食事介助は移動・食事など複合的な生活行動を行うため、「転倒・転落」「誤嚥・窒息」「認知症高齢者の異食」「熱傷」「誤薬」など、様々な事故が発生する。その特性を鑑み、リスクマネジメントの視点から食堂内の設計、備品選択の注意点、ポイントを整理する
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』
リスクマネジメントから見た食堂設計の重要性 ? で述べたように、食事介助は「転倒・転落」「誤嚥・窒息」「認知症高齢者の異食」「熱傷」「誤薬」など、様々な事故が発生すること、骨折や死亡など重大事故に発展する可能性・リスクが高いということを解説しました。また、高齢者が集まって食事をすることから、感染のリスクも高くなります。
ここまで、居室と食堂配置、介護システムとの関係について、述べてきましたが、ここからは、リスクマネジメントの観点から、食堂内の設計・備品選択の注意点について整理します。
食堂設計 事故の発生予防対策
要介護高齢者を対象とした高齢者住宅の場合、直接的な介助が必要のない高齢者であっても、咀嚼機能・嚥下機能の低下によって、誤嚥や窒息のリスクがあります。そのため、本人の希望や家族が来訪している場合、また風邪や感染症などで隔離をしている場合を除き、介護スタッフの見守りの中で食事をしてもらうのが基本です。
【食堂の広さ 出入り口 検討一例】
◇ 車いす利用者の増加、テーブルまでの動線を含めた広さが確保されていること。
◇ 入居者だけでなく、介護スタッフが隣に座って介助するスペースも確保されていること
◇ 自走車いすが出入りできるだけのスペース・動線が確保されていること
◇ 出入口に集中しないように、全体のアクセスを十分に確保すること
まず一つは、食堂の広さです。
食堂内では、朝食時、昼食時、夕食時と一定の時間内に、介助車いす、自走車いす、杖歩行など様々な要介護状態の高齢者が集まり、また介護看護スタッフ、給食スタッフや食事カートなども行きかうことになるため混雑します。どうしてもぶつかり事故による転倒や挟み込み事故、熱いお茶をこぼすなどの事故リスクが高くなります。
そのため、混雑を解消するための十分な広さを確保することが重要です。
ただ、それは食堂の㎡数だけではなく、出入り口にも大きく関わってきます。
食堂と言えば、出入り口が一か所、二か所の食堂という区切られた部屋をイメージしますが、これでは、食事を終わった人とこれから始める人が出入り口に集中するためにぶつかり事故のリスクが高くなりますし、食事中に排泄介助が必要になった人などへの対応も難しくなります。そのため、壁で仕切られた食堂ではなく、どこからでもアクセス可能な「食事スペース」であることが求められます。
【食堂の床材 検討一例】
◇ お茶やみそ汁など水分がこぼれても、滑りにくい素材になっていること
◇ 食べこぼし、飲みこぼしがあっても、拭きやすい床材が用いられていること
◇ お薬の錠剤が床に落ちたときにも、見つけやすいような色彩を検討すること
◇ 万一の転倒時に、衝撃を和らげることのできるクッション性の床材を検討すること。
◇ 視覚的に区別できるよう、食堂の床材や色彩を工夫することが望ましい
床材の検討も重要なポイントの一つです。
お茶やみそ汁などをこぼしたり、食べこぼし、飲みこぼし、時には嘔吐なども発生しますから、衛生を保ちやすい、掃除しやすい床材にすることが必要です。また、お薬の錠剤を落としてしまうことも多いですから、できれば見つけやすい色彩のものを検討しましょう。
また、弱視など目が不自由な高齢者もいますから、食堂内と廊下・リビングなどの色を変えること、転倒時にも衝撃を和らげることのできるような、クッション性の高い床材の検討が必要です。
【椅子・テーブル 検討一例】
◇ 座った時に前かがみの姿勢がとれる高さ調節が可能なテーブルであること
◇ 椅子は足が床につく高さ調節可能なものか、または足置きを設置できること
◇ 椅子は、立ち上がり時に、ふらつかないように足が引きやすいものであること
◇ 椅子は転倒時、移動時のぶつかり事故に備え、丸みを持った形状であること
◇ 椅子は支えに持った時に、一緒に転倒するような安定の悪いものは避けること
◇ 車いす利用者が安定した食事姿勢を取れるように、クッション・台などの準備を行う
共用食堂のテーブル・椅子の選択は、歩行中の転倒やイスからの転落だけでなく、食事中の誤嚥・窒息などの発生にも大きく影響しています。食事時の椅子の高さは、深く腰を掛けた状態で床に足がつき、かつ膝が90度に曲がるくらい、テーブルの高さは、軽い前傾姿勢で腕を乗せたときに、肘が90度に曲がるくらいが最も適切な姿勢だと言われています。首が後ろ伸びて後傾姿勢になると、咽頭と気管が直線となり食べ物が気管に入りやすくなるからです。
また、車椅子は基本的に移動手段ですから、前方がやや高くなっており、筋力の弱い高齢者は背骨が曲がったり、後傾姿勢になりがちです。また、フットレストのままだと足がきちんと床につかないため、踏ん張りがきかず食欲が減退することが知られています。そのため、食事時には車いす高齢者も高さの合った椅子に移乗してもらうことが望ましいとされています。
しかし、車いすの高齢者が増えてくると、食前食後に椅子に座りなおしてもらうには手間がかかりますし、車いすを置いておくスペースも必要となります。そのため車いすのままで食事をする場合は、背中にクッションを入れる、フットレストを上げて足置きを設置するなどの対策、検討も併せて必要です。
食堂の備品選択において、特に重要となるのが、テーブルの高さです。
老人ホームに見学行くと、背の低いおばあさんの胸のあたりまでテーブルがあり、のけぞるような姿勢で食べていたり、また茶碗を自分の膝まで降ろして食べているというところがあります。これはテーブルの高さが合っていない証拠です。基本的には「低い」よりも「高い」方が、首が後傾するため誤嚥のリスクが高くなります。
最近では高さを自由に変えられるテーブルが増えています。
「フットレストを上げて足置きを設置する」と言いましたが、実際には手間もかかりますし邪魔にもなります。認知症や判断力が低下している場合、そのまま降りようとして転倒・転落のリスクも増えます。「足置きで調整する」のではなく、「テーブルの高さで調整し、床足をついて食べられるようにする」とすれば、その介助の時間もリスクも軽減できます。
食事介助は「スタッフが寝たきりや車いすの高齢者の口にスプーンを運ぶ」というイメージですが、食事姿勢を整えれば、食欲は増加し見守りや声掛けだけで食べられる人が増えます。直接介助の介護業務量だけでなく、誤嚥や窒息などの事故のリスクも減りますし、何よりも各高齢者が自分のスピードで食事を採ることができます。「それぞれの入居者が、安全・快適に食事できる環境・姿勢を整える」ということが、誤嚥・窒息事故予防の最初のステップです。
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