円、大きなところであれば数十億、数百億という金額が動きます。また、単に不動産を買うわけではありませんから、そこで働くスタッフや入居者の生活も圧し掛かってきます。

買収側の事業者として、「あの老人ホームが事業譲渡を考えていますが、御社はご興味がありますか」という情報が寄せられた場合、どうすればよいのか。
「M&A」で、購入側が最も重視する資料は、損益計算書や貸借対照表などの「財務諸表」でしょう。
しかし、そこに、ここまで述べてきたような「入居一時金経営の長期入居リスク」「囲い込み不正」といった収支モデルの課題がわかるのか、また見学をすればサービス上の課題が明らかになるのか・・・といえば、あなたが介護ビジネス、高齢者住宅事業の経営に精通していなければ不可能です。

それは、そう簡単ではありません。
この業界でも、「介護ビジネスのことはよくわかっている」「わたしは高齢者住宅のプロの経営者だ」という複数のカリスマ経営者がいましたが、不正が明るみにでたり、事業の継続が困難になったりと、みんな自分の事業を売り逃げして、いまはその一人も残っていません。
また、仲介者である「M&A専門会社」の担当者が、そのリスクの内容を説明してくれるか、リスクを数値化して伝えてくれるかと言えば、それもありません。彼らの仕事は、事業譲渡を成功させることであり、その譲渡によってのみ手数料が発生します。かれらは仲介者であると同時に、「買いませんか?」というセールスマンだからです。
「どうして、この事業を売却したいのか」という理由も、恐らく、「このままではヤバイから」「事故やトラブル続きで大変だから」と本心では思っていても、「本業に立ち戻って力を入れたい」「新しいビジネス展開を考えている」といったそれなりの答えが用意されているはずです。
M&Aは、はじめから「売却者+仲介者」 vs 「購入希望者(素人)」という分の悪い2対1の戦いです。よほど、こちらに力がなければ、条件交渉や価格交渉を含め、有利に進めることは難しいのです。

実際、買収した後で、「聞いた話と全く違うので、訴えたい」という人もいます。もちろん、決算書や財務諸表が改竄されていたり、譲渡直後に指導監査で不正請求として返還請求を受けた場合は、訴えることはできるでしょうが、それでも相当の時間と手間とお金がかかりますし、一部勝訴したとしても、事業譲渡そのものが不成立というところまでもっていくことは難しいでしょう。ビジネスモデルが崩壊していれば、また経営ができなければ負けです。
厳しいようですが、与えられた資料やデータに嘘がなければ、そこに隠されたリスクを見破れなかった方が悪いのです。財務諸表だけを見ても、どこにも、「この事業を買うとこんな収支リスクがあります」「この事業所にはサービス課題があります」ということは乗っていませんし、事業実態、経営実態はわからないのです。

財務諸表よりも、事業実態が見える「重要事項説明書」

では、どのようにして、目に見えない、書類にも残っていないその事業所の経営実態を調べるのか。
その重要なツールになるのは、「重要事項説明書」です。
重要事項説明書というのは、その名の通り、事業者詳細、建物設備の概要、サーヒス内容、価格帯など重要事項が示された書類です。これは内部資料ではなく、高齢者住宅への入居希望者が、事前に高齢者住宅が比較検討できるように作られているもので、その作成が義務付けられ、インターネットでも公開されています。
どんなことが書かれているのか、どのようなポイントを見るのか、その触りだけを紹介しましょう。

その老人ホームが、いつ開設されたのか、その事業者がいつから運営しているのか、どのような高齢者を対象にしているのか、入居一時金方式をとっているか、介護付か住宅型か、介護システム【3:1配置】【2:1配置】などの介護システムの概要がわかります。事業者の概要も掲載されていますから、その法人が高齢者住宅、介護ビジネスだけを運営しているのか、それ以外に本業があるのか、それとも「〇〇 ホールデングス」のように多角化経営をしている事業者なのかもわかります。建物設備の内容や土地建物が所有なのか賃貸なのかなどについても細かく書かれています。
会社(子会社の設立年月日)よりも、老人ホームの事業開始年月日の方が前というケースもありますが、それは、売り出している事業者が、二番目以降の経営者であるということです。

従業員に関する事項には、何人のスタッフが働いているのか、それは常勤なのか非常勤なのか派遣なのか、職員が有している資格や介護の経験年数、勤務体系なども細かに書かれています。介護スタッフがすぐに辞めてしまう、介護スタッフが集まっておらず、派遣スタッフが半数以上というところもあります。これからは入居者の確保よりも、スタッフの確保の方が難しくなります。派遣ばかり、正規職員が集まらないというのは、労働環境に問題がある、あなたも同じスタッフ確保の苦労を背負うということです。

入居者に関する事項では、入居者の数や入居率だけでなく、要介護度別人数、年齢別人数、平均年齢、平均入居期間なども細かく書かれています。軽度要介護高齢者が多い、これから重度要介護高齢者が増えてくればどうなるのか、入居一時金の償却期間と年齢(平均余命)は合致しているのかなど、様々なリスクが見えてくるはずです。
また、利用料金の入居一時金を見れば、その保全は適切に行われているのか、運転資金に流用されていないか、償却期間は短すぎないか、また、財務諸表と照らし合わせることができれば、「いま、どの程度の人が償却期間を超えているのか」「これからどうなっていくのか」も予測できます。

これは、介護付有料老人ホームだけでなく、住宅型有料老人ホームやサ高住でも同様のものが作成されています。「囲い込み型高齢者住宅」の特徴である、「要介護3以上の重度要介護高齢者が半数以上」「介護付有料老人ホームよりも低価格(15万円以下)」というのは、囲い込み高齢者住宅の特徴です。
逆に、住宅型有料老人ホームでも、入居一時金が数千万円と高額なところがありますが、その償却期間はどうなっているのか? 現在の入居者の年齢は? 要介護高齢者の割合は? 重度要介護になったらどうするの? 運営スタートからどの程度の年月が経過している? など、重要事項説明書から読み取れることはたくさんあるはずです。

「重要事項説明書を読めば良い老人ホームがわかるのか?」と聞かれると、答えは「No」です。
「このポイントをクリアしていればOK」などというのもありません。
ただ、そのサービス・価格等の商品性やビジネスモデル、経営状態など、その事業の全体像を読み解くことができれば、少なくとも「ああ、これは買ってはいけない高齢者住宅だな・・」ということだけはわかるはずです。それさえもわからないのであれば、事業譲渡を受けても経営できませんから、そもそも高齢者住宅事業に手を出してはいけない…買ってはいけない…、ということです。


高齢者住宅M&Aの未来と業界再編 (特集)

1 活性化する高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の序章
2 介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aが加速する背景
3 高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~
4 高齢者住宅の「M&A」は、いまの収益ではなくこれからのリスクを把握
5 その収益性は本物なのか Ⅰ ~入居一時金経営のリスク~
6 その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
7 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅰ  ~低価格の介護付有料老人ホーム~
8 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅱ  ~単独の住宅型・サ高住~
9 高齢者住宅の「M&A価格」は暴落、投げ売り状態になる
10 検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く
11 成功する「M&A」と業界再編  Ⅰ ~グランドビジョンが描く~
12 成功する「M&A」と業界再編  Ⅱ ~地域包括ケアを意識する~
13 成功する「M&A」と業界再編  Ⅲ  ~「今やるべきではない」~ 







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  7. 介護コンサルタントにできること、できないこと
  8. 高齢者住宅の「囲い込み」とは何か 

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