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有料老人ホーム 「利用権方式」の法的な特殊性


入居一時金方式は、一般の住宅には適用されない利用権方式という「特殊な居住権」と、終身利用できる権利を一時金で支払うという「特殊な価格設定方法」が合わさったもの。まずは「居住の安定」の根拠となる有料老人ホームの「利用権」の課題について整理する

 【特 集】 有料老人ホーム「入居一時金経営」の課題とリスク 01  (全8回)


人間の生活の営みの基本は、「衣・食・住」という言葉であらわされる。
その中でも住居は、生活の土台となるものである。特に、高齢者の場合、生活環境の急激な変化、悪化は認知症の発症原因になることが知られている。85歳以上の独居要介護高齢者が激増する日本において、その生活を安定させるには、居住の安定を図ることが必要不可欠である。
しかし、有料老人ホーム、サ高住は増加している一方で、そこで暮らす高齢者の「居住の安定」「居住者の権利確保」の取り組みは大きく遅れている。

有料老人ホームの経営悪化、倒産によって、生活の場を追われる高齢者の増加が社会問題となる中で、クローズアップされるのが「入居一時金」問題だ。
高齢者や家族は、「入居一時金を支払えば、介護が必要になっても、終身利用することが可能」と聞いて、その安心料として数百万円~数千万円の高額な一時金を支払っている。しかし、実際は、認知症になって介護が難しくなったり、運営している企業が倒産すれば、一方的に退居を求められることになる。

経営ノウハウも知識もないまま「老人ホームは儲かる」「需要は高まる」と勢いだけで参入し、入居者不足やスタッフ不足で経営が悪化している事業者は増えており、未来倶楽部のような有料老人ホームの入居一時金経営を背景とした背任、業務上横領、詐欺事件も発生している。事業が継続されても、追加の一時金やサービス料の値上げ、サービスのカットを求められるケースも増加している。

入居一時金の特殊性は、通常の住宅に適用されない利用権という「特殊な居住権」と、終身利用できる権利を一時金で支払うという「特殊な価格設定方法」の二つに分かれる。入居者保護の取り組みが遅れる一方で、二つの課題が複合的に絡み合うことでリスクが増大し、課題の解決を難しくしている。
まずは、「居住の安定」という視点から、有料老人ホームの「利用権」の特性と課題について整理することからスタートする。


有料老人ホームの利用権の特殊性

高齢者住宅の「居住の安定」の法的な土台となるのが、「居住権」である。
老人福祉施設や介護保険施設は、個人の住居ではないため入所者の居住権は発生しない。特別養護老人ホームでも、施設管理者の指示に従わなかったり、制度で定められた入所対象でなくなれば退所を求められる。病院で医師の指示を守らなかったり、病状が回復すると退院を求められるのと同じだ。
これに対し、有料老人ホームやサ高住などの高齢者住宅は入居者個人の住居・住宅である。
入居者には、住み続けることのできる権利、「居住権」が認められている。

現在の高齢者住宅に適用される居住権を整理すると、所有権、借家権、利用権に分かれる。
私たちが一般的に住居を探す場合、その住居を買い取って自分のものにするか(所有権)、他人の所有する住居を借りるか(借家権)の二つしかないが、有料老人ホームは、その住居及び付帯設備を利用できる権利を示す「利用権」である。

所有権は、その名の通り、自由にその所有物の『使用・処分・収益』ができる最も強い権利である。自分で住むだけでなく、人に貸して賃借料を得ることもできるし、不要になれば売却することもできる。民法上の物件の一つで、その強さは法律で規定されている。近年増えている、高齢者分譲マンションは、その区画を購入することで区分所有権が得られる。

借家権は、その家を所有者(家主・大家さん)から借りることによって発生する権利だ。
落語や時代小説では「因業大家」の話が多いが、現代日本においては、居住者(つまり店子)は居住の安定性を図るという観点から 『借地借家法』 という法律に強く守られている。家主の都合で、一方的に退居させられることはなく、家主が不動産を第三者に売却しても、新家主に対しても引き続き主張することができる。一年契約・二年契約という有期契約であっても、相当の事由(家主が住むところがない、老朽化で危険など)がない限り、家主からの契約更新の拒否は認められていない。また、入居者を追い出すような一方的な家賃の値上げは禁止されている。
更に、この借家権は相続対象にもなり、夫婦で居住している場合、契約者である夫が亡くなった後も、その権利は妻に引き継がれ、不利益な取り扱いをされることはない。大家と店子との間で交わされる賃貸借契約の内容は同法に違反することは許されず、入居者に不利な契約は、その部分がすべて無効となる。
この所有権や借家権は、法律によって強く守られた居住権だと言える。

これに対して利用権は、その名の通り「その建物や設備を利用できる権利」である。
所有権、借家権と大きく違うところは、法律でその内容・強さが定められている権利ではなく、入居者と事業者(家主)との契約ですべての内容が定められる権利であるということだ。そのため、同じ「利用権」という言葉を使っていても、その権利の内容は、契約内容やその運用によってそれぞれ変わってくる。また、事業者が倒産したり、M&Aで変わると当然にその契約は無効になる。
その権利が法律に担保されていないことや、その契約内容は事業者によって作られたものであることから、利用権は所有権や借家権とは比較にならないほど弱い権利だと言って良いだろう。


居住権の強さの違いが高齢者の生活に及ぼす影響

この権利の強さの違いが、実際の生活にどのように影響するのかを借家権との比較で整理する。

一つは、事業者の経営悪化・倒産だ。
述べたように、借家権の場合、経営途中でその事業者(家主)が倒産し、他の事業者に譲渡された場合でも、新しい事業者に対して、住み続ける権利を法律上、当然に主張することができる。
これに対して、有料老人ホームの場合、前事業者の倒産によって従前の契約は終了するため、新しい土地建物の所有者から退居を求められると抗弁することはできない。有料老人ホーム事業が継続されても、追加一時金や利用料の大幅な値上げを求める新契約に合意できなければ、退居しなければならない。

もう一つは、事業者からの契約解除だ。
利用権方式の有料老人ホームでは、ほとんどの場合、契約書の中で以下のように事業者から契約を解除する条項を定めている。

これは、他の入居者への暴力行為や寝たばこなどの火の不始末などの他、認知症の周辺症状への対応を規定しているものだ。暴言や暴力、火の不始末など、他の入居者の生命・財産を及ぼすような事態が発生すれば、事業者として何らかの対応が必要になる。
しかし、その範囲や内容は事業者によって大きく違い、 一定期間以上、入院すると自動的に退居となる契約になっているところもあれば、入居者同士の諍いや職員とのトラブルが発生しただけで、一方的に退居を求められるようなケースもあると聞く。
利用権はその居住権が法的に脆弱なだけでなく、その運用についても事業者主導という入居者にとって極めて不利な契約となっているのだ。

実際、利用権契約では、倒産や途中退居を巡ってのトラブルが多数発生していることから、居住者の権利擁護のために借家権への移行を求める声は大きい。サービス付き高齢者向け住宅が、有料老人ホームのような事前届け出制ではなく、登録制で簡単に開設できるようになった理由の1つとしてこの居住権の違いが挙げられている。

しかし、高齢者住宅にも賃貸住宅と同じ借家権がふさわしいかと言えば、そう単純な話ではない。
それは居住者を守る強い権利が、入居者間のトラブル解決を妨げることにもなりかねないからだ。
例えば、入居後数年が経過し、ある入居者の認知症の周辺症状によって暴言や暴力などの迷惑行為が発生したとしよう。周囲から問題行動を指摘されても、本人はそれを認めず、理解もできない。「寝たばこは火災の危険が高い」と説明しても、本人が聞く気がなければ、それを根拠に強制的に退居させることはできないし、本人の許可がなければ、その居室内に立ち入ることもできない。騒音や酷い臭い、ゴミの散乱等、あらゆる問題に発展し、他の入居者の生活や生命にも影響を及ぼすことになる。
今でも、一般の賃貸マンションが「高齢者お断り」なのは、近隣とのトラブルが多く、それでも強い「借家権」が邪魔をして退居を求められないからだ。

これは入居者の生活にも関わっってくる。
多くのサ高住では「単なる賃貸アパートなので入居者同士のトラブルは事業者には関係ない」「当事者同士の話し合いで解決すべき」という立場をとっている。しかし、認知症トラブルは、当事者同士で解決できるような問題ではなく、最悪の場合「タバコが原因で火災になった」「隣部屋の臭いがひどく、退居せざるをえない」と言うことにもなりかねない。
利用権は借家権のように法的に確立された権利ではないため、居住者の権利が脆弱だという課題があることは事実だが、高齢者住宅の特性や認知症のトラブル等を考えると、一方の一般の賃貸住宅と同じ借家権が、高齢者住宅にふさわしいかどうかも、十分に検討されているわけではないのだ。

倒産や経営悪化への対応も、「借家権になれば安心」というわけではない。
高齢者住宅では住宅種別、契約形態を問わず、食事や介護などが複合的に提供されている。借家権で住み続けられる権利が法的に担保されていたとしても、事業者が倒産し、介護や食事などの生活支援サービスが提供されなくなれば、実質的に住み続けることはできない。更には共用部の電気やガス、水道も止められるため、サ高住でも「事業を閉鎖しますので、月末までに退居してください」といった一方的に退去勧告が行われるような事態もでてきている。
また、借地借家法によって「家賃の一方的な値上げ」は認められていないものの、その範囲は家賃だけである。別途契約である介護看護サービス費用、食費、その他サービス費などの値上げは求められる可能性はあり、支払うことができなければ出ていかざるを得ない。

「高齢者住宅は施設ではなく住居だから借家権が基本」という人がいるが、そう単純な話でないことがわかるだろう。「借家権か利用権か…」ではなく、認知症のトラブルを含め、高齢者住宅の居住権の在り方が十分に検討されていないことが、高齢者住宅の居住、生活を不安定にしているのだ。




【特集 1】 「知っておきたい」 高齢者住宅の「囲い込み」の現状とリスク

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【特集 2】 老人ホーム崩壊の引き金 入居一時金経営の課題とリスク 

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