RISK-MANAGE

高齢者住宅・介護施設の安全配慮義務について考える


介護事故において、事業者責任の有無を決めるのは、介助ミスではなく「安全配慮義務」。事業者は、その事故が予見できた時点で、事故を回避するための適切な対策をとらなければならない。発生後に「危ないと思っていたんだよねぇ・・」という時点で介護のプロ失格

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 043


示談や和解ではなく、民事裁判にまで至るのは、「事業者の責任の有無」を争う裁判が中心です。
それは、発生した介護事故の責任の所在と、責任の重さに対する見解が、事業所と利用者・家族の間で乖離があるからです。

例えば、介護付有料老人ホーム入居中の独歩高齢者の、階段からの転落死亡事故。
介護スタッフが直接的なミスをした訳ではなく、自宅で生活していても高齢者は転倒します。24時間365日、すべての入居者が転倒しないように、見守り続けることは不可能です。しかし、一方の、家族からすれば、「自宅よりも高齢者住宅は安全・安心に生活できる」「24時間、介護や生活支援が受けられる」と聞いて、介護保険施設や高齢者住宅に入居しています。事業所内で発生した事故は、事業者に一定の責任があると考えるのも無理はありません。

その他、誤嚥窒息事故に対して、事業者は適切な措置を行ったと考えているが、家族・利用者は、適切ではないと考えているというケース、また、事業者は建物・設備の安全に十分配慮していたが、利用者・家族は、危険だったと考えているケースなど、双方の意見が食い違うことはたくさんあります。
【r42】「介護事故」と「民事責任(損害賠償請求)」について考える🔗で述べたように、その溝を埋めるために示談や和解に向けて話し合いで解決を目指すことになりますが、それがうまくいかない場合、裁判ということになります。
裁判において、この「安全配慮義務が果たされていたか否か」を探るポイントとなるのが、「予見可能性」と「結果回避義務」です。


その事故は予見できたものか、できなかったものか

大前提となるのが、その介護事故の発生を、事前に予測・予見できたか否かです。事前に予測できないような事故は回避できませんから、その時点で事業者の過失は問われないということになります。
この介護事故の予見可能性は、大きく二つのポイントで判断されます。


① 高齢者一般、建物設備一般に予見される事故

一つは、一般的な高齢者の身体機能レベルから予見可能性があると判断されるものです。
高齢者は、筋力・バランス機能が低下しているために、小さな躓きでも転倒の危険性は高く、骨密度が低下するために骨折の可能性も高くなります。また、嚥下機能が低下するために食事がのどに詰まりやすく、吐き出す力も弱くなっていますから、誤嚥性肺炎や窒息のリスクは高まります。

例えば、嚥下機能の低下した高齢者にとって、こんにゃくや餅などの食材は、詰まりやすいことは知られています。それを無造作に提供して窒息したということになれば、安全配慮義務を怠ったと指摘を受けることになります。電動ベッドでの骨折事故や、首が挟まっての死亡事故も数多く報告されていますから、これらの事故を「知らなかった、予見できなかった」と言ってもそれは通りません。

当該事業所で、他の入居者に発生していた事故事例もここに含まれます。
「エントランスは雨が降ると滑りやすい」「エレベーター内の手すりで腕を挟まれて怪我をした」など、類似の介護事故が発生していたのであれば、当然、同じ場所で同じような事故が二度、三度と発生することは予見できると判断されるでしょう。

② 対象となる高齢者個別に予見される事故

もう一つは、個別のケアマネジメント、日々のケース記録、事故報告書などを通じて、対象となる高齢者個別の身体機能レベルから事故発生が予見されるものです。
右麻痺、左麻痺、視覚障害、聴覚障害、嚥下障害などの身体機能、認知症や精神疾患、また自立歩行、自走車椅子、介助車椅子、寝たきりなど、入居者のADLによって、予見される事故は違ってきます。服用している薬や、その副作用によっても変わってきます。
「最近ふらつきが多い」⇒「転倒のリスクが高い」
「ご飯を食べるのが早く、噎せることがある」⇒「誤嚥・窒息のリスクが高い」
ということになります。

中でも、予見可能性を決定づけるのが「事故報告書」です。
多くの事業所で、「ヒヤリハット事故報告書」「インシデント事故報告書」というものを策定しています。転倒したけれど怪我や骨折をしなかった・・というものが多いのですが、そのときは運良く怪我をしなかっただけで、次に転倒し、骨折した場合、予測は十分に可能だったと判断されます。「ヒヤリハット事故」でよかった・・・と軽く考えていると、次にその転倒、骨折すれば、裁判において「十分な予見可能性があったのに適切な対応を取っていない」という決定的な証拠になるのです。

参照 「あるだけ報告書」は事業者責任の決定的証拠 🔗

この予見可能性は、個々のスタッフの知識技術で判断されるものではありません。
「新人スタッフだったから、無資格のスタッフだから、外国人労働者だったから・・・予見できませんでした」ということにはなりません。新人でもベテランでも、国籍や介護資格の有無に関わらず、介護のプロとして当然予見されるべきものか否か・・という相当高い基準で判断されます。
そして、その事故が予見できる場合、事業者は必ず事業者は、その事故を回避するために適切な対策を採る必要があります。それが次の結果回避義務です。事故の発生や被害の拡大が予見できたのに、何も対策を採らなければ、安全配慮義務を怠った、事業者の安全配慮義務違反、債務不履行として裁判所から損害賠償が命じられることになります。

適切な事故を回避する対策は取っていたか

事故が予見できたとしても、適切な対策をとっていたのであれば、責任を問われることはありません。
ただ、実際に骨折や窒息などの被害が発生しているのですから、行った対策では予想された事故を回避できなかったというのは事実です。そのため、行った対策が事故を回避するのに適切な方法だったのか、十分だったのか否かが裁判で検証されることになります。
ここで判断のポイントになるのが、「自己決定の尊重」と「介護の能力(限界)」です。
高齢者住宅で生活している独歩の高齢者の転倒の例を考えてみましょう。

【ケース検討】
介護付有料老人ホームに入居しているAさんは、杖をついて自分で歩くことができるが、最近ふらつきがみられ、転倒の危険性が高くなっていると判断。転倒すれば骨折する可能性があるため、その対策を早急に検討しなければならない。

① 介護の能力・限界
ポイントの一つは、「介護の能力・限界」です。
どのような手厚い介護サービスを提供している場合でも、「Aさんはふらつきがあるから・・」といって一日中、一人のスタッフがAさんに付き切りで、歩行のたびに転倒しないように、付き添うことはできません。もちろん、そんなことは、裁判所も求めていません。
判断されるのは、プロとして適切な対応をしていたのか・・です。

例えば、「気分が悪い時には車いすを使ってもらうように支援する」「立ち上がり時にふらつくときには、コールしてスタッフを呼んでもらう」などのケアプランの検討が必要になります。
また、認知症などで判断能力が乏しい、スタッフが説明したことをすぐに忘れてしまうという場合は、「立ち上がり時に離床マットを準備する」「定期的に巡回、見守りを行う」などの対策を採り、ケアカンファレンスで事故のリスクが残ることも含め、家族の了解を得なければなりません。
この介護の能力とは、事業者の回避努力の限界、サービス提供責任はどこまでか・・を示す範囲だと言っても良いでしょう。

② 自己決定の尊重
もう一つは、「自己決定の尊重」 です。
事業者が転倒防止のために対策を検討しても、その対策を本人が拒否した場合どうするのかです。
「ふらつくときには車いすを使ってほしい・・」「立ち上がり時にはスタッフを呼んでほしい」と話をしても、「車椅子には乗りたくない」という人もいます。「スタッフを呼ぶのは面倒だ・・」と、呼ばずに一人で歩いて転倒、骨折というケースも少なくありません。

転倒すれば骨折の可能性があることなど、ふらつきの現状や転倒防止の重要性をしっかりと伝えることが必要ですが、最終的にどうするのかを決めるのは本人です。
事業者が提示した事故予防の対策をおこなわずに転倒した場合も、事業者の責任ではありません。
この自己決定も事業者の責任の有無やその過失割合を判断する重要なポイントです。


この「予見可能性」と「結果回避義務」、それに付随する事故決定の尊重、介護の能力を単純に図式化したものが上記の図です。
転倒・骨折事故が発生すると「最近、ふらつくことが多いから心配してたんだよねぇ・・」、食事中の窒息事故が発生すると「あの人、食べるの早いから、よく噎せてたもんね・・」などというつぶやきが一部の介護スタッフから聞こえますが、それは直接的な介助ミスではなくても、介護のプロとして「安全配慮義務」を果たしていないということがわかるでしょう。
現代の高齢者介護は、「家族介護代行サービス」ではなく、「専門性の高いプロの仕事」です。「介助中の事故じゃないから」「家でも転倒するでしょ」などと言っている時点で、失格なのです。





「責任とはなにか」 介護事故の法的責任を徹底理解する

  ⇒ 介護施設・高齢者住宅の介護事故とは何か  🔗
  ⇒ 介護事故の法的責任について考える (法人・個人) 🔗
  ⇒ 介護事故の民事責任について考える (法人・個人) 🔗
  ⇒ 高齢者住宅事業者の安全配慮義務について考える 🔗
  ⇒ 介護事故の判例を読む ① ~予見可能性~  🔗
  ⇒ 介護事故の判例を読む ② ~自己決定の尊重~ 🔗  
  ⇒ 介護事故の判例を読む ③ ~介護の能力とは~ 🔗 
  ⇒ 介護事故の判例を読む ④ ~生活相談サービス~ 🔗
  ⇒ 介護事故 安否確認サービスにかかる法的責任 🔗
  ⇒ 介護事故 ケアマネジメントにかかる法的責任 🔗
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「介護事故に立ち向かう」 介護リスクマネジメントの鉄則

  ⇒ 業務軽減を伴わない介護リスクマネジメントは間違い 🔗
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