現在の高齢者住宅は「居室・食堂フロア一体型」と「居室・食堂フロア分離型」に分かれている。自立・要支援向け住宅は介護予防の側面からも、介護の効率性の側面からも、プライベートスペースとパブリックスペースの分離した「居室・食堂フロア分離型」が適している
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』
高齢者住宅といっても、「自立・要支援向け住宅」と「要介護向け住宅」は建物設備設計の考え方が、根本的に違います。それは学校といっても小学校と大学の建物設備がまったく違うのと同じです。老人福祉施設でも、自立~要支援高齢者を対象とした「ケアハウス」と要介護高齢者を対象とした特別養護老人ホームも同じことが言えます。
最も大きな違いが表れるのが、食堂設計です。
食堂・居室フロア分離型は、「自立・要支援向け住宅」に適している
現在の高齢者住宅は、「居室・食堂フロア一体型」と「居室・食堂フロア分離型」に分かれています。
『高齢者住宅は居室・食堂フロア分離型』はダメ」という話をすることが多いのですが、これは「要介護高齢者向け住宅」に限った話で、自立要支援向け住宅の場合は分離型の方がメリットは大きいのです。
60名の自立・要支援向けの高齢者住宅をイメージしてみましょう。
食堂までの移動に介助は必要ありまれせんから、朝食(6時半~8時半)、昼食(11時~13時)、夕食(17時~19時)と決めておけば、その時間内に三々五々、入居者が食堂にやってきて食事をします。食堂が厨房と一体化しており、また一か所ですから食事カートに乗せて各フロアまで運ぶ必要もありません。
入居者60名が一斉に食事にやってくるわけではなく、それぞれの生活リズムに合わせて分散しますから、一番多い時間帯でも30名くらいでしょうか。介助するスタッフも2人(朝食・昼食・夕食で延べ6名)いれば、出入り口で手洗いや消毒を促すことができますし、杖歩行の高齢者の配膳・下膳をしたり、お薬が飲めているのかを口頭で確認したり、誤嚥や窒息がないかを見守ることができます。下膳後に、お皿や茶わんを洗うのもスムーズに進みます。
一方の「居室・食堂フロア一体型」ではどうでしょう。
ここで例に挙げるのは、ユニット型特養ホームの配置例です。同じ60名ですが、1ユニット10名単位で食堂・リビング、浴室脱衣室が設置されています。1つのフロアに2つのユニットがあります。
食堂が厨房と一体化しておらず、6ケ所に分かれていますから、食事を、それぞれの食堂まで食事カートに乗せてエレベーターで運ぶ必要があります。自立~要支援高齢者でも、誤嚥・窒息のリスクはありますし、杖歩行などで配膳・下膳が一人では難しい高齢者もいますから、それぞれの食堂に最低一人は確保しておかなければなりません。
これだけで、少なくとも朝、昼、夕に各6人(延べ18人)の介護スタッフが必要になります。ただ、それでも十分かといえば、何か異変が合った時には別途対応で必要ですから、全体としてプラス二人くらいは確保しておかなければなりません。食後にも、下膳したものをパントリーで洗ったり、厨房まで戻したりしなければなりませんし、生ごみも発生しますから、それだけたくさんの業務が発生するということです。
この考え方は、高齢者住宅だけでなく、学生寮や社員寮でも同じです。移動に介助が必要ない場合、厨房と食堂が一体であること、食堂は一か所にして、食堂利用者を集める方が、効率的・効果的なのです。
実は、もう一つ、高齢者の生活という視点からも、自立・要支援高齢者には、食堂・居室フロア分離型が適していることがわかっています。
それは、プライベート空間とパブリック空間の分離です。
高齢者は、要介護状態でなくても、歩いたり、外に出る機会が減ってしまいます。
「居室・食堂フロア一体型」の場合、ドアを開けるとすぐに食堂・リビングですから、近くて便利と言えば聞こえはよいのですが、居室と食堂の往復だけでほとんど歩かないということになります。また、他の入居者も10人程度でプライベート空間と変わりませんから、寝間着のまま、整容も十分でないまま朝食を食べて、食べ終わるとまた部屋に戻って、テレビを見て、横になる…という生活になります。
一方、「居室・食堂フロア分離型」の場合は、エレベーターに乗って一階まで降りるのですから、寝間着のままでは格好が悪いことになりますし、髪が乱れていないか、顔や歯磨きなどもきちんと行うでしょう。お天気が良ければ、一階に降りたついでに、庭を散歩したり、近くのコンビニやスーパーにいったりということもあるでしょう。
また、人間関係も10名1ユニットだと、毎日、毎日同じ人ばかりと顔を合わせることになり、気の合わない人がいればトラブルは避けられませんが、大きな食堂にいけば、様々な人と話しをしたり、交流したりすることができます。
この自立・要支援高齢者にとって、日常生活でパジャマを着替えたり、エレベーターに乗って食堂に行ったり、少し散歩したり、新聞や雑誌に目を通したり、いろいろな人と話をしたり・・・という当たり前のことが、「介護予防」という側面からとても重要なのです。
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