食堂は、高齢者が集まって食事をし、スタッフが動き回ることや咳き込むことなどから、感染のリスクが高くなります。しかし、一方で消毒液や洗剤を出したままにしておいて、認知症高齢者が誤って飲んでしまい、食中毒を起こすという事故も発生している。感染対策、緊急対応の設備備品選択
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』
食事介助は、複合的な生活行動を行うことから、「転倒・転落」「誤嚥・窒息」「認知症高齢者の異食」「熱傷」「誤薬」更には、移動時のぶつかり事故、挟み込み事故など、様々な事故が発生すること、また骨折や死亡など重大事故に発展する可能性・リスクが高いということを開設しました。また、集まって食事をすることから、感染のリスクも高くなります。
前回は、食堂内の設計、テーブル・椅子などの備品選択の注意点について整理しましたが、今回は、洗面台など感染症対策を中心にそのポイントを整理します。
食堂設計 感染の拡大予防対策
コロナ禍でも問題になったように、高齢者は感染すると重篤化するリスクが高くなります。
特に、介護保険施設や高齢者住宅では、身体機能、免疫機能の低下した要介護高齢者が集まって生活していることから、一度ウイルスが入り込むと、一気に蔓延し多くの高齢者が亡くなる惨事に発展します。
特に、その感染に大きく影響するのが、多くの高齢者が集まる食堂設計です
テーブルの間を広げるにも限界がありますし、介助や見守りが難しくなれば、逆に誤嚥や窒息、転倒などのリスクも高くなります。介助が必要な高齢者がいればレストランのような衝立やパーテーションで仕切りをすることも容易ではありません。また、最近では手指消毒やテーブルの拭き掃除に力を入れる事業者が多いのですが、消毒液や洗剤を出したままにしておいて、認知症高齢者が誤って飲んでしまい、食中毒を起こすという事故も発生しています。
この感染対策や、窒息時の救急対応などを安全に行えるだけの設備設計、備品選択が必要になります。
【洗面台の検討 検討一例】
<洗面台の整備>
◇ 洗面台の周囲は、生活動線・介護動線と分離していること(ぶつかり事故多い)
◇ 洗面台の周囲は、車いすが回転できるスペースを確保していること
◇ 洗面台高さは上端750mm程度とすること
◇ 下部には車いすのアームレストが入るよう600mm以上の空間を設けること。
◇ 洗面台は、寄りかかって使用できるカウンター式であること
◇ 洗面台は、寄りかかることのできる手すりか設置されていること
<水栓器具の整備>
◇ レバー式・自動式など高齢者でも簡単に操作可能なものを採用すること
◇ 湯音調整が自動制御、または安全制御されたものを採用すること
◇ 水量などを調整し、水が跳ねないように工夫されているもの
◇ 液体石鹸(ハンドソープ)を使用するときは固定されたものとすること
◇ 洗面台で手指消毒をする場合も、消毒液は固定されたものを使用する
洗面台に関する事故は、車いすの高齢者ではなく、杖歩行の高齢者が、手洗い中に湯や冷たい水がでて驚いたり、ふらついて転倒するケースがほとんどです。湯音調整のできる水栓器具を設置し、ふらつき防止のために寄りかかることのできるカウンター式、手すりなどの設置を行います。
また、最近は、洗面台で手指消毒や手洗いを徹底しているところが増えていますが、消毒液や液体石鹸を飲んでしまわないように、プッシュ式で、かつボトルが固定されたものを使用しましょう。
異食を防ぐために、消毒液をスタッフが持ち歩くところが多いようですが、「介助のために、ふと置いたままにしてしまって、異食…」ということも発生してしまいます。介護スタッフのミスを防ぐためにも、建物設備、備品選択の中で、異食を防ぐための対策を検討しましょう。
食堂設計 窒息時の吸引機の設置
もう一つ、食堂・食事スペースに必置なのが、窒息時の吸引機の設置です。
高齢者は、咀嚼機能、嚥下機能が低下していることや、判断力の低下のために急いで食べる傾向が強いこと、更に認知症による異食による窒息を含めると、生活上、極めて窒息のリスクが高いことがわかっています。窒息と言えば、「お正月のお餅」をイメージする人が多いのですが、パンやこんにゃくなど通常の食事でも窒息リスクはあります。
窒息は、文字通り息ができなくなる状態ですから、その状態が数分続くだけで、死亡したり、脳に重大な後遺症が残る可能性が高くなります。発生件数当たりの死亡リスクを考えると、入浴中の溺水とこの窒息は、高齢者の命を奪う二大リスクだと言って良いでしょう。
食事中の窒息は、食材選びに問題があるという人がありますが、「リスクがあるから・・・」と安易に通常の食事からおかゆや嚥下食に替えるというのも、適切ではないと思います。そのため、「お餅を固まりのまま食べさせた」「なんども嚥下障害で誤嚥や窒息を起こしているのに食事変更を検討しなかった」「本人の状態を確認しないまま無理やり食事を突っ込んだ」「嚥下障害の人に間違って普通の食事を食べさせた」という明らかな過失以外では、民事でも刑事でも、「窒息」そのものが予見可能性の罪に問われるケースはありません。
この窒息死亡事故で、事業者・スタッフの過失が問われるのは、「窒息時に適切な救命措置を取ったのか否か」です。これに関しては特養ホームのショートステイにおいて誤嚥窒息によって入所者死亡した事故について、以下のような判決が下され、高額の損害賠償請求が命じられています(控訴審により和解 1800万円)
横浜地裁川崎支部 平成12年2月23日 過失
結果回避のための措置が十分に果たされていたかについて、「(介護職員らは)、誤飲を予測した措置を取ることなく、吸引器を取りに行くこともせず、また、午前8時25分頃に異変を発見していながら、午前8時40分ごろまで救急車を呼ぶこともなかったのであり、この点に適切な処置を怠った過失が認められる」のであって、「速やかに背中をたたくなどの方法を取ったり、吸引器を使用するか、或いは直ちに救急車を呼んで救急隊員の応急処置を求めることができていれば、気道の食物を取り除いて、Aを救命できた可能性は大きいというべきである。
噎せて咳をしている時には背部打法(背中を叩く)、意識はあるが咳をしていない時はハイムリック法など、誤嚥・窒息に対して迅速で正しい処置を行うとともに、手動式吸引機を常備して、すべての介護看護スタッフが迅速に使用できるように研修を行う必要があります。
【手動式吸引機 検討一例】
◇ 食堂ごと(食事エリア)ごとに、窒息に備えた手動式吸引機を設置すること
◇ 電源不要な、どこでも使用できるものが望ましい
◇ 救急時に探すことがないよう置き場所を定めて、周知しておくこと
この吸引機については、掃除機に専用ノズルを付けて代用することも可能だとされていますが、常時、食堂の近くに置いておくことは難しいことや、ステーションまで取りに走り、電気コードを伸ばしたりと慌てることになります。窒息は一刻を争う事故ですから、専用のものを確保することが望ましいと考えています。
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