高齢者住宅選びの基本は「安心・快適」ではなく、入居後にどのようなリスク・トラブルがあるのか、発生しているのかを理解することが必要。想定される事故や災害などの「生活上のリスク・トラブル」、及び価格改定や倒産などの「経営・金銭に関するリスク・トラブル」に分けて整理する。
高齢者・家族向け 連載 『高齢者住宅選びは、素人事業者を選ばないこと』 018
高齢者住宅に入れば、自宅にいるよりも「安心・快適」というイメージの人が多いのですが、身体機能の低下した高齢者、要介護高齢者の生活には、転倒・骨折、誤嚥・窒息などの生活上の事故はつきものです。インフルエンザ、ノロウイルスなどの感染症にもかかります。それは、自宅で生活していても、高齢者住宅に入っても変わりません。
ただ、事故やトラブル予防のノウハウ、発生時の対応力は、事業者によって違います。そのため、高齢者住宅を探すには、現在、高齢者住宅でどのようなトラブル・リスクが発生しているのかをしっかり理解すること、そして、そのリスクに対して、事業者が適切な対策をとっているのか、そのノウハウがあるのかをチェックすることが必要です。
まずは、現在、高齢者住宅で発生しているトラブル・リスクを整理することからスタートします。
生活上・サービス上発生するリスク・トラブル
まず一つは、生活上・サービス提供上、発生するリスクやトラブルです。
それを整理すると、以下の図のようになります。
高齢者住宅で発生するリスクの一つが、転倒転落による骨折、食事中の窒息などの事故です。
高齢者は視力や判断力、筋力や骨密度などが総合的に低下しているため、小さな段差でも転倒しやすく、上手く受け身がとれないため、大腿骨の骨折や頭部強打による脳出血など重大事故に発生するリスクが高くなります。
たくさん段差のある自宅では転倒しなかった人が、段差のないバリアフリー環境で転倒するという事例は多く、「高齢者住宅に入れば安全」という話ではありません。
入居者間の人間関係のトラブルも発生します。
高齢者住宅は、全室個室ですが、食事や入浴時等、他の入居者との関わりが大きくなります。車椅子を押したり、一緒に散歩に出かけたり、新しい友人ができるなどプラスの面もありますが、同時にいじめや喧嘩、入居者に溶け込めず疎外感を感じるなどの人間関係のトラブルについても報告されています。
特に、人間関係トラブルは、自立・要支援程度の高齢者に多く、「新しい生活になじめない…」「あの人が嫌い…」と、途中で退居する人も少なくありません。
火災や地震、ゲリラ豪雨などの自然災害も大きなリスクの一つです。
高齢者住宅では、身体機能が低下した高齢者・要介護高齢者が集まって生活しているため、スタッフの少ない夜間に火災が発生すれば、多くの人が逃げ出すことができず、大惨事となります。また、近年、全国で大きな被害を及ぼす台風や地震で頻発していますが、直接的な被害がなくとも、地域全体で電気や水道などのインフラがストップすると、高齢者住宅での生活も不自由なものとなります。
感染症や食中毒も大きなリスクです。免疫力が低下しているため風邪やインフルエンザ等の感染症にもかかりやすく、また重篤な状態になる可能性が高いのが特徴です。O157やノロウイルスなどの食中毒も同じです。高齢者住宅は、病院や介護保険施設と同じように、たくさんの高齢者が生活し、多くのスタッフが働いていること、家族の来訪や関連業者の出入りなど感染経路が多岐にわたることから、感染症が発生・蔓延しやすい状況にあります。
もう一つは、入居時の説明と実際のサービス内容が違うというトラブルです。
「ごはんが美味しくない」「部屋の掃除が行き届いていない」といった、サービスの質・レベルに関する苦情から、「スタッフの言葉遣いや態度が悪い」といった職員に対するクレームまで、その内容は多岐に渡ります。介護スタッフによる入居者への暴行・虐待が増えているのはニュースの通りです。
実際、国民生活センター、消費者センターなどへの相談や通報も増えています。しかし、高齢者住宅の特性を考えると、表面化するのは一部で、実際は「出ていけと言われると困る」「苦情を言って、本人が居づらくなるとかわいそう」と、表面化しないケースも相当数に上ると考えられます。
経営・費用に関するリスク・トラブル
もう一つは、経営や費用に関するリスク・トラブルです。
最も多いのが、月額費用や入居一時金など金銭に関するトラブルです。
高齢者住宅事業者がパンフレットやホームページで表示してある月額費用は、あくまでもその高齢者住宅に支払う費用であり、一ヶ月の生活費ではありません。また、それぞれの月額費用にどこまでのサービスが含まれているかは、各高齢者住宅の事業者によって違います「月額費用15万円」と書いてあっても、食事代や介護保険の自己負担、紙オムツ等の費用、有料サービスが加算され、実際の請求額は25万円を超えるということもあります。
入居一時金の返還金も、多いトラブルの一つです。この入居一時金については、法律によって基準が整備されつつありますが、事業者の中には守っていないところもあり、トラブルが増えています。
最大のリスクは、運営会社の倒産、高齢者住宅の閉鎖です。
老人福祉施設や介護保険施設は、よほどのことがない限り倒産するということはありませんし、運営法人が変更になっても価格やサービス内容が変わることはありません。
しかし、民間の高齢者住宅事業は、民間の営利事業です。 入居者が集まらず、経営が悪化し、運営会社が倒産すれば、食事や介護のサービスが止まります。その原因は、入居者不足、スタッフ不足、運営資金不足など様々です。
サ高住の借家権で住み続けられる権利が担保されていても、併設の介護サービス事業所やレストランが倒産すれば、事業の継続は困難です。すぐに代替サービスが確保できなければ、その高齢者住宅で生活することはできません。
もう一つ、経営・金銭に関わる特殊なリスクとして挙げておかなければならないのが、「制度変更」に関わるリスクです。
高齢者住宅事業や介護サービス事業は、民間の営利目的の事業でありながら、公的な介護保険制度にその収入の基礎を依存しているという他に類例のない特殊な事業です。 2018年には介護報酬の改定が行われましたが、それは事業者の問題だけではありません。 介護報酬が引き下げられると、それだけ事業所の経営収支は悪化しますから、倒産リスクが高まります。
また、社会保障財政悪化を理由に、医療保険や介護保険の自己負担は、一定の収入がある人は一割から二割負担となりましたが、その範囲は拡大していく見込みです。そうすれば、月の自己負担は2万円~3万円高くなります。
残念ながら、現在の介護保険制度は安定的なものではありません。
特に、現在の高齢者住宅に適用される介護報酬は「介護付」「住宅型」など報酬間の矛盾が拡大しており「囲い込み型」と呼ばれる不適切な運用も横行しています。今後、不正への監視強化、規制の強化によって、事業の継続が困難になる高齢者住宅が増えることは間違いありません。
以上、「サービスに関するリスク・トラブル」と「経営・金銭に関わるリスク・トラブル」について分けて簡単に整理しました。「高齢者住宅に入って安心・快適」といっても、実際には様々なリスクがあることがわかるでしょう。もちろん、すべて事業者の責任ではありませんし、事業者の努力だけで回避できるものではありません。
ただ、これらの事業のリスクをしっかりと理解して、家族や入居者にも説明し、その対策をとっている事業者もあれば、「自分たちには関係ないから…」「ゼロにできないから…」と放置している事業者もあります。「介護が必要になっても安心・快適」とセールスしながら、事故やトラブルが起こると、平然と「賃貸住宅と同じだから」「自分たちには関係ない」と開き直るところも多いのです。
「安心・快適」の前提となるのは、安全で安定した生活です。
高齢者住宅の経営管理・サービス管理の根幹は、このリスク管理であると言っても過言ではありません。それがプロの事業者と素人事業者との最大の違いであり、高齢者住宅選びにおける、最大のチェックポイントなのです。
「ほんとに安心・快適?」 リスク管理に表れる事業者の質
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高齢者住宅選びの基本は「素人事業者を選ばない」こと
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