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単独では運営できない高齢者住宅 Ⅰ  ~介護付有料老人ホーム~

高齢者・家族が高齢者住宅に入居を希望する基本ニーズは「介護サービス」。特定施設入居者生活介護の指定基準の介護付有料老人ホームは、重度要介護高齢者が増えてくると安全な介護サービスの提供ができなくなる。「介護できない介護付」は単独で運営することは不可能

【特 集 高齢者住宅のM&Aの背景と業界再編の未来について(全13回)】

高齢者住宅は、訪問介護や通所介護とは違い、同じ「サービス付き高齢者向け住宅」であっても、「介護付有料老人ホーム」「住宅型有料老人ホーム」であっても、その商品性・価格帯は、一つ一つ違います。
「高齢者住宅M&Aは、リスクが高い」という話をすると、「では、どのような物件、事業を買えばよいのか…」という質問が寄せられますが、答えは「それがわからないのであれば、買わない方が良い…」です。そもそも、不動産を買うのと、事業を買うのとは全く話が違います。いま、入居者がほとんど集まっておらず、大赤字のサ高住でも、現在行っている特養ホームや介護付有料老人ホームと連携することで、入居率や収益を向上させることは可能です。逆に、利益が出ているように見えても、その背景にあるリスクがわからなければ、買っても運営はできません。
ただ、「どんなものを買ってはいけないか」「これから経営・サービスが行き詰る高齢者住宅はどのようなものがあるか」についてはお話しできます。
前回まで二回に渡って、収益上の課題について述べてきましたが、ここからは2回に渡って、高齢者住宅の経営が行き詰まるサービス上のリスク・課題について整理します。
その一つは、低価格の介護付有料老人ホームです。

指定基準配置【3:1配置】は、介護できない介護付有料老人ホーム

介護保険施設や介護付有料老人ホームは、簡単に言えば、要介護度と入所者数で一日の総介護量は決まり、それを何人のスタッフで介護・シェアするのか…という介護システムです。
例えば、日勤帯(午前9時~18時)までの、排泄介助、入浴介助、食事介助、見守りや声掛け、随時対応など必要な総介護量を100として、それを10人の介護スタッフで対応するには一人10ずつの業務量になりますし、5人で対応すると一人20ずつの介護業務量になります。介護の効率性は建物設備によっても変わってきますが、介護は労働集約的な事業ですから、単純化すればそのような計算が成り立ちます。
下の表は、特定施設入居者生活介護の指定基準【3;1配置】と手厚い介護体制をとる【2:1配置】の介護付有料老人ホームの、一日当たり勤務する介護看護スタッフ数の違いを整理したものです。

「介護の仕事は忙しくて大変なのに、給与が安いから最悪だ…」
「介護は、身体的にも精神的にも介護スタッフの犠牲で成り立っている…」
介護事故やトラブルのニュースが報道されると、そのようなコメントで溢れますが、そのほとんどは訪問介護や通所介護ではなく、介護付有料老人ホームなどの高齢者住宅で働く介護スタッフ、特に、指定基準配置【3:1配置】の介護付有料老人ホームで働いている介護スタッフです。
それは指定基準配置【3:1配置】は、安全に介護できない介護付有料老人ホームだからです。
介護付という言葉のイメージから、「介護付は、要介護高齢者向けの介護システムだろう」「介護付は介護専用ということだろう」と思う人が多いのですが、これは全くの間違い。介護付というのは「高齢者住宅が介護看護サービスを直接提供する」という意味でしかありません。
これを図にすると、以下のようになります。

介護付有料老人ホームの【3:1配置】というのは、要介護の入居者60名に対して20名の介護看護スタッフで介護サービスを提供するというものです。要介護1・2の軽度要介護高齢者が多くても、要介護3~5の重度要介護高齢者が多くなっても、提供できる介護看護サービス量は変わりません。
左図のように軽度要介護高齢者が多い場合は、【3:1配置】であっても介護サービスを提供することは可能です。しかし、高齢者は加齢や疾病によって、自立歩行の人が車椅子利用になったり、自立排泄できた人がオムツ介助になっていきますから、【3:1配置】では20人の介護看護スタッフで提供できる介護サービス量を超えてしまうのです。

低価格の介護付有料老人ホームはトラブル・大量離職で破綻する

提供できる介護サービス量を超えると、どうなるのか…
ひとつは、事故やトラブルが増えるということです。
見守りや声掛けはできず、夜勤帯にコールがあっても「ちょっと待ってください…」「あとで行きます…」ばかりになります。また認知症の高齢者がふらつくまま歩き出して転倒・骨折したり、入浴介助中に離れてしまい溺水・死亡事故が発生したりという重大な事故が多発することになります。また家族からは、「部屋が掃除されていない」「毎日同じ服を着ている」「朝の洗面がきちんとできていない」といったトラブルやクレームも増えていきます。

もう一つは、介護スタッフの離職率が高くなると言うことです。
「提供できる介護サービス量を超える」ということは、介護看護スタッフが絶対的に不足しているということです。それは入居者に対して安全な生活環境、適切な介護サービスが提供できないというだけでなく、介護看護スタッフが慢性的な過重労働となり、安全な労働環境のもとで働けないということです。
低価格の介護付有料老人ホームでは、介護看護スタッフは必死で走り回っています。しかし、対象は認知症や身体機能の低下した要介護高齢者ですから、些細なミス、一瞬のスキでも死亡や骨折などの重大な介護事故が発生します。その結果、高額な損害賠償を請求されたり、最悪の場合、介護スタッフ個人が業務上過失致死に問われることになります。【3:1配置】と 【2:1配置】では業務量、精神的な負担の違いは二倍~三倍になりますが、それでも給与はほとんど変わりません。
だれも、そのような劣悪な環境で働きたいとは思わないでしょう。

現在、大手も含め、いまの介護付有料老人ホームの半分以上は、この重度要介護高齢者が増えてくれば介護できない介護付有料老人ホームです。
でも、この低価格の基準配置の介護付有料老人ホームは、いまのところ利益がでています。ただそれは、介護スタッフの極めて過酷な過重労働によって支えられるという、非常にいびつなビジネスモデルです。だから、「介護の仕事は忙しくて大変なのに、給与が安いから最悪だ…」「介護は、身体的にも精神的にも介護スタッフの犠牲で成り立っている…」というコメントで炎上するのです。

この手の低価格の介護付有料老人ホームの「M&A」はこれから増えきます。それは「いま、何とかギリギリやっているけど、もう少し重度要介護高齢者が増えてくれば、介護ステムが破綻する」ということがわかるからです。また、いまは「介護の仕事は大変だ…」「こんなはずではなかった…」と思っている言っている人達も、「これは介護の仕事が最悪なんじゃなくて、単にうちの事業所の労働環境が酷いだけなんじゃない?」と気づくからです。

「低価格の介護付だから、入居率は高い」「一定の利益もでている」
と思って安易に購入すると、重度要介護高齢者が増えてくると、介護事故の損害賠償請求や介護スタッフの大量離職で、にっちもさっちもいかなくなります。
介護スタッフも「あそこは【3:1配置】だから、大変だ」と賢くなっていますから、常勤職員はほとんど集まらず、派遣スタッフばかりになっていきます。もちろん、介護スタッフを増やすことはできますが、数人程度増やしたところであまり意味はなく、その人件費を価格に転嫁することも容易ではありません。
この基準配置の低価格の介護付有料老人ホームは、単独の高齢者住宅のビジネスモデルとしては欠陥品です。どれだけ入居率が高くても、利益が出ているように見えても、手を上げない方が良いのです。





高齢者住宅M&Aの未来と業界再編 (特集)

1 活性化する高齢者住宅のM&Aはバブル崩壊の序章
2 介護ビジネス・高齢者住宅のM&Aが加速する背景
3 高齢者住宅のM&Aの難しさ ~購入後に商品・価格を変えられない~
4 高齢者住宅の「M&A」は、いまの収益ではなくこれからのリスクを把握
5 その収益性は本物なのか Ⅰ ~入居一時金経営のリスク~
6 その収益性は本物なのか Ⅱ ~囲い込み不正による収益~
7 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅰ  ~低価格の介護付有料老人ホーム~
8 単独で運営できない高齢者住宅 Ⅱ  ~単独の住宅型・サ高住~
9 高齢者住宅の「M&A価格」は暴落、投げ売り状態になる
10 検討資料は、財務諸表ではなく、「重要事項説明書」を読み解く
11 成功する「M&A」と業界再編  Ⅰ ~グランドビジョンが描く~
12 成功する「M&A」と業界再編  Ⅱ ~地域包括ケアを意識する~
13 成功する「M&A」と業界再編  Ⅲ  ~「今やるべきではない」~ 






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