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発生する事故・リスクから見た建物設備設計のポイント

食堂や食事介助における介護事故の特徴は転倒骨折、誤嚥窒息、熱傷、異食、誤薬など「発生する介護事故の種類が多いこと」、そして「骨折・死亡などの重大事故に発展するリスクが高いこと」。実際にどのような事故が起きているのかを理解した上で、設計を考えることが必要

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』

高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点 🔗 の中で、高齢者住宅の建物設備設計においては、「安全性」「可変性」「汎用性」「効率性」「安定性」が必要になると述べました

【安全性】 ・・・ リスクマネジメントを土台とした安全な建物設備設計
【可変性】 ・・・ 要介護度の重度化に対応できる建物設備設計
【汎用性】 ・・・ 多様な要介護状態に対応できる建物設備設計
【効率性】 ・・・ 効率的・効果的に介護できる建物設備設計
【安定性】 ・・・ 修繕計画を含め長期的に事業に資する建物設備設計

この中で、土台になるのは『安全性』です。
要介護度の変化・重度化に対応できる「可変性」や多様な要介護状態に対応できる「汎用性」がなぜ重要かと言えば、その入居者の要介護状態や要介護度の変化に対応できなければ安全に介護できないからです。同様に生活動線・介護動線に障害が多く、効率的に移動や介護ができないような建物設備では、移動介助に時間がかかるばかりで、安全に介護できません。また、定期的なメンテナンス・大規模修繕を含めた長期安定的な視点がなければ、建物や設備が重大事故の原因にもなりかねません。
つまり、リスクマネジメントを土台とした安全な生活・介護を行うために、「可変性」「汎用性」「効率性」「安定性」の視点が必要になるのです。
食堂や食事介助における介護事故の特徴として、「発生する介護事故の種類が多いこと」「死亡などの重大事故に発展するリスクが高いこと」の2つを挙げましたが、ここでは、もう少し詳しく、事故リスクの視点から、食事行動と食堂設計について考えます。

食事介助時・食堂でどのように事故が発生しているのか

食事介助時、また食堂で、どのような事故が発生しているのかから、整理していきます。

① 転倒・転落事故
◇ 食堂の椅子に座ろうとしてバランスを崩して転倒・大腿骨骨折
◇ 食堂の中で椅子や車いすに躓いて、バランスを崩して転倒・大腿骨骨折
◇ 共用洗面台で、手洗い中にバランスを崩して転倒、頭部打撲
◇ 車いすの間を歩き抜けようとしたところ、突然車いすが動いて転倒・頭部打撲
◇ 手すり代わりに椅子につかまったところ、椅子が動いて転倒・骨折
◇ 車いすから食堂椅子への移乗時に座り損ねて転落、尾骶骨骨折

移動や移乗を行う場所では、必ず転倒・転落リスクが発生します。
特に食堂の場合、要介護状態の違う高齢者が、短い時間の間に一斉に多数の高齢者が集まることや、歩行や移動を邪魔するテーブルや椅子などが設置されていること、配膳などで介護看護スタッフが慌ただしく行き来することから、その可能性・リスクは他の場所よりも高くなります。杖歩行の高齢者が、車いすの間を抜けようとしたところ、杖が他の車いすにぶつかって転倒、車いすが急に動き出したり、椅子が引かれて転倒という事故は多発しています。

② 挟み込み事故・ぶつかり事故
◇ 椅子やテーブルなどにぶつかり怪我(足指の骨折など)
◇ 自走車いすがぶつかり、車輪が手に挟まって手指の骨折
◇ 介助車いすとテーブルの間に手が挟まり手指の骨折

同様に、転倒まではしなくても、狭い食堂の中に高齢者が集中するため、車いす同士のぶつかり事故や挟み込み事故、介助ミスによって介助車いすとテーブルの間に指を詰めて、怪我や骨折をするというケースは少なくありません。

③ 誤嚥・窒息・熱傷
◇ 慌てて食べる癖のある高齢者が、ご飯を喉に詰めて救急搬送された
◇ 朝食のパンが喉に詰まってしまい、意識不明のぐったり状態で発見した
◇ 食事中誤嚥が原因で肺炎を発症(誤嚥性肺炎)し、亡くなる
◇ 慌てて、熱いお茶を飲んで、口唇・喉・気道を熱傷する
◇ 配膳中、食事中に熱いお茶やみそ汁が、入居者にかかって熱傷する

食堂で多く発生する事故の一つは、誤嚥・窒息です。
ほとんどの高齢者は入れ歯を利用しており、かつ唾液も少なくなっています。咀嚼機能や嚥下機能の低下によって、誤嚥や窒息事故のリスクは高く、目を離した数分の間に死亡に至るリスクが高いのが特徴です。朝日新聞の調査によると、東京都の介護施設(介護保険施設・高齢者住宅)で起きる死亡事故は年間700件、そのうち、誤嚥窒息事故によるものが403件(誤嚥性肺炎を含む)と約6割を占めています。
この誤嚥・窒息事故は、直接的な介助が必要な高齢者ではなく、一人で食べることのできる、いわゆる食事自立とされる高齢者や認知症高齢者に多いとされています。口の中一杯に食事を詰め込んだり、急いで食べようとして気道に食事を詰まらせて窒息、気が付いたときにはぐったりして意識が戻らない、そのまま亡くなるケースが多いのです。

④ 異食・誤薬
◇ 認知症高齢者が手拭きの紙タオルを口に入れて、窒息した。
◇ 認知症高齢者がテーブルの上に置き忘れた消毒液を飲んで食中毒
◇ 隣の席の高齢者の薬を間違って飲んでしまった。
◇ 食堂の掃除の時に、床から飲み忘れの錠剤がいくつか見つかる

異食は、認知症高齢者が食べ物ではないものを口に入れてしまうという周辺症状(BPDE)の一つです。ティッシュやタオルを口に入れているうちに飲み込んで窒息したり、不用意に出してあった消毒液や掃除のための洗剤を飲み込んで、食中毒になるケースもあります。
もう一つは誤薬です。高血圧や糖尿病など生活習慣病の薬は、食前・食後のものが多く、テーブルに置かれた隣の入居者の食後薬を間違って飲んでしまったり、また服薬管理ができておらず、掃除すれば床からいくつかの飲み忘れ(または、食事の時に落としてしまってそのまま…)の錠剤が見つかることは少なくありません。

これら食堂で起きる事故の原因は、
認知機能な筋力の低下・咀嚼嚥下機能の低下など、「高齢者の身体期機能に低下」
移乗時のシーティング不十分、配薬の間違いなど、「介護看護スタッフのミス」
食堂が狭い、動線の混乱、机や椅子の選択ミスなど「建物設備設計・備品選択のミス」
の大きく3つにわけることができます。
多くの事故、特に重大事故は、一つの原因だけで起きるわけではなく、複数の原因が重なって発生しているものがほとんどです。そのため、安全設計においては、身体機能の低下によってどのような事故が起きているのか、バタバタと忙しい中でどのような介助ミスが起きているのかを理解した上で、どうすればより安全に生活・介護ができるのかを考えながら、設計・選択することが必要になるのです。




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