RISK-MANAGE

介護事故裁判の判例を読む ② ~自己決定の尊重~


介護サービスは、利用する高齢者の意思に基づいて提供されなければならない。予見可能性のある事故で、その予防策を事業者やケアマネジャーが提案しても、入居者本人がそれを拒否した場合、事業者はどうすればよいのか。高齢者の自己決定は裁判所でどのように判断しているのか

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 045


【r43】 介護事故の安全配慮義務 について考える🔗  で述べたように、「安全配慮義務」を問う損害賠償請求の民事裁判においては、「予見可能性」と「結果回避義務」を基礎として議論されます。事故の発生が予見される場合には、事業者は適切な事故予防策(結果回避義務)を取らなければなりません。
とはいえ、予見可能性があり、かつ実際に事故が発生したのですから、ここではその事故予防策が適切なものであったのかが問われることになります。
この結果回避義務における論点の一つは、事業者、スタッフが転倒防止のために対策を検討しても、それを本人が従わなかった場合にどうするのか・・です。

介護や看護、医療を含め、提供されるすべてのサービスは、事業者の都合ではなく、利用する高齢者の意思に沿って提供されなければなりません。それは事故の予防策も同じです。
事業者が必要だと思う事故回避の対策を提案しても、本人がそれを拒否した場合、その結果事故が発生しても事業者の責任にはなりません。危ないからといって、無理やり車いすに乗せる、ベッドから降りれないように柵をする、などは「身体拘束」となり、人権の側面から見ても問題です。
「本人の希望・判断を尊重すべきだ」「本人が拒否したのだから責任はない」と考えがちですが、実際の裁判事例を見ると、そう単純ではありません。
この自己決定が争点となった、二つの判例を見ます。

【病院での転倒死亡事故 (東京高裁 平成15年9月29日)】

一つは、病院での転倒死亡事故の判例です。
多発性脳梗塞と左上下肢麻痺のある72歳の患者Dさんが、午前6時にトイレにいくというので、看護師は移動の介助をしました。しかし、Dさんが、帰りは一人で大丈夫だと言うので本人に任せ、トイレから病室への戻る時は介助しませんでした。その後、6時30分に、看護師がベッド付近で転倒し、意識不明となっているDさんを発見、四日後に急性硬膜下血腫による死亡したというものです。
転倒の予見可能性があるために介助をしようとしたものの、利用者の側から、介助不要との意向が示された場合、その意向に従った看護師・事業者は、免責されるのか否かが問われた裁判です。

この裁判は、地裁と高裁の判断が分かれ、逆転判決となったものです。
第一審の水戸地補法裁判所は、看護師の行為と転倒の因果関係を否定し、請求を認めませんでした。しかし、控訴によって第二審の東京高裁は、医療法人(看護師)の過失及び、その因果関係を認めました。

この裁判では、Dさんが複数の点滴をしていることから、トイレに行く回数が増えること、また歩行不安定であるために、転倒のリスクが高いということは十分に認識されていました。
ところが、Dさんは、一人でトイレに行くことも多く、そのたびに医師や看護師から繰り返し、転倒のリスクについて説明を受け、ナースコールをするように指導されていました。認知症もありませんから、一人でトイレに行って転倒したということだけでは、損害賠償は認められないでしょう。

ただ、一人の看護師は、転倒のリスクがあるにもかかわらず、行きは歩行介助したものの、「帰りは一人で大丈夫」というDさんの行動を容認してしまいます。
実は、この事例では、その帰りの時に転倒したのか否かは明らかではなかったのですが、そうであったとしても、看護師が「一人で大丈夫」というDさんの意見を容認したことが、「コールしなくても一人でも大丈夫」との誤認を招き、事故の原因の一つになったとされたのです。
ただし、過失はあるものの、医師や看護師はDさんの状態の観察を行っており、Dさんの意思を尊重した側面があったとして、8割の過失相殺(つまり事業者の責任は2割)が行われています


【デイサービスでの転倒事故 (横浜地裁 平成17年3月22日)】

同様のケースの判断は、デイサービスでも行われています。
デイサービスを利用していた杖歩行の85歳女性Eさん。デイサービスの帰りの送迎の車を待っていたところ、トイレに行きたいと言いました。そのため、スタッフが付添ってトイレ前まで行ったのですが、「一人で大丈夫だから・・・」とトイレ内の同行を拒否され、便器まで一人で歩かせたところ転倒、大腿骨内側骨折したというケースの裁判です。

この裁判でポイントとなったのは、介助を断ったという「自己決定の尊重」と、介助のプロとしての「結果回避義務」の線引きはどこかという点です。
裁判所は、Eさんは、過去に転倒歴があり、転倒の危険性が認識されていたことや、転倒したのは、通常利用しているトイレではなく、手すりのない広い車椅子用トイレだったこと等から、転倒の予見可能性はあったとしています。その上で、事業者は、Eさんが拒絶したからと言って一人で歩かせるのではなく、説得して便器まで歩くのを介護する義務があり、これを怠った点に義務違反があるとして債務不履行による損害賠償責任を認定したのです。この裁判では、裁判所は事業者の過失を認め、近親者介護料、慰謝料など、合計1253万円の支払い(弁護士費用含む)を事業者に命じています。

どのように考えればよいのでしょうか。
筆者も、以前、介護スタッフをしていましたが、男性ですから、女性の高齢者、デイサービスを利用している自立排泄の高齢者が「トイレは自分で行ける」と言われたら「これ以上、入ってくるな」という意味だと感じるでしょう。特に、排泄は本人の尊厳に関わる問題ですし、性的な難しさも絡んできます。業界からも、厳しい判決だ・・という意見は多いようです(正直、私もそう思います)。

ただ、ここで裁判所が示しているのは、「自己決定の尊重とは何か」です。
本人が拒絶しても、簡単に「そうですか。わかりました」と引き下がってはいけないということです。
高齢者介護のプロである以上、介護の必要性と転倒・骨折の危険性をしっかりと説明し、それでも要介護者(この場合Eさん)が、介助を拒絶したというのでなければ、介護義務を免れることはできないということです。

これは、上記の ①病院での転倒死亡事故 よりも一歩進んだ判例です。
付添いを断ったEさんにも過失があるとして3割過失相殺されていますが、これを事業者の過失ゼロにしようとすれば、「転倒のリスクがあるので付き添います・・」と説明し、それでも尚、本人が「一人で大丈夫だから・・」と頑強に断ったのでなければプロとしてのサービス提供責任を果たしたことにはならないということです。

つまり、「自己決定の尊重」とは、本人が決めたことだから、介助を断ったから・・という単純なものではなく、予見されるリスクについて、入居者・家族に対して十分な説明ができているか、そのリスクを十分に説明したうえで、決定がなされたか否かがポイントなのです。

高齢者介護のプロには、介護知識・介護技術だけでなく、転倒の危険性や当該事業所での対応についての説明力が求められるということです。これは、その場その場の説明だけでなく、入所時説明やケアプラン説明、ケアカンファレンスへ本人や家族の参加を求めることが、リスクマネジメント上、どれだけ重要なのか、ご理解いただけるかと思います。


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